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29話 ニュース

 大規模ダンジョン『摩天』の第一階層では大人たちが慌ただしく動いていた。


 生放送中に出演者の一人であるAZUSAが魔物に攫われてしまうというとんでもないハプニングが起きたことで、放送を中止し、その後始末や救助隊を呼び寄せるのに忙しいのである。


 その中には茉奈のマネージャーを務める鈴木詩織の姿もあった。


「茉奈さん、大丈夫かしら」


 危険だからと帰るように指示されていたのを断り、ハラハラしながら自身の携帯でマナの配信を開いて動向を確認していたのである。


「一先ず、梓の命が助かったのは一安心ね」


 鈴木の横には梓のマネージャーである白石の姿もあった。


 マナの配信で梓が助け出されるまで少し取り乱していた彼女ではあったが、落ち着いたようである。


「でも、声が奪われたというのはどういう事なのでしょうか? 梓が声を出せなくなっているかもしれないってことですかね?」


「分からないわ。こんなこと前例が無いもの。本人に聞いてみないと」


 既に鈴木によって本社へとこの事件は連絡されている。

 

 しかし、声が奪われたという事に関してはまだ伏せていた。まだ確実性が無い情報だからである。


「そろそろ茉奈さんが戻ってくる頃ですね」


 そう言って鈴木がマナの配信を閉じると、ダンジョンの奥の方から何者かが走り寄ってくる音が聞こえる。


「皆さん! 今すぐこのダンジョンから避難してください!」


 鬼気迫る声がダンジョン内に響き渡る。現れたのは意識を失っているAZUSAを抱えたマナの姿であった。



 ♢



「皆さん! 今すぐこのダンジョンから避難してください!」


 ダンジョン内部にまだ人がいることを確認した私は大きな声でそう促す。

 かなり本気で走ってきたから今は聞こえないけど直にまたあの魔物の軍勢がこっちに押し寄せてくるだろうことが分かっていたからだ。


 因みに道が分かるようになったところで配信は閉じていた。

 この緊急時だともしかしたら配信しちゃいけないものも映ってしまう危険性があったからだ。


「茉奈さん」


「鈴木さん! それに白石さんまで」


「配信は見ました。今度こそ一緒に来て貰いますからね」


 有無を言わさぬその声に私は頷く。今回ばかりは私でも対処しきれるか怪しい。ここは大人しく避難しておいた方が良い。


「分かりました。それとAZUSAさんなんですけど……」


「取り敢えず近くにウチの船が着いてるはずだからそこのベッドの上に乗せてもらえる?」


「分かりました」


 白石さんの指示に従って『摩天』の外に出ると、近くにシャーロックのロゴが入った巨大な船が一隻とまっているのが見える。


 大きな事務所になればこのくらいの船は所有しているのだろう。

 少し圧倒されながらもその船に乗り込み、医務室と書かれた部屋のベッドの上にAZUSAさんを寝かせる。


「早く医者に診せた方が良いわね。取り敢えずテレビの人達には先に話はつけておいたからこのまま帰りましょう。それとマナちゃんはダンジョン協会に向かった方が良いかもね」


「分かりました」 


 その後、白石さんと鈴木さん含むシャーロックの関係者一同で大規模ダンジョン『摩天』を後にするのであった。



 ♢



 その日、大規模ダンジョン『摩天』にて大量の強力な魔物たちがダンジョン外部へと姿を現したことが大きなニュースとなり、全世界を駆け巡っていた。


 本来であればダンジョン内部でしか行動できないはずの魔物達。

 それが外部へと出てくるのが可能だという話は今までの常識を覆すほどの衝撃的な話であったのだ。


 テレビでは上空から映し出された魔物たちの姿の映像や、付近まで船で向かい、ダンジョン外部へと姿を現している魔物たちの姿が映像として流されていた。


 その一方で日本では国民的スターであるAZUSAが生放送中に魔物に攫われ、それを歌姫マナが救い出したことも話題となっていた。


 特にそれをリアルタイムで映していたマナの配信は世界最高同時接続数である100万人を突破し、それがゆえに大きな話題を呼んでいたのである。


 そんなニュースの映像を病室でボーっと一人眺めている人物が居た。神木梓である。


 しばらくの間、流れゆく摩天に関するニュースを眺める。そこには自身の顔や歌姫マナの仮面姿での顔が映し出されていく。


 そんな梓の病室にガラリという扉を開く音が聞こえる。マネージャーの白石であった。


「梓、調子はどう? 先生から意識が戻ったって聞いたからお見舞いに来たんだけど」


 腕にはフルーツの盛り合わせが抱えられている。それを見た梓はありがとう、と口を動かすが声が出ることはない。息を吐き出す音だけが白石の耳に届く。


「やっぱり声が出ないのね」


 悲しげにそう呟くと、白石は持っていた袋の中から一冊のスケッチブックとペンを取り出し、梓へと渡す。


「声が戻るまでの間はこれに言いたいことを書いて」


 そう言って渡された梓は早速スケッチブックを開き、ペンを走らせていく。そうして白石の方へと書き終わった文字を見せる。


『ありがとう』


 ニコリと笑みを浮かべながらそれを見せる梓。それを見て白石はいたたまれない気持ちになる。


「梓。少し話があるんだけど聞いてもらえる? あなたが声を出せない間の話があるんだけど」


 そうして白鳥はつい先ほど、事務所に通してきた話を梓へと話し始めるのであった。

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