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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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6-霧の中で

「あはっ、あははははっ!! 悲しい、悲しいっ……!!

あの侍は、侍所長官は、鬼の子は、どこ……!?」


海音が紅葉に回収され、クロウ達が一旦撤退していった後。

霧の中で銃を乱射していた商人は、逃げた彼らを求めてなおも銃を乱射していた。


隣にはレザースーツの女性――ミラージュもいるはずなのだが、彼女への配慮などは一切ない。

彼女が自分で避けられるのをいいことに、もろとも巻き込んで撃ちまくっている。


「……」

「うぅ、どこ……? あは、あははははっ、どこ……!? 邪魔はさせない、手は出させない……裏切り者、鬼神(きじん)……!!」


いるかも定かではないミラージュは黙り込んだまま放置しており、商人の暴走は止まらない。神奈備の森は霧に覆われ、他に彼女を静止するような人物もおらず、木々は銃弾に穿たれ倒れて続けていた。


「っ……!! 誰っ……!?」


だが、そんな中いきなり何者かの足音が聞こえてくる。

銃弾の乱射を受けて木々が倒れるようなドサッという重い音ではなく、たまたま落ちていた小枝を踏むようなパキッというような軽い音が。


耳聡くそれに気がついた商人は、もちろんすぐに音のした方に銃を向けて間髪入れずに発射した。

それは海音に向けていたのと同じく、相当な大樹でなければすぐに倒木が量産されてしまう程の乱射だ。


しかし、たしかに足音の方向に乱射しているにも関わらず、足音は一向に止むことなく彼女に接近してくる。

パキッ、パキッと間断なく進んでくるそれは、やがて彼女のすぐ後ろに……


「こんにちはぁ、ラメント。なーにかありましたぁ?」

「……エニグマ」


声を聞いてすかさず拳銃を向けた商人――ラメントだったが、その声の主が誰かに気がつくと、すぐに落ち着きを取り戻す。


先程とは打って変わって抑揚のない声で、目の前に現れた茶色いトレンチコートを着た胡散臭い声の男の名前をつぶやきながら、銃を下ろしていく。


「ここ、ミラージュの見せる霧の中なんだけど」

「ハッハッハ、幻如きでワタシを誤魔化せるとでもー?

人目で看破できますよぅ、こんなもの」


ラメントが銃をしまいながら問いかけると、彼は左目につけた片眼鏡に手をかけながら断言する。

輝く片眼鏡の奥にある目は、忙しなく周囲の観察をしていた。


「それよりも質問が。さっきまで誰かと戦ってましたぁ?

足跡的に、侍……女性……右利き……空飛ぶ乗り物? あなたの銃を防ぐ実力者……身軽……ふぅむ、天坂海音ですか?」

「わかってるなら、聞かないで」


痕跡を消さないよう、場所を選んで歩き続けながら質問してくるエニグマだったが、彼は観察によって既に相手の名前を言い当てていた。


それを聞いたラメントは、言葉少なに切り捨てて顔を背けている。抑揚こそないながらも、明らかに不機嫌なその態度を受けたエニグマが見せているのは、快活な笑顔と笑い声だ。


「あっはァ、これは手厳しい! ですが、何事にも確認というのは必要でして。裏付けもなしに、相手を容疑者とは断じれないでしょう? それに、判然としない部分もあります。

何が、どうやって空を飛んでいました?

より具体的に言うと、誰の手を借りて?

周囲の感じからすると、どうやら目的地は我らの里。

それを知る者、空を飛ぶ者、あなたが見て荒れる者。

鬼女紅葉と崇徳魂鬼でも戻ってきましたか?」


笑うエニグマは、つらつらと自身の推理をまくし立てる。

周囲が見通せない霧の中で、そもそもクロウ達が去った後にやって来ていながら、枝の折れた向きやその動きからまたも相手の正体を勘破してしまう。


実際に見ているのかという程の正確さで、もはや彼の知らないものなどないのではないかと錯覚させられてしまう推理力だ。


しかし、さっきも聞くなと言っていたラメントなので、その問いかけに素直に応じることはない。

抑揚がないながらも、ムスッとした様子で口を開いた。


「……だから、わかってるなら、聞かないで」

「あっはァ、ですから確認ですよぅ!

目的を聞きました? かつて我らの主であった鬼神(きじん)が、今の里にわざわざ戻ってくる理由を」


森の観察を終えたエニグマは、コートの裾をはためかせながらくるくると回転してラメントの元まで戻ってくる。


流石に言動までは見通せないのか、しつこいくらいに確認を繰り返してくる彼に、彼女はうんざりした様子で答えていく。


「鬼人が起こしている問題を……って言ってた」

「問題を、どうするって?」

「……聞いてない。けど、相手は同族すら喰らう鬼神(きじん)

どうせ殺しに来たに決まってる」


スッと目を細めてさらに詳しく聞こうとするエニグマだったが、ラメントはそれ以上の追求を拒絶するように断言する。


事実、彼女達鬼神(きじん)はかつて寿命がないことで苦しんでいた同族を殺し、意志を継ぐためにそれを喰らった。

苦しみからの解放という大義名分があったとはいえ、同族を殺して喰らったことに変わりはない。


彼女の言い分はもっともだと言えた。

エニグマは困ったようにかすかな息を漏らし、しばらく目を閉じて考え込んだ後、虚空に向かって問いかける。


「ふぅむ……あなたはどう思いますかぁ、ミラージュ?」

「……」

「ミラージュはうちの護衛任務中。喋らない」

「護衛は終わりましたよねぇ? もうワタシが一緒にいますし、ここは我らの森の中。崇徳魂鬼と遭遇したのは、あくまでも侵入者が我らの領域に入ってきたから。

帰還済みならば任務も遂行完了……ほら、答えてください?」


仕事中だから喋らない……そう切り捨てられたエニグマだったが、彼はすぐさま現在地や状況から仕事は終わったのだとこじつけ始める。


もちろん、たしかにそう言えないこともないとしても、それを受け入れるかどうかは本人の認識次第だ。

この場にはしばらく沈黙が満ちて、やがて霧の中からレザースーツを着た女性が姿を現した。


「いやぁ、頭使うのはぼくの領分じゃなくない?

ぼくは言われた通り、護衛して殺してってするだけ」

「考えるのではなく、考えるための材料として、あなた的にどう感じたのかを伝えるだけです。ほら、速く。

あなたの目や耳が、ただの飾りではないのならねぇ」


姿を現しながらもあまり答えたがらないミラージュに対して、エニグマはさらに強い口調で話を促していく。

表情などはあまり変わりないものの、口調はかなり挑発的だ。


すると彼女も、やたら挑発的だったことに加えて考えるのではないと言われたこともあってか、頬をかきながら渋々と口を開いた。


「ぼく的には、ねぇ……

そうだなぁ、多分ぼくらのことを認識してなかったと思うよ。暴れる鬼人を消しに来ただけなんじゃない?」

「認識していなかった……なるほど」


ミラージュの答えを聞いたエニグマは、目を閉じて考え込む。用件が済んだとみた彼女は、既に2人を残して姿を消していた。


「フフフ、面白くなってきました」


しばらく考え込んだ後、彼はニタリという表現がぴったりと当てはまりそうな笑みを浮かべながら目を開く。

この短時間で侵入者のほとんどを看破したように、クロウ達の目的やこの先の展開を予見でもしたようだ。


海音や環のことを看破された時点で、もうずっと置いてけぼりだったラメントは、不服そうに顔をしかめて問いかける。


「ずっと1人で会話してないで、うちにも教えて」

「あぁ、きっと数日後にでも彼らは攻めてきますよ。

里に巣食う怨霊を消し去るために」

「……!! 邪魔は、させない……!!」


エニグマの答えを聞いたラメントは、再びふるふると全身を震わせながらヒステリックに声を漏らす。


この場に敵はいないので銃を乱射したりはしないが、すでに彼らと対峙していた時と同じくらい正気を失っているようだ。


「ハッハッハ、ワタシは彼らを追いますかねぇ。

……そうだ、警備には彼女達を使うといいですよ。

どうせ暴れる鬼人を回収しているのでしょう?」

「うちは、守らないと……邪魔はさせない……悲、しい……」

「おや、もう聞いてませんか? まぁいいですが。

ミラージュー、せいぜい頑張ってくださいねぇ」


ラメントが話を聞いていないと察したエニグマは、まだ虚空に潜んでいるはずのミラージュに呼びかける。

彼女は幻と消え、決して姿を現さない。


しかし、霧の中に声を響かせた彼は、それで満足するとニコニコと笑いながらクロウ達を追って歩き出した。



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