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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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22-七死との対峙

「ロロ、それにみんなも……!?」


緊迫しているような、それでいて弛緩しているような形容しがたい空気が、霧によって吹き飛ばされる中。

ドグマを前に身構えていたクロウは、濃い霧に包まれながらも勢いよく飛び込んでくる仲間達を見て目を丸くする。


といっても、それは乱入者からしても同様だ。

泣きそうな顔で飛び込んできたロロに、紅葉に守られている環、紅葉(もみじ)の葉っぱを盾に銃弾を防ぐ雫も、教会内に彼がいることは予想外だったらしく驚いていた。


巻き込まないように紅葉(もみじ)の葉っぱを広範囲に拡散しながら、霧に飲み込まれる前に駆け寄っていく。


「クローっ!!」

「清く青い道標は、頭上の紅葉(もみじ)に彩られる。

ご無事で何よりです、クロウさん。

突然なのですが、霧と銃弾をどうにかしていただけませんか? 雫さんには効くので少々危険でして……」

「無理!!」


飛びついてきたロロを受け止めるクロウは、銃弾を防ぎながらふわりと降り立つ紅葉の要請を、迷わず拒否する。


彼は幸運ではあるが、銃弾の雨のように運など関係なくなるような広範囲攻撃は苦手だ。要請をした彼女としても、最初からわかっていることなので特に何も反応を示さない。


素直に納得して振り返ると、霧と銃弾から仲間達を守るために紅葉(もみじ)の葉っぱを展開していく。


「……では、どうしましょう。商人さんとミラージュさんに追われていた上に、そちらの教皇やら聖女のような出で立ちの方もいるとなると、少し面倒です」


紅葉(もみじ)の葉っぱが壁になっているが、霧には形がないので少しずつ彼らの周りに充満していき、銃弾の雨は確実に壁を剥がしていく。


相手は2人で、彼らは5人+鬼人の2人。人数的には有利だが、ロロには戦闘能力がなくクロウは少し運が良いだけ。

雫は人間であり、環は無茶をできないしさせてもらえない。


虎熊童子達が紅葉や環と共闘してくれるかは謎であるため、ある意味3対1とも言え、かなり不利だった。

1人でラメント達の攻撃を防ぐ紅葉は、特に焦った様子を見せないながらも、さり気なく劣勢を伝える。


すると、クロウは今度こそ剣を抜きながら、さっき後ろの2人から聞いた情報の共有、紹介などを始めた。


「あの商人はラメント、そこの教祖みたいなのはドグマだ。

それから、お前はこの2人の上司……だよな?」

「おや、金熊童子に虎熊童子。息災のようで何より」


どうやら彼女は、真っ先にクロウを視界に入れたことや背後から霧と銃弾が迫っていたことで、本当に彼らに気が付いていなかったようだ。


今気付いたというような表情で、しかし驚くようなこともなく、かつての部下に挨拶をする。

それを受けた金熊童子は珍しく頬を緩め、虎熊童子はニカッと人懐っこい笑顔を浮かべていた。


「おっす、鬼女紅葉様! あんたも元気そーでよかったよ」

「えへ、紅葉(こうよう)様に気にして頂けるなんて……

虎熊、もっと礼儀正しくしなさいよっ!?」


七死には反感を持っていた様子の彼らなので、七死が拒絶している紅葉や環にはやはり好意的らしい。

どちらも本当に嬉しそうで、いつも通りにじゃれている。


むしろ、紅葉に友好的すぎたことで虎熊童子が頭をはたかれているくらいだった。場違いにも彼らはぽかぽかと殴り合いを始め、それを見た紅葉は苦笑しながら口を開く。


「あなた達は相変わらずですね。予想外でしたが、この場所で会うことができてよかった。手を貸して頂けますか?」

「もちろん!」

「では、まず彼らは誰です? 推測するに、彼にラメントとドグマの名を教えたのはあなた方だと思うのですが……」


ステンドグラスは一部破られたが、外よりは籠もった場所である教会内で霧はどんどん濃くなっていき、銃弾の雨は紅葉(もみじ)の葉っぱを越えて彼女達の足元を穿つ。


そんな、まだまだ予断を許さない状況下で、だからこそ彼女は金熊童子達から情報を聞き出していく。

少し前にクロウが聞いたことを、時間がないのでその中でも特に必要な最低限のことを。


七死の名前と怨霊の存在について軽く聞き出すと、紅葉は雫に迫ってきた銃弾をその身で弾きながら行動を開始する。


「なるほど、大体理解しました。では、まだ七死は他に4人も控えているということですね。ふむ……

とりあえず、あなた達はラメントを抑えてもらっていいですか? 彼女はミラージュと分断しなければ」

「いいぜ! けど紅葉さん、その人はどうすんの?

七死はあんたら死鬼に近い強さを持ってるぜ?」

「雫ですか? そうですね……流石に七死の相手は厳しそうですし、環ちゃんを守っていてもらいます」

「ふーん……なら、熊のおっさん達を助けに行ってくれよ。

おっさん達、七死につかまってんだ」


紅葉の指示に従ってラメントの相手をすることになった虎熊童子だが、彼がここに来た目的は捕まった仲間の解放だ。

雫と環の2人は、少なくとも今すぐにら七死の相手をしないと聞いて、自分達の代わりに行ってもらおうとお願いする。


特に何でもないことのように言いつつも、実際はかなり本気で心配している様子の彼に、紅葉は優しく笑いかけながら頷く。


「わかりました。ロロさんもその方がいいですかね。

3人には熊童子、星熊童子の保護に向かってもらいます」

「あいさー!」

「わかりました。大体の場所がわかったりしますか?」

「……いや、知らねー」

「えーっと、たしか長老の家だった屋敷と言っていた気がするわ? 少なくとも、その近辺にあると思う」


主に捜索するであろう雫が問うと、虎熊童子は気まずそうに目を逸らすが、金熊童子は自信なさげに告げる。

それを聞いた紅葉は、環が向かうことになったのが鬼神(きじん)にまつわる場所ということで、顔をしかめていた。


しかし、それが彼女に悪影響を与えるとは限らず、既に捜索することを認めた後でもあるので、特に口を挟まない。

環がロロと一緒に、雫に連れられていくのを黙って見送っていた。


「じゃ、俺はミラージュだよな? たとえ蜃気楼の中に隠れたとしても、俺はだけきっと運良く見つけ出す」

「はい。そしてわたくしはドグマです」

「おれと金ちゃんはラメントだなっ! 殺していいのか?」

「別にそこまでする必要はねぇだろ。殺さず確保だ。

んで、ちゃんと洗いざらい吐いてもらう。できるな?」

「はぁ!? あたしを何だと‥」

「はいはい、頼むよ」


雫達を見送ったあと、この場に残った4人はそれぞれの相手を確認していく。クロウはミラージュ、紅葉はドグマ、襲名者である金熊童子と虎熊童子はラメント。


鬼人らしく容赦なく殺そうとする虎熊童子をたしなめ、無駄にツンツンと反発してくる金熊童子を適当に一言であしらうと、彼らは一斉に自らの相手に向かっていった。




~~~~~~~~~~




少し離れた場所にある教会から、ステンドグラスが割れるような音が響いていた頃。鬼人の里の近くの森では、その音に被さるように雷が轟いていた。


神奈備の森にいるのは、黄色い和服を身に纏い、刀を腰に差した男性――八咫国将軍の嵯峨雷閃(さがらいせん)だ。


落ち葉船に乗っていた時の海音と同様に、腰の刀に手を添えて目を閉じている彼は、直前まで移動していたのか周囲の草木を揺らしながら立ち尽くしている。


彼は雷の神秘であるため、先程の雷鳴は間違いなく彼が起こしたものだろう。だが、森には他の人影はない。

巨木のところどころに雷が焼いた跡があるものの、人影どころか小鳥、小動物すらもいなかった。


誰もいない森の中で、彼は目を閉じて立ち続ける。

シン……と静まり返っている森には、たださわさわと風と草木の鳴る音だけだ。


「……まるで姿が見えないから、暗殺者なんだと思ったけど。

君は、僕を監視するだけなのかな?」


居合いの構えを保ちながら瞑想を続ける雷閃は、誰もいない虚空に向かって話しかける。


詳しく事情を知らないながらも、不可視の人が襲撃してきたことは事実であり、クロウ達から聞いた暗殺者である可能性は高い。


いるかどうかもわからない中で、彼は自分が最も警戒されると確信を持ち、一切油断せずに気配を探り続けていた。


「そこに、いるね?」


"不知火流-雷火"


数十秒、一分、二分。永遠にも思えるほどの静寂の中。

彼は唐突に呟いて手元を煌めかせる。瞬間、数メートル先の木の枝は雷の居合い斬りによって焼き斬られ、弾け飛んだ。


しかし、その木の枝には誰もおらず、仮に飛び退いた場合にいるであろう上空にも、何もなかった。もちろん、木の幹にも人影はないし、木の下にも足跡すらない。


それなのに、彼はさらに刀を振るって追撃を加えていく。

空からは大樹一本丸々焼き焦がすような落雷が降り、轟音と共に静謐な空間を破壊した。


ここには誰もいない。ここには誰もいない。

だが、ここには彼がいる。ここには彼女がいる。


「……!!」


それは暗殺者なのか、監視者なのか。

攻撃を受けた不可視の何者かは雷閃に襲い掛かり、彼の雷を纏った刀と激突した。




~~~~~~~~~~




開いた教会ドアから、濃い霧が溢れ出していた頃。

鬼人の里と神奈備の森の境い目辺りにいる天坂海音は、特に目立っている教会へと歩を進めていた。


だが、唯一誰の追跡や妨害もなかった彼女の前には、ついに立ち塞がる者達が現れる。その人物とは……


「……? あなた方、さっきまで逃げてませんでした?」


胸の下や腰にベルトを付けており、刀やジャケットを固定しているスーツ姿の女性――ニルヴァーナ。

そして、囚人服を着ている長髪のイケメン女性――プリズナーだ。


相変わらず怠そうにタバコを吸うニルヴァーナは、胡乱げに問いかけてくる海音に対して、テンション低く言葉を返す。


「スハァ……あぁ、逃げてたね。人里で暴れた鬼人は匿う必要があったから。けどもう隠したから、次の任務はあんた」

「おう、そういう訳だ。悪いがちょっと付き合ってもらうぜ。流石にあんたは自由にさせらんねぇからさ」


宣戦布告をしてからタバコを捨てたニルヴァーナは、ベルトに付けていた2本の刀を抜く。低い声の通り、常に疲れたようなゆっくりとした動作だが、その立ち姿に隙はない。


彼女と違って素手であるプリズナーも、手足に繋がっている鎖をジャラジャラと鳴らして準備万端である。


もちろん、海音もそんなことで動じたりはしなかった。

感情の少ない凛とした表情のまま、流れるような動きで刀に手を置いて居合いの構えを取る。


「別に暴れるつもりはなかったのですが……」

「はぁ、じゃあこう言おうか? あんたは存在が邪魔だ」

「なるほど、では参ります」


ただ目立っている教会に向かっていただけの海音だが、やけに攻撃的なニルヴァーナに応じて気を引き締める。

清らかな水を刀に宿す彼女は、二刀流の殺し屋、鎖を引きずる囚人と激突した。



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