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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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9-悪夢の世界

(……あぁ、夢か)


現実でエニグマが暗躍し、雫達が飛び回るナイトメアの姿を見つけていた頃。


ゆっくりと眠りに落ちていっていたクロウは、1人ふわふわとした意識の中で浮遊していた。

睡眠中にしてははっきりとしていて、だが現実のように思い通りには動かない。


どこか靄のかかったような状態で、右も左もわからずに。

ただ、上から下へと落ちていくような感覚のみを持って世界から欠落していく。


周りには何もないのだから、落ちないように掴むものや足場になるようなものも当然ない。

キョロキョロと周囲を見回すクロウは、どうしたらいいのかと戸惑いながらも、何もできずに落下している。


「墜落って感じでもねぇけど、落ちてはいるんだよな……」


泳ぐように手を上下させればわずかに落下は遅くなり、バタバタと足を動かせば左右に動く感覚だけがある。

だが、周りには何も見えないのでその行為にはなんの意味もなかった。


墜ちて、落ちて、堕ちて。

彼は延々と世界から見放され続ける。


その果てに、ようやく彼の目の前に現れたのは、何の変哲もない愛宕の街だった。


「うん、愛宕……?」


空から一望できる愛宕の街は、いたるところで朧気に輝いている提灯などの影響で明るく映し出されている。

木造でありながらも、特定の立派な屋敷には白く塗られた壁も多いので一部は夜目に痛いくらいだ。


もちろんその多くは2階建てなので、路地など建物の陰に隠れてしまっている場所もある。

とはいえ、そこにあったのは紛うことなき平和な愛宕の街であった。


「あれ、ここって夢の中じゃないのか……?」


戸惑うクロウは目を擦る。

自分の見ているものが夢なのか現実なのか確かめるために、空から落ちている現状とのズレに思考を合わせるために。


すると、次に彼が目を開いた瞬間。

彼は既に愛宕の街に着地しており、ぼんやりと灯りに照らされた街を見上げていた。


「うおっ、いつの間にかいる……!?」


今いる場所に気がついたクロウは、いきなりのことで全身をビクッと揺らし驚く。何の変哲もない愛宕の街は、何の抵抗もなく彼を受け入れていた。


街ゆく人々は彼のことなのお構い無しで、まるで存在していないかのように一定の動きを保ち続けている。


「ここが悪夢なのか……? それにしては平和だけど」


この世界の時刻は一体何時なのか、人々は出店から漂う美味しそうな香りに包まれながら、スタスタと歩き続ける。

店がある意味を問い正しくなるが、誰一人として立ち止まらない。


飲食店も何もかも、店は一様に客の呼び込みを続け、街ゆく人々はただ歩くという役割を果たしていた。


「……え、どうしたらいいんだこれ? ある意味地獄だな」


作り物のような機械的な街の光景に、クロウは困惑を深めて少し進み始める。世界は常に規則正しく、この場では彼だけが異物だった。


しかし、それでもめげずに歩いて観察を続けていると、彼は自分以外にも機械的ではない人々を見つけることができた。

彼らは飲食店で何かしら口にしている者だったり、街の様子に戸惑っている者だったり様々だ。


中には、既にこの状況がどういうことなのか理解しているのか、怯えたように動き回っている人もいる。


そのような人々は、明らかにこの状況がどのようなものなのか理解している様子だったので、クロウはすぐに彼らの1人に話しかけていく。


「なぁ、あんた‥」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!? 誰だッ!? お前は誰だッ!?」

「えぇ……? 初対面なのに俺が誰って言ってわかるか?」


声をかけただけで尋常ではない驚き方をする男性に、クロウはビクッと体を震わせながら困惑を深める。


たしかにここは悪夢の中だと思われるが、現在は平和そのもので危険など欠片もないのだ。

警戒する必要がないとは言えないまでも、死に物狂いで警戒するのはどう考えても過剰だった。


とはいえ、気が動転している相手に何を言っても仕方がない。男性は一向に落ち着きを取り戻さなかったため、クロウはひとまず落ち着かせようと名乗っていく。


「そうだな、幕府と天坂海音に世話になってるクロウだ」

「幕府の……それも問注所長官、天坂海音様の関係者……?

まさか、あんたがいるから今日の悪夢は遅いのか……?」

「ついでに、海音もどっかにいるはずだぞ。

そんなビビる必要ねぇから、質問に答えてほしい」

「あ、あぁ……」


どうやらクロウの名前までは知らなかった様子の男性だが、流石に海音の名前はよく知っていたようだ。


場合によっては、御所にこもり切りである執権代理や仕事をしない将軍などよりも知名度や信頼がある彼女なので、彼はすぐに落ち着いてクロウの質問に答え始めた。


「まず、ここは悪夢の中なんだよな?」

「そうだ、少し前にも見た地獄みたいな悪夢だ」

「一見平和そのものだけど、何にビビってるんだ?」

「平和な人間社会を破壊するのは、いつだって鬼人だ。

たしかに今は穏やかだろうさ。けど、途中で化け物みたいな鬼人が八咫を蹂躙しに来る。落差で絶望させてくんのさ」

「なるほど……ありがとう。あんたは起きろっていうのは無理かもだけど、海音を見つけたら離れないようにするといいと思うぞ。あと、できれば教えてくれ」

「わかった」


クロウが助言ついでに頼み事をすると、海音がいるということですっかり落ち着きを取り戻した男性は素直に頷き、彼女を探しに行く。


とりあえず斬ろうとする海音の近くがどのくらい安全になるかは不明だが、少なくとも1人で逃げるよりはマシだ。

彼は去っていく男性を静かに見送り、調査を再開する。


「ここが悪夢であるのは確定、一定時間経つと鬼人が暴れだすということで、鬼人の関与も濃厚ではあるか……

暴れるなら現場は抑えられるとして、証拠とは?

何をどうすりゃ証拠になる? 本人を捕まえるか鬼人特有の傷跡をつけられてそれを証拠にするか……

これは待つしか無いのかな? めんどくせー」


ポツポツと言葉にしながら考えをまとめていた彼は、やがて目標を見定めると、まずは仲間と合流するべく歩き出す。

たまたま運良く暴れ出す前に鬼人を見つけられれば話は簡単なのだが、そう上手くいくはずもない。


今できることは、武力の要である海音とサポートなどで頼りになるロロに合流することだ。

鬼人が起こす悪夢の蹂躙に備えるため、彼はできる限り速く態勢を整える必要が……


「……ん?」


クロウが仲間達を探して歩き始めたそのわずか数秒後、彼は唐突に足を止める。この悪夢についての確証や予定を決めている以上、理由はもちろん何かを見たからだ。


目の端でナニカの姿を認めた彼は、ゆっくりとそのナニカが見えた場所――建物と建物の間にある路地に視線を移す。

すると、その場所にいたのは……


「あぁ、ついのこの夜がやってきた! どれだけの人々がこの日を待ち望んでいたことかはわからなーいけども?

みな見せているよ武者震い! うふふうふふと笑み溢れ、私は期待に胸踊る。さっきも見たぞ、踊る人♪

そんなファン見ちゃあ、俺も止まれやしないのよぅ!

もちろんもちろん、人は日々寝て響いて、毎夜の舞いよ。

だけども決して飽きさせないっ。きっと僕らは歓喜に涙するだろうサ☆ さぁさ今こそ、我らは共に笑おうぞ!

嵐が荒らした街に待ち侘びた怨霊が音量を上げて、たーのしい悪夢が、あたしらの世界に遅い来るぞーい☆」


小声でありながら、誰にともなくまくし立てるように喋っている男。動きだけでもチャカチャカと騒がしい、黒い道化師のような服装をした男だった。


少ししてクロウがじっと見つめていることに気がついた彼は、ピタリと動きを止める。


そして、目と口が三日月のように曲がった笑顔の仮面をした顔をゆっくりと向けると、硬直しているクロウに対して言葉を投げかけていく。


「見つかっちゃっ……タ☆」

「世界一怪しいやついんじゃねぇかぁぁぁッ!!」


あまりにも怪しい人物を見たクロウが叫ぶ中、道化はふざけたような口調の言葉を残し、黒煙となって消えた。


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