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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
根源の書 一章 氷雪の権化、望郷の狂人
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7-電気に踊る機械は雪下へ

カフェ[グラス]を出た陽葵達は、特にこれといって目的地もなく、ガルズェンスを知るための観光として首都バースを巡っていく。


とはいえ、バースを観光するとなればある程度の方向性は決まっており、さらに案内役にニコライがいるとなれば、まず確実に向かう場所がある。


そのため彼女達は、目的地がないと言いつつも真っ直ぐその場所へと訪れていた。




「……さて、なぜここに連行したのか答えていただこうか」


バース1のサンドイッチ専門店へと案内された陽葵……に同行させられているソンは、店の前で目を輝かせているニコライに詰め寄る。


目の前にあるのは紛うことなくただのサンドイッチ店。

ガルズェンスの至る所に設置された調温装置や、正面や店内で目に優しく輝いている看板・照明など、この国ならではの科学がない訳では無い。


しかし、どう見てもバース観光で案内する場所ではないだろう。これには陽葵も戸惑いを禁じ得ず、ソンに至っては苛立ちを隠さずニコライにぶつけていた。


「連行だなんて、そんな人聞きの悪い言い方をしないでほしいものだね。これはただの案内だ。それに、理由は明白さ。

サンドイッチこそバースの名物だからだとも!」

「違う。バースの名物は研究塔、そしてそこからもたらされる神秘の影響下でも問題なく使える科学だ」


だが、もちろんそんなことで怯むニコライではない。躊躇うことなくここが名物なのだと断言し、実際の名物を他国から来た彼に指摘されても構うことなく店内に入っていった。


それも、文句をつけてきたソンはいいとしても、案内するはずであった陽葵までも置き去りにして。

怒りで歯を噛み締めているソンは、呆然としている陽葵と並んで立ち尽くす。


「えっと……あの、私達も入ります……?」

「必要あるか? 君が入りたいのであれば尊重するが、あの男を置き去りにするチャンスだぞ?」

「いやいや、流石に置き去りにするつもりはないですって。

せっかくだし、入りましょう?」

「私はここで待っているというのは‥」

「却下です」


陽葵に促されたソンは、「また店にサンドイッチを、などと言われ続けなければならないのか……!!」などと呟きながら、渋々ニコライを追って店内に足を踏み入れる。


置き去りどころか待つことすら許されなかったので、普段は仏頂面である彼の表情は、わずかに震えていた。




それから店内で起こったことは、概ねソンの危惧した通りである。彼は山のようなサンドイッチをテーブルまで運ばされ、割りと興味がある様子の陽葵と共に延々とサンドイッチトークを聞かされ続けることとなった。


曰く、選んだ具材によってあらゆる面を見せてくれる、完成された食べ物なのだと。

曰く、研究の片手間に手を汚さずに食べられる、学者の友とも言うべき食べ物なのだと。


そして、そんな素晴らしい食べ物なのだから、狩猟ギルドやソンの経営するカフェでもメインにするべきだと。


さらには、好きが転じて彼が開発したというパーフェクトサンドイッチなるものは、どんな食べ方をしても決して崩れないため、具材が均等になり常に完璧な味を楽しめる、などと宣伝じみたことまで。


もはや、お前は科学者を辞めてサンドイッチ店でも開け、と言いたくなる程だ。

陽葵が積極的に聞いてしまったこともあり、ソンにとってはこれ以上ない責め苦であった。




「私は、もう帰る」


ようやくニコライ達がサンドイッチを食べ終わり、店を出ると、ソンは開口一番にそう宣言した。

店内にいた時間はおよそ5時間。


昼などとっくに過ぎており、もし楽しい食事会だったとしても異常な拘束時間である。

その上、その間ひたすらサンドイッチだけを口に放り込まれ続け、その話を聞かされていたソンは限界だった。


普段は仏頂面の彼が、疲れ切った、まるで死人のように白い顔で逃げようとするのも無理はない。

しかし、人生とは苦難の連続である。


今にも逃げ出し、安息のカフェに閉じこもろうと夢見ている彼の前には、さらなる試練が舞い降りた。


「あー! ようやく見つけたっすよニコライ様ぁ!! もう、仕事まるごと押し付けるなんて酷いじゃないっすかぁー!!」


ソンが引き留めようとするニコライ、陽葵をどうにか躱し、力なくその場から離れようとしていると、その進行方向から元気な声が響いてくる。


3人が驚いたようにパッと目を向ければ、そこには陽葵が最後に見た通りの球体に乗っているアレクがいた。

なんとも間が悪いことに、ソンの道を塞ぐ形でだ。


しかも彼は、サンドイッチ狂いと呼ばれたニコライと同じように、ある一点に突き抜けた狂者。

ソンを引き止めようとしているニコライの狂信者である。


球体に乗るアレクを見たニコライは、もちろん彼に指示を出す。逃げ出しかけているソンを捕まえるように、と……


「お互いに十分な利益のある依頼だっただろう? それにしても、いいところに来たねアレク。1時間ほど追加するから、彼を捕まえてくれ」

「い、1時間……!? 了解っす!」

「なん、だと……!?」


ニコライから指令もとい依頼を受けたアレクは、球体を一瞬で改造すると、左右に生み出した機械の手でソンに掴みかかる。


狩人であるソンは身体能力が高いが、長時間にわたる拘束や多すぎるサンドイッチの影響ですり減った精神力のせいで、普段通りの力を発揮できない。


あ然としている間に機械の手に囲まれ、ほとんど抵抗できずに捕らえられてしまう。


「くそっ、なぜ私をここまで同行させたがるのだ……!!」

「ふっふっふ、疲弊すれば警戒も緩むというものだよ。

随分と注意散漫になってきたじゃないか、森の賢者殿」

「はっ……!? この子を利用して情報を聞き出そうとするとは、なんという悪党だ……!! 光とは程遠いぞ、雷学者!!

間違った情報を信じ込み、儚く電光を散らすがいい……!!」

「はっはっは、好きに吠えていたまえよ。回らぬ頭でどこまで罠を仕掛けられるか見ものだな、トラップマスター。

それも、森でなくこの科学の街に」

「ニコさん、なんでそんな悪役ムーブを……?

すごく楽しそうですけど……」

「あはは、戦闘でも討論でも、何かしらをぶつけられるってのはいい気分転換になるっすからね〜」

「はっはっは、いざ尋問もとい観光に行こうじゃないか!」


アレクにソンを捕まえさせたニコライは、機械の手の中でもがく彼を見ながら愉快そうに笑う。

ソンの独特な言い回しにも、悪い笑顔を作った挑発で返しており、いつになくノリノリだ。


彼にこのようなイメージを持っていなかった陽葵は苦笑しているが、狂信者であるアレクは気にしない。

ズンズン先を進むニコライに遅れることなく、ソンを掴んで歩いていき、観光は問題なく再開されることとなった。




再開した観光では、彼らは今度こそソンの思っていた通りの場所を巡る。かなり頻繁に作り直されてはいるが、それでも一応は氷雪に負けずに発電する風車。


気を抜くとすぐに脱線して街を突き進むが、それでも普段は氷雪を弾き飛ばして進む電磁列車などを科学者の解説付きで。


そして現在、彼らは口を割らなかったソンに敬意を表して、カフェ[グラス]にて神秘と科学の話をしていた。


「つまりね、神秘は科学よりも強いのだよ。

科学文明の科学はほぼほぼ全滅し、残ったのは残骸ばかり。

マキナ様が神秘の影響下でも問題なく使える科学を生み出さなければ、室内の明かりのようなちゃちなものしか使われることはなかっただろう。これまで通りの機械では、神秘に晒されれば簡単に壊れてしまうのだから」


テーブルに突っ伏しているソンの隣で繰り広げられているのは、研究塔の科学者2名によるガルズェンス発展の話だ。


神秘が満ちたことで失われた科学。

それを、両方の時代を生きたマキナ・サベタルという聖人が繋ぎ合わせた。


この星を洗ったのが神秘と呼ばれるものなのだから、かつての文明で星を覆っていた科学は間違いなく洗浄対象である。

だというのに、彼はこの時代に科学の灯火を灯したのだ。


それは、この神秘の時代しか知らない彼らからしてもとんでもないことであり、興奮してしまうのも当然だった。


「それでもまだ頻繁に壊れるんすけどね。

だけど、やっぱりあの人が作った神秘を秘める機械はとてつもないもので、(まさ)しく偉業なんす!

だって考えてもみてください? 機械なんていう人工物に、大自然の神秘が宿ってるんすよ!? 君と同じ時代を生きてなかった僕でもわかるっす。今僕らが生きてる世界が、過去とかけ離れている世界だってこと。

そこに、過去と同じような景色を築いている凄さが」

「だが、必ずしもいいことばかりではない。あの方が直接教えた弟子は数多くいたが、現在まで生きているのは3人。私とテレス・シュテルヴァーテ、そしてファナ・ワイズマンだ。

テレスはいい。ただの星見の変人だ。しかし、ファナは……」


興奮して話す彼らだったが、アレクがマキナのしたことがどんな偉業なのかを語るとニコライは表情を曇らせる。

それは確かに偉業。しかし、そこから分岐した道の一つは、決して褒められたものではなかったとのだと。


続いて語られたのは、マキナが機械に神秘を付与するといった形で蒔いた種火から、どのような花を咲かせたのかという話だ。


「かつて……1000年近く昔。最悪の事件が起こった。

マキナ様の弟子から生まれた我ら3人の聖人。その一人であるファナ・ワイズマンの暴走だ。最初は同じように発展を願っていたはずの彼女だが、段々と自身の欲求に負け始めた。

どれだけ非人道的な実験で、マキナ様や我らから止められようと、構わず行ったのだ……」


ファナ・ワイズマン。

自身の欲求に従って、非人道的な実験を繰り返した科学者。


彼女は巨人の細胞から、ガルズェンスの人間の巨大化ができないかと研究し、人体実験を行った。

人に無理やり神秘を付与したらどうなるのかと、セドリックのような改造人間を生み出した。


逆に、生まれる前から神秘であればどうなのかと、3つの戦闘民族を元に人工生命体を作り出した。

直接付与せずに、人工的ながら自然に魔人を生み出せないかと悲惨な記憶を植え付けた。


ついには、生まれたばかりの生命を仮想世界に送り、現実の神秘が成った状況を再現することで、神秘のクローンを製造し始めた。


その他にも、クターに蔓延する疫病を広めてみたり、3つの戦闘民族から薬を作ったりと、様々な実験を。

彼女は研究塔にバレるまで、延々と非人道的な実験を繰り返したのだ。


しかし、それでも彼女の始まりは発展だったのだろう。

どれだけ人を傷つけたとしても、この世界で生き抜く強い人を。いつしか興味に変わっていようと、確かに彼女は進歩を願っていたはずだ。


だからこそ、そんな彼女を弾劾する戦いは、「ガルズェンス進歩の内乱」と呼ばれる。


「この国の人、ちょっと大きいなぁって思ってたらそういうことだったんですね……」


事件の大まかな内容を聞いた陽葵は、わずかに顔をしかめながらも冷静にそう呟く。国全体を揺るがした事件だったが、当事者ではないのでそこまで心を痛めることはないようだ。


犠牲者を悼みながらも冷めた表情をしている彼女を見ると、ニコライも特に非難することはなく笑みを浮かべる。


「ははは、やはり反応が薄いな。神秘も間違いなく人だが、それでも普通の人からは外れているから無理もないが」

「あはは……実際に見れば、辛くなると思いますよ。……もし、私の大切な人が被験者にされたとしたら、怒り狂います。

でも、聞いただけでそうなったら、ただの偽善でしょう?」

「かもしれない。私としては、君も壊れ始めているという説を推すがね。まぁともかく、私は正しくこの国を発展させたい。氷を溶かして、神秘に負けない科学の国を作りたい。

たとえ人が弱いままでも、科学で人は守ることができるのだと。そう彼女に証明したい。……もう、この国にはいないが」


陽葵から事件の感想を聞いたニコライは、彼女の目を真っ直ぐ見つめながらそう宣言する。ずっと眠っていたため事件は知らなかったが、実際にはマキナと同じく科学文明の世代である陽葵に、決意を伝えるために。


すると陽葵も、そんなニコライの態度から何かを感じ取ったのか、大切に大切に言葉を紡ぐ。


「いいと思います。……私は専門家じゃないですけど、何か手伝うことはありますか?」

「そうだな……この国を覆うのは氷雪だ。その解析のためにも、近いうち検査させてもらえないだろうか? 君の、その氷の神秘を。あとは……私達の代わりに魔獣を狩ったり、氷煌結晶という鉱石の採集をしてもらえると助かるな」

「わかりました、狩りとかはソンさんと行きますね!」

「よろしく頼む」


いつの間にか眠っていたソンの意向を無視して、彼女達は彼も巻き込んだ予定を立てる。


氷と雷は、お互いに人の世界を大切にしていた。

いつか道を違えることがあろうとも、同じように大切にしていたのだ。


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