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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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15-いざ、鬼人の里へ

愛宕の街を出発したクロウ達は、もちろん紅葉の落ち葉船に乗って空を飛ぶことで神奈備の森に向かう。


今回は急ぎでもないため、街に戻るときのようなスピードを出すこともなくゆっくりだ。

だからこそ、運良くそれは見つけられた。


「……ちょっと待て、川で誰か溺れてないか?」


落ち葉船の上で風を感じながら、ぼんやりと下の景色を眺めていたクロウは、唐突に船から身を乗り出してつぶやく。


すぐさまロロが念動力で固定したことで、船から落ちることはない。しかし、より強い風に髪を巻き上げられている彼を見た一同は、ハラハラとした面持ちだ。


最もその近くにいた海音は、軽く彼の体を内側に引っ張りながらそのつぶやきに返事をする。


「この高さからよく見えますね。目が良いんですか?」


木々などの障害物を避けるだけなら不必要だが、地上の人々を驚かせないために彼らが飛んでいるのはかなりの高度だ。


たとえ視界に入っても気に留まらないよう、高度300メートル辺りを飛んでいたので、海音はまず本当に見えたのかを疑うように問いかけた。


「いや、運が良い。何かにぶつかって打ち上がってた。

また浮かびだしたから、もうはっきり見えないけど」

「はぁ……それにしても目は良さそうですけど。

ですが、とりあえず溺れているのなら救助しなくては。

すみません、紅葉さん。このまま高度を下げてください」

「えぇ、任せてください」


最初は首を傾げていた海音も、人が見えた理由を聞けばすぐに納得する。自分も下を見ながら紅葉に指示を出し、移動を止めて高度を落としていく船の中で目を凝らしていた。


「……あぁ、なるほど」


そんな彼女は、少しずつ高度が下がっていくうちに、やがてそれが誰かを理解したようにため息をつく。

同じように地上を見ていたクロウも、やはり誰かを察して首を振っていた。


2人して同じような行動を取っているのを見た環も、じゃれていたロロがクロウに意識を向けていたこともあり気になったようだ。外周に近寄りながら首を傾げている。


「ねぇねぇ、だれだった?」

「危ないので、環ちゃんは覗き込んではだめですよ」

「わかってるからきいてるの、だれだったー?」

「えっとな、一言でいうと迷子だな」

「まい子?」


彼女はちゃんと紅葉の言うことを聞いているが、だからこそ気になって仕方がないらしく重ねて問いかける。

するとクロウは、微妙な表情で力なく口を開いた。


「もう着くから、川まで行ってみようぜ」

「はーい」


ゆっくりと高度を落としていった落ち葉船は、川のすぐそばに降り立つと溶けるように拡散していく。

元々は紅葉の葉っぱなだけあって、造るのも消すのもあっという間だ。


ただし、ずっと周りの声を気にせず考え事をしていた雫だけはそれに気が付かずに、華麗に着地しながらも驚いて周囲を見回していた。


「さっき確認した場所はもうちょっと川上だったけど……

下りてる間に流されてるはずだし……お、いたいた」


状況を理解していない雫はスルーで、クロウは海音とロロ、環を引き連れて川へと向かう。すると、ずぶ濡れで川の中を浮かんでいたのは……


「……はぁ、やはり雷閃さんでしたか」

「ということで、答えは八咫国将軍、雷閃だ。

ま、いつも通りだな」


黄色い和服を身に纏い、刀を腰に差した男性――八咫国将軍の嵯峨雷閃(さがらいせん)だった。週に2〜3回は迷子になっていて、もはや街にいることの方が珍しい存在である彼は、相変わらず遭難しているところであるらしい。


気絶しているのか、以前のようにただ寝ているだけなのか。

彼は時折ごしごしと岩に体をぶつけながらも、脱力した状態を保ったまま浮かんでいる。


もちろん、この状況で生きていられるのは彼だから……ひいては神秘であるからこそだ。神秘に寿命はなく、普通の生き物に牙や刃物で傷つけられても案外すぐに回復する。


その治癒スピードは個人によってまちまちだが、少なくとも神秘以外に殺されることはない。さらには、そもそも普通の生き物では傷つけること自体が難しい。


とてつもなくタフな存在あるからこそ、彼は人として致命的な程に迷子になっても、こうして生きていられるのだった。


しかし、当然丈夫だからといって痛みや苦しみがないということもない訳で。生き方そのものは、ほとんど普通の人間と変わらない訳で。


毎度、遭難して目の前に現れる彼に対して、クロウと海音は呆れ返った目を向けている。

元気に歓声を上げるロロ達年少組とは対照的だ。


「わぁ、すっごいしょーぐんだ!」

「ひゃー、おっかないしょーぐんだね……」


どんぶらこ、どんぶらこと流れていく雷閃を見た年少組は、それぞれ違った反応を示しながらも同じく川に向かう。


片や、水を前に猫らしからぬ積極性で、毛が濡れるのも気にせず飛び込んでいき、片や、彼にビビリながらも友達に付き合う形で水中を進む。


澄んだ川の中には、ゆらゆらと揺蕩っている雷閃の和服と、ロロのふわふわだった体毛、桜と紅葉の色をした環の鮮やかな和服の色が映り込んでいた。


「しょーぐん! げんきー?」

「ぶくぶくぶく……」

「あっ……おぼれてる。水、いっぱいのんでるね」

「うにゃー、念動力!」

「水の上なら、あたしが髪でマッサージするよ」


雷閃の上に乗っかったロロは、彼が返事をしないことを確認してから救助活動を始める。念動力を使って体を水の中から引っ張りだし、環が長い髪を操ることで心臓マッサージなどをして水を吐き出させていく。


「ゲホっ、ゲホっ……」

「おきたー、しょうぐん?」

「うーん、ここは……?

あ、やぁー、ロロくん、環ちゃん。元気ー?」

「げんきだよー!」

「こ、こんにちは、しょうぐん……」


水を吐き出して意識を取り戻した雷閃は、ずぶ濡れであることや浮かんでいることなどを気にすることなく、ほんわかと挨拶をする。


さっきまで、遭難して溺れて意識を失っていたとは思えないほどの呑気さだ。ロロは嬉しそうに挨拶を交わしているが、環、そして川辺りから見守っていたクロウ達は控えめに言葉を返す。


「おーっす、雷閃。相変わらず迷子かお前」

「こんにちは、相変わらずですね雷閃さん」

「やぁー、クロウくん、海音。こんなところで奇遇だねぇ」


ロロと環に運ばれている雷閃は、呆れ返った彼らの視線にもめげることなく笑いかける。特に海音など、普段から無表情なだけあって冷徹そのものだ。


「奇遇ね……いつもお前の遭難中に会うからそんな気はしねぇけど、まぁ運は良かったかもな。ちょっと付き合え」

「え゛……いきなりなんだい?

僕はさっきまで遭難してて、けっこー疲れてるんだけど」

「問答無用だ、バカ。紅葉、乾かしてやってくれ」

「そうですね、環ちゃんが風邪を引いてしまいます」


"照紅葉"


クロウの要請に顔をしかめる雷閃だったが、念動力によって浮かされている彼が逃げられるはずがない。

紅葉に操られた紅葉(もみじ)のカーテンにロロや環と一緒に包まれ、燃え始めたそれの熱で乾かされていく。


彼らがすっかり乾いて出てきた頃には、紅葉によって落ち葉船も造り直されていた。


「あったかーい」

「ぷはぁ! なになに、何事なの?」

「よし、乾いたな。行くぞー、雷閃」

「えぇ……? 目的くらい教えてくれても良くないかなぁ?」


燃える紅葉(もみじ)のカーテンから出てきた雷閃は、乾いてなお念動力で浮かべられている。抵抗は不可能だ。


もう文句も言わずに何に付き合うのかを聞くが、それすらも許されず落ち葉船へと連行されていく。

八咫国将軍という強大な戦力を得たクロウ達は、意気揚々と神奈備の森へと向かっていった。




~~~~~~~~~~




「ねぇねぇ、結局何しに行くんだい?」


なぜか川で遭難して溺れていた雷閃が救助されて、強制的に調査に巻き込まれてから数分後。

未だに何も知らされていない彼は、真剣な表情で周囲を警戒しているクロウに話しかけていた。


だが、彼が溺れていた場所がそこまで神奈備の森から遠くなかったこともあり、みんな警戒に集中していてまったく答えてもらえない。


そもそも彼が遭難していて街の事情を知らないこと、起きている問題は複数あってやや複雑なことなどの理由もあるが、中々に酷い扱いだ。


「んー、鬼人の調査」

「だからね、何を調査するのかなーって」

「後でな。もう神奈備の森が近いから、警戒しないと」


ようやく答えてもらった内容も、たった一言鬼人の調査。

雷閃は堪らず肩を落としている。


とはいえ、警戒するにはするだけの理由があり、この数分間の扱いがまったくの無意味ということにもならない。

幸か不幸か、彼らの乗っている落ち葉船の下には……


「っ……!! 前方、森の数キロ手前に護送車がいます。

捕らえられているのは……鬼人!!」


数頭の馬に引かせている、かなり大きめな木製の護送車が森に向かって走っていた。



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