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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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17-霧に隠される哀歌

「くっそ、あのイケメン女……牢屋とか手先器用かよ!?」


スーツ姿の女性とプリズナーを見送ることになったクロウは、ガチンと牢屋に拳を打ち付けながら悔しがる。

商人とミラージュの前例があったのだから、彼らももちろん警戒はしていた。


だが、彼女の登場とは真逆で、最初からいてしかもゆっくりと出てくる、いきなり落ち葉船を壊して牢屋を作るという、中々に規模の大きい攻撃をしてきたことに驚いて、まともに抵抗すらできていない。


前回の2人のようにヒステリックな雰囲気もなく、常に落ち着いた雰囲気を見せられていたこともあって、完封だ。

堅固な牢屋に閉じ込められ、年少組がわぁわぁ騒いでいるのを見つめる以外、何もできずにいる。


「まぁ結構強そうだったねぇ。結局どういう状況なのかとかまったくわかんないけど」


我に返るとすぐに剣を抜き、ガンガン牢屋に打ちつけ始めるクロウに、地面に座り込んでいる雷閃はほのぼのと言葉を投げかけた。


この状況でもなお意味がわかっていない様子の彼は、しかしあまり気にしていなさそうである。


紅葉(もみじ)がカサカサと鳴っている中、神秘の水を纏って斬ってみても通用しなかったことで、クロウもすぐ諦めて彼に言葉を返す。


「だから、鬼人が色々問題起こしてるから、調査すんだよ。

その元凶っぽいのが、鬼人の暗部組織なんだってさ。

で、多分さっきの2人もそれ」

「なるほどねぇ、まんまと逃げられちゃったわけだ」

「そうだよ」


朗らかに笑う彼に、クロウは機嫌悪く吐き捨てる。

だからとは言うものの、彼がした説明は鬼人の調査をするということぐらいだ。


ようやく事情が少しだけ見えてきた雷閃は、さらに気を抜いて呑気に横になり始めた。


「おいおい、一応街に被害出てんだぞ?

牢屋壊す手伝いしてくれよ。お前なら壊せるだろ」

「いやぁ、僕じゃなくても壊せるよ。さっきのプリズナーが直すことがなくなれば、海音なら一瞬」


"天羽々斬"


疲れたように牢破りを頼むクロウに、雷閃がヘラヘラと返事をしたまさにその瞬間。

彼の頭の上を神秘的な水の刃が通過し、岩石で作られた檻を一太刀で両断してしまった。


前後左右、すべての柱を斜めに断ち斬られた牢屋は、その切断面に沿って滑り落ちていく。

牢屋を見事にぶった斬った水刃は、空高くまで昇って天をも真っ二つに斬り裂いている。


その光景を見ると、雷閃に意識を向けていたクロウはもちろんのこと、御札を使って術で抗おうとしていた雫も、呆然と空を見上げた。


「す、すごい……」

「……そーいうやつだったよ、お前は。閉じ込められた瞬間に斬らなかったから、これは少し時間かかるものとばかり」

「その場で斬っても、おそらくまたすぐ作られるかなと思い待っただけですよ。障害物は斬ればいいのです」


空から自身へと視線を向けてくるクロウ達に対して、海音はしれっと告げる。ただ斬れば解決する場合、彼女は無敵だ。


事務仕事やこの先の作戦を考えるなどの長い思考でもなく、今この瞬間どうするかというだけなのだから、斬って終わりだった。


「そう来ると思って、私も準備を整えていますよ」


海音が刀を納めていると、間髪入れずに紅葉がこの場の仲間たちに微笑みかける。彼女にとって、移動や乗船を呼びかけるまでもない。


数え切れない程の紅葉(もみじ)の落ち葉は、開いた天井から次々になだれ込んできて彼らを包み込む。


思わずクロウ達が目をつぶった後。

何者も阻むことのなくなった牢屋の中には、彼らを乗せながらも決して形に縛られない落ち葉船があった。


「お、おぉ……!!」

「紅葉姉ぇ、すっごい!」

「えへへ。ありがとうございます、環ちゃん」

「運んでもらう身でこんなこと言うのもあれだけど、デレてねぇでプリズナー達を追わねぇか?」

「ハッ……!! 全速力で急行します。

皆様、振り落とされぬよう細心のご注意を」


環に褒められたことで相好を崩す紅葉だったが、クロウが言いにくそうに促すと、すぐさま表情を引き締めて出発する。


さわさわと涼やかな音を鳴らしながら空へ舞い上がり、閉所から開放されたことでよりしっかりと形を整えてから鬼人を追っていく。


護送車もスピードを上げていたため、既に森の中へと消えているが、そんなこと問題にならない。

端っこの葉っぱが吹き飛び、その葉が地上の雑草を切るほどのスピードで平原を駆け抜けていた。


何の邪魔も入らなければきっと、数分もすれば先を行く護送車にも追いつくことが可能だろう。

そんな展望も置き去りにする勢いで、船は深い森に……獣達の領域である神奈備の森に突入する。


「うわわわわ……」

「流石に屈んどけよ、環ちゃん」

「あ、ありがとう……クロウお兄ぃ」


全速力で護送車を追う落ち葉船は、海音ですら顔をしかめる程のスピードだ。ロロは子猫であるため最初からうつ伏せの状態だが、環は鬼人なので当然立っていてキツそうだった。


最初はどうにかして耐えていた彼女も次第に後退していき、あわや落下かと思われた瞬間、クロウがガシッと掴んで姿勢を低くさせることで助け出す。


先頭で船を操っている紅葉は、その光景を背後に感じて嬉しそうに微笑んでいた。


決して、目を向けてはいない。周囲への警戒もしている。

だが、たしかに意識はそちらに向けられていたことで、船を急襲してくる敵に気づくのは直前となった。


「邪魔は、だめだからッ……!!」

「っ……!? 商人さん……!?」


船が通過する遥か前に木の枝から飛び出したと思われる商人は、相変わらず笠を被ったまま、背中に大きな籠を背負ったままで2丁の拳銃を向けてくる。


科学は神秘を傷つけられない。

しかし、それは真の意味で傷つかないだけであり、痛みなどはあるし威力によっては表面上の傷はつく。

すぐに再生するとはいえ、傷がつくこともあるのだ。


そのため二丁拳銃を向けられた紅葉は、スピードを緩めないながらもとっさに身をよじり、2つの武器から放たれる弾丸を避けた。


弾丸は彼女を貫くことはなく、ただ船の底に穴を開けて地上へと消えていく。当然、船は葉っぱであるため、穴はすぐに塞がる。商人は何の成果も得られないまま、涙を流しながら置き去りにされた。


「はぁ、少しヒヤッとしました」

「危なかったねぇ。だけど、問題はこれからかなぁ……」


立ち上がった紅葉は胸を撫で下ろし、雷閃は風圧に負けずにほんわかと仁王立ちしている。


目の前にはもうさっきの護送車。若干方向を変えているが、もう目視できる範囲にまで迫っていたことで、逃れることはできない。問題など、ないはずだった。


「問題、ですか……?」

「そうそう。海音も、警戒を解いてないでしょ?

僕と違って、敵の候補と数を見てるからかもしれないけど」


紅葉が進行方向を調整しながら、呑気に不穏な言葉を告げる雷閃に問いかけると、彼は船の真ん中辺りで目を閉じる海音を目で示しながら口を開く。


まだ警戒するべきであると、むしろ警戒を強めるべきであると、彼が知らないはずの事実を以て気を引き締めさせる。

その言葉を聞いた紅葉や、後ろにいるクロウ達はハッとしたように目を見開いていた。


「ミラージュ、ナイトメア、暗殺者……」

「候補だけでもまだ3人いるんだねぇ。

そのうちの1人が、あれなのかな?」

「……!!」


紅葉のつぶやきを聞いた雷閃は、相変わらず場違いにのんびりとしながらも油断せずに中空を見つめる。

海音以外の面々がその視線を追うと、前方約45度ほど上にはレザースーツに身を包んだ女性――ミラージュがいた。


ただし、前回出会った時と完全に同じという訳ではない。

初めて会った雷閃は預かり知らぬことではあるが、今の彼女は以前とは違い、下半身が霧状だ。


商人と同じようにまだ距離はありながらも、彼女とは違って空を飛びながら、確実にクロウ達を待ち構えている。


「あの人は、前回もいた商人さんの同行者……!! ミラージュという名はおそらくコードネーム、暗部の鬼人……!!」

「……」


紅葉のつぶやきに、仕事中であるミラージュは言葉を返さない。黙って彼女の目を見返し、森は再び霧に包まれた。



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