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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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7-霧から逃れてできること

拳銃を乱射していたラメントが、エニグマに落ち着かされていた頃。落ち葉船に乗って一度その場を離れたクロウ達は、森をうろつきながらも奥には進めずにいた。


原因には、もちろんラメントが荒ぶっていたということもあるが、1番大きいのは霧が晴れないことである。

いまいち彼女達の目的が掴めないこともあり、無理やり押し通るというのもよろしくない。


やや敵対心を見せていないこともなかったが、元々妖鬼族は人間を恨んでいたのだ。まだ納得し切れていないというのであれば、最善はわかり合うことだった。


たしかに、既に悪夢や幻、鬼人達が暴れているということが問題として表出しているも、死者はいない。

そのため彼らは、霧によって森の外れにまで退くことになりながらも、まだ敵対には踏み切らずに相談をしていた。


「うーん、話が聞けなかった」

「……ですね」

「この霧、斬りたい」


何を判断するにしても、まず必要なのは情報だ。そのため、クロウ達は鬼人から話を聞けなかったことを残念がっているのだが、刀を抱いている海音は少しズレた発言をしていた。


今森を包んでいる霧を、斬る。

つまりは彼女達の抵抗を力尽くで押さえつけるということであり、真意はどうあれ敵対でしか無い。


落ち葉船を操っている紅葉は、その発言を聞くと高度を上げながら控えめに彼女を諌めていく。


「流石にそれはやめていただきたいです……

商人さんの目的はわかりませんが、まだ勘違いという可能性もあります。濁った水も、いずれは澄み渡る。

敵意と受け取られ、悪意が巻き上がるのはいただけません」

「でも、いたい……」

「ごめんなさい、環ちゃんっ……!! 痛いですよね、今すぐに街に戻って美桜さんに治してもらいましょう!!」

「姉バカ……?」


冷静に海音を諌めていた紅葉だったが、環が額に受けた銃弾の痛みを訴えると、途端に慌てふためいて街……ひいては幕府へ戻ろうと船を方向転換させる。


環は鬼神(きじん)……つまりは神秘であり、科学の武器である拳銃などほとんど効かない。痛いのもほんの少しの間であるはずなのに、凄まじい過保護ぶりだった。


そのやり取りを見ていたクロウも、急に行き先が変更された反動で倒れながらツッコミを入れている。

しかし、紅葉はそんな彼のことも諌めていた海音のことも、すっかりお構い無しだ。


依頼主である雫の意見も聞かず、一目散に街を目掛けて飛び始めた。


「えっと、依頼は……?」

「すみません、雫。わたくしには、環ちゃんの悲しみを癒やすこと以上に大事なことはありませんので!」

「いえ……まぁ、このまま居座っても意味はなかったでしょうから大丈夫ではあります、よ……?」

「ならよかったです」


もちろん雫も戸惑い、問いかけるが、落ち葉船の向かう先は変わらない。彼女が勢いに押されて肯定したこともあって、完全に愛宕を目指して全速力で飛んでいた。


「こほん……では、気を取り直してこれからの予定でも決めましょう。愛宕の街で問題解決のために行えることといえば、悪夢や幻の調査になりますが……一応、森に来る前に見た人の名前などを控えていましたよね?」


風に髪をはためかせる雫は、しばらくしてから咳払いをすると、現在使い物にならない紅葉からクロウに視線を移す。

海音は最初から脳筋、年少組はついてきているだけといった雰囲気なので、完全に2人だけの会議だ。


何をしでかすかわからない海音をこわごわ見ていたクロウも、彼女の話に乗っかって口を開いた。


「そうだな、住所とかは知らねぇけど」

「住所はこちらで。この感じだと到着は夜になるでしょうから、悪夢を見たことのある方の近くで寝てみましょう。

私達も悪夢を見られるかもしれません」

「……まぁ、夢ならやべーことにはならねぇか。

いきなりはちょっと怖いけど、海音もいるし」


いきなり悪夢に突入するとのお達しを受け、クロウはわずかに目を泳がせる。だが、その目はすぐに刀を抱いている海音の位置で止まり、口元を引きつらせながらも渋々それに同意した。


進行方向を見つめていた雫も、海音の実力だけは相当な評価をしているようだ。依頼者として必死に思考を巡らせている中、自信たっぷりに迷いなく頷く。


「そうですね、武力に関してはこの国最強ですから。

できれば見るだけでなく調査もしていただき、もしも鬼人の関与が確定するような悪夢ならば、里へ。

この事実を以て、あの商人達を問い質します」

「幻の方はどうするんだ?」

「そちらは悪夢よりも不確かですし、頻度も少ないようです。できればこちらで調査しておきますが、証拠を押さえられなくとも悪夢で推し通ります」

「マジか……」


鬼人達が暴れていることを除けば、この国で起きている問題は悪夢と幻……実質その1つを切り捨てると言われ、もう片方を任されてしまったクロウは、責任の重さに肩を落とした。


とはいえ、現実でやることといえば寝ることだけだ。

悪夢を見られるかどうかは運次第であり、初めて見る悪夢の世界で証拠を手に入れることなど、失敗して責められるものではない。


すぐに気を取り直すと、問題解決の一切を丸投げされた自分を鼓舞するように言葉を紡ぐ。


「いや、狙い通りピンポイントで悪夢見るとかどんだけ運がいいんだよって話‥いや俺運が良いだけの神秘じゃねぇか。

絶対悪夢見れちまうじゃねぇか」


幻は不確かで頻度も少ないかもしれないが、悪夢もまた確かではなく頻度も毎晩とは限らないだろう。

場所までピンポイントで遭遇するには、それなりの運が必要になる。


そう自分に言い聞かせていたクロウだったが、彼は幸運の神秘だ。悪夢を見るのが運であれば確実に見れてしまうため、同行者である海音に期待を込めた視線を注ぎ始めた。


すると、思考を放棄してぼんやりとしていた彼女も、流石に気がついて口を開く。


「悪夢の中って、刀は持ち込めるのですか?」

「いや、知らねぇけど……お前は素手でも強いだろ」

「そうですね、鬼人くらい素手でも粉砕できます」

「すんな!! 何のために今退いてると思ったんだ!?」

「わかってますよ、落ち着いてください。

あ、でも夢の中なら関係ないですよね? 鬼人への被害」


堪らずツッコミを入れるクロウに手のひらを向け、彼を落ち着かせようとする海音だったが、そもそも現実で起こることではないと気がつくと首を傾げた。


もし鬼人が意図的に起こしていることで、悪夢で出会う鬼人の意識も本物であるのなら、確実に印象は悪くなる。

しかし、被害という面で見れば、彼らはどんな目にあっても無傷だ。


今街の人々は精神的な負担を受けていることもあって、どう考えても文句を言われる筋合いはない。

その指摘を受けたクロウも、目を泳がせながら歯切れ悪く頷く。


「……たしかに」

「では、悪夢での安全は私が保障します。どんなに理不尽な場所であろうとも、危険はすべて薙ぎ払ってみせますよ」

「いや、安全というか……まぁ、安全であれば調査もしやすいからいいのか。うん、本当に頼むぞ」


ただ、斬ればいい。

いつも通り、自分のすることがそれだけに集約された海音は、変わらず無表情ながらも凛々しく前を向いていた。




~~~~~~~~~~




環のために行きよりもスピードが上がっていたことで、愛宕への到着はもちろん本来よりも遥かに速い。

本当ならば朝着けば十分速いくらいだったのが、雫の言っていた通り夜に到着できていた。


とはいえ、無理をしてスピードを出した紅葉の負担は相当なものだ。彼女は環を美桜に会わせるついでに、自分の回復も頼む必要があった。


そのため、悪夢を見たことのある人々の近くで眠り、悪夢に突入するのはクロウ、ロロ、海音の3人だけとなる。

雫は外で悪夢を見せていない者がいないかの確認、幻が出現するかどうかの調査担当だ。


彼女が街を飛び回っている中。

どこで悪夢を見られるかわからないので、クロウ達は別行動をして眠ろうとしていたのだが……


「……こんなとこで寝んの、辛くね?」


一昨日の調査を元に、雫から教えられた家の近くまでやってきたクロウは、道端に座り込んでつぶやく。

現在時刻は深夜2時。まだまだ夢は見られる時間であり、もう宿屋など空いていない時間だ。


そんな状況で悪夢調査をしようというのだから、当然野外で眠ることになる。季節は年越し間際の真冬。

ブランケットこそ用意されているが、とんでもない苦行である。


「……あ、意外と眠くなるな。いや、これ寝ていいのか……?」


だが、意外にも彼は速やかに眠りに落ちることができているらしい。ブランケットに包まった彼は、座り込んで数分後にはもう船を漕ぎ始めていた。




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