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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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23-七死の信念・前編

「ミラージュは確実に霧の中。出どころとかもないだろうし……さて一体どうしたもんかな」


紅葉達と同時に自分の相手へ向かっていったクロウは、まずはミラージュを見つけ出すところからスタートだ。

彼女はラメントと違って、まだ一度も姿を見せていない。


蜃気楼で見せているらしい霧は教会の外から流れ込んで来ているので、おそらくは外にいるのだろうが、手がかりもそれだけである。


教会内に敵がいる仲間達とは違って、ステンドグラスを突き破って外に出た彼は、自分が打倒するべき相手を探して教会の外をうろついていた。


「……いや、待てよ。そういえば紅葉は、商人とミラージュに追われていたって言ってた。向きが違うな」


教会から出て、森の方を向いて進んでいたクロウだったが、両者の間に広がる道を半分ほど進んだ辺りで立ち止まる。

敵がラメントと一緒に紅葉達を追っていたのなら、進行方向は教会から森ではなく、森から教会だ。


彼は速やかに振り返ると、同じように見回しながらも教会の周囲を重点的に探し始めた。


視界に映るのはひたすらに白い世界。

まだそこまで離れていないのに、立派な教会や神奈備の森は、どちらも朧気にしか見えていない。


だが、彼は幸運を掴む者(フォルトゥナ)

他の神秘が火や風を起こす中、ただ運が良いということだけに特化した神秘だ。


はっきりとは見えない視界でも、自然と確実に自身の望んでいる結果を引き寄せて……


「あ、いた」


手を伸ばしながら歩く彼の指先には、ミラージュの柔らかいほっぺたがぶつかった。彼女は霧に紛れて息を潜めていたようで、頬をむにっと突かれても無言だ。


しかし、明らかにムッとしたように表情を歪ませ、パッと彼から飛び退って距離を取る。ラメントと一緒にいた時は霧を出すばかりだったが、今は完全に臨戦態勢になっていた。


「……」

「悪いな、ミラージュ。怨霊がどうたらってのは止めさせてもらう。殺しはしないけど、七死は一度制圧するぞ」


ばっちりと姿を捉えているクロウが告げるも、ミラージュは仕事中であるため無言だ。その手に武器の類は見えないが、レザースーツに包まれた四肢を隙なく構えている。


敵対の意志があることは確実で、クロウも腰から長剣を引き抜いて構えた。蜃気楼VS幸運。どちらも直接的な攻撃をすることがない、はっきりとは目に見えない概念的な力であり、両者共に油断は許されない。


この濃い霧の中でも普段通りに動けるミラージュ。

どんな環境下であろうとも幸運を引き寄せるクロウ。


彼らはどちらも相手に優位があり、同時に不利である。

互いに互いの目を慎重に見据えながら、己の目的を果たすために激突していく。


"運命の横糸"


向かってくるミラージュに対して、クロウが繰り出したのはシンプルな水平斬りだ。まるでその位置を通ることが、彼女に当たることが決まっているかのように綺麗な斬撃は、吸い込まれるように敵に向かっていく。


ミラージュは素手であり、まともに防ぐ術はない。

しかし、それでも彼女の足は止まらず……


「……!!」


彼女の腹部を軽く斬り裂いた。

といっても、その傷から血が流れることはない。

どうやら蜃気楼に過ぎなかったそれはすぐに消え、後ろから本物だと思われるミラージュが突き進んでくる。


剣を振り抜いた格好である彼は、あまりにも無防備で隙だらけだ。彼女は彼が飛び退く暇もないスピードで接近し、鳩尾辺りを軽く押し出すように掌底で突いた。


「かはっ……!! いないのに、いる。ラメントがいなくても、十分面倒くさいな。今回は運が悪かったか」

「……」


掌底の勢いで一度浮き上がってから、体を曲げて体勢を整える彼は、屈んでいながらも今度こそ本物であるミラージュを見失わないよう目を光らせる。


急所を突かれはしたが、一応は神秘であるため丈夫であり、格特に上でもないので決定打にはなっていないようだ。

空いた左手で痛む腹部を庇いながら、それでもどうにか相手を打ち倒すべく再び向かっていく。


「……」


それを見たミラージュは、霧に紛れるように身を滑らせる。

一見動いていないように見せながら、だが確実に位置を移動して本物か幻かを曖昧にしていく。


彼女を追うクロウは、たとえ運が良くても最終的に選ぶのは自分の目で見たものなので、顔をしかめていた。

おまけに、彼女が行うのはそれだけではなく……


"仮初の舞踏"


ふと気がついた瞬間、彼の目はいつの間にかミラージュ以外の姿も映し始めた。もちろん、中でも最も多く見えているのはミラージュの幻だ。


だがそれ以外にも、二丁拳銃を構えるラメント、雷を落としてくる雷閃、大嵐を生み出す鬼神(きじん)――大嶽丸、天を斬る斬撃を放ってくる海音などが何人も現れ、彼に攻撃を加えてくる。


それらは当然、幻でしかない。

とはいえ、雷閃や海音などの頼りになるはずの仲間、かつて死闘を繰り広げた大嶽丸などが、本当に直撃したら即死しかねない攻撃を繰り出してくるのだ。


たとえダメージはないとわかっていても、平気なフリをするというのは相当に難しいことである。

彼は反射的に避けてしまったり、体をすり抜けていく攻撃を見るたびにギョッのしてしまったりしていた。


「っ……!! くっそ悪趣味な……!!

本体も見失っちまったし、落ち着かねぇし……」


大量の雷閃や海音、ミラージュなどの幻に惑わされた彼は、すっかり本体を見失ってしまう。

もはや教会や森すらも人影に遮られているため、彼にできるのは当てずっぽうに剣を振るうだけだ。


キョロキョロと周囲を見回して、必死にミラージュの本体を探しながら、邪魔な幻を斬り飛ばしていく。


敵はまだいるのか、もうラメントの援護に回ったのか。

遠くにいるのか、近くにいるのか。

こちらを見ているのか、興味をなくしているのか。


クロウにはもう、何もかもがわからない。

本来ならば自分よりも遥かに格上であり、戦闘に向いた能力も持っているはずの幻を、ただ無視し続ける。そんな中……


「……!!」

「うぇっ!? なんかいたな、ミラージュ!!」


適当に振り回していたクロウの剣には、何かが当たる感触があった。驚いて感触のあった場所を見てみれば、そこにいたのは当たり前のようにミラージュ本体だ。


どうやら再び接近して一撃加えるつもりだった様子で、彼女も伸ばしていた手をすんなり捉えられたことに驚き硬直している。


もちろん、クロウもこのチャンスを見逃しはしない。

速やかにくるりと身を翻すと、再び現れた本体に向かって剣を振るう。


"未来を選ぶ剣閃(スクルド)"


ミラージュに当てる未来を決める斬撃は、真っ直ぐに彼女の胴体に吸い込まれていく。彼女は驚いた影響か、飛び退こうとして何かに足を取られ、運悪く体勢を崩していた。


体の位置が変わり、胴体を狙っていた斬撃は首筋に。

彼が斬ると決めた未来は、幸運にも彼女が体勢を崩してたことで実現する。


クロウの長剣は今度こそミラージュの本体を直撃し、彼女を打ち倒す。それも、余計な揉め事を起こしたくはないという彼の意思も反映して、当たったのは刃ではなく柄。

一滴の血も流すことなく、ミラージュは昏倒した。


「ぐッ……!!」


だが、鬼人の暗部組織――七死の一員であるミラージュがただやられることもまた、なかった。

クロウの攻撃を避けられないと悟った彼女は、次の瞬間にはもう既に玉砕覚悟の反撃を始めている。


彼の剣が迫る方とは反対側の脚で鋭い蹴りを放ち、柄が首に直撃した直後にそれは彼の頭へ。


強烈な一撃を頭部に受けた彼は、能力の反動で頭痛が起きていたこともあり、同じように昏倒する。教会の外で行われた幸運と蜃気楼の戦いは、相打ちで決着がついた。





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