16-何からの解脱
「前方、森の数キロ手前に護送車がいます。
捕らえられているのは……鬼人!!」
雫の警告にクロウ達が一斉に視線を向けると、目の前では数頭の馬に引かせている、かなり大きめな木製の護送車が森に向かって走っていた。
もちろん護送車とはまだ少し距離があるので、ここからでは御者や捕らえられた人物の姿ははっきりと見えない。
だが、荷車に鉄製の巨大な檻を乗っけているような形のそれは、中に10人程の鬼人を収容しているようである。
檻の向こう側にいる御者になると、遠くてぼやける以上に姿が遮られているが、少なくとも今起きている問題と無関係ではないだろう。
その光景を確認したクロウ達は、雷閃以外の全員が緊張感を高めて相談を始めた。
「この状況で鬼人ってことは、まるっきり無関係ってことはないだろうけど……なんで捕まってるんだ?」
「わかりません。ただ、暴れ出した鬼人の多くは、私達幕府の人間が鎮圧に向かった頃には消えていました。
もしかすると、鉄砲玉として使っているのかも……紅葉さん、妖鬼族の里には罪人や立場の弱い者はいますか?」
「そう、ですね……」
冷静に相手の分析していた雫が問いかけると、紅葉は落ち葉船の高度を下げながら鬼人について答え始める。
高度は落としているがスピードは上げているので、彼女の髪は上に巻き上がって、角が隠れているのに鬼のようだ。
「……獣の社会は弱肉強食。鬼人は人の神獣ですから、弱い者は強い者に逆らいにくくはありますね。ただ、それでも我らは元人間。絶対的な指示権を持つのは、今は亡き長老や私達死鬼、辛うじて名を襲名した者くらいです。
環ちゃんも私もここにいますし、襲名者だと熊童子辺りですが……彼らにそこまでの実力はありません。以前まで、罪人は食われていましたし、暗部の者がそれだけ強者なのかと」
「暗部……昨日の今日でってことは、またナイトメアとか暗殺者とかがいるのかな」
「どちらにせよ、私も暗部のメンバーを知りません。
商人さんもどの立場かはわかりませんし、たとえ面識がある者がいても警戒を緩めず問い質すしかありませんね」
そもそも、捕らえられている鬼人達が突然暴れ出した鬼人達と同一人物なのか、指示を受けて暴れたのか。
何一つわからないので、もちろん断定はできない。
とはいえ、彼らは人間の街である愛宕から鬼人の集落である里へと向かっているのだ。
ナイトメアの証言から、暗部はたしかに存在して動いているので、強さで従わせている可能性は高かった。
表情を引き締めて前を見据える紅葉さんの言葉に、クロウ達も油断せずに態勢を整えていく。
「暗部でもなんでも、敵なら斬ればいいだけです。
なんなら、いますぐあの檻を斬りましょうか?」
「頼むからやめてくれ」
「余計な揉め事はごめんですよ、海音様」
雷閃が鬼人が暴れてるってどういうこと? 暗部って何? ナイトメアって誰? 暗殺者って誰か殺されたの? などと聞き続けている中、クロウ達はとりあえず斬ろうとする海音を諌めている。
普段から遭難してばかりで迷惑をかけている彼なので、本当に扱いがぞんざいだ。
暗部の1人だと思われる暗殺者に、仲間の1人がやられていることもあって、全員が目の前の存在に集中していた。
落ち葉船の高度はもう地上スレスレであり、スピードもみるみる上がっていく。護送車は馬という生物が動力、落ち葉船は紅葉という神秘の能力。
彼らは圧倒的なスピード差によって、あっという間にいかにも怪しい護送車に追いついた。
「すみません、少しお話よろしいでしょうか?」
護送車を追い越しては意味がないので、落ち葉船は追いつく少し前からスピードを落としていた。ゆっくりと追いつき、並走する船の上から雫は丁寧に声をかける。
御者をしていたのは、スーツ姿の女性だ。
胸の下や腰にベルトを付けており、刀やジャケットを固定して風にはためかせている。
頭部に2本の角が生えている彼女は、口に咥えたタバコをピクリと動かすと目だけで彼らを視認し、低く怠そうな声で言葉を紡ぐ。
「……はぁ、こりゃまた面倒なのに見つかったね。
急いでるんでって言ったら、あんたら帰ってくれるかい?」
「残念ながら、それはできません。
応じていただけない場合、念のため全力で対処を‥」
「スハァ……プリズナー」
「……!!」
女性の問いを聞いた雫が首を横に振り、目を細めながら御札を構えて警告の言葉を告げていると、女性はそれを遮るように名前を呼ぶ。
それは、前日に商人を問い詰めた時と同じ反応であり、完全にデジャヴだ。つまり、あの時レザースーツを着ている女性――ミラージュが現れたのと同じく、この場にも女性の仲間が現れるということに他ならない。
呟くような彼女の呼びかけを聞いたクロウ達は、攻撃よりも前に襲撃を警戒して身構えた。しかし……
「……? 誰も、襲いかかってこない」
全方位を警戒するように身構えていたクロウ達に、前回のようにいきなり襲いかかってくる者はいなかった。
雫がスーツ姿の女性を見据えている中、その背中を守るようにクロウが立っている中、何も起こらない。
雷閃だけは訳もわからず見回しているだけだが、残りの面々は全員真剣な表情で、だが不思議そうに首を傾げている。
「そりゃあ、俺はまだここにいるからな。そも、俺はどっかの仕事人とは違って、どっしりと構えるタイプだ」
「……!?」
突然の声に、クロウ達はビクリと体を震わせる。
周囲には姿はない、声も周囲からは聞こえてこない。
その声が聞こえてきたのは、予想外なことに雫が見据えている女性が座っている方向であり……
「よっと。悪いなお前ら、ちょっと退いてくれ」
声の主を……女性の仲間を探すクロウ達は、女性らしくも落ち着いた凛々しい声に反応して、護送車に視線を移す。
すると、その瞬間。
護送車の中で、檻の中でいきなり動き出した人物がいた。
まるで罪人を監視するかのように1番後ろに座っていたのは、捕らえられている他の鬼人は着ていないにも関わらず囚人服を着ている女性だ。
スーツ姿の女性に呼ばれた彼女――プリズナーは、ゆっくりと立ち上がると鬼人達を押し退けながら前に進む。
手足に繋がっている鎖をジャラジャラと鳴らしながら、それでも揺るがない確かな歩みで。
檻の1番前までやってきた彼女は、中のものを逃さないためにあるはずの鋼鉄の棒をすり抜け、艷やかな長髪を揺らしながら何食わぬ顔で外に出てきた。
「は……? 中? 暗部? すり抜けてきた……?」
「おー、楽だから中にいただけだったが、案外意表をつけたか? 先制攻撃許してくれてサンキューな」
警戒を強めていたはずのクロウ達だったが、女性の仲間であるはずの人物があまりにも予想外の場所から出てきたことで、とっさに動けない。
呆然とプリズナーの姿を見ている間に、彼女は御者台に置かれた鉄の棒を持ち上げると、それを地面に伸ばして引きずり始めた。
"ジェイルコール"
しかも、当然引きずった跡をつけるだけではない。
棒が接した地面はなぜかグニョグニョと動き出し、固く丈夫な柱として、針山のように落ち葉船へ突き立っていく。
神秘による技とはいえ、結局のところ落ち葉船はただの紅葉だ。同じ神秘の技である岩柱が底から突き破ろうと迫ると、徐々に形を歪ませて崩壊してしまう。
「ぐっ……!? 落ちる……!!」
「落ちてもまた作るだろうし、しばらく牢屋で大人しくしててな。鬼女紅葉様も天坂海音もいるし、すぐに出てきちゃいそうではあるけどさ。時間稼ぎな」
さらには、落ち葉船を突き崩した岩柱は規律正しい動きを見せると、クロウ達全員を閉じ込める牢屋になってしまう。
スーツ姿の女性が操る護送車は止まらない。
プリズナーの牢獄に閉じ込められたクロウ達は、なすすべもなく彼女達を見送ることになった。




