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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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28-怨霊を祓う悪夢・後編

本日3度目です。

クロウ達が合流を済ませ、怨霊に向かって走る中。

霧に視界を覆われている巨大な異形は、誰かに蹴り飛ばされたかのように頭から倒れ込んでいく。


少し前までは虚空や自分の腕などを殴っていて、ついさっきは地面を殴っていたというのに、唐突に。

とはいえ、それもそこまで不可解ということもない。


クロウ達より先に怨霊の前に立っていたのは、あの海音がいる第一部隊なのだ。たとえ斬ることを封じられたとしても、相手がどれだけ巨大であろうとも、その身一つで圧倒できるだけの力がある。


彼らは特に驚くこともなく、むしろどうやって登れば良いのかと頭を悩ませていたので嬉々として怨霊に向かう。


「お、ラッキーだな。拳銃商人と爪牙少年、あと幸運でどう声を届かせるんだって思ってたけど、直接耳元行けるぞ」

「へへっ、つまり兄ちゃんの幸運だろ? いいなー。

おれが使えんのは牙と爪だから、本当に無のうだぜー」

「ひひっ……あたしも、拳銃なければ泣くだけ。悲しい……」

「でも、あんたは周りのやつらも泣かせるじゃん。

使い方次第だろーし、実さいうまいこと使ってんじゃん」

「……そう? ふへへ」


屋根の上を飛び跳ねて進む彼らは、こんな状況にも関わらず雑談を続ける。おそらく海音が怨霊を薙ぎ倒しているので、かなりリラックスした様子だ。


もっとも、クロウは緊迫こそしていないながらも、比較的真面目な表情をしているので、単純に鬼人2人の緊張感がないだけのようだが。


ともかく彼らは、今にも起き上がろうとしている巨大な怨霊の腕によじ登ってしがみつき、足や胴体を登る時間を短縮して大空に到達した。


「ぐうぅっ……!! 風圧結構ヤバいな……!!

気を抜いたら吹き飛ばされそうだ……」

「おーれは爪で止まってるけど、動けねーよー……!!」

「あ、あたしは……もう、無理っ……!! 悲しい……」

「あんた、笠とか籠とか外せよ……!!」


だが、怨霊によじ登ったら流石にその余裕もなくなる。

立ち上がった怨霊が、おそらくは海音達を殴ったり踏みつけようとしたりしていることもあり、声も途切れ途切れだ。


登る時間を短縮できたことはよかったものの、動き回る腕にしがみついたことでかなり苦しそうだった。


クロウは右の碧眼を起点にして、全身に青いオーラを纏って身体能力を上げてしがみつき、虎熊童子は鋭い爪を引き立て、ラメントは涙を流しながら滑り落ちていく。


それを見た他の2人は、ツッコミを入れながら必死に手を伸ばして彼女を引っ張り上げた。


「あ、ありがとう……悲しい……」

「喜べよそこは……」

「あはははっ、それでどうする兄ちゃん……?

けっこーギリギリだぞ、これー……」

「次腕が止まったら、俺がラメント抱えて走る……!!」

「おっけー……!!」


2人がかりでラメントを支えるクロウ達は、苦しげに顔を歪めながらも振り落とされることなく、冷静に次の行動を決める。


しがみつく腕が振り回される風圧で髪は逆立ち、ラメントの笠や籠が凄まじい圧力を与えてくるが、じっと機を待つ。


するとその数分後、地上にいる誰かが腕を受け止めて離さないのか、怨霊は前かがみに腕を振り下ろした体勢でピタリと止まった。


それを確認したクロウ達は、荒い息を吐きながらもすぐさま肩への移動を実行していく。


「よし、行くぞ!!」

「任せとけ!」

「お願いする、悲しみ……」


クロウは幸運の神秘だが、右目が碧眼になってからは全身に青いオーラを纏うことで身体能力を劇的に上げる事もできるようになっている。


泣き続けるラメントを抱えた彼は、ほぼ身体能力に特化している金熊童子に負けず劣らずのスピードで、怨霊の腕を駆け登っていった。


「よっし、聞こえてるかかつての鬼神(きじん)!!

俺は八咫の外から来た、あんたらには無関係の人間……そして大嶽丸を殺した張本人だ!!」


肩までやってきたクロウは、ラメントを下ろしてから大声で目の前にある巨大な顔に叫びかける。


彼ら怨霊は、大嶽丸が八咫の人間を滅ぼし損ねたことで荒ぶり始めた。ならば、その大嶽丸を殺した者として名乗り出ることで、怨みを分散させよう。


彼は怨霊がかつて呪った八咫の人間ではないのだから、少しでも荒ぶることに疑問をもたせよう。

それが、今彼らがここにいる意味だ。


しかし、怨霊は再び暴れようと、押さえ付けられている腕を解放するために暴れ出す。呼びかけるクロウに返されるのは、意味は通じないながらも怨みの籠もった音だった。


「大嶽丸を殺dqmk……33<我ofc;を見weq>q@t@c;f自然k摂理w@3\4>3;f6前を殺c4sdqkq@to<x;w文句fe5je」

「何言ってるのかはわかんねぇけど……

あいつらの復讐を止めたのは、何もあんたらを迫害した人間の子孫だけじゃねぇ!! 今の八咫には大陸の人間も多い!!

あんたらも元は人間だったなら、無差別に殺して憎悪を振りまくのは、やめてくれ。八咫は今、変わってるんだ……!!」

「……我ofqq@<悲dekq@>

我ok友t@人間を信d@94sdqbsm知Zwe.>c;w@m……!!」

「悲しい……ご先祖様方は人に傷つけられた……悲しい……ご先祖様方は人を怨んで再び連鎖を生もうとしている……

悲しい……あたし達は願いを汲まされている……悲しい……あたし達はせっかく得られた平穏を捨てさせられている……」


まだ納得していなそうな怨霊の反応を見たラメントは、笠で隠れていた顔を上げてその目を射抜く。

涙に濡れた瞳で、彼らの子孫として情に訴えかけるように。


彼女の能力の影響を受けたことで、隣に立っているクロウや虎熊童子も涙を流していた。

そしてもちろん、目の前にいる怨霊の目に浮かぶのも涙だ。


意図していない涙であろうとも、それは確かに泣いている。

たとえ本心でどう思っていても、涙は怨霊の心に怨み以外のものを生じさせることだろう。


しかも、ここにはまだもう1人残っていた。

最後の1人である虎熊童子は、旗のように長い袖をした和服を軽くめくり、治せたはずの銃創を露出させて怨霊を揺さぶりにかかる。


「おれさ、あんたらがあばれるせいでこの姉ちゃんと戦ったんだよな。ほら、こんなキズできちまったよ」

「]<]$……我okpew@余計u血t@流;.kf……dtd<c;w@m我of……e7<今生gwe.者をb;q@:悲djpwr.bst?」


子孫であり同胞でもあるラメントの涙、虎熊童子の生々しい傷を見せつけられた怨霊は、戸惑ったように弱々しい音を出す。


変わらず意味はわからないが、随分と揺さぶりはかけられたようだ。これが彼らが来た意味であり、役割。

徹底して情に訴えかける……それが第二部隊の役割だった。




「さーて、クロウは危なげなく任務遂行中と。

じゃあ次はあんたらだよ。迷わず行けるかい、雷閃?」


屋根の上から彼らの様子を眺めていたニルヴァーナは、怨霊の動きが若干鈍ったことを察して下に声をかける。

すると、ドグマの能力下にある地上の安全地帯からは、雷を纏った雷閃が笑顔で飛んで来た。


「あはぁ、任せといて。僕はこれでも将軍さ。あんなに大きな標的がいて、流石に迷子には……ならないよ?」

「スハァ……不安そうにするんじゃないよ。

どっかに潜んでるアンノウンがパートナーだ。

きっと軌道修正はしてくれるさ」


ほんわかと笑っていた雷閃だったが、流石に自分がよく迷子になって放浪していることは自覚していたらしい。

自信満々に胸を張りながら、途中で不安そうに疑問符を浮かべてニルヴァーナに呆れられている。


とはいえ、彼女の言う通り彼も1人ではない。

真っ先に足止めに当たる、最初から待機していた海音はもちろんのこと、ここから指示を受けて動いたクロウにも部隊の仲間がいたのだ。


姿は見えないが、雷閃にもアンノウンという頼りになる隊員メンバーがいる。里で道案内をしてもらったのもそれなので、彼は安心したように呑気な笑みを浮かべていた。


「あははー、どこいるかわからないけど……

それを見つけることが僕の役目だもんねぇ。大変だなぁ」

「大変だから、将軍様がやるんだろう?

さ、行ってきな。頼むよ第三部隊」

「おっけぃ!」


"急雷特攻"


ニルヴァーナの鼓舞に意気揚々と返事をした雷閃は、全身に雷を纏って空を飛び立った。

彼は高速で飛んでいるため、見送る時間など一瞬だ。

あっと言う間に遥か彼方へと消えていく。


「じゃあ、最後にあたしらだ。覚悟は良いかい?」


すぐに遠くへ去った光を眺めながら、ニルヴァーナは下に声をかける。すると、今までの誰よりも緊張した様子で浮いてきたのは、今回の調査を始めた役人――政所次官の雫だった。


彼女は自身を浮かせてくれたロロにお礼を言うと、ゆっくりと七死の殺し屋に視線を向け、重い口を開く。


「……はい。行きましょう、ニルヴァーナ」





"急雷特攻"


ニルヴァーナの鼓舞に意気揚々と返事をした雷閃は、背後で行われるやり取りを置き去りに空を飛ぶ。


雷鳴と同時に、怨霊の周囲へ網を張るように雷の道を作り、まずはパートナーを見つけ出すべく視線を忙しく巡らせる。


すると、そのわずか数秒後。

彼はもう不可視のアンノウンを見つけたのか、街のある一点を見ながらポツリと呟いた。


「ん〜……あれ、かな?」


瞬き一瞬のうちに数往復はしてそうなスピードで、それでも彼は的確に目的の人物を見つけ出す。

もちろん、以前までの彼ならばその速度は長く保たなかったし、動体視力的にも目で追えるか怪しかっただろう。


だが、今の彼は神にまで至った神秘――聖神(せいじん)だ。

雷という概念に近い存在である彼は、問題なくそのスピードを出し続け、ほぼ完璧に不可視の鬼人をその目で捉えた。


何の変哲もない家屋。

流石に威力や精度の問題で速度を落としながらも、その影に飛んでいくと、彼はそれの手を取って大空へ舞上る。


「あはぁ、やっぱりいたねぇ。さっきぶり、アンノウン!」

「……」

「うん、返事はいいよ。君は虎熊童子くんも知らなかった。

存在も姿も性別も未知なアンノウン……なんでしょ?

君はただ、僕のそばにいてくれればいい。

それだけで、僕という八咫(将軍)の証明になるから」


手を引かれながらも無言を貫くアンノウンに、雷閃は特に意に介した素振りもなく笑いかける。

目標は、500メートルなど優に超える巨大な怨霊の目の前だ。


怨霊の周囲へ網を張るように作っていた雷の道は霞の如く消え去り、今度はそれの目の前に向かうべく、雷の道筋が輝きを放つ。


「……ん? 自分で行くの?」

「……」


縦横無尽に空へ輝きを描きながら準備を整えていた雷閃は、いよいよ実行するぞというタイミングで、なんの脈絡もなく隣を見た。


どうやら、手か肩を軽く叩かれ合図をされたらしい。

それだけの仕草で彼は意図を察すると、ほのぼのと笑いながらその手を離す。


彼は八咫国将軍――嵯峨雷閃。

相方は七死の未知――アンノウン。


2人は対等な立場であり、たとえ見えなくても国の代表である将軍はそれの存在を感じ取る。


ただ、空へ。何者にも阻まれることのない、煌めく夜空へ。

何よりも輝かしい一筋の光と、一切存在を認知できない虚空の揺らめきは、互いが互いに負けない速度で怨霊の目の前に到達した。


「あはぁ! やっほークロウくん!

第三部隊、ただ今到着だよー!」

「うえぇ!? もう来たのかよお前!?」


怨霊の肩の上には、少し前から情に訴えかけて揺さぶりをかけているクロウ達がいた。とはいえ、雷閃にとっては彼らがいようがいまいが関係ない。


奇跡のような正確さで空中のアンノウンと合流すると、宙にふわりと浮かびながら怨霊に呼びかける。


「こんばんは、鬼神(きじん)の皆様方。僕はこの八咫国の将軍――嵯峨雷閃です。多分、この場でもっとも敵意を向けられるべき存在……かな。一方的な敵意を向けたことはないけれど、確かに僕は先代の意志を継いでいるのだから」

「……」


クロウ達の訴えかけが聞いているのか、怨霊は雷閃達を見ても暴れることなく、無言で視線を飛ばす。その瞳を真っ直ぐ見返す雷閃は、優しく微笑みながら重ねて語りかける。


「僕の隣には今、姿の見えないアンノウンがいる。

もちろん、自分の力で見つけて手を取った存在だよ。それと同じように、たとえ目に見えない鬼人の苦しみからだって、もう目を逸らしはしない。手を取り合って、生きていこう」

「……」

「まだ迷ってるのかい、ご先祖様?」


目を泳がせながらも、未だ怨霊が成仏することなく瞳に強い光を宿していると、クロウ達がいるのとは逆の肩から、低い女性の声が聞こえてくる。


ほんわかと笑う雷閃が見据えるのは、これまで怨霊に語りかけてきた聖人や魔人とは違って、本当にただの人間である雫と共に立つニルヴァーナの姿だ。


彼女は高速移動ができる雷閃とは違って、単純に走ってくるしかなかったはずなのに、彼のほんのすぐ後にこの場に現れていた。


「スハァ……環ちゃんが飛ばしてくれたよ、ご先祖様。

あんたらのまとめ役であった、鬼神(きじん)の崇徳魂鬼様が……だ」

「……」


相変わらずタバコを吸いながら、死んだ目で怠そうにしている彼女は、黙り込んでいる怨霊に語りかける。

どうやら、彼女は環の髪を操る力によって、かなり力尽くでこの場まで飛んできたようだ。


雷閃は朗らかに笑っているが、反対側にいるクロウ達はドン引きの表情をしている。隣に立っている雫も、半分は神秘と言える仙人ではあるが、まだまだ丈夫さが足りず顔が青い。


「ただの人間でも鬼人に付いてこようとしている。

今まであんたの前に現れた聖人や魔人ではない。

神秘ですらない、本当にただの人間でも変わってるんだ。

神にまで至った貴方がたが不幸を振りまいてどうする。

今を生きているものは、みんな平穏を願っている。

それは神ですら例外じゃない。ほら、そっちを見なよ」

「……!!」


ニルヴァーナに促された怨霊は、自身の隣に浮かぶ真っ赤な落ち葉船を瞳に映す。その船に乗っているのは、当然義姉となった卜部紅葉(うらべもみじ)に抱かれている卜部(たまき)だ。


彼女はかつて怨霊となった彼らと共に苦しみ抜き、それでも死を選ばず大嶽丸と共に八咫を滅ぼそうと暴れた鬼神(きじん)――崇徳魂鬼(すとくたまき)


そんな彼女の笑顔を守るように立っているのは、以前は鬼神(きじん)に従うフリをしながら一族の恨みを消そうと暴れた死鬼の1人――鬼女紅葉(きじょこうよう)


怨霊となってしまった彼らと同じ目線に立てる者で、同時に実際に滅ぼそうと動き、それを飲み込んだ者達だった。


目の前には、同胞である鬼神(きじん)、子孫の鬼人、他国からの客人である魔人、八咫を代表する聖人、その部下であるただの人間が勢揃い。


彼ら怨霊が取る行動は、ようやくその場に立つことができた子孫を苦しめ、かつての同胞までも苦しめる。

巨大に膨れ上がった怨霊は、ゆっくりと縮んでいき、やがて煙のように消えていく。


その最後は、人間だった頃を思い出すように安らかだった。


「スハァ……こんなに優しい殺しは初めてだよ、まったく」


消えゆく精霊に、殺し屋は穏やかな表情で語りかける。

彼女の役目は常に殺しだ。しかし、今回の殺しは間違いなく救いとなるものだった。


……大陸から離れた八咫という島国には、決して絶えない怨みが巣食う。その最後の残滓が、ここに消えた。


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