20話 同好会
「歌姫マナがシャーロックに入るんだって」
「あー、この子ね。知ってる知ってる。なんか滅茶苦茶バズってた人だよね」
学校に入ると聞こえてくる話し声。本人である私の事には気が付かず、女子生徒たちはそのまま自分たちの教室へと向かっていく。
「おっはよー、茉奈」
「おはよ、美穂ちゃん」
上靴へと履き替えていると後ろから美穂ちゃんがやってくる。
いつも思うけどやっぱり美穂ちゃんって美人だよね。この前だって誰かから告白されたみたいだし。
性格も良いし、改めてどうして自分なんかと付き合ってくれているのかが謎に思うほどに完璧だ。
「なんか疲れてんねー。ちゃんと休みとってるの?」
「まあぼちぼちは取ってるんだけど」
身体的な疲労というよりも精神的な疲労がでかいかもしれない。
最近、近くで歌姫マナの話題が聞こえてくるたびにバレないかなと心配になってしまう。
それとネットニュースになったことで様々な方面からコメントが来る。
今までは自分の事を見てくれる人達からしかコメントされなかったけど、今は見ていない人達からもコメントが来る。
中には誹謗中傷ともとれるようなコメントも見つかってそれが凄く悲しい。
「明日は?」
「配信」
「明後日は?」
「レコーディング」
「明々後日は?」
「打ち合わせ」
「休みとってないじゃん」
言われてみれば確かに一週間先まで休みがないかもしれない。
流石に労働基準法を超えるほど働くわけじゃないけどそれでも高校生に取ったらかなりの過密スケジュールであるのは間違いない。
そんな私のスケジュールを聞いた美穂ちゃんがはぁとため息を零す。
「今日は休みなんでしょ? 配信の事ばっかり考えてないでしっかり休みとりなさいよ」
「うん、ありがと」
そんなことを美穂ちゃんと話していると教室の自分の席に着く。美穂ちゃんも私の隣の席へと腰を下ろす。最近、席替えがあってようやく隣同士になれたのだ。
「マナのMV聞いた?」
「聞いた聞いた。滅茶苦茶よかったよね」
教室の中でもマナの話題が聞こえてくる。そのこと自体は正直ものすごく嬉しいため、少し気持ちがほっこりとする。
「茉奈、今日の数学の宿題やってきた?」
「あっ」
ニコニコしていたところに美穂ちゃんからそう言われて我に返る。
そういえば最近、仕事続きで全然学校の事とか考えてなかった。鞄の中を探るとファイルの中から真っ白な数学のプリントが一枚出てくる。
「やってなかった……」
「まああれだけやってたんだもの。出来てなくて当たり前よね。しょうがないから見せたげるよ」
そういうと美穂ちゃんがすでに解き終わっている数学のプリントを渡してくれる。
「え、良いの?」
「その代わりお昼ご飯奢ってよね」
「うんうん、奢る奢る! 学食で一番高いの奢るよ! ありがとう!」
数学の授業は二時間目だ。それまでにある程度、自分で解きながら分からないところを美穂ちゃんの解答と照らし合わせて解いていく。
そして一時間目が始まる前までになんとか宿題を終えることができた。
「貸してくれてありがと」
「うん、気にしないで」
出来終わったら美穂ちゃんに数学のプリントを返す。危ない。美穂ちゃんが居なかったら絶対に間に合ってなかった。
そうして私は無事に数学の授業を乗り越えるのであった。
♢
「そういえば茉奈。この学校に配信者のマナのファンクラブみたいなの出来たらしいよ」
「へ?」
昼休み学食で昼ご飯を食べていた私に美穂ちゃんがそう言ってくる。
「ほら、これがファンクラブの会員証」
そう言って渡してきたのは紙のカードである。その真ん中にはでかでかと私が普段着けている仮面のマークが描かれている。こんなのあるんだ……てかちょっと待って。
「何で美穂ちゃんがファンクラブに入ってるの」
「そりゃ私もファンだからに決まってるでしょ」
当然とばかりに美穂ちゃんがそう言ってくる。いやいやファンって言うか友達でしょ。
「意外と楽しいのよ? マナのMVを全員で見たり、配信がある日は一緒に集まって見たりするんだから。そうだ! せっかくだし今日の放課後、茉奈も来る?」
「え? いや恥ずかしいよ」
「大丈夫だよ。皆マナの事が好きだから誹謗中傷とかする人いないし、きっと茉奈の疲れも取れると思うんだ」
美穂ちゃんがそう言った時、やはりこの子は私が何で悩んでいたのかを理解していたんだろうなと気が付く。
今までファンの人達と直接的に関わったことがないからこそ癒しになるだろうと考えて言ってくれているんだ。
美穂ちゃんに言われて私は少し迷う。オフ会みたいで楽しそうではある。でも自分が配信者として振舞っている姿を見るのは恥ずかしい。どうしよう。
ご覧いただきありがとうございます!
もしよろしければブックマーク登録の方と後書きの下にあります☆☆☆☆☆から好きな評価で応援していただけると嬉しいです!




