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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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13-悪夢の名前・後編

"天羽々斬"


クロウがいる場所の少し先から放たれた水刃は、まっすぐに空を駆け上がって鬼人の腕を斬る。


海音が放ったと思われるそれは、天を斬る神秘の水の一撃。

あまりにも巨大な鬼人の片腕を上下に斬り裂いたその斬撃は、そのまま背後の空までも斬ってしまった。


薄っすらと見えていた雲は上下に斬り裂かれて消え、夜空に満ちていた済んだ空気すらも歪んでズレ、月明かりも力尽くで屈折させられている。とんでもない力技だ。


たった一太刀……たった一太刀で悪夢のような存在は致命的な損傷を受け、歪んだ悪夢の世界は亀裂を見せていた。


「はぁぁぁぁーっ!?」


斬撃のお陰で鬼人の攻撃は防がれた。

決意を固めていたクロウも、確実にあれを防ぐことはできなかったので、海音に救われた形だ。


予想外の出来事である以上に、度肝を抜かれるような光景でもあったため、彼は目を見開いて驚愕している。

といっても、彼は以前の鬼神(きじん)との戦いで既にその攻撃を見たことがあったので、我に返るのもすぐだ。


ハッと斬撃が放たれた辺りを見据えると、素早く剣を納めて海音がいるであろう場所へ向かっていく。


「よかった、あいつもちゃんといた……!!

あの巨大な鬼人をぶった斬ってる……!!

というか、あの亀裂は悪夢の出口になったりするか?」


鬼人との距離はまだ半分近く残っていたが、海音との距離は数十メートル程しかない。神秘による身体強化もしている彼なので、あっという間にその場へと辿り着いた。


風を切って海音の背後までやって来ると、急停止することで風を弾き飛ばし、大声で彼女の名前を呼ぶ。


「海音!!」

「おや、クロウさん」


鬼人の片腕は使い物にならないとはいえ、まだもう片方の腕や両足も残っているし、巨体はそれだけで脅威だ。

海音を前にしたクロウは、それでも焦燥感をなくさずに声をかけていた。


しかし、その目の前にいる海音は真逆。

山や月でも眺めていたかのような、ちょっと散歩していたら知り合いに遭遇したかのような気安さで言葉を返す。


かなり場違いではあるが、つまりそれだけ余裕があるということで、安心感のある態度にクロウも表情を緩める。


「はは……おやじゃねぇよ、海音。いつ来た?」

「あの鬼人が現れるよりもだいぶ前からいましたよ。

ぼんやり歩いていたら急に現れたので、さっきまで走ってました。ずっと見られていてヒヤヒヤしました」

「嘘つけ」


ヒヤヒヤしたなどと嘯く海音だったが、その直前までぼんやり歩いていたと言うし、彼女はクロウと違って汗1つかいていない。


どう考えても、嘘……よくて基準がズレているだけで誇張された表現だ。今も普段通りでしかない彼女に、クロウはズバッとツッコミを入れる。


「けどそうか……海音が動いてて的が定まらないから、最初は動いてなかったんだな。それか、警戒を緩められねぇから」

「なるほ、ど……」


うんうんと頷きながら鬼人の行動に納得するクロウに同意していた海音は、突然ピタリと動きを止める。


さっきまで余裕がある程度で、あの化け物を見てなお無表情を貫いていた彼女だが、今は若干頰が強張っていた。

少しばかりわかりにくいが、明らかに異常事態だ。


それを見たクロウは、再びたらりと冷や汗を流しながら顔を引きつらせて問いかけていく。


「……? どうか、したか?」

「その、上を」


じっとクロウの目を見返す海音は珍しく言いにくそうにしており、言葉少なに直接確認するよう促す。

すると、一緒に視線を空に向けた彼らの目の前にあったのは……


「iy:@y^k恨nf絶5.bsud>ck45bbf悪夢kut<:@yd@zw@rouebk場w@0;of常i恨nを-4d(zr.kn9」


さっき海音に斬られたはずの腕が、みるみるうちに再生していく巨大な鬼人の姿だった。

しかも、ただ再生しているだけではない。


傷口はより硬く刺々しい鱗に覆われ、頭部と同じような角が生えているようだ。それ以外の部分も、何もしていないのにどういう訳かさらなる巨大化を遂げている。


現れた時点で100メートル近い巨体だったそれは、瞬く間に100メートルを確実に超え、150、200、300と尋常ではない変化だ。


もはや巨人すらも超えた、悪夢そのもの。

全身から角を生やした異形の人型、山すらもお手玉にしてしまうような巨人の鬼、圧倒的に悍ましく神秘的な存在がそこにいた。


「……は? いやいや、何でもありなのあいつ?

まぁ、よく考えてみればたしかにここは悪夢の中で、死ぬとかもないんだろうけど……」

「これは流石に……どうすればいいのでしょうね?

大きさは問題ないですが、再生するなら斬る意味もない」

「大きさはいいのかよ……」


明らかに倒す方法など存在しないながらも、海音がいることでクロウは呆然と現状を受け入れる。

隣に立つ海音も取り乱さないが、流石に困り顔だ。


といっても、鬼人に起こった変化のうち巨大化は問題ないとのことで、力なくツッコミを入れられていた。

その言葉を聞いた彼女は、むぅ……と思案顔をしていながらもしれっと言葉を返す。


「えぇ、まぁ。どれだけ巨大でも、斬ればいいだけです」


何かあれば、とりあえず斬ればいい。

それはいつも通りの彼女の方針だが、山よりも巨大になったあの鬼人に対してそう言うのは異常だ。


本人はいたって真面目だとしても、他の人からしてみるともうギャグでしかなく、クロウは気の抜けた表情でかなり適当な作戦を伝え始める。


「じゃあもう、あれが消えるまで斬り続けてくれよ。

再生できたとしても、動けなきゃ脅威じゃないし。

俺も……目潰しくらいはできるから」

「解決にはなりませんよ?」

「ロロに元凶捕まえてくれって頼んでんだ。

それが無理でも、夢ならそのうち覚めるだろ」

「たしかにそうですね、では……」


クロウの作戦を聞いた海音は、普通なら無茶苦茶な要求になるそれを素直に受け入れ、納刀していた刀を抜く。

彼女の力の影響により、薄っすらと神秘的な水を纏うそれは青く輝いていた。


同時に、隣に立っているクロウも宣言通りに目潰しをしようと動き始める。懐から小さな種のようなものを取り出すと、強く握ることで茨でできた弓に変化させていき、鬼人の目を射抜こうと矢をつがえていく。


「矢は運良く目を潰す。たとえ2本同時に放ってもな。

血が吹き出したら適当に斬ってくれ」

「了解です」


鬼人はまだ手足の棘を伸ばしている最中で、攻撃を仕掛けてくる様子はない。巨大化も終わっていないが、幸運そのものであるクロウの矢は、確実にあれの目を射抜くだろう。


指示を受けた海音は迷わず頷き、空高く掲げた刀に神秘的な水を輝かせていた。


"必中の矢(ゴヴニュ)"


何の変哲もない茨の矢は、どんどん離れていく鬼人の眼球を目掛けて放たれる。それは風に乗り、鬼人の呼気に吸い寄せられ、変わる位置を追って最終的にしっかりと目を穿つ。


瞬間、掲げられた海音の刀も閃き、再生した鬼人の腕を目掛けて水の斬撃が放たれた。


"天叢雲剣"


鬼人に炸裂したのは、先程とは違って天で斬る斬撃だ。

大気中の水分を利用しているその一撃は、天を捻って歪ませ、傾いていく天によって腕をねじ切っていく。


「h@&&&&&Z</t@潰;q<腕t@bub@ui2yxex;w,d@;q」


スッパリと切断された前回とは違い、今回は歪んだ天でねじ切られたことで傷口はぐちゃぐちゃだ。

潰された目を押さえていた鬼人は、チクリとしたその痛みを遥かに超えた激痛にうめき始める。


もちろん、その巨体なので全体的な損傷的にはそこまでではない。悪夢の中なので、傷もみるみる治っていく。

だが、大まかな場所しかわからないそれは、海音の次の行動を見られず無抵抗に追撃を受けていた。


"我流-叢時雨"


続いて海音が放っていたのは、前方に吹き荒れる小雨の如き細かく大雑把な水の斬撃だ。


天叢雲剣のあと、流れるような動きで納刀していた彼女は、細かく手元を輝かせることで延々と絶え間ない水刃を浴びせかけていく。


それはもちろゆ、天羽々斬や天叢雲剣のような、一撃で何でも断ち斬るような重い一撃ではない。

しかし、表面に生えた硬い鱗を延々と斬られ続ける鬼人は、常に再生することを強いられていた。


「やはりこの技では、スパッと斬れませんね。

ですが、あれの連発は厳しいので、しばらくはこれで。

足止めとしては問題ないですか?」

「あぁ、俺もこのまま射撃を続ける。

この弓矢は特別性だから、受け続ければ弱ってくるはずだ」


矢を射られ続け、刀に斬られ続ける鬼人は、再生することに手一杯であり攻撃も移動もできはしない。

時折混ぜられる一撃に腕や足を飛ばされながら、弓矢による呪いで着実に弱っていく。


それでも、あれはナイトメアが生み出した悪夢の具現だ。

決して倒れることはなく、延々と再生を続けていた。

このまま続けば、いずれ限界が来るのはクロウ達の方だったのだが……


「クロー、つかまえてきたよっ!」


彼らが足止めを始めてから数十分後。

屋根の上には、クロウに頼まれてナイトメアの捕縛を行っていたロロが現れた。


その言葉通り、足元には念動力で手足の動きをガッチリ制限されて拘束されている、黒い道化師が転がされる。


拘束されているナイトメア本人はこの状況がわかっていないのか、相変わらず騒々しい。

海音が巨大な鬼人の足止めで手を離せないのをいいことに、剣を向けてくるクロウを前にまくし立てていく。


「わはぁ、なんて光景だ! 鬼神(きじん)の怨霊を、これほどまでに容易く完封してしまえるだなーんーてっ!

うんうん、流石は大嶽丸様を殺した奴らねーい。

俺も殺されちゃうのカナ? あはぁ、怖ーい♪

だが、いくら実力を見せつけられても、我は折れぬよ。

なぜなら僕は奇術師だからー☆ どんな時でものらりくらりとふざけて躱して笑うのさ。俺達の目的のためにね」

「……!! その目的ってやつを教えろ!! その角にあるのは、やっぱり鬼人の角だな!? 何を企んでる!?」


相変わらずのナイトメアに圧倒されるクロウだったが、目的という言葉を聞くと、途端に詰め寄る。

拘束されている姿を至近距離から見たことで、彼が鬼人であることは確定だ。


次は、その目的を……妖鬼族の暗部組織である彼らが企んでいることを、聞き出さなくてはならない。

だが、当然彼が素直に答えるようなことはなく、ケラケラと挑発するように笑い始めた。


「アッハァ、目的ってのは何だい? 暗部組織の一員なんだから、鬼人は鬼人だろー? 鬼人は人を恨んでる。

それをぶつける以外に意味があるとでも思っているのか?

フフフフフ、やはり愚かなり人類!! まぁ、ワタシを見たらそれ以外を疑うのも無理はないかもねぇ?

なんたって俺は奇術師だから☆ 恨みなんてないでしょう?

え、嘘ないの!? きゃー、どっちどっち?

あたし気になって夜しか眠れないわっ!」

「聞いてんのはこっちだよナイトメア!!

今お前は捕まってて抵抗できねぇってことを忘れんな!!」

「おやおやぁ? もしかして、僕が逃げられないと思ってるのカナ? ここは吾輩の悪夢の中だというのに?

ぷくく〜、もちろん私はここから消えられるサ☆

なんたって奇術師だから〜。ほいじゃ、バイ!」


あからさまにおちょくっているナイトメアに、クロウはさらに強く詰め寄っていく。

すると彼は、拘束されたままでバタバタと暴れ出したかと思うと、次の瞬間には姿をくらましてしまった。


おまけに、彼が悪夢から消えた影響なのか、この世界自体にも変化が訪れる。

海音に斬られ続けていた鬼人は溶けるように消え去り、周囲の景色も鍋の中でかき混ぜられるお湯のように歪む。


ナイトメアに剣を向けていたクロウの両足は屋根から離れ、標的を見失った海音もしゃがむように体を曲げられていた。


「うにゃあ!? なにこれクロー!?」

「これは多分、夢から覚める……!!」

「証拠はどうしましょう?」

「ナイトメアってコードネームが知れたから、そこを……」


驚き、困惑する彼らは、かき混ぜられる世界の中でもがく。

ぐるぐる、ぐるぐると回り続け、乖離していく心と体を必死に繋ぎ止めながら、段々と悪夢から解放されていった。



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