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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 二章 怨霊を祓う日の出

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5-鬼人の里を隠す壁

紅葉の作り出した船に乗ったクロウ達は、普通に歩くよりも遥かに速く神奈備の森の端に辿り着いた。

数時間……とまではいかないが、大体1日くらいでの到着だ。


もっとも、それはあくまでも鬼人の里がある神奈備の森の端にやってきたというだけで、鬼人の里自体には辿り着いていないのだが。


ともかく、彼らは一旦の区切りとして神奈備の森を目の前にしてスピードを緩め、これから向かう場所について話し合いを始めていた。


「久々に来たな、神奈備の森。前来た時に、どこかに鬼人の里があるとは聞いてたけど……実際どこにあるんだ?」

「奥の奥、紅葉の葉に隠された先、願われて在る秘境。

この島の最東端と言える辺りにぽっかりと空いた空間に」

「遠く、隠された、神秘的な守りのある異境……ですか?」

「その通りです。長老の方々が不在なので、隠されたというのは物理的に奥地にある……というだけかもしれませんが」


やや難解でどこか詩的な表現を、雫がわかりやすい言葉に直して確認すると、紅葉は自分でも完全には理解できていない様子で頷く。


既に御所でも言われていた通り、やはり死鬼というリーダー格の1人ではある彼女でも、今の里のことはわからないようだ。


長く里から出ていることに加えて、長老の多くが先の戦いで死んでいるので無理もない。


とはいえ、だからといって落胆しないというのも無理な話だ。それを聞くと、まだ普通の人間である雫と比較的まともなクロウは、望みが薄れて難しい顔になる。


しかし、空飛ぶ乗り物にはしゃいでいる年少組に、障害があれば斬ればいいと思っているであろう海音は無反応だった。

彼女達が景色を眺めているのを尻目に、雫と紅葉は鬼人の里への侵入方法について議論を始める。


「結界の類がある場合、このメンバーでは対応できませんね。唯一、環さんに可能性があるくらいでしょうか」

「……それはそうかもしれません。ですが、立場が同じだからといって同じだけの情報を持つとは限りません。

結界を張っていたのは、おそらく時平……道真様です。

環ちゃんはそれを覚えているかも怪しいかと」

「鬼灯時平……あの方は逃亡したのでしたか?」

「そのようです。月は天より落ちるが決して砕けず。

いずれまた、この空に顔を覗かせるのでしょう」

「不穏ですね。まさか、今回の事件は……」

「さぁ、どうでしょう? あの方は一度この島から出たようですし、わざわざ戻る何かがあったとは思えません。

今回のことは、やはり噂に聞くモノの仕業でしょう」

「……結局、その噂って何なんだ?」


里に張られているかもしれない結界、環の他にも生き残っている鬼神(きじん)について、事件の黒幕。

気になることは数多くあれど、最も気を引くものは当然最も不明瞭な噂だ。


しばらく黙って聞いていたクロウは、再び死鬼すら噂程度でしか知らないモノについての言及がされたことで、ようやく口を開く。


御所で話題に出た時には、その噂そのものよりも死鬼すらも噂程度でしか知らないという部分に注目されていた。

だが、今回は理由を知っていることで話が逸れることはなく、今度こそ噂そのものについて説明がされる。


「そうですね、本当に噂程度でしか知らないのですが……

なんでも、里には長老直属の暗部組織があるのだとか。

彼らは里に引きこもる鬼神(きじん)に代わって里外での活動を行い、場合によっては島から出て、大陸にも活動範囲を広げているらしいです。わたくし達に対しては特に巧妙に隠されていたのか、噂も子ども達の話で聞いたくらいですよ。

それも、里のヒーローだーって言うごっこ遊びとして」


紅葉が知る限りの噂話を聞いたクロウ達は、怪しいながらも眉唾な内容に、より一層表情を険しくする。


仮に暗部組織があったとして、里の外どころか島の外でまで活動している組織がある理由のなさ、一応は妖鬼族のまとめ役をしていた死鬼が噂でしか知らないという事実、そもそも人間を恨んでいた彼らが外に出る不自然さ。


八咫という国に潜んでいた悪意の集落として、暗部組織がある事自体は納得できた。しかし、あまりにも活動範囲が広いことや鬼人で構成されているはずのその組織を死鬼が知らないことなど、不自然な要素はてんこ盛りだった。


はしゃいでいる環は聞こえていないのか聞いていないのか、特に反応を示さないので、首を傾げるクロウは変わらず紅葉に問いかける。


「鬼人って、大陸にも行ってるんだな」

「はい、その暗部組織かはわかりませんが、外国との取引をしている商人が、里に物資をもたらしていました」

「商人普通にいんのかいっ!!」


八咫幕府から隠れるように暮らしているという認識である里だが、どうやら実際にはある程度人間との交流もあったらしい。


しれっと言い放つ紅葉に、クロウは落ち葉船から落っこちる勢いでずっこけてツッコミを入れた。

努めて平静を保っている雫も、彼よりか身近に潜んでいるという感覚を持つだけに驚きを隠せず、目を泳がせている。


とはいえ、もちろんその言葉の主であり、割とマイペースな方である紅葉は特に気にしない。

動揺を露わにする2人にチラリと視線を向けながらも、構わず遠くを見ながら言葉を紡ぐ。


「海流は個別に違うものなれど、それが運ぶ物質は他の海流に流れ、繋がり、海の世界に循環の輪を生み出す。

生物どころか現象すらも、この世界では相互に関わり合っているものですよ。ほら、ちょうどあちらに商人がいます」

「は……?」


やはり詩的な表現をする紅葉に促され、クロウ達は目を見開きながら彼女の見ている先に視線を向ける。

だが、彼らの目には何も怪しいものは映らなかったらしく、不思議そうに首を傾げるだけだった。


相談中も移動を続けている落ち葉船の上からキョロキョロと見回していた彼らは、しばらくしてから戸惑ったように紅葉に視線を移す。


「いや、見えないんだけど……」

「よく見てください。彼らは隠れています。

ここは森の中、木の葉に紛れて地味目の姿。吹き抜ける風の如く身軽さで、サクサクと木々の合間を駆け抜けています」

「んー……?」


さらに詳細な説明をされるも、クロウ達は目を細めてうめくばかりだ。一向に見つけられる気配がない。

とはいえ、彼らの乗る落ち葉船はこの間も移動中である。


探している間にもみるみる接近していたため、やがて目の前にはこちらを警戒している商人の姿が見えてきた。


「うわっ、本当にいた」

「信じてなかったのですか……? とりあえず、彼女がさっき言った商人です。名前はありません」

「……」


笠を被り、背中には大きな籠を背負っている状態の女商人は、彼らの乗る落ち葉船を見上げ、段々とそれが降りてくるのを黙って眺めている。


しかし、決して警戒を解くようなことはなく、いつでも逃げ出せるように身構えた格好で、武器でも携帯しているのか右手を懐に入れていた。


「こんにちは、商人さん。

本日はどのような商品を届けにこちらへ?」

「……」


落ち葉船から身を乗り出した紅葉は、クロウ達とは違って面識があるため自ら口火を切った。だが、肝心の女商人は無言を貫いており、彼女の姿を見ても警戒は解かれていない。


それどころか、むしろ警戒度が上がった気さえする。

笠の下から覗く目は鋭く、身構えた体はさらに低く後退りしており、今にも逃げ出しそうだ。


「……あら? わたくしの顔に見覚えはないですか?」

「もちろん、覚えてる。あなたは死鬼の1人、鬼女紅葉。

だけど、あなたは里を見捨てた裏切り者だから……

悲しいね、うちはあんたを信用しない」

「あら……」


反応が悪かったことで戸惑い、重ねて呼びかける紅葉に対して、商人は辛辣に言い捨てる。


彼女はただ人と一緒に暮らしているだけで、裏切っている訳ではないはずなのだが、死鬼の役割を放棄した時点で同罪のようだ。


思わぬ反応を受けて流石に怯んだ紅葉は、瞬きを繰り返しながらはしゃいでいる環に手招きした。


「ん? なぁに、紅葉姉ぇ」

「ごめんなさい、環ちゃん。少しお顔を借りますね。

商人さん、この子はどうで‥」

鬼神(きじん)崇徳魂鬼ッ……!!」


死鬼がだめならば、立場的には直属の上司に当たるはずの環はどうだろうか。そんな風に顔を見せた環だったが、結果は望んでいたものとは真逆。


商人は素早く身を翻すと、懐から取り出した拳銃をこちらに向けて躊躇なく発泡した。


「いたっ……」

「ちょっと、いきなり何を……!?」


商人が撃った弾丸は、まっすぐに環の額に向かってその中心を弾く。もちろん、神秘である環に科学の武器である拳銃などはほとんど通用しない。


彼女は弾丸の勢いで頭を反らしただけで、血相を変えた紅葉によって抱きとめられていた。しかし、問題は銃弾が効いたか効いていないかではない。


この場で1番の問題は、妖鬼族である商人が、妖鬼族の支配者だった鬼神(きじん)の環を狙って撃ったということだ。


「あなた、どういうつもりでしょう?

彼女はあなたの同族なのでは?」


これにはさっきまでぼんやりと景色を眺めていた海音も流石に黙っていられず、いつの間にか落ち葉船から降りて商人の背後を取る。


反射的に距離を取っただけで、まだ逃げ出してはいなかった商人は、首筋に刀を当てられて動きを止めた。


「悲しい、悲しい……彼女はもう里に受け入れられはしない。

彼女達は里を出た。今妖鬼族を支えているのはうち達。

信用しない、信用しない……あなた達に手を出させはしない」


商人はゆっくりと拳銃を下ろすと、まだ封じられていない口を動かして胸の内を明かしていく。

かつての指導者と支配者に向けて投げかけられるのは、明確な拒絶と恐怖だった。


「……ミラージュっ!!」

「っ……!? いつの間に背後に……!!」


おまけに、この場には他にも鬼人がいたようだ。

意を決したように叫んだ商人に呼応して、虚空からは全身にぴったりフィットしたレザースーツを着ている女性が現れる。


いきなり海音の背後に現れた彼女は、動きを封じられている商人を助けるために牙を剥いた。その手に握っていたナイフを突き出すことで防御を強制させて、その刃から逃げる隙を生む。


まんまと海音の刀の範囲から逃げ出すことに成功した商人は、振り向きざまに銃を乱射していく。


「寄らないで、来ないで……

うちらの邪魔は、させない……!!」

「私達は、ただ鬼人が起こしているという問題を‥」

「あは、あははははっ……!! 邪魔は、だめだからっ……!!」


神秘には科学の武器はほとんど通用しないが、それは大怪我をしないというだけで痛みはある。

海音は銃弾を的確に弾きながら弁明をし、だが商人はそれを遮るようにヒステリックに叫び、乱射を続けていた。


さらには、周囲にはいきなり濃い霧が満ちていく。

落ち葉船に乗っているクロウ達は動かなければ問題ないが、地上で銃弾の雨に曝されている海音にとっては一大事だ。


今妖鬼族を支えているという商人達は、敵なのかそうではないのか。まだその判断もつかない中、クロウ達は撤退を余儀なくされた。


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