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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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21-名無しの教義

「ここが七死が新設した教会か……」


虎熊童子達に案内されてきたクロウは、目の前にそびえ立つ教会を見上げてポツリと呟く。彼がいるのは鬼人の里の奥……それも教会の横にある森の外れだ。


里の形状や家屋の並び方的にも、どうやら正面を避けるように回り込んで里へ侵入したらしい。


金熊童子はそっぽを向いているが、エニグマとクロウの様子や虎熊童子との会話も踏まえて、かなり気遣ってくれたようだった。


もっとも、それには熊童子などの仲間を解放したいという、彼女達自身の目論見もあるのだろうが。

ともかく彼は、2人の協力者を引き連れて入り口へと向かい、軽く3〜4階建てくらいはありそうな教会の扉を開ける。


「……!! 大嶽丸の、像……!!」


すると、まず真っ先にその目に飛び込んできたのは、一番奥にある石造りの神像だ。それも、頭には他の誰よりも立派な角を生やした鬼神(きじん)……大嶽丸の像である。


以前死闘を繰り広げた者としては、決して見逃せるものではない。もちろん責めたり破壊したりすることはないが、これまで以上に強い警戒心を持って視線を下に移した。


「……あれが、七死のボス。ドグマ」


規則正しく立ち並んだチャーチチェアの先、大嶽丸の神像の真下には、ステンドグラスから差し込んでくる神秘的な光で白い祭服を染めながら、教祖的な威厳を放つ女性がいた。


神像に礼拝している様子の彼女は、突然の来訪者など気にも留めずに祈り続けている。この場にはクロウ達の他には彼女しかおらず、確実にドグマという名前の敵であるはずだが、妙に落ち着いた雰囲気に彼らもタジタジだ。


いきなり攻撃するのは流石になしだとしても、話しかけても良いのかそもそも近づいても良いのか。厳粛な空気に飲まれたことで、どうして良いかわからずに固まっている。


「……な、なぁ。お前らは顔見知りだろ? 行かないのか?」

「いや……あの人、なんか怖いんだよな。金ちゃん行けよ」

「金ちゃん言うな! ……それに、あたしだって嫌よ。

案内はしたんだから、拝謁はあんたなんじゃない?」

「げっ……てか、そもそも兄ちゃん何しにきたんだよ?」

「一応、敵対? けど、とりあえず話くらいは聞きたいな」

「むむむ……」


しばらく話しかける役目を押し付け合う彼らだったが、やがて金熊童子に促された虎熊童子が張り詰めた表情で一歩踏み出す。


旗のように長い袖をプルプルと揺らしながら、数歩進む毎に後ろを振り返りながら、少しずつ。

体感5分以上の時間をかけて彼女の背後まで辿り着いた彼は、最後にもう一度振り返ってから口を……


「……!!」


意を決してドグマに話しかけようと虎熊童子が振り向くと、そこにはじっと彼を見つめる教祖の姿があった。

直前まで神像を拝んでいたはずの彼女は、既に立ち上がって底のしれない瞳で彼を射抜いている。


しかも少し離れていたからか、クロウ達も彼女が振り返ったことに気がついていなかったようだ。向かい合う2人を見て、ビクリと肩を震わせていた。


「えっとぉ……」

「……」


彫像のように白く美しい顔に見つめられる虎熊童子は、目を泳がせながら震える声を絞り出す。彼女の威圧感もあって、ひときわ彼の幼さが目立っていた。


「……」


そんな彼に何を思ったのか、しばらく作り物のような表情で見つめていた彼女は、やがてニコリと笑って再び神像に顔を向ける。


意味がわからないのは虎熊童子だ。

遠目でもわかる程に酷く混乱してまい、目を白黒させながら一歩下がって尻餅をつく。


駆け寄ったクロウ達が背中をさするまで、その後も彼は一言も喋らずにずっと震えていた。


「ちょっと、大丈夫なの!?」

「え……? うん」

「何かされたのか?」

「ほほ笑みかけられたけど、それだけ……」


金熊童子に抱きしめられたことで正気に戻った虎熊童子は、されたことをそのまま素直に伝えていく。


ただ、優しく微笑みかけられた。離れて見ていた通りのことが起こったと聞いたクロウは、少し迷ったあと覚悟を決めて進み出る。


「こんにちは、ドグマさん。

少しだけ話す時間もらってもいいか?」

「……」


クロウに話しかけられたドグマは、さっきと同じようにいつの間にか彼の方を向いている。おまけに、今回は見つめられるよりも先に微笑まれていた。


だが、彼女は相変わらず一切口を開かない。

質問をされたというのに微笑むだけで、慈母のような顔つきで不思議な圧力を放っていた。


「その無言は、肯定だと捕らえても良いのか……?

良いなら、このまま本題に入るぞ……?」

「……」


再度確認を取るも、ドグマは返事をしない。

ただずっとニコリと微笑むだけだ。

かなり居心地が悪そうにしているクロウは、少なくとも拒絶はしていないだろうとさっさと本題に入ることにする。


「俺は幕府の依頼を受けた魔人のクロウだ。

現在あんたらには、愛宕の街を荒らした容疑がかかってる。

暴動、幻、悪夢。そのうちの1つは、七死のナイトメアが関与していることを確認済みだ。さらに、俺達は2度神奈備の森に入ったが、どちらもミラージュやラメントの妨害を受けた。

何か申し開きはあるか? あんたらは何を企んでる?」

「……」


畳み掛けるように鬼人が起こしている問題、彼らがその目で見た事実を伝えていくが、それでもドグマは話さない。


ナイトメアやミラージュといった名前まで出ているというのに、何度も悪夢や抵抗を確認されているというのに、彼女はただ厳しい表情のクロウの目を見つめ返して微笑むだけだ。


しばらく返答を待った彼は、いくら待っても彼女が口を開かないことに痺れを切らし、さらに一歩前に近づく。


「……ちっ。おい、答えろよ七死のボス、ドグマ!」


状況証拠は十分あり、現在のドグマの態度も疑わしいことこの上ない。後ろにいる襲名者の2人が見守る中、彼は不思議な威圧感を放つ微笑みに、今にも剣を向けようと……


「……私はただ、大嶽丸様の願われたことを」


クロウの手がそっと剣に伸びた瞬間、ドグマは優しく微笑みを浮かべたままついに口を開く。彼が問いただした数多くの質問への答えとして、たった一言。


さっきまで神像を拝んでいた通りに、以前彼が仲間達と打ち倒した大嶽丸の名前を告げた。


言葉が少なかったため、それだけでは真意は測れない。

とはいえ、その言葉だけで十分だというのなら、おそらくは敵対の意思があるのであろう言葉だ。


「……怨霊がいるって聞いた。

まさか大嶽丸が生き返るとかないよな?」

「……」


さらに警戒を強めながらも、クロウは目的を探る。

敵対の可能性が高まってきたとして、まだ敵意を向けられていないのなら優先すべきは情報だ。


しかし、ドグマはこれ以上情報を漏らすつもりがないのか、またも口を閉ざしてしまう。常に絶やさない笑顔をひときわ輝かせるだけだった。


「……お前ら、顔見知りなんだよな? この人、何?」


何かを企んでいるのなら、情報を隠すのは理解できる。

ではなぜ、目的を問い質して満面の笑みなのか。

もはや警戒よりも恐怖が勝ったクロウは、顔を引きつらせながら後退し、後ろの2人に話しかけた。


「いや、おれも別に仲よかねぇし。というか、何考えてんのかわかんねーからこわい。やたらと圧も強ぇし」

「右に同じ」

「おれ左にいるぜ」

「うっさい」


クロウが前面に立っているからか、もうすっかり落ち着きを取り戻した虎熊童子はいつも通りに金熊童子とじゃれ合う。

彼もその光景に気持ちをほぐされつつ、再びドグマに話しかけるべく前を向くのだが……


「あっおい、こっち見ろよ!」


前を向いた時にはもう、彼女は大嶽丸の神像を拝んでいた。

だが、決してもう邪魔をするなということではないらしく、呼びかけるとちゃんと振り向いて笑顔を見せる。


凄まじい圧を放っているというのに、ずっと不気味に慈母のごとき笑顔だ。クロウは再び怯みながらも、心を折られないよう強気に言葉を紡ぐ。


「戦わないならそれでいい。とりあえず、怨霊っていうのを見せてくれ。いや、意識はあるんだよな……会わせてくれ?

場合によっては処理させてもらう」

「……あの方々は、決して殺させません」


怨霊の処理という言葉に反応したのか、ついにドグマはすんなりと返事をする。相変わらず彫像のように綺麗な笑顔だが、たしかにはっきりと敵対の意志を示した。


それを聞いたクロウは、まだ剣は抜かないまでも、柄に手を置き身構える。後ろの2人も、七死に不満を持っている鬼人達なので臨戦態勢だ。


未だニッコリと笑いかけてくるドグマと対峙し、彼らの間には緊迫したような、それでいて弛緩したような形容しがたい空気が流れ……


「あはっ、あははははっ!! 悲しいっ、悲しいッ……!!」

「くっ……!!」

「うにゃあ、この人こわすぎるよっ……!?」


どこか比較的近くで雷が落ちたような音と共に、銃弾の雨がステンドグラスを割って霧が教会内に入り、不可思議な空気を吹き飛ばす。


その霧と共に飛び込んできたのは、銃撃の主であるラメントと、彼女に追われてきたと思われる紅葉、環、ロロ、雫の4人だった。



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