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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
根源の書 一章 氷雪の権化、望郷の狂人
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3-星が照らす氷像

陽葵(ひまり)が目覚めてから数日が経過した。

科学文明の人間である陽葵には家がないため、お世話になるのはもちろんこの時代の知り合いの家。


最初こそ研究塔の仮眠室で寝かせられていた彼女だったが、今は保護者となったアトラの家で寝起きしていた。




「ふぁ……」


研究塔の仮眠室とは違って、樹霜っぽい模様をした水色のベッドの中で、陽葵は目を覚ます。

ここは、ガルズェンスの首都バースにあるアトラの家……その一室だ。


ただし、この部屋の様相は本来のものではない。

星見の塔に所属しているアトラは、師匠であるテレス・シュテルヴァーテと同じように星ばかり見ているため、今まで家にはそこまで帰っていなかった。


そのため、陽葵がやってくるまではゴミ屋敷のようにごちゃごちゃしており、それを陽葵が自分で片付けたのだ。


壁にかかっているデジタル時計も、雪の結晶が煌めく球体を置いたテーブルも、まだ中身のあまり入っていない本棚も、すべて陽葵自身が片付けて置いたものである。

もはやアトラの家というよりも、陽葵の家と言えるだろう。


唯一アトラが用意したのは、今彼女が目を覚ました樹霜っぽい模様をした水色のベッドくらいなのだった。


「……」


ベッドの上で体を起こした陽葵は、口元を綻ばせなかがらベッドを一度きゅっと握った後、コンフォーターから出た。

そして、タンスから洗濯してもらった自分の制服を取り出すと、それに着替えて部屋を出る。


あまり使われていなかったとはいえ、ここはこの国に10人もいない神秘の家だ。無駄に広い作りであるため、リビングに行くのにも一苦労である。


廊下に積まれた荷物を避けながら進み、一夜で増えた本などに足を取られないよう階段を降り、リビングに入っていく。


もちろん、絶対に足を滑らせてしまいそうなものなど、放置できないものは片付けながら。寝起きから大忙しだ。


そんなこんなで、少しうんざりした様子の彼女がドアを開けるが、リビングには誰もいない。

ため息をついた陽葵が壁際まで歩き、ガラス戸を開けると、ようやく目当ての人物を見つけることができた。


「……!!」


この家の主であるアトラは、どうやら寝ずに星を眺めていたらしく、袖余りの白衣を広げて庭に寝っ転がっている。

今は止んでいるが夜間には雪が降っていたようで、腹部や足など白衣以外の部分も真っ白だ。


その光景に絶句した陽葵は、片手で頭を抱えると白い息を吐き出しながら声をかけた。


「アトラさん、おはよう。少しは雪を気にしたら?」

「おはよー陽葵ちゃん! 今は朝? いつ日が昇ったんだろうねー? 雪は冷たいけど、私は冷たくなーい!

ぺくしっ! いやー、いい天気ーズルル……」

「ちょっ、風邪引いてない!?」


元気に挨拶を返しながらくしゃみをし、鼻をすするアトラに、陽葵は慌てて駆け寄っていく。

彼女がここまで周りを気にせず星を見ているとは思わなかったため、手には何も持っていない。


しかし、学生であった陽葵にはポケットにティッシュ等を入れておく習慣があったようで、迷わずそれを取り出すとアトラの鼻をかみ始める。


「はい、チーン」

「んー……」

「はいさっさと起きて」

「あーい」

「部屋で暖まりましょう」

「ふぇーい」


陽葵に鼻をかんでもらい、起こされ、全身に積もっていた雪を払ってもらいと、完全にされるがままになっているアトラは、彼女に手を引かれて言われた通り部屋に入る。


外も多少は冷気を抑えられてはいるが、それでも密閉性のある部屋の方が断然暖かい。ソファに連れて来られたアトラは、溶けるように倒れ込んでしまった。

どちらが保護者なのかと考えさせられる光景だ。


「ふぅわぁ〜……熱熱熱、森を焦がせよたいよーこー。

焦ってバタつけソン・ストリンガー。

夜のごはんはチ、キ、ンー♪」

「朝は食べないの?」


ソファの上で転がりながら歌い出すアトラに、キッチンに立つ陽葵が問いかける。

アトラは神秘なだけあって丈夫のようで、少し部屋で暖まったことで完全復活しているようだ。


彼女は庭で朝日を見ていて、さっきも同じやり取りをしていたはずなのだが、体調の悪さと一緒にリセットされたのか、思ったままに脈絡なく言葉を紡いでいく。


「ん、今は朝ー? 雪解け水はどこまでも。

今日も機械が故障するー。コーヒーコーヒーにーがにが」

「コーヒーだけ? サンドイッチでも‥」

「サンドイッチの話はやめてっ! うちの同期はサンドイッチ狂い! なんか、頭に浮かんでくるっ! あの星がっ……!

……星? 私と同じくらいチビな科学者、星より眩しい電気の神秘〜。いいえー、あんなのが勝てるものですかっ!?

星こそ至高の神秘〜♪ 今日はもうベガ起きてるかなー?」

「わかった、サラダとかにしよう」


アトラはサンドイッチに過剰反応しつつも、ちぐはぐで不可思議な言動を繰り返す。

その大部分をスルーした陽葵は、アトラの意思など関係ないとばかりに1人でメニューを決めていった。


「片付けはそこそこにー、街は雪でちょいちょい故障ー♪

神秘に負けずに使えるだけよくなったけど、とりあえず今日はお勉強でもすーるー?」

「どういうことかよくわからないけど、色々知りたいとは思ってた。教えてくれる?」

「いいよー! 今ベガを叩き起こして呼んだからー!」

「あ、アトラさんじゃないんだ……ベガさん、どんまい……」


朝食を持ってきた陽葵にアトラが提案すると、その教師役はベガに丸投げされる。

どうやら耳に付けていた機械は、雪で壊れることはなかったようだ。


陽葵はここにはいないベガに頭を下げながら、食にも頭を下げてまずは朝食を食べ始めた。




~~~~~~~~~~




「さて、では授業を始めましょうか」

「よろしくお願いします、ベガさん」


アトラがベガを叩き起こしてから、陽葵が朝食を食べ終わってから数時間後。

リビングテーブルでノートを広げている陽葵の前には、前回と同じようにドレスを着ているベガが座っていた。


ベガを呼び出したのはアトラだが、丸投げのために呼んだのだから、もちろんこの勉強会には関与するつもりがない。

彼女は我関せずといった様子で、ソファで手足を丸めてスースー寝息を立てていた。


テーブルに座る彼女達は、そんなアトラを横目に授業を開始する。


「陽葵ちゃんは学生だったということだから、国語や数学のような科目はいいでしょう。言語も、神秘の影響で気にする必要はありませんしね。ここはやはり、歴史かしら」

「はい。私が寝ている間に何があったのか、この神秘とはどのようなものなのか。しっかりと理解したいです」

「よろしい。では、まず科学文明が滅びた原因、歴史から。

これは一般的には、天からの光だとされています……」


勉強内容のすり合わせが終わると、ベガは真面目な表情で口を開く。まずは神秘が宿った理由となる歴史の話だ。


陽葵はその科学文明の生き残りではあるが、滅びる前にコールドスリープに入ったため、実際に何が起こったのかは知らない。


眠る直前の記憶から、未来に逃されることになった理由に心当たりがあっても、具体的な内容は全く知らないのだった。


「光は地球の表面に根付いた科学を貫き、大地を裂いた。

そして、地球の神秘を活性化させ、大海で地表の汚れを洗い流したのです」

「そこまで汚れてましたかね……」

「さぁ、私にはわかりません。ですが、おそらくこの場合の汚れとは、綺麗かどうかではないのだと思います。

どちらかというと、自然な空気かどうか」

「なるほど……」


地球の汚れと聞いた陽葵は、ノートをとりながらも微妙そうな顔をするが、ベガの説明を聞いて表情を改める。

一安心すると同時に、「それなら確かに」と納得して自分の時代を振り返り始めた……




「再び神秘を宿した地球では、その神秘を操るように進化した獣が溢れ始めました。この地に住まう巨人などがいい例ですね。見たことはありますか?」

「いえ、まだ見たことないです。というか、巨人なんてものがいるんですね……ファンタジーみたい」

「うふふ、彼らはお猿さんが進化したものらしいですよ。

大きいものでは、1キロ以上の個体もいたとか」

「い、1キロっ……!? 生物として大丈夫ですか、それ……!?」

「人が雷を起こせるような世界ですからねー……

気にしたら負けです」

「そ、それもそうですね……」


実際にこのガルズェンスにいる魔獣の話や、陽葵を驚愕させるようなデータなども交えて、ベガの授業は続く。


彼女の目論見通り、かつての文明はもちろん、その前の巨大生物の時代でもありえないような話に、陽葵は釘付けになっていた……




「そのような変化は、当然人にも現れました。

より自然に近かったり、生存本能の強かった獣よりは遅れましたが、それでもたしかに。人は聖人、魔人が生まれる以前から進化していたのです」

「聖人と魔人……そもそも、私達って……」

「人のままでこの神秘が宿る地球に順応した者が、獣の生存本能と同じく、その強い意志により進化したもの……かしら。

あなた達は、人のまま人ならざる者に成ったのだと思うわ」

「つまり、神秘に満ちた世界で生きていることから、自然に近いという条件はクリア済み。死が遠いものだったから超えられなかった生存本能という壁も、人なりのやり方でクリアしたということですね?」

「そうね。生存本能ならば科学文明の時よりも強くなったでしょうけど、獣にも聖獣と神獣がいる。聖獣も普通の人と同じく神秘を扱える程度ですから、神秘そのものに成るというのは、やはりそれなりの何かが必要なのでしょう」

「なら、精神面によってはより強くなるんですか……?」


長い眠りについており、神秘とは程遠い世界しか知らなかった陽葵だったが、自身もまた神秘に成っていたことで理解も早かった。


ノートにそれらの内容を記録しながら自分の言葉で説明し、その後の展望までも気にし始める……




「さっき人のままで、と言ったのには理由があってね。

実は、人間から異形に進化してしまった人達もいるの」

「異形に……?」

「ええ。多分、聖人と魔人の方が正しい形ではあったのだけど。一部の人は自分の意思とは関係なく、心の準備ができないままに、神秘に順応しようとしてしまったのでしょうね」

「……とても、辛いことですね」

「そうね。でもその代償に、彼らは生まれながらに神秘である生物へと生まれ変わった。東方で差別を受けた鬼人、西方で独自の文化を築いた獣人、北方で人と共存した竜人。

この3つの種族は、それぞれ妖鬼族、獣族、天竜族として、人とは違った戦闘民族としての歴史を歩んだ」




当然以前から知っていたはずのベガも、今初めて聞いた陽葵も、3つの戦闘民族の話が終わると、彼らの境遇を不憫に思ってか視線を下に向ける。


しかし、相手に何も与えられない同情など傲慢でしかない。

これから先、もしも彼らに出会った時に何ができるかを知るためにも、まずは歴史を知る必要があった。


そのため彼女達は、すぐに気を取り直すと次の暗い話題へと移っていく。


「その3つの戦闘民族自体は、割りと初期段階からいたの。

だけど、それでも自然に生きた獣には勝てなかったのです。

かつて、この世界の礎が作られた創世の時代、獣の大厄災が人類を襲いました。今では忘れ去られた地球の歴史、アポカリプスと呼ばれた魔獣たちによる、滅亡の時代です」

「アポカリプス……?」

「この国に現れた"巨人王"、俗に百の手と呼ばれる"星蓋"、今なお大陸の東方を蝕む"疫獣"。それら10柱の魔獣たちは、遥か昔、人の勇士を虫けらのように蹴散らしました。

最終的にそれらはたった1人の英雄の前に敗れ去りましたが、今ではその勇士の生き残りもエリスのみ……」

「エリス……」

「……もしいつか出会ったら、理解してあげてね。

彼女は仲間達に生き残って欲しいと願われ、彼らから継承した力に縛られている悲しい存在なのです。たとえ彼女が人類の敵になったとしても、理解だけは、してあげてほしい……」


どこか辛そうにアポカリプスの話をしていたベガだったが、エリスの話になると、さらに悲しげな色が追加される。

ノートから顔を上げた陽葵もどこか遠くを見ており、まだ見ぬエリスという人物に対して思いを馳せているようだ。


しばらく黙り込んでいた陽葵は、居た堪れなさそうにしていたベガの目を見つめると、控えめに宣言した。


「……会う機会があれば」

「ありがとう」


薄っすらと涙を浮かべていたベガは、陽葵の言葉に感謝し、微笑みを浮かべる。そしてホッと一息ついてから、全体的な話からこの国限定の話に移行し始めた。


「……全体的な歴史はこんなところかしら。アポカリプスが消えた後、人類はまた徐々に発展を始める。

次はガルズェンス内で起こった出来事……マキナ・サベタルが実現させた科学と神秘の共存、この国独自の神秘を扱う術――神機、ファナ・ワイズマンが起こした"進歩の内乱"……まぁ、今日はこれくらいにしましょうか。アトラもそろそろ起きてきそうだし」

「そうですね。晩ごはんはチキンらしいですし、買うにしても作るにしても、準備しないと」

「チキンなの……」


アステール家の今日の晩ごはんを聞いたベガは、ソファでモゾモゾと動き始めたアトラを見つめながら微妙な表情でつぶやく。それに反応する陽葵は不思議そうだ。


「……? はい、チキンです」

「そう……」


しかし、それについて彼女が特に説明することはなく、今日の勉強会はお開きとなった。


3つの戦闘民族は、登場ごとにこれだったのかみたいに思ってもらいたかったんですけど、こちらまで読んでる人は少なそうなのでまぁいいかなって。

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