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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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11-悪夢の名前・前編

「ちょっ、待ちやがれッ……!! どう見ても怪しい野郎!!」


黒煙となって消えた道化を見たクロウは、すぐさま直前まで彼がいた路地に突入する。だが、彼がなった黒煙はもちろんすぐに消えていく。


走っている間にも暗闇に溶け始め、クロウが辿り着いた頃には水中呼吸で生まれる気泡のようにかすかに残るだけだ。

伸ばした手の間をすり抜けるように、呼吸者の消えた黒煙は消え去ってしまう。


「っ……!! まだだ!! そこにいるな!?

俺という幸運のフル稼働だ、当たれぇぇっ……!!」


"幸運を掴む者(フォルトゥナ)"


黒煙も道化師も路地裏からは消え去った。

しかし、クロウがあの不審者を諦めることはない。

そのまますぐに懐からナイフを取り出すと、屋根の上目掛けて投げつける。


「ぎゃーっす!? なんか足に当たったぞ!?

痛い痛ーい、ここなに悪夢? そうここ悪夢!

まさかこの悪夢の世界で我に攻撃当てようとは……クククッ、褒めて使わそう。なぜなら、ここでの私は無敵だからー☆

少し掠らせるだけでも奇跡の一手、直撃とあっちゃあ拍手喝采。世界中が君を褒め称えるであろーう!!」


この悪夢の中で彼の存在を感知できたのが幸運なら、その彼をナイフで打ち抜けたのもまた幸運。どうやらナイフは彼の足を見事に貫いたらしく、道化師は道化らしく騒ぎ出す。


はっきり言ってしまうと、ナイフを投げた方向は勘でしかなく、当たったこともまた運でしかない。

もしも当たっただけならば、そのまま逃走を許してしまっていたことだろう。


とはいえ、相手は道化師、奇術師、悪夢の主。

黙って逃げるなどということができるはずもなく、そのお陰でクロウは彼の居場所を正確に知ることができた。


迷いなく両足に力を込めると、全身に神秘による身体強化を施して飛ぶ準備を始める。


「俺はただ運がいいだけの神秘だぞ……?

これで当たらなきゃ、何のために存在してんだよ俺は……!!」


"モードブレイブバード"


屋根の上にいる道化師を射抜く彼は、右の碧眼に青い炎でも宿しているのかという程、神秘的な青いオーラを迸らせる。

当然、それに呼応するように左の琥珀色の目にも青いオーラは生まれ、さらには全身にまで纏われていく。


以前までいた幸せの青い鳥――チル。

彼が消えてしまった代わりに、その幸運の呪いそのものであるクロウ自身が、幸せの青い鳥として力を使う。


彼に他の神秘のような大した力はなく、ただ運が良いということの他には勇気のみを持って、彼は不審者目掛けて飛び上がった。


「うわっはー♪ 僕を見つけたの? ワタシを見つけたの?

まるで夢のようじゃないかい、悪夢の中だけに!

すんばらしいねぇ、めんどくさいねぇ。大人しく音量が上がるのを待ってられないのー? だが、我は君を認めよう」

「おいおい、お前少しは黙ってられねぇのか?

暗躍してんならしてるなりの言動ってのがあるだろ!!」


道化師が騒いでいる間に跳躍したクロウは、手足をシャカシャカと動かしている彼に向けて全力で蹴りを放つ。

さっきの男性や道化師が言う通り、ここは悪夢の中だ。


といっても、特に蹴りがすり抜けてしまうなどとということはない。動きの騒がしい彼に、蹴りはクリーンヒットした。

片腕を上げて防御するも、道化師は簡単に吹き飛んでいく。


「あぎゃぎゃぎゃぎゃ……屋根瓦を引き裂いた俺様のスライドでエキサイト♪ うぅっ、なんてことだ。

まさか私の認めた者に足蹴にされてしまうとは……

あっしにしてみりゃあもう悪夢のようなとんでもない事件、まさにナイトメア。奇術師らしくて愉快でいいネ☆」


蹴り飛ばされた道化師――ナイトメアは、一応は腕で防御したというのに、なぜか顔面から滑るようにして屋根の上を飛ばされている。


しかし、大げさなくらい派手に吹き飛ばされるというのも、演出かなにかだったようだ。1つの建物の屋根を2つに割ると、隣の建物に飛び出していき、回転しながらそちらに着地した。


何枚もの瓦を割った顔は、特に切れたり割れたりすることなく無傷の状態で、わざとだということや体の丈夫さが相当であることを察せられる。


といっても、この悪夢の元凶だというのなら、彼が鬼人であることは疑いようもない。最初から油断などしていなかったクロウは、自分も隣の屋根に飛び移りながら問いかけた。


「ナイトメア? もしかして、それがお前の名前か?」

「まさかまさか、僕に名前なんて無いよ。

これはあたしのコードネーム。

名無しの権兵衛たちに与えられた大陸での活動名。

ただしー、その名前に引っ張られた力が使えたりするー☆」


剣を構えながら詰問してくる彼に対して、多少はダメージを受けているはずのナイトメアは相変わらずだ。

足に刺さっていたナイフを抜くながら、騒がしい動きをしながら正直に自分の名の説明をする。


鬼人は生まれながらに神秘で、自然の中で生きる。

人が異形に進化した形ではあるが、ある意味退化だ。

寿命がない分、生死にはあまり頓着しておらず、獣と同じく個別の名前など持たない。


名前を持つのは、今は卜部紅葉(もみじ)となったかつての鬼女紅葉(きじょこうよう)のように、名とは形ばかりな襲名性の称号持ちだけだった。


「コードネーム……暗部組織?」


名前がないというのならば、彼は鬼人だ。

しかも、普通の鬼人にはない称号を持っているのなら確実に特別な立場にある鬼人だと言えた。


クロウがより警戒を強めてつぶやくと、ナイトメアは相変わらずシャカシャカと騒がしく手足を動かしながら口数多くまくし立ててくる。


「おや、あてくし達のことをご存知で?

うふふふふ、えぇ!? 妖鬼族すら知る者が少ないのに!?

なぁんて、冗談冗談♪ そちらには鬼神(きじん)がいましたね。

名無しの支配者、怨念の殺戮者。知ってて当然、邪魔をしに来て当然。我は素直に認めよう。君、スゴーイっ☆」

「……」


まるで取り繕わないナイトメアにより、彼が暗部組織だということは素直に認められる。当然、彼が悪夢の元凶で間違いがない以上、それは疑いようもないことだ。


とはいえ、本人が明言したかどうかというのはやはり大きく、クロウは碧眼の輝きをより強めていく。


「あらあら? もしや俺ちゃんを警戒しちゃったのかな?

それはごめんじゃん、僕は無力よ? リラークス♪ だって私はただの奇術師。夢を現実にするだけのパフォーマーさ☆

そんな奇術師だけにー、悪夢とかけまして恋心と説きます」


そんな彼とは対照的に、ナイトメアには緊張感が全くない。

目と口が三日月のように曲がった笑顔の仮面をしていることもあって、常にヘラヘラとした雰囲気だ。


唐突なことにクロウが眉をひそめている中、1人でマイペースに話し続けていた。


「……?」

「へへっ、どちらもいずれはさめるものでして」


意図を読み取れずに首を傾げているクロウに、ナイトメアはすぐさま答えを説き始める。

仮面をしている彼の表情は、読み取れない。


だが、三日月のように曲がった目と口は妖しく光り輝いているようであり、いかにもな雰囲気があった。


「とはいえ、同じ心でも正の感情である恋心と、負の感情である怨念は違います。こちらは逆に、いつまで経っても消えません。それどころか、むしろ増大していくものでして」

「何の話をしてるんだ……?」

「おやおやおやぁ? あなたー、この悪夢を壊しにきたのではなーいのですか? 夢は不安定、恋心も不安定。

だけども怨念はむしろ増えるってなもんで、厄介極まりねぇなぁってことですとも。単純明快、島の膿。

あはぁ、こりゃ参っちまうネ☆ さぁさ今夜も鬼が来る……」

「っ……!!」


ナイトメアが話している内容は、意味があるのかも定かではないような言葉の羅列ばかりである。

口調も女声やら爽やかな男性の声やらと、真面目とふざけが入り混じっているためどこまで本気かも疑わしい。


とはいえ、彼が最後に語ったのは『鬼が来る』というものだ。明らかに何かするという宣言であり、クロウはすぐさま悪夢の主に向かって斬りかかっていく。


「待って待って、待ーってよぅ!! あたしは無力よぅー?

僕を殺したいのなら殺せばいいさっ! だが、あなたはたかが悪夢で、無抵抗な人を殺すという外道に成り下がるのか?

私はお勧めしないゾ☆ 人は優しい生き物だ……きっとショックで寝込んでしまう。そんな姿、俺は見たくないっ!!」

「いや、悪夢見せてるやつを放置できるかよ……!!」

「そもそもー、我はこの悪夢の中では無敵である。

君はあちらを気にするべきよぅ?」

「は……!?」


騒ぐナイトメアに、胸部をすり抜けるクロウの剣。

再び黒煙として消えていく彼が示す先には、立派な角を持つ巨大な人の姿があった。



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