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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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19-不可解なもの

「いっててて……」


落ち葉船が崩壊して落ちたクロウは、落下の最中に何度もぶつけた体をさすりながら起き上がる。

船が移動中だったことが幸いし、斜めに落下したことで何本もの木を使って勢いを殺すことができたようだ。


彼はケガがないことを確認すると、軽く痛む体を庇うようにしながら立ち上がった。


「他のみんなはバラバラか……? あの勢いで船がなくなれば、まぁそれぞれ落ちるのも当然か。……霧は晴れてるな。

少なくとも、ここにミラージュはいないみたいだ」


土を払いながら立ち上がったクロウは、真っ先に他の仲間達が周りにいるかを確認する。


しかし、周囲では木々が静かに枝葉を揺らしているだけで、多少派手に鳴っているのは彼自身が落下した近くの木くらいだ。


他の誰かが落ちた様子もなく、ミラージュがいる証拠になる霧がないどころか、騒がしいナイトメアや商人もいない。

辛うじて、遠くから小鳥の囀りが聞こえてくるだけだった。


墜落しても無事だった自分の幸運を喜ぶべきか、暗部がいることが確定している中で孤立した現状の不運を嘆くべきか。

ともかく彼は、神奈備の森内で特に鬼人の里が近いと思われる場所で、1人ポツンと立っている。


「……これ、どっちにいけば鬼人の里なんだろう?

いや、進行方向に向かって落ちたってことは……」


空を覆っている緑の天井を見上げていた彼は、そのまま視線を背後に向ける。すると、後ろにある木々の高所にあったのは、当然折れたり激しく揺れたりしている枝だ。

あまり枝がない位置にも、何かがぶつかった跡などがある。


そのまま地面に目を移せば、彼が落下した跡から今立っている場所までは転がったような線があった。

どう考えても今向いている方向からやってきていて、今背を向けている方向が鬼人の里がある方向だ。


「うん、こっちだな。紅葉の操縦があってればだけど……」


濃い霧の中でも紅葉が迷っていなかったことが前提にはなるが、鬼人の里があるのは落下地点から伸びている線の方向で間違いない。


軽く周囲の環境を観察したクロウは、そのことを理解すると腰に差した剣などを確認してから振り返って歩いていく。

森はさっきまで襲撃があったとは思えない程に静かだった。


「あの場にいた暗部は4人。ミラージュとナイトメア、商人、暗殺者。こっちは7人だったから、まぁ俺のとこにいなくても不思議ではないか。……ロロを人数に入れていいのかな?」


静謐な雰囲気の森を進んでいくクロウは、暗部がいないのをいいことに状況の整理を始める。


おそらくは霧の元凶であるミラージュ、銃弾を乱射してくる商人、爆発物を仕込んできたナイトメア、雷閃が認識した不可視の暗殺者。


霧がないのでミラージュはクリア、銃声がしないので商人もクリア、騒がしくないのでナイトメアもクリアだ。

ただ、唯一不可視の暗殺者だけは、この静けさでもいないと断言することはできない。


雷閃が虚空を殴り飛ばしていたことを思い出したクロウは、少し考え込んでから足を止めて周囲を見回し始めた。


「いない……よな? 俺と、まぁロロを抜いても5人……紅葉は環ちゃんを死守するだろうし、一緒にいるとして全部で4組。

全員そっちに行っている可能性は、ありだ。暗殺者は雷閃に吹き飛ばされたみたいだし……うん。いないと信じよう」


もしも不可視の暗殺者がいたとしても、ここは森の中なのだから、地面に落ちている枝葉が鳴ったりはするだろう。

落ちた時の状況からもいないと判断した彼は、気を取り直して里を目指して歩き始めた。


静謐な森に、霧はない。まるで、意思があるかのようにさわさわと枝葉が揺れる中。辛うじて聞こえる小鳥の囀りを聞きながら、獣の踏み荒らした大きな森を行く。


「……声?」


鬼人の里が近いからか、ほとんど獣もいない森を黙々と進み続けること数分。彼の耳には、かすかに誰かの声が聞こえてきた。


他に物音がないことでよく響くそれらの声は、やけに快活に聞こえてくる低い声と、苦悶に満ちた呻くような高い声。

明らかに何かが起こっている様子だ。


ここは鬼人の里にとても近い。

もしかすると、バラバラに落ちてしまった仲間達がやられている可能性もあるだろう。


声に気がついたクロウは、息を潜めて警戒を強めながらも、迅速に声のする方向へ進み始める。

すると、まばらに生える巨木の連なる先にいたのは……


「アッハハハ、だから言ってるじゃないですかぁ。

あれはあの方々に必要なことなんですよーって。

ちゃーんとワタシのお話を聞いていましたか? それとも、理解する脳みそがないんですかぁ? 困るなぁホント」

「聞いてるよっ! その上でもんく言ってんだっ!!

人間をむだにきずつけるなっ、熊のおっちゃんを返せっ!!」

「だぁから、必要なんですって。熊童子のことも、逆らってきたのですから拘束しない訳にはいかないでしょう?」


茶色いトレンチコートを着た胡散臭い声で笑う男と、そんな彼に踏みつけられている鬼人の少年、そしてその隣で悔しそうに男を見上げる鬼人の少女だった。


詳しい状況はわからない。

だが、少年が人間を無駄に傷つけるなと言っていることから、おそらく男は暗部の鬼人だろう。


どうやら、突然暴れ出す鬼人がいることや悪夢を見ることなどは、決して妖鬼族全体の総意ということでもないようだ。

木陰から見守っていたクロウは、その探偵のような見た目の男性の言動を確認してから姿を現す。


「おい、あんたら何してんだ?」

「……!! おやおやおや、これはこれは。……ふむ、失礼っ」

「あっおい、逃げんなよ!!」


クロウの姿を見た探偵は、顎に片手を添えて考え込んだかと思うと、すぐさま身を翻して逃走する。

進行方向は彼が進んでいた方向であり、鬼人の里がある方向が間違いではないこと確実だ。


追うことを諦めて2人の鬼人に目を移すクロウを背に、探偵はコートをはためかせて消え去っていった。


「えーっと、君ら大丈夫か?」


完全に探偵の姿が消えた頃、クロウは控えめに声をかける。

2人は暗部の者と思われる鬼人にボコられていたが、それでも鬼人には変わりない。


もしかしたら、人間であるクロウを見て怯えたり攻撃してきたりする可能性もなくはなかった。

だが、人間を守るような発言をしていただけあって、流石に彼らは暴れたりせず返事をする。


「なんでこんなとこいんのかはわかんねーけど、助かったぜ兄ちゃん。迷子とかなら道案内くらいはしてやるっ」

「いや、迷子ってほどでも……」


黒いインナーが派手に露出するほどはだけ、袖が旗のように長い和服を着ている少年は、かなり人懐っこい性格らしい。

さっきまで探偵に踏みつけられていたとは思えない程に元気よく、活発そうな笑顔を見せる。


しかしそんな少年とは対照的に、ミニスカートタイプの和服を着ている少女は、不機嫌そうに顔を背けていた。

彼女は少年よりも20センチ近くは背が高く、保護者的な立ち位置に見えるのだが、話すつもりはないようだ。


返事に迷ったクロウが見つめても無言を貫き、その視線に気がついた少年が声をかけたことでようやく口を開く。


「ほら、お前もなんか言えよ金ちゃん」

「その呼び方はやめなさいよっ! どっかの相撲取りみたいじゃない!? あたしの名前は金熊童子!!

それに、あんたも良い気にならないでねっ!?

あんなの、別になんともなかったんだから!!」

「おれ、虎熊童子な! 虎ちゃんとかでいいぜ!」

「話しかけといて無視すんなっ!!」


少女――金熊童子は呼ばれた愛称を聞いて荒ぶるが、その愛称を使った少年――虎熊童子その反応に慣れているのか、華麗にスルーして自己紹介をする。


しかし、無視は火に油を注ぐことにしかならない。

まだ彼らの立ち位置もよくわからない中、襲名者である2人はわちゃわちゃと喧嘩を始めた。



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