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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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20-暗部の情報

「お、おい……」

「いつもいつも、あんたはあたしを何だと思ってんのよ!?」

「はぁ? ただの見栄っぱりだろ、お前なんか!!」


話についていけずにクロウが戸惑う中、虎熊童子と金熊童子の喧嘩は続く。お互いに本気ではないようだが、ぽかぽかと殴り合っていて他人が話に入り込む隙はなかった。


とはいえ、あくまでもじゃれている程度なので、当然急いで止めるようなものではなくむしろ微笑ましい。


話を聞くべきか、スルーして先を急ぐべきか、まるで姉弟のようなやり取りを前に頭を悩ませ、彼はやがておもむろに手を伸ばす。


互いに互いしか見えていなかった鬼人の姉弟は、ゆっくりと近づいてきた手に気づかずに首根っこを押さえられた。


「ぐぇっ……!? 何すんだよ兄ちゃん!?」

「キャーっ!? いきなり触んないでよ変態っ!!」

「い、いや……俺も暇じゃねぇからさ。速く話を進めてほしいんだ。鬼人の里までの案内の他に、質問がいくつか」


クロウの言葉を聞くと、虎熊童子はすぐに大人しくなる。

小柄で持ち上げられていたため、ぽかぽかと殴っていた反動でプラプラ揺れていた。


しかし、金熊童子は開口一番に文句をつけてきただけあってそうはいかない。虎熊よりも背が高く、まだ地に足がついているので、後ろに引っ張られながらも抵抗しつつ叫びだす。


鬼人らしく長い爪で引っ掻こうとしたりと、どうにか逃げ出そうとしており、流石の気の強さだ。

引っ掻かれては堪らないクロウは、当てずっぽうに伸ばされる手を必死に避けていた。


「悪ぃ兄ちゃん、案内な! 任せとけっ!」

「離せって言ってんのっ!! エニグマさんを追い払ったからって、あたしまで思い通りになると思わないことねっ!!」

「危ねぇ危ねぇ! おい虎熊、こいつどうにかしてくれ」


片手で持ち上げられて再び笑顔になる虎熊童子に、クロウは必死に頼み込む。彼はもう金熊童子のことなど眼中にないのか、それを聞いてようやく案内から彼女に意識を向けた。


真っ先に喧嘩をやめて既に開放されていた彼は、さっきよりも大きくはだけた和服の、旗のように長い袖を振りながら胸を張る。


「ん、任せとけっ! この場合はな、おだてたりほめる!

なぁ姉ちゃん、おれはこの兄ちゃん案内しようと思うんだけど、やっぱおれ、姉ちゃんのが上手くできると思うんだ。

いっしょに案内しよーぜー」

「ふんっ、煽てる褒めるって聞いてるのに、思い通りになると思ってるの? 嫌に決まってるじゃない!」


自信満々だった虎熊童子だったが、目の前で煽てる、褒めると言われた金熊童子は流石に頷かない。

クロウが微妙な表情をしている前で、首根っこを掴まれたままに顔を背けていた。


それを見た虎熊童子は、あからさまに肩を落とす。

嫌に素直に拒否を受け入れ、1人で案内を始めようとトボトボ歩いていく。


「んー、やっぱだめかぁ……まぁ、エニグマにボコされたもんなぁ。おれは平気だけど、やっぱ動けねぇよなぁ」

「はぁ!?」

「いや、いいんだ。姉ちゃんのゆーしゅーさはよくわかってるからさ。だけど、丈夫さじゃあ……な? ここはお前よりもタフなおれに任せて、ゆっくり休んでてくれ!

ほらほら、行こーぜー兄ちゃん!」

「あ、あぁ……」


当たり前のように煽てる、褒めるという作戦が失敗したことで、彼は褒めつつも挑発的な言葉で負けん気を刺激するという作戦に切り替えたようだ。


目を剥く彼女を無視して話を続け、最終的には小馬鹿にしたような表情で案内を開始した。

さらに困惑するクロウだったが、彼はもう案内を初めているので金熊童子を離し、後に続く。


「え、ちょ……」


あっさりと開放された金熊童子は、自分を置き去りにしていく彼らに目を白黒させる。暴れて乱れた服にも気づかずに、ただぼんやりとその光景を見つめていた。


だが、彼らが乱立している木をいくつか超えて姿が見えなくなると、流石に状況を理解したのか我に返る。

慌てて服を整えつつ、大声で呼びかけながら走っていく。


「待ちなさいよっ!! このあたしが、あんなやつに殴られただけで動けなくなる訳ないじゃないっ!?」

「お、じゃあいっしょに行こうなっ」

「〜ッ!! あんた、騙したわねっ!?」


彼女が走り出したその数秒後。

さっさと歩き去っていたはずの虎熊童子は、案外近くの木陰からひょっこりと顔を出す。


いたずらっぽいその笑顔に、金熊童子は顔を真赤にして憤慨していた。とはいえ、やはり彼女の反応には慣れているらしく、舌を出して得意げだ。


「へっへっへー、動けるなら案内できるよな?

まさか、おれよりも頼りになる金ちゃんが逃げないよな?」

「ぐぬぬぬ……!!」

「あー、別に無理しなくてもいいぞ。

一応方向はわかってるし、最悪1人でも行ける」

「はぁぁぁ!? 無理な訳ないでしょ!?

ちゃーんと案内してあげるんだから!!」


虎熊童子の挑発されて悔しそうに歯を食いしばる金熊童子は、さらにクロウにまで追い打ちをかけられ、爆発する。

彼らがクスクス笑ったり困惑したりしている中、迷いを断ち切るように宣言して案内を開始した。




運良く出会った現地民の2人に案内をしてもらうことになったクロウは、最初に向かっていた方向から少し強制された方向に向かって森を進む。


上空では霧に視界を覆われていたし、落下時も真っ直ぐその方向に落ちたとも限らないので、流石に道から逸れていたようだ。


得意げに先頭を歩く金熊童子に苦笑しながら、隣を歩いている虎熊童子に話を聞いていた。


「それで質問なんだけどさ、暗部って知ってるか?」

「あー、七死のことだろ? 知ってるぜ」


暗部とは言うものの、今の里ではそこまで機密でもないのか彼はすんなりと質問に答えてくれる。

案内を完全に金熊童子に任せているからか、道のことなどはあまり気にせず気楽な雰囲気だ。


その様子を見たクロウも、特に警戒する必要はなさそうだと遠慮なく質問を続けた。


「七死……また数字が入ってんだな。ということは7人か。

ナイトメア、ミラージュ、プリズナーに……エニグマって言ったっけ? さっきの探偵みたいなのもそうなんだよな?」

「あぁ、あいつは一応ナンバー2らしいぜ。

戦とうのう力というより、さくりゃくとか暗やくとかでさ」

「ふーん、他にはどんなやつがいる?」

「その4人の他は、最近里のおくにできた教会にいるドグマ、大陸のものを持ってくるラメント、スーツを着ている殺し屋のニルヴァーナだな。おーぼーなんだ、あいつら」


七死について詳しく聞かれた彼は、やや不機嫌そうに残りのメンバーの名前などを答えていく。

ついさっきエニグマに踏みつけられていただけあって、かなり反発しているらしい。


しかし、クロウとしては彼の事情よりも気になることがある。それはもちろん、今挙げられた名前の中に暗殺者っぽい人物がいないことだ。


彼はかすかに眉をひそめると、置いていかれないように歩くスピードを戻しながら重ねて問いかける。


「……七死に暗殺者っていないのか?」

「暗殺者? おれは知らねー。姉ちゃん知ってる?」

「いいえ? まーったく聞いたことないわ。

それよりも、この案内は元々あなたが‥」

「だってさー。多分いねぇよそんなの」

「そう、か……」


無視された金熊童子が騒ぐ中、彼らは暗殺者についての結論をまとめる。愛宕ではヴィンセントがやられ、落ち葉船の上でも確かに襲われているクロウは、難しい表情をしていた。


「いくつかって言ってたし、まだあるだろ? 次は、次?」

「ん、あぁ……」


考え込んでまた少し遅れ始めていたクロウは、虎熊童子に声をかけられたことで駆け足になる。

追いついて隣にいる彼が浮かべているのは、エニグマ達七死の話題が終わったと思っての人懐っこい笑顔だ。


明らかにワクワクしている様子の彼に、クロウは少し申し訳無さそうにしながらもさっきのことを問いかけていく。

七死の話題を嫌がっている様子だったが、目的を知るためにも聞かない訳にはいかない。


「えっと……さっき言ってたけど、人間を無駄に傷つけるなとか、熊童子とかってのは何か聞いていいか?」

「あー、あいつらおーぼーなんだよ。だから、せっかく死鬼の方々が実げんさせた人間とのゆーわをこわしかねないことしてんだ。さからった熊童子もつかまっちまうし」

「目的は……わからないよな?」

「うん、あいつらほんと勝手にあばれてるからなー。

でも、教会とか里のおくには、大昔に長老が喰らった鬼神(きじん)の怨霊がいるらしいぜ。ゆーわいやなんじゃね?」


どうやら、本当に暗部組織である七死の意思と、妖鬼族全体の意思は違うものであるらしい。

再び質問が死鬼について、その目的や行動、仲間の現状などのことになると、彼は不機嫌に吐き捨てる。


ここまで来てしまえば、物証がなくても確定だ。

敵は悪夢や幻の元凶である鬼人――ナイトメア達暗部の七死。


しかも、里の奥には以前死闘を繰り広げた大嶽丸が喰らった鬼神(きじん)の怨霊までいるという。

曖昧ながらも目的らしきものが見え始めたことで、クロウはより一層表情を引き締めていた。


「……兄ちゃんの目的って、七死なんだよな?」

「まぁな」

「じゃ、ここに連れてきて正かいだったな!

ここが七死のボス――ドグマがいる教会だ!」


これまでの質問から目的を察した様子の虎熊童子は、最後に確認を取ると金熊童子の後に続いて森を出る。すると、彼らの目の前にあったのはありふれた洋風の教会だ。


ただし、里の中では最も立派な建物だと言えるだろう。

周囲に建物はあまりないが、遠くにある愛宕の街と同じような木製住宅、木の上や中にある家とは比べ物にならない程に大きくそびえ立っていた。



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