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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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14-悪夢から覚めて

「うーん、朝……」


翌朝。道端で寝ていたはずのクロウは、気がつくとふかふかの布団の上で横になっていた。


両隣には、別々に同じ悪夢の世界へ入っていたはずの海音とロロがいる。どうやら寝ている間に運ばれていたようだ。


寝転んだままで左右を見ていた彼は、やがて共に悪夢の調査へと向かった面子が寝かされていると察すると、少しぼんやりとした様子で起き上がる。


くあぁ……と全力で伸びをしており、巨大すぎる鬼人に襲われる悪夢を見たとは思えないほど緩い。

しかし、そんな彼も視界に飛び込んできた人物を見ると一気に覚醒する。その人物とは……


「……っ!? ちょっと待て、ヴィニー!?

お前なんでこんなとこでそんなボロボロになってんだ!?」

「あはは……」


駆け寄ってくるクロウに苦笑しながら、壁に寄りかかって体を休めているヴィンセントだ。


目は包帯越しでもわかる程に流血で真っ赤だし、着替えた服によって大部分は隠されているが、見えている部分はところどころ引き裂かれていて痛々しい。


クロウ達が寝ている間、現実で未知の鬼人と戦っていた彼は、無事に切り抜けていながらもかなり手酷い傷を負っていた。


悪夢調査組と同じく、政所の執務室にある畳部屋で休まされているので、もちろん命に別条はないだろう。

しかし、そんな事情を知らないクロウからしたら、いきなり大切な家族が傷だらけになっているだけだ。


まだ海音とロロが寝ている中、窓から差し込む朝日に照らされて鮮明に見える傷を心配している。


「あははじゃねぇよ!? まさか鬼人が暴れてたのか!?」

「うーん、近からずも遠からずってところかな。

現実にいた悪夢の元凶を追ったり、暗殺者から紅葉さんと環ちゃんを守ったりしていたよ」

「はぁ!?」


最初の苦笑こそ誤魔化すようなものだったものの、ヴィンセントは特に隠すつもりはないらしく、正直に答える。

その答えを聞いたクロウは、予想よりも重大な出来事に思わず目を見開いていた。


今の八咫で起きている問題は3つ。悪夢、幻、暴動だ。

彼はそのうちの1つである悪夢を担当していたのだから、家族が戦っていたというのなら暴動と思うのも無理はない。


だというのに、実際に戦っていた相手はそこらの鬼人などではなく、自分達が戦っていたナイトメア。


さらには、暗殺者がいること自体も驚きなのに、その対象が共に依頼を受けている2人だと言われたのだ。あまりにも予想を超えた出来事に、彼の驚きもひとしおである。


「え、ナイトメアって悪夢と現実の両方で存在できんのかよ……!? ほんと、戦闘能力高くなくて助かったな」

「彼はナイトメアっていうんだねぇ。

すぐ逃げちゃったけど、厄介そうだ」

「それより、暗殺者ってなんだよ!?

紅葉と環が狙われたって、なんで!?」

「ん、理由? えーっと……」

「待て、未来は見るなよ? どうせ昨夜も使ったんだろ?

目、潰れてんじゃねぇか……」

「……あちゃあ」


昨晩、未知の鬼人と戦っていたヴィンセントだったが、それが紅葉達を狙う理由までは把握していなかったらしい。

能力を使おうとしたところを静止され、目の状態がバレたことで困ったように頬をかいている。


「でも、知っておかないとまずいことになると思うんだけどな。多分、鬼神(きじん)を狙ってたよ」

「マジで? じゃあ、本気で嫌がってんのかな、融和」

「ごめん、昨日はそんな余裕なかったからわからないよ。

とりあえず俺が言えるのは、紅葉さんと環ちゃんが狙われていたこと。そして、もし殺されるとお互いにとって取り返しがつかないことが起こるってことくらいかな」

「そっか……」


彼の言葉を聞いたクロウは、深刻な面持ちで考え込む。

たまに暴れている鬼人、昨晩は阻止できたものの、おそらく毎晩悪夢の中で人々を虐殺している鬼人、幻。


昨日神奈備の森に行った時に商人が見せた、環への過剰反応に夜襲撃に来たという暗殺者。


幻を除いたすべてに言えることは、大嶽丸という人間を滅ぼそうとした鬼神(きじん)の死から、人間と鬼人の融和が始まってから起こった出来事だということだ。


彼と共に敵対しながらも、最終的に生き残って人間と共存し始めた環はきっと、彼らにとっては本当に裏切り者。

そんな彼女と紅葉を暗殺しようとしたというのは、暗部組織の本気度をひしひしと感じさせる。


妖鬼族全体で見てそうなのかは不明。

だが、暗部組織とそれに従う者たちは、確実に人間との共存に否定的だと思われた。


「また、戦いが起こるのか……」

「あの2人が死ねば、本格的に。今度こそどちらかが滅ぶまで止まらない殺し合いになるかもしれないね」


まだ確定した訳ではないが、最も可能性が高く悲惨な未来の予測に、彼らは暗い表情で思案する。


現実と悪夢の両方でナイトメアを見た、人間と共存している環達に刺客が差し向けられた。これらの状況証拠だけでも、もう十分すぎる程に鬼人の関与は確定的だ。


もちろん放置はできない。だが、対処方法も難しい。

鬼人の現状には人間も無関係ではないのに、元々は同じ人間であった相手なのに、また否定し排斥するのか?

あまりにも重い問題に、彼らは黙り込む。


「おはようございます、無事起きましたね」

「雫さん」


そんな重い空気の中、しばらくしてから政所の執務室には、いつもと変わらない様子の雫がやってくる。


後ろに紅葉と環を連れている彼女は、昨晩ヴィンセントと共にナイトメアを追っていたとは思えない程に無傷で、同じく状況を知っているとは思えない程に普段通りだ。


環がロロの隣で寝転び始めたのを尻目に、紅葉と共にクロウ達の前に座った。


「ヴィンセントくんの目の治療は、美桜様に頼んであります。あと少しだけ待ってもらうことになりますが、2〜3日もあれば再生できるでしょう」


畳の上でビシッと正座をした雫は、ヴィンセントに向き直ると礼儀正しく潰れた目についての話を始める。

彼は昨晩、決定的な破滅を防いだ立役者なので、そのけがを治すための手配を伝える彼女の態度はやけに厳粛だ。


「ありがとうございます、雫さん」

「こちらこそです。昨晩、私はずっと助けられていました。

紅葉さん達のことも、あなたのお陰で手遅れになっていません。依頼を出してもいないのに、本当にありがとう」

「あはは、報酬は胡蝶さんとお嬢にこのことを伝えないことでお願いしますね。絶対、色々言われるので……」

「任せてください」


雫はお礼を言われてすぐに頭を下げる程だったので、彼への感謝は相当なものだ。クロウよりも遥かに心配してくる人達の名前を出して口止めされると、すぐに迷いなく頷く。


ただ能力を使ったことを伝えないというだけなのに、下手すると命に変えても守り通すと言いかねない雰囲気である。


「では、昨日わかったことから予定を決めましょう」


とはいえ、そんな彼女もクロウと同じように、最優先事項は目の前にその原因でもある鬼人の問題だ。

しっかりと思いを伝えると、速やかに本題に入っていく。


彼女たち現実での調査をしていた組と、クロウたち悪夢の中で調査をしていた組。それぞれの得た情報を交換する。

お互いにすべて伝え終わると、やはり難しい顔つきで頭を悩ませ始めた。


「なるほど、少し厄介な状況になりましたね。

商人達はナイトメアや暗殺者のことで問い詰めるとして……

紅葉さんと環さんはどうしますか?」

「私はもちろん、向かいますよ。森はたとえ地震に見舞われても動じません。美しく、雄大に。ただ、すべきことを」

「そう、ですか……」


同族に命を狙われた手前、かなり言いにくそうに問いかける雫だったが、紅葉は相変わらずだ。

環ではなく自分の話であるのなら、平然とした態度で詠うように綺麗な声で同行を宣言する。


当然、ただの人間とまではいかないまでも、まだ神秘そのものではない仙人の雫なので、同行自体はありがたい。

しかし、明らかに狙われている彼女を巻き込むのは、やはり相当心苦しいらしく微妙な反応を見せていた。


「……暗部が本来、鬼神(きじん)の部下であるのなら。我らに牙を剥く理由は何なのか。決別、制裁、かつての命令。

どうあれ最も動揺を誘うことができるのが我らです。

赤く染まった紅葉(こうよう)が落ちるべくして落ちるように、取るべき責任は取ります。それが定めというのなら、降りしきる紅葉(もみじ)の如く華やかに散ってみせましょう」

「いいのですか?」

「はい」


雫の迷いを断ち切るように美しく言葉を紡ぐ紅葉に、彼女は最終確認を取るが、やはり迷いはない。

お互いに短い言葉で、端的に意志を確認し合う。


「紅葉姉ぇ、あたしもいくよっ!

あたしも、もっとみんなとはなさなきゃだめだったんだ」

「本当に、いいのですか?」

「の、望まれたことを、望まれたように……ぐすっ」


だが、彼女が大切にしている環が加われば話は別だ。

幼いながらも強い意志のこもった言葉の後でさらに確認すると、彼女は打って変わって涙ながらに同意する。


直前までの美しく凛々しかった姿は影も形もなく、明らかに嫌そうにしていた。とはいえ、結局は2人共同行しようとしていることに変わりない。


クロウ達は紅葉の締まらなさに苦笑しながらも、再び神奈備の森を目指して出発した。



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