4-里へ向かいながらの調査
速やかに御所の前までやってきたクロウ達は、残った仕事を終わらせてから来る雫と海音を待って佇む。
猫の神獣であるロロと鬼神である環は、精神年齢が幼いため走り回っているが、クロウと紅葉は見た目通りの精神年齢であるため、そんなことはしない。
彼らの様子を眺めながら、往来の人々の邪魔になっていないかなどに目を光らせて壁に寄りかかっていた。
「紅葉さん達って、美桜と3人で暮らしてるんだっけ?」
「えぇ、そうなりますね。酒呑童子が天坂の姓をもらったように、わたくし達も卜部の姓をもらい、家族となりました。
生命の持つ寿命という縛りから開放された我らは、しかして孤独に日々を眺める。まともな生物からは外れている以上、疎外感は免れない。同じ神秘での繋がりは大切です」
とはいえ、子ども達の様子を見守ることや往来の人々に気を払うことは、そう手間のかかることではない。
2人並んで壁に寄りかかりながら、ずっと黙っていることの方がよっぽど大変だ。そのため彼らは、仲良く盛り上がるという程ではないながらも、普通にポツポツと会話をしていた。
面識こそあれど、そこまで深い関わりのない彼らの間にある共通の話題といえば、幕府で執権代理をしている美桜だけである。
今最も忙しい人物であり、同時にトップクラスの変人でありサボり魔でもある彼女に対して、彼らは遠慮ない物言いをしていく。
「あいつと暮らすの大変じゃないか? 無茶苦茶するだろ」
「そうかもしれません。しかし、優しさはあります。
寄り添うが何ももたらさない用水路よりも、わたくしはたまに予想を外れながらも恵みや反応をもたらす川と生きたい」
「そっか……なんか、独特な返しだな」
「……そうかもしれません」
彼らは共に子ども達を眺める。
常に言葉を交わすことはないながらも、彼らの間に流れているのは決して気まずい沈黙ではない。
顔見知り同士として、同じ人から外れた存在として。
程々の距離感で御所の壁に寄りかかり続けていた。
「お待たせしました、みなさん」
彼らが穏やかな風を感じながら待つこと十数分。
ついには詩を口ずさみ始めた紅葉と目を閉じるクロウの元には、仕事を片付けてきた海音と雫がやってくる。
しかもどうやら既に、幕府の役人達の間では一部でこのことが噂にでもなっているらしい。
彼女達の後ろには、数人の役人達がどこか嬉しそうに海音の出発を見守っていた。
もちろん、今の海音は差別されたり嫌われたりはしていないが、事務がメインでは役立たずであり、部下達もそれなりに困っていたようだ。
彼女本人はまったく気にした様子はないものの、御所の入り口からはひょこひょこと顔が覗いて、雫は気まずそうにしている。
「……えあー、俺達は頼まれてるだけだし、待つのは別に問題ない。問題ないんだけど……その、後ろのはどういう?」
「海音さんがこれだけ慕われている、ということです」
「……? 何の話ですか?」
「いや、なんでもねぇよ、うん」
紅葉は相変わらず気にしていないが、クロウは流石に気にしない訳にもいかなかったのか問いかける。
だが、海音本人も理解していなかった様子なので、雫の説明で無理やり納得して出発することになった。
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鬼人が起こす問題解決のために調査を開始したクロウ達は、ひとまず当初の予定通り鬼人の里へと向かう。
具体的な場所はわからないが、神奈備の森にあることは確実なので、向かう先は東だ。
「これはどこへ向かっているのですか、雫?」
一行の目的地は鬼人の里だが、その方針が決まった後に合流した海音はまだ聞いていない。歩き始めてしばらくすると、彼女はふと思い出したように問いかけた。
「鬼人の里だってさ。紅葉達の案内で」
「悪夢、幻、暴動が問題とのことですが、人々のケアよりも先に原因への対処ということですね。原因が断てていなければたしかにケアは無意味ですが……放置も良くないのでは?」
悪夢を見る、幻を見る、鬼人が暴れることがある。
3つ目はともかくとして、他の2つについては鬼人が原因だという噂は不確かなものだ。
原因が定かではないのだから、対処のしようもない。
そういった理由で、まず最初に行う目標を鬼人の里で真偽を確かめるということにはしているのだが、海音の指摘もまたもっともだった。
八咫幕府は人々を守るためにあり、その守るという行為には、もちろん生命以外の心の安寧などもあるのだから。
だからといってできることもないが、少なくとも切り捨てられるものでもなく、雫は困ったように眉尻を下げる。
「それはそうですが……治し方もわからなければ、悪夢を見ているという事実を聞くことしかできませんよ? もちろん、悪夢の話を実際に聞く必要もあるかとは思いますが」
「じゃあ、街の外へ向かいながら話も聞こうぜ。
噂や方法を確かめてから、すぐに対処できるようにさ」
「それならば……ふむ、まだ効率は落ちませんね。
そうしましょうか」
幕府の役人としての仕事と、問題解決のための効率。
両者の間で揺れ動いていた雫は、クロウの提案を聞くとやや迷いながらもそれに同意し、頷く。
街の外へと歩を進めるクロウ達は、道中効率よく話を聞きながら向かうために、ペアに分かれて歩き始めた。
「ということで、一旦3ペアに分かれたんだけど……」
話し合いでペアを決めて分かれたクロウは、隣を歩く人物に目を向けて戸惑ったようにつぶやく。
そこにいたのは、おおよそ想定できる誰でもなく……
「どうしてまたあんたとなんだ? 普段ならロロなのに」
名前通り、紅葉のような赤い和服を身に纏った鬼人の女性――卜部紅葉だった。捉えようによっては文句と受け取られても不思議ではないその言葉を聞くと、彼女は軽く肩をすくめてみせる。
「どうしてと聞かれましても……未来はわからないものです。
聞くところによると、蝶の羽ばたきですら簡単に先のことを変えてしまうのだとか。今回の支流は、たまたまお互いの方を向いていたというだけでしょう」
「こうなった原因はロロと環だけどな」
かなりぼんやりとした回答を寄越す紅葉に対して、クロウはため息を吐きながら言葉を返す。
今回、問題解決のために集められた人数は6人だ。
そのため、聞き込みは2人ずつペアになって行い、先ほど決めた街の外の集合場所に集まることになる。
2人ずつ3ペアなら、いつも一緒にいるクロウとロロ、姉妹となった紅葉と環に同じ幕府の人間である海音と雫。
順当に行けば、このような組み合わせになったことだろう。
だが、今回はロロと環が一緒にいたいと騒いでいたことで、本来のペアは解体され現在のペアとなっていた。
どう考えても人為的な結果で、あまり運などとは言えない。
彼が紅葉とそこまで親しくないということもあるだろうが、ロロも環も精神年齢が幼く危なっかしいところがあるので、クロウはかなり落ち着かない様子である。
「2人に危険があるかも……という心配をしているのであれば、環ちゃんはわたくしよりも強いですし、ロロさんはあなたの案内をすることも多い子です。むしろ、わたくし達が迷子にならないよう気をつけなければいけませんよ」
「こういうのは理屈じゃねぇと思わないでもないけど……
まぁ、わかったよ。時間かけないための方法だし、さっさと終わらせよう。問題起こしてそうで落ち着かねぇ」
しかし、紅葉は元々は里の長だった環を信頼しているのか、確信を持って2人の安全を保障した。
まだ気を揉んでいるらしいクロウだったが、彼らの能力的には実際心配ないので、速やかに聞き込みを終わらせる方向で不安を飲み込む。
といっても、まだモヤモヤとしている事自体は変わっていないので、先に聞き込みを始めてしまうのは紅葉だ。
鬼人である彼女を1人にもできず、彼は慌ててそのマイペースな背中を追っていく。
「もし。ここ最近の悪夢や幻の噂について、あなたは何かご存知、もしくは体験したことがお有りでしょうか?」
「え……!? あ、あんた、鬼の……」
「俺達は今それについて調査してるんだ、何か知っていれば教えてくれるとありがたい」
「あ、あぁ……」
最初は美桜の家族になった鬼人として顔の知られていた紅葉に驚いていた町民だったが、クロウが後から追いつくとすぐ落ち着きを取り戻す。
有名になっていることと信用は違うものの、たしかに人間である彼と目的を聞くと、流石にちゃんと答えられるようだ。
当然核心に迫るような内容ではなかったものの、クロウに促される形で話をしてくれる。
その後も彼は、フラフラと聞き込みをする紅葉に振り回されながらも、数名から噂についての聞き込みを終えた。
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「お疲れ様です、何か大きな成果は……なかったようですね。
それでは、当初の予定通りに出発しましょう」
3チームに分かれて聞き込みを行った数十分後。
街の外で決められていた待ち合わせ場所では、全員が揃った調査員を前に雫が結果の確認をしていた。
といっても、表情を見れば大体のことはわかるし、そもそも最初から現時点で期待できるものでもない。
細かな話は移動中にするつもりなのか、さっさと話を畳んで移動を始めようとしている。
「ちなみにどうやって移動するんだ? まさか徒歩じゃないとは思うけど……美桜から式神借りてきてるのか?」
「式神は借りていませんが、もちろん徒歩ではありません。
ここには頼りになる妖鬼族の方々がいるではないですか」
クロウが移動方法について質問すると、彼女はテキパキとはしゃぎ回っているロロ達を呼びながら紅葉を示す。
当の紅葉本人は、飛びついてくる環を受け止めながらも驚いたように目を丸くしていた。
「紅葉姉ぇ、ドーンっ」
「はい、ぎゅーっ。えっと、わたくしですね。
了解しました。たとえ卜部になったとしても、わたくしは変わることなく鬼女紅葉。この名を戴いたからには、この場にはきっと紅葉が降り積もるのでしょう」
"落ち葉船"
環を受け止め、抱きしめている紅葉は、滔々と言葉を紡ぎながら空から紅葉を降り積もらせていく。
やがて辺り一面が真っ赤に染まった頃。
彼らの目の前には、赤い紅葉で生み出された十人近くは乗れそうな程に大きな船があった。
「どうぞ、お乗りください。鬼人の里まで案内いたします」
「うわぁ、すごいや!」
「でしょー? 紅葉姉ぇはすごいの!」
「うふふ、あなたも十分すごいですよ、環ちゃん」
神秘的な光景にロロが声を上げれば、環は胸を張って紅葉の凄さを自慢する。彼女はそれを嬉しそうに受け入れると、他の面々にも乗るように促して鬼人の里へと出発した。




