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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
根源の書 一章 氷雪の権化、望郷の狂人
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5-雪は機械に降り積もり

陽葵がセドリックと共に、ソン・ストリンガーの雪山ツアーに参加してからさらに数日後。

目覚めてから何度目かの外出をしていた彼女は、研究塔の目の前で中に入るかどうか逡巡していた。


「……!!」


口をきゅっと結び、眉間にしわを寄せている彼女は、他に人がいないこともあって、時折体に積もった雪を払い除けながらも純白の研究塔の前をうろうろと回り続ける。


見るからに科学者ではないため、明らかに不審者だ。

しかし、それも仕方がないことだろう。

今日彼女がここにやってきた目的は、ニコライが言っていた同じ時代を生きていた者に会うこと。


知り合いかもしれない人、家族がどうなったか知っているかもしれない人、ベガよりも具体的な事実を知るかもしれない人なのだ。


微かな希望であり、より深い絶望に叩き落されかねない人物に会おうとしているのだから、尻込みしてしまうのも当たり前だった。


だが、科学者の集まる研究塔の前でずっとそうしていれば、やがて彼女の前には人が現れる。

彼女が塔を見上げながらくるくる回っていると、背後からのんびりとした足音が聞こえてきた。


ピタリと動きを止めた陽葵が振り返ると、そこにいたのは白衣の下につなぎ服を着ている男性。

書類を確認しながら研究塔に向かっていた彼は、目の前で固まる陽葵に気がつくと目を丸くして声をかけてくる。


「あ……」

「あれ? 白雪陽葵ちゃんじゃないっすか」

「えっと、はい。白雪陽葵です。あなたは……?」

「僕はアレク・ロディンギンっす。アトラさん達と一緒に、君が目覚める瞬間に立ち会った技術者っすよー。

よろしくどうも〜」

「あ、はいよろしくお願いします」


明るく自己紹介をしてくるアレクに、陽葵も安心したように微笑んで挨拶を返す。前回のセドリックと違って、白衣を羽織っていたことで信じやすかったのだろう。


もちろん、同じ明るい性格でも、荒っぽいセドリックと違って朗らかだったというのも大きいようだが。

ともかく、陽葵は事情を知っていそうな人に出会えて緊張を緩め、アレクは人の良さそうな笑みを浮かべて問いかける。


「それで、今日はどうしたんすか?」

「えっと……以前、私と同じ時代を生きていた人がいるって言ってたと思うんですけど、会ってみようかなぁ……って」

「あー、マキナさんに会いたいんすね。けど、少し怖いと」

「は、はい」

「うーん……なら、マキナさんに会う前に少し街を見て回らないすか? あの時代から生き続けてるような人が、どうやってこの世界を生きてきたのか知るのもいいと思うっす」


陽葵の目的を知り、うろうろしていた理由を察したアレクは、少し考えてからそう提案する。


国を発展させたり便利な物を作ったり、科学を役立てている人ならば、それを見ることで少しは人となりを知ることができるだろう……という、科学者ならではの視点だ。


もっとも、陽葵の不安は少しでも知っている人であってほしいけど現実的ではない、みんながどうなったか知りたいけど知るのが怖いといったものなので、的外れではあるのだが。


「街を……」

「その恐怖がどんなものかは他人にはわかんないっすけど、少なくとも未知じゃなくなるだけいいと思うっす」


しかしそれでも、会うのが気遣ってくれる人かどうかわかるだけでも、気が楽になるものだ。

最初は乗り気ではなかった陽葵も、アトラなどに大切にされていることを思い浮かべると、控えめに同意する。


「そう、ですね。えと、案内とか……」

「いいっすよ。発案者っすから。あ、ニコライ様に書類だけ渡してくるんで、ちょっと待ってもらっていいっすか?」

「大丈夫です」

「じゃあ中に……は入りづらいっすかね。えっと、近くの店とか……ああ、いいのがあるっすね」


陽葵の案内をすることを承諾したアレクだったが、研究塔に向かっていただけあって用事がある。


中で待つのは気まずいと気遣う彼は、耳から外した機械を腰に付けている鞄から取り出した部品であっという間に改造すると、近場からいい店を探し出した。


この機械というのは、どういう原理か浮いている上に段々と大きくなっていく薄い楕円形のもので、もちろんどんな店を見つけたのか、どこにあるのかは陽葵にはわからない。


そのため、彼は口で説明しながら、続いて懐から完全な球体の機械を取り出すと、同じように改造していく。


「すぐそこにね、普段から空いている店があるみたいっす。

みたいというか、昔行ったこともあるしオーナーも有名なんすけど。あそこそんなに寂れてるんすね、あはは」


(お客さんが少なくて、有名なオーナー……まさかね)


「はい、この丸いのに付いていけば辿り着けるっす。

よろしく頼むっすよ、ブンブン丸〜」

『お任せください、マスター』

「わ、喋った……って、それよりも何ですかそれ!?」

「うん?」


寂れている店に心当たりのあった陽葵がぼんやりしていると、やはりあっという間に改造を終えたアレクが球体を放り投げる。


それは取り付けられた画面にデフォルトキャラが映し出され、上端部分にプロペラを付けられた案内用ロボットだ。

しかし、それよりも陽葵を驚かせたのが……


「待たせちゃ悪いから、急ごうと思って今作ったんす。

ちょっと施設を壊しそうっすけど、直せばいいっすからね」


道案内のロボットを陽葵の前に投げたアレクが乗っている、椅子のように凹みのある球体。

それも、耳から外した機械と同じように浮いており、背部分には人のように手がついているものだ。


さっきまで何もなかったのにいきなり現れたこと、一瞬で作ったこと、人を乗せられること、人の歩行速度より速く飛ぶらしいこと、その全てが驚愕に値するものだろう。


何でもないことであるかのようにしれっと答えるアレクに対して、陽葵は混乱を隠すことができなかった。


「え、えぇ……!? 今、一瞬で……?」

「そうっす。それじゃあ、また後で会いましょー」

「え? あ、はい」


目を見開いて驚く陽葵だったが、それでもアレクは気にしない。日常になっているならば当たり前ではあるが、「そう」の一言で済ませてさっさと研究塔に向かって飛んでいってしまった。


「えぇ……? あれが、神秘? とんでもないなぁ……

アトラさんや私も、あのレベルのことが……」


アレクが研究塔に入っても、しばらく陽葵はあ然としたままその場に立ち尽くす。だがやがて我に返ると、軽く頭を振って案内ロボットの示す方向へと歩き始めた。




~~~~~~~~~~




「あはは、やっぱりここなんだ……」


案内ロボットに導かれること数分。

雪を払い除けながら立ち止まった陽葵が見上げるのは、雪国であるこの国には少し似つかわしくない、青々とした生命が輝く森のようなカフェ[グラス]だった。


葉っぱに多少雪が積もっているが、それでもなお生命の輝きが眩しいくらいの青々とした店。アレクが言っていた通り、外から見ても客はほとんどいない。


実に閑散とした、もはや森そのものと言いたくなるような店である。陽葵が苦笑いを浮かべるのも当然だ。


「ソンさーん、いますかー?」


数秒困ったように笑っていた陽葵は、すぐに気を取り直すと雪を払って店内に踏み込んでいった。


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