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第十六話(最終話)オレの人生にアイツは必要だった

 二人ともきっと長旅で疲れてるだろうと車を出す。車の場合、駅まで十分もかからない。運転席に座ると同時に、

「あれ? 咲たち、もう駅着いたみたい」

 助手席の紗子がそう言いながら、オレにメッセージ画面を見せてきた。老眼だから近づけられるとむしろ見えんと何度も言ってるのに……。

「思ったより早かったな」

「『一本早い電車乗って来た。ベンチ座ってる。寒いから早く来て』だって」

「はいはい、『すぐ行く』って送っといてくれ」


 平日と言うこともあり、ゆったりとした時間が流れている。その上、二人が来ることを喜んでくれているかのような快晴。もう少し暖かければ、開けた窓から入ってくる風も心地良いだろうが、気温がそこそこ低いのでやめておこう。

「久しぶりに家族が揃うんだな」

「咲が家を出て、もう一年とか早いよね。彼氏まで出来ちゃってさ」

「あっという間だな」

 この一年で駅まで向かう道にある店も数店舗入れ替わり、新しいマンションや家も立った。きっと咲も驚くに違いない。

「今年、咲、二十歳だよ? 早くない?」

「早すぎるくらいだ。ということは、オレたちは結婚して二十年とっくに過ぎてるのか」

「そうだよ~。私なんか専門学校卒業してすぐだったし。専門学校なんてもう遠い昔に感じるもの」


 遡れば遡るほど、いろんなことがあったと思う。

 紗子が高校に通っている間は二人きりで会うことはなく、オレが浅倉家に行って食事を共にし、数日分の食事を手渡してくれた。反対に、休みの日はお母さんと綾子同伴でオレん家に来て、みんなで掃除や料理をするといったサイクルで過ごした。

 このおかげで、少しだけだが一人でも料理が出来るようになった。カレーと肉じゃが、チャーハンなどなど。さすがにおふくろから直接学んだ紗子や綾子の味には負けてしまうが。それでも、オレも少しは出来るんだぞという自信が生まれた。

 高校卒業式が終わるやいなや、紗子はオレの家に転がり込み、その一年後、紗子が調理専門学校卒業を待って結婚。咲の出産を経て今に至る。


 最初の頃は、いつ別れを切り出されるかと内心ヒヤヒヤした。「付き合ってみたらやっぱり違った」と言われれば仕方ない。何度も言われてきた言葉とは言え、紗子に言われたらと思うと胃が痛かった。

 しかし、二十年以上経った今も、毎日栄養バランスがとれた美味い料理を作ってくれ、事あるごとに「好き」とキスを迫って来て、夜はオレの腕を抱きしめて眠る。カワイイが少し手のかかる娘を一緒にここまで育ててくれた。こんなに幸せな生活を送れているぞとまだ二十六歳だった頃のオレに伝えてやりたい。


「仁志さん」

「なんだ?」

「好き」

「……なんだよ急に」

「なんだよ急に、じゃないもん」

「今運転中なんだが」

「えー? 運転中でも言えるでしょ」

「オマエなぁ、そういうのは家でって言ってんだろ」

「いつもより髭剃りちゃんとやって、カッコよさが増してる仁志さんから、『好き』って言葉が聞きたくなって」

「んだよ、それ……。ほれ、もう着くからおとなしくしとけ」

 駅が見えてきた。券売機の近くのベンチに二人が座っているのが見えた。寒そうに二人寄り添って待っている。邪魔にならないよう路肩に停車させ、シートベルトを外す。

「紗子」

 ふくれっ面でドアノブに手をかけようとしている彼女の腕を引き、ぐっと近づく。

「愛してるぞ」

「い、今……⁉」

 顔を真っ赤にし、うろたえる紗子にオレは続ける。

「今はダメなのか」

「いや、そんなことは……」

「オマエからも聞かせてくれるか?」

「えっ……あ、愛してます」

「おう」

 紗子の耳たぶに軽くキスをし、車を先に降りる。そして、助手席のドアを開いた。

「ほら、行くぞ」

 差し出した手を紗子は嬉しそうに握り、二人で駅へと向かった。

<了>

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