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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
根源の書 一章 氷雪の権化、望郷の狂人
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6-雪は雷光に照らされて

「ソンさーん、いますかー?」


一度アレクと別れた陽葵は、彼の用事が終わるのを待つ場所として、カフェ[グラス]に足を踏み入れる。

もうすっかりソンにも慣れたため、元気に挨拶をしながら。


しかし、もちろんソンがいるかどうかはわからない。

外から軽く見た感じ店内に客がいないことはわかっているが、オーナーであるソンはいたとしても奥だろう。


そのうえ、前回会った時など、なぜか仮想世界でガイドをしていたのだ。彼がどこに現れるかは常識では測れないので、多少ハラハラとした面持ちで入っていくのだが……


「よく会うな、白雪陽葵。私にしては……だが」


果たして店内には、ハープボウを手入れしている狩人――ソン・ストリンガーがいた。

彼は元気に挨拶をしている陽葵に目を留めると、手入れ途中のハープをポロロン……と鳴らしながら口を開く。


その声を聞いた陽葵は、彼がまたどこかへ行っていないかと心配していたこともあり、ホッとしたように歓声を上げる。


「ソンさん! 今日もいてよかった!」

「大抵の場合、私はここにいる。それで、何か用でも?」

「ないです! アレクさんって人の用事が終わるまで、ここで待たせてもらおうと思って」

「なるほど、アレク……ふむ、なぜだ?」

「え? 街を案内してくれるって言われて……」


アレクとの待ち合わせと聞いたソンは、いきなり難しい顔になると腰を浮かせながら問いかける。

彼は話を聞きながらもハープボウを片付けているため、素直に答えている陽葵は戸惑い気味だ。


「……よし、急用ができた。私は失礼する‥」

「ちょ、ちょっと待ってください! なんで急に……!?」

「アレクの用事であれば、彼はほぼ確実にニコライに会う。

ニコライが彼に予定を聞けば、確実に自分の仕事を押し付けて遊びに来る。私はあれとは会いたくない。では‥」


陽葵達の予定を聞くと、ハープボウを片付け終わったソンは、それを抱えて速やかに店からの脱出を図る。もちろん、店の入り口付近にいた陽葵は理由を聞きながら道を遮るが、その間も彼の勢いは止まらない。


低くゆったりとした声で淡々と理由を述べながらも、彼女を躱そうと右に左にとステップを踏んでいた。


しかし、陽葵も会いたくない人が来るかもしれない、というだけでソンを解放したりはしない。

狩人らしい身のこなしで自身を躱したソンに対して、背後から抱き止めるという力技に出る。


「嫌ですって! このお店では他の人とまともに話したことないんですから! それに、かもしれないってだけだし、色々と話も聞きたいです!」

「それならば、今度狩りにでも出よう。あのツアーに参加するくらいだ。多少は魔獣に関心があるのだろう。

ここには確実に来るから、話ならその時で。では‥」

「狩りには行きます! でも、今も話します!」


理由を話しはしたが、特別深い理由でもないため陽葵は折れず、彼は体の向きを入れ替えられて止められた。


ならば……とソンは代替案を出しながら彼女を引き剥がすも、陽葵はその案を受け入れた上で今も話すと主張し、再びソンを捕まえてしまう。


さっきの反省を活かしてか、今度は引き剥がされないように右腕を背中で固定しているので、いくらソンでも手荒な真似をしなければ抜け出せない。


現在の状況に目を見開いたソンは、陽葵と暮らしている女性のこともを含めて、苦々しげにぼやき始めた。


「なん、だと……!? くっ、流石はあの身勝手な星の娘。

氷惑星でも熱量は十分か……!!」

「なに訳のわからないことを言ってるんですか?

ほら、とりあえず座りましょう? 暇なんで、何か面白い話してくださいよ。アヴァロンのこととか」

「必要以上にアトラ・アステールの影響を受けないでくれ、と言っている。……はぁ、仕方がない。どうせあの森には入れないだろうが、だからこそ。あまりの面白さに森に焦がれ、氷が溶ける程に話してくれる。抱腹絶倒を覚悟しろ」

「あはは、ありがとうソンさん!」


陽葵にテーブル席まで引っ張っていかれたソンは、覚悟を決めた様子で大人しく席につく。

そして、どこかアトラを思わせる笑顔を浮かべている陽葵に、決して部外者が知ることのできない話を始めた。




「えぇ!? 本当にそんなバカな人がいるんですか!?」

「ああ、いる。あのルキウス・ティベリウスという男は……」

「こんにちは。ここで白雪陽葵さんと待ち合わせをしていると聞いて来たのだが、いるだろうか?」


陽葵がソンからアヴァロンの話を聞いていると、しばらくしてからカフェ[グラス]のドアが開かれ、カランカランという音が響いた。


入り口に目を向けるまでもない。

ソンが予想していた通り、その言葉にあった陽葵への呼びかけの通り、声の主はニコライ・ジェーニオだ。


話を遮られたソンは、心の底から嫌そうに深いため息をつくと、頭を振りながらつぶやく。


「……ほらな」

「本当に来ましたねー……」

「うん? おお、いたな。私がわかるかな? 陽葵くん」


陽葵がソンに笑いかけていると、入り口で店内を見回していたニコライも彼女達に気がつく。

スタスタと歩いてきてから、陽葵に確認を取り始めた。


「流石にわかりますよ。最初に色々と教えてくれましたよね、ニコライ・ジェーニオさん」

「うむ。ニコライと呼んでくれていい」

「わかりました。……ニコさん」

「……ふむ。それもいい」


アトラ、ベガ、ソン、セドリックと仲良くなっていたからか、陽葵はいつになく距離の詰め方が早い。

セドリックらと違ってちゃんと認識していたとはいえ、挨拶を終えたニコライをもう愛称で呼び始める。


これには流石のニコライも限界まで目を見開いており、驚きを隠せていない。直前まで自分のことを覚えられていて満足そうに頷いていた彼だが、二度目でもう愛称で呼ばれるとは思っていなかったらしくタジタジだ。


もっとも、やはり一瞬で気を取り直しているため、陽葵も特に気にせず事情を聞き始めているが。


「それで、なんでニコさんが来たんですか?

アレクさん、忙しくなっちゃいました?」

「その通りだ。だから代わりに私が来た。それはそうと、実に興味深い話をしていたように思うのだが……」

「却下だ。失礼する」

「待ち給え」


陽葵の言葉に頷きつつ、ニコライが先程まで彼女達のしていた話について言及すると、ソンは陽葵が来た時と同じように腰を浮かせる。


しかし、待ち構えているニコライを超えられるはずもなく。

陽葵と同じように逃がすつもりのない彼に肩を押さえられ、その場に留まることを余儀なくされてしまう。


「なるほどなるほど、どうやら学者にだけは話したくないと見える。ならばどうだろう? ひとまず、陽葵くんの案内に君も同行するというのは」

「却下‥」

「わぁ、いいですね! 一緒に行きましょう!」

「……」

「返答は?」

「決して口を滑らせることはない。それだけは覚えておいてもらおうか、サンドイッチ狂い」


あからさまに含みのある提案に、すぐさま拒否しようとしたソンだったが、陽葵が歓声を上げたことで口をつぐまざる得なくなる。


さっきも最終的に陽葵に負けていた通り、純粋に懐いている様子の彼女に対してはあまり強く出られないのか、彼の同行も決定だ。


渋々了承したソンは、肩を押さえつけるニコライの手を跳ね除けると、ぶっきらぼうに吐き捨てる。


「ニコライだよ。覚えておいてくれ、森の賢者殿」

「私はただの狩人だ」


ソンとニコライがバチバチと目線をぶつけ合う中、陽葵の首都バース観光が始まった。



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