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33話 凶悪な魔物

「このままではジリ貧か。掃討は不可能だ」


 凶悪な魔物達。そのどれもがレベル8を超えているというあり得ない状況下で何とか耐え忍んでいる如月。しかし、その体力もそろそろ限界が近かった。

 ただでさえ能力を使うのに体力が必要だというのにそれを連戦、気が抜けない状況下で使い続けるというのは国内最強と言えどくるものがあった。


 自身の残存体力と残っている魔物の数を照らし合わせ掃討は不可能と判断した如月は真っ先に無線を繋げる。


「こちら如月。ダンジョン内部に異常発生している魔物を掃討するのは不可能だと判断。これより帰還する」


『キャプテンでも無理なんですか!? と、取り敢えず了解しました!』


 如月でも無理だというのが珍しいのだろう。無線の先で吉野が慌てふためいたような声で対応しているのが聞こえる。それを私でも無理なことはあるんだと若干悔しそうにしながら如月は無線を切る。


「さて、帰る道を切り開くか」


 既に魔物で塞がれていた退路をもう一度こじ開けんとして両腕に能力を纏わせる。右手に炎、左手に雷を携えて大きく手を振るう。


「せいっ!」


 如月が腕を振り上げた瞬間、ダンジョンの天井にまで届くほどの巨大な炎の壁と電気の壁が生み出され、魔物たちの肉を焼いていく。その二つの壁に阻まれ、魔物たちが譲った道を堂々と歩いていくさまはさながらどこかの国の王族のようである。

 そうして如月が第二階層への階段へと戻ろうとしたその時、突如として張り詰めた空気が如月を襲う。


「ふむ、中々に良い個体だ。幸い、ダンジョンを暴走させたお陰で肉体を奪う儀式も出来ることだしやってしまおうか」


 いつの間にか如月の後ろには件の魔物の姿が潜んでいた。歴戦の猛者である如月ですら感じ取ることのできなかった隠密。それに加えて他のどの高レベルの魔物達からよりも感じるその不気味さが如月に警鐘を鳴らしていた。

 如月は両腕に氷の能力を纏わせると件の魔物と如月との間に向けて放つ。すると二者を分かつように聳え立つ。


「あいつが梓が負けた魔物か。よからぬことが起こる前にさっさと帰らなければな」


 こじ開けた道から帰路を急ぐ。この魔物の群れの中であの魔物と対峙すれば如月と言えど勝てるか怪しい。念には念をと、如月は走りながら無線を飛ばす。


「応援を頼む。奴が現れた」


『了解です』


 如月の声色から無駄口をたたいている状況ではないことを察したのだろう。了解です、という言葉を聞くと如月はすぐに無線を切り、最善のスピードでダンジョン内部を駆け抜けていく。

 これで後は逃げきれれば如月の勝ちだ。しかし、そう簡単にいくはずがなかった。


「背中を見せてもいいのか?」


「なっ、に!」


 気が付けば如月のすぐ後ろまで移動していた件の魔物が腕を振り下ろし、如月の背中を殴打していた。ミシミシッと何かが折れる音が響き渡った直後、如月の体は数十メートル先まで吹き飛ばされる。


「くそ、戦うしかないか」


 鈍い痛みに堪えながら自然治癒力を高める液体を飲み干す。この液体は最近、ダンジョン協会が開発している探索者のための道具である。素材が希少で高価なもののダンジョン協会の重役である如月は当然のように携帯していた。

 通称ポーション。この他にも疲労を回復するポーションなど色々開発されてはいるが、道中ですべて飲み干してしまっていた。

 これが最後のポーションなのである。


 ポーションを飲み干すと、劇的に怪我が回復するわけではない。それに回復能力のような都合の良い物を如月が手にしていることもない。だからついで鎮痛剤も飲み干し、痛みを抑えると、迎え撃つようにして双剣を構える。


「はああああっ!」


 両方の剣に焔を纏わせると雄たけびを上げて魔物へと飛び掛かる。対するAZUSAの声を奪った魔物は動じることなく羽ばたいて飛び掛かってくる如月に飛び掛かる。

 両者が空中で衝突した瞬間、空間が揺れる。刹那、爆風が起き、両者を砂煙が覆いつくす。砂煙が晴れたとき、両者の反応は異なっていた。

 一方は余裕そうな態度を示しており、もう一方は地面に膝をついていた。


「ま、まさかこれほどとは」


 地面に膝をついているのは如月の方である。体に刻まれた傷跡がもうこれ以上は戦えないことを物語っていた。


「……最後の最後に余計な真似を」


 対する魔物の方も辛そうに顔を歪めている。先程、如月の剣には炎と同時に毒の能力も仕込まれていたのだ。その双剣で斬りつけられたために体に毒が回っているのである。

 苛つきながらも魔物は如月の胸倉を掴むと、その顔へ手を伸ばす。


「まあ良い。貴様の姿は貰った」



 ♢



「キャプテン!」


 二階層から上がってきた如月の姿を見つけると増援部隊が安心した表情で駆け寄ってくる。しかし、如月はそれに返事をすることなく手に持っていた携帯に文字を打ち、皆に見せる。


「えっ、AZUSAみたいに声を奪われて喋れなくなった? 大変じゃないですか!? それに大分怪我もしているんだ。早く病院へ!」


 増援部隊が背中を見せると如月の姿をしたその何かはニヤリと怪しい笑みを浮かべるのであった。

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