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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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27-怨霊を祓う悪夢・前編

本日2度目です。

「またここに来るとはな……それも、ナイトメアと一緒に」

「んーんー、んー」


愛宕の街に立つクロウは、プリズナーに拘束されたまま暴れる道化師を見つめながらしみじみと呟く。

ここは愛宕の街……その形だけを模写した悪夢の中だ。


今からここに、今まで七死が抑えてきた怨霊が現れる。

だが、もちろん既に死んで魂だけとなった鬼神(きじん)を恐れる心配などない。


今回の悪夢には、彼以外にもたくさんの仲間がいた。

前回も同行していた海音やロロはもちろんのこと、紅葉、環、雷閃、雫などの人間側で問題解決を目指した仲間たち。


ドグマ、ラメント、ミラージュ、ニルヴァーナ、プリズナーなどの、暗部としてずっと密かに戦っていた仲間たち。

ついでに、猿ぐつわ付きで拘束されている、悪夢の提供者とも言えるナイトメアと目を離せないエニグマもいる。


たとえ前回のように巨大な鬼神(きじん)が現れたとしても、きっと何の問題もなく乗り越えることができるだろう。

ナイトメアの力によって引き込まれた怨霊が、空を不吉な色に染め上げられていくのを、穏やかな顔で見上げていた。


「ははっ、この2人は俺が責任を持って監視しとくから、安心しててくれよな。その分、除霊には手を貸せないけどさ」

「スハァ……あんたはそれが役目だからいいんだよ。

気になるなら、ついでにドグマの通訳もしててくれ」


今回の作戦を指揮するニルヴァーナは、相変わらず怠そうにタバコを吸っていた。屋根の上で足を組み、空を見上げながら、クロウ達の会話に入ってくる。


その言葉を聞くと、少し申し訳無さそうにしていたイケメン女性は、少しはスッキリした様子で爽やかに笑う。


「あはは、本当に喋らなくてびっくりしたよねぇ。

こんなに目が離せない人っていたんだー」

「えっと、将軍様が言えることではないかと思いますが……」


もちろん、人間側と鬼人側の関係も良好だ。

ドグマのことが話題に上がると、少し前に案内されて彼女とも話そうとしていた雷閃は、ほんわかと笑い始める。


しかし、人間の――八咫幕府の側で目が離せない人といえば、まず真っ先に名前が上がるのは雷閃だ。


さっきだって、アンノウンに案内されなければどこに行っていたかわからない迷子に、雫は控えめに言葉を返す。

それを聞いたプリズナーは、また楽しげに笑っていた。


近くでずっと黙って聞いているドグマが、ニッコリと微笑んでいるのは言うまでもない。環やロロ、その他プリズナー達のための安全地帯は、悪夢の中でも平和である。


「さて、出てきたよ。まずは第一部隊だ……」




空は不気味に輝き、吹き荒れた嵐の中には巨大な鬼神(きじん)の姿が現れる。それは、硬質化した肌に立派な角を持つ、神にまで至った鬼の人……その成れの果てである怨霊。


全身から角を生やした異形の人型、山すらもお手玉にしてしまうような巨人の鬼、圧倒的に悍ましく神秘的な存在だ。

しかし、時間はたっぷりあったため、当然備えはある。


500メートルを超える巨体を持つ怨霊の足元には、それと比べると蟻のように小さな、3つの人影が立ち塞がっていた。


「現れましたね。もう既に巨人のように大きい……

反撃は駄目らしいので、気をつけてください」

「あなたに言われたくないんだけど!?」


屋根の上にいるニルヴァーナが見据える先。

特に怪しい空模様になっていた場所の下では、怨霊と対峙する第一部隊である海音、金熊童子、ミラージュがいた。


彼女達は異形の怪物である怨霊を見ても普段通りで、1番反撃しそうな海音が注意を促したことで、彼女の性格をよく知る金熊童子は勢いよくツッコミを入れている。

これが仕事に含まれるのか、ミラージュはだんまりだ。


「聞いてください、金ちゃんさん」

「金ちゃんって言うなっ!! 虎熊童子に聞いたわね!?」

「たしかに反撃はだめだと言われましたが、それでこちらが死んでは意味がないのです。斬りましょう」

「言ってるそばから何それ!? ここは夢の中よ!?

こっちにはナイトメアがいるんだから、死なないわっ!!」


直前に反撃はだめだと言ったはずの海音は、今のやり取りで何を間違ったのか、いきなり斬ることを望み始める。

山よりも大きい、人と蟻くらいの体格差だと言うのに、迷うことなく斬ることを選ぶ……あまりにも脳筋だ。


異形の怪物を見てトチ狂ったと言われた方が、鮮やかな手のひら返しの理由として、まだ納得できるだろう。

もっとも、彼女ほどの実力者が狂うことなどあり得ないので、やはりただ斬りたくなっただけだろうが。


そして、ただ考えるのが面倒で斬りたくなったのなら、彼女が止まることもない。


金熊童子のツッコミを清流のように軽やかにスルーすると、『私は何もしていません』とでも言うような、凛とした表情で刀の柄に手を添えた。


いきなり暴走を始めた海音に、金熊童子は大慌てだ。

もはや言葉による説得は諦めて、彼女に抱きついて力尽くで止めようとする。


「やーめーなーさーいっ!! また七死が敵になるわよっ!?」

「なるほど、すべて斬りましょう」

「はぁぁぁ!? 今までコイツは誰が制御していたのっ!?

ちょっと、あんたも手伝いなさいよミラージュっ!!」

「……」


金熊童子の言葉に問題はないはずなのに、海音の暴走は止まるどころかどんどん悪化していく。あ然として叫ぶ彼女は、ついにミラージュにまで助けを求め始めた。


その叫びを聞くと、ミラージュは無表情のまま視線を彼女達に向ける。レザースーツに包まれた肢体は彫像のように微動だにしない。しかし、いよいよ金熊童子が力負けしようかという瞬間、彼女は溶けるように消えていった。


海音の手を押さえながらも、睨み殺さんばかりの強さで彼女を見つめていた金熊童子は、口をあんぐりと開けて硬直してしまう。


「む……背後に温もりを感じます」

「……」


逃げたかと思いきや、ミラージュはいつの間にか海音の背後にいた。金熊童子のように力強く拘束しようとはせず、ただそっと彼女を抱きしめている。


ぬいぐるみでも抱きしめているかのような力加減だ。

明らかに止め方を間違えており、海音の手が普通にゆるゆるであることに気付いた金熊童子は震え声で確かめていく。


「え、そのふんわりした優しいハグで止められるとでも?」

「……」

「この仕事は、意思疎通が必須なのよ!?

いい加減喋りなさいよミラァァァージュゥゥゥッッッ!!」

「え〜? 喋るのって疲れるじゃん。2人分の人格を考慮した言葉選びなんて、考えるだけでも眠くなる。ふぁあ……

ぼくは体を動かすだけがいいよー」

「あんたらッ……!! もう、大っ嫌い!!」


激昂する金熊童子に、ミラージュは無言の方がマシだったのではないかというような言い草で意思表示をした。


海音に続き、彼女までもが自由人。

とことん振り回されている金熊童子は、ついに両者を嫌いであると宣言してしまう。


とはいえ、傍から見れば彼女達は仲良しでしかない。

前から金熊童子、後ろからミラージュが海音に抱きついているのだ。それが仲良しでなくて何だというのか。


海音の暴走によって生まれた奇妙な光景は、濃くなる影の中その真意に逆らうように癒やし空間を生み出し、そして……


「はっ……!? しまった、こんなことしてる間に攻撃が……!!」


勢いよく空から降ってくる、しばらくずっと予備動作をしていた巨大な怨霊の腕に押し潰されて、消えた。




「……何をやってんだい、あの子達は?」


遠くからその光景を見ていたニルヴァーナは、なんの抵抗も足止めも囮もできずに消えた彼女達に、すっかり呆れ返ってため息をつく。


いくらここが悪夢の中だとはいえ、潰されれば夢の中での体は一度壊れるし精神的なダメージもある。

復活できるにしても、数分はかかるだろう。


第一部隊が瞬殺されたことで、彼女は屋根の上から第二部隊を出撃させるべく下にいる者に声をかけた。


「はぁ、仕方ないね。じゃあ、クロウ。次はあんた」

「おう」


"モードブレイブバード"


彼女に指名されたクロウは、右の碧眼を青く発光させると、それに付随したように全身も青く輝かせる。

神秘によって身体能力が上がっており、そのまま屋根の上にまで飛び上がって来た。


「どっち行く?」

「重心的に右」

「了解だ。けど、海音はちゃんと仕事こなすと思うけどな」

「スハァ……それなら試行回数が増えて良いね」


あまり期待してなさそうなニルヴァーナを尻目に、彼は屋根を蹴る。人の身でありながら、小鳥のように軽やかに。

パッパッパッと、右の拳を振り下ろしている鬼神(きじん)の右側を目指して宙を舞っていた。


そんな彼の光を目印に移動を開始するのは、海音達とは別の位置で待機していた虎熊童子とラメントだ。

彼らは行動の直前に指示を受けたクロウを追うことで、確実にニルヴァーナの意思を反映しベストなタイミングを狙う。


しかし、まだ彼らの出番が来ることはない。

クロウが2人と合流する直前、空を覆うような巨大な鬼神(きじん)の周囲には、体に纏わりつくような霧が発生していた。




「ふぅ……別に、斬るというのは敵の体のみを指す言葉ではないと思っていたんですけど」


クロウ達が屋根の上を疾走していく中。

鬼神(きじん)が振り下ろした家数軒をまとめて粉砕できる程の拳は、しかして海音の体を砕きはしなかった。


家は粉砕され、土煙が巻き起こる。

だが、その下の地面には本来生まれるべき巨大なクレーターはなく、わずかにビビ割れているのみだ。


怨霊の拳を受け止め、全く関係のない事柄で首を傾げて呟く彼女は、その下で澄まし顔をしている。


「お二人が抜け出して……えっと、十数秒?

そろそろ良いでしょうか」


体内時計で時間を測っていた様子の海音は、1人で納得すると表情を引き締める。といっても、決して必死の形相などではない。むんっという効果音が聞こえてきそうな、他人が見ていたらそれが本気なの……? と気が抜けそうな表情だ。


もちろん凛とした表情ではあるのだが、巨大は拳に押し潰されかけている時にする表情ではなかった。

そんな、自分なりの全力の表情をしている海音は、そのまま自らを圧迫する拳を上に押し上げてしまう。


「よいしょっ!!」


広がった視界に、霧で覆われた巨体が映る。

下半身を霧にして飛んでいるのは、その霧を発生させているミラージュだ。


彼女は頑張って腕を駆け上っている金熊童子と同様に、怨霊の視界に入ろうと高度を上げていた。


「おっと、次は足ですか」


海音に腕を持ち上げられた怨霊は、その勢いで後ろに倒れかけたかと思うと、危ういところで踏みとどまって彼女に足を振り下ろしてくる。


しかし、素手でも巨大な腕を軽く持ち上げたくらいなのだから、そんなことで慌てはしない。

さっきは邪魔をしてきた2人もいないので、今度こそ刀に手を添えて手元を一瞬だけ煌めかせた。


"不知火流-漁火(いさりび)"


方向を誘導された足は、狙いを外れて海音の後ろに。

予定とは違う体の動きに、怨霊は大きく体勢を崩していた。


「さて、ではアピールタイムです。人と鬼は、友となった」


不自然な格好で動きを止める怨霊を見ると、海音はその場からフッ……と掻き消える。次の瞬間、彼女は金熊童子が数十秒かけて必死に登った怨霊の肩辺りに立っていた。


「はあっ、はあっ……あんた、何でもう来てんのよ……」

「全力で走りました。こう見えても疲れているのです」

「嘘ばっかりっ……!!」


霧を斬り裂いていきなり現れた海音に、膝に手をついて肩で息をしている金熊童子は噛みついていく。

だが、やはり彼女は地上で拳を受け止めていた時と同じように澄まし顔をしており、神経を逆なでしていた。


といっても、そう受け取るのは金熊童子だけだ。

下半身を霧にして飛んでいるミラージュは、むしろ嬉しそうに怨霊の眼前で揺れている。


「あっはは、いいさいさ。とりあえず任務完了かな?

見えるかいご先祖様。ぼく達は人間と仲良くやってるよ。

……もう、たくさん殺したろう? 彼女も潰しかけた。

かつては問答無用で殺し合ったかもしれないけど、今の時代には、こんなことにも付き合ってくれる人間がいるだよ!!」

「iy:@yf家族w@3Zqfr@k我oを殺dq!! 父w@3Zqvsm母w@3Zqvsm<恋人7子s@mqaw@ro我oi恐怖s武器を向:wgqkq@!! 怖tZqkf我ok方q@Zqkq@c@……? up@ejxo<ck94ubsを……!!」


最初は軽薄だったミラージュは、次第に怨霊の魂に訴えかけるように熱のこもった言葉を叫ぶ。

しかし、いくつもの鬼神(きじん)の集合体である怨霊には、ほとんど通じていないようだった。


それは彼女達では理解できないような音の羅列を紡ぎ出し、目の前を飛ぶ彼女は力なく笑う。


「うーん……何言ってるのかわかんないね、はは。

君たちは、ぼくが理解を放棄していると思うかい?」

「いいえ。時代が違えば常識が違う。それに向き合っただけでも、あなたは立派です。そうでしょう、金ちゃんさん?」

「っ……!! ふんっ、まぁ悪くはないんじゃないっ!?」

「えへへ、ありがとう。後でみんなでご飯食べよーね」


諦観を滲ませていたミラージュは、2人の言葉を聞いて表情を和らげる。金ちゃんという愛称を嫌がっていた金熊童子が、そう呼ばれてもそれを飲み込んで認めたのだ。


喜びもひとしおだろう。彼女は下半身を霧にしたまま2人の元へと飛んでいくと、今度は自分の意思で2人にハグをしながら笑顔で呟いた。


「ぜひ」

「どっ、どうしても食べたいっていうのなら‥」

「鬼神f人:@yを許xue!! qs5子cyt@人を……愛dweqsdwmZ……!! q@Zw<c4d@'ug'uyw@俺qaf家族i殺x;t:qyq@……? 大嶽丸xyi食0;.bsを選yq@bsm<r^@wt@無意味iu.……!!」


食事の誘いに快く応じる2人だったが、今はまだ怨霊を祓う時だ。ほのぼのした空気を吹き飛ばすように、それは耳障りな音を響かせていた。


あまりの音量に、ミラージュの霧も薄れていく。

数千年も募らせた怨みは、まだ消えない。


ぎゅっと2人を抱きしめたままで、珍しくうんざりした様子の彼女は、悲しげな目を向けて言葉を紡ぐ。


「……はぁ。何はともあれ、もうちょっと頑張らなきゃかな。

納得するのは難しいかもしれないけど、せめてぼく達を痛めつけることで怨みを……飲み込んでほしい、よ」

「はい、任せてください。たとえ永遠に殴られ続けることになろうとも、その怨みをすべて受け止めてみせます」

「あたしだって、タフ……なんだからっ!!」

「本当に、ありがとうね」


巨人と見紛うばかりの巨体をした怨霊の上。どれほど低めに見積もっても500メートルは超える高さの中で、彼女達は怨みを受け止める覚悟を決めていた。



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