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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 一章 霧晴らす知恵の樹

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10-神がかった迷子

海音が斬りすぎた木々の処理を終え、アルキュオネウスにもっとも大きい木を運んでもらった後。

クロウ達は彼をニコライに紹介し、片付けの様子を見るために首都バースへとやってきていた。


会場は星見の塔とウプサラ神殿の間。

星見の塔はバースの近郊にあるため、アルキュオネウス達とわかれてからほんの十数分後のことである。


「彼をニコライさんに任せてよかったのですか?」


移動に使ったリニアモーターカーから降りると、研究塔はもう目前。その間ずっと、どこか心配そうにしていた海音は、隣を歩くクロウに声をかける。


「んー……まぁ大丈夫だろ。手伝ってもらった以上、隠すのは無理だ。手伝ってくれてたのを見てるし、ロロも神獣だし、あいつもロロみたいなやつだってわかるさ」

「……まぁ、鬼人と違って確執はないでしょうしね。

普通の魔獣として、普通に生きていただけです」


クロウがはっきり言い切ると、彼女は移動中ずっと気にしていた割に、案外あっさり納得した。

そして、改めてバースの景色を見回す。


無音で去っていく、今降りたばかりのリニアモーターカー。

ゴミどころかチリ一つないピカピカの通路。

地を駆け空を飛ぶ数々の実験品。

ボールと違って目に優しい、程々の主張をしている装飾。


どれも神秘と共存している八咫では見ることのできないものばかりだ。彼女はいつも通りに平静を保っているも、流石に無心ではいられないため感心したようにつぶやく。


「それにしても、すごい街ですね。

自然を断ち切った、人間だけの街という感じです」

「ん? さっきも来たよな? 見てなかったのか?」

「……リューさんと揉めていました」

「あ、ああ……」


クロウが不思議そうに聞き返すと、海音は嫌そうに顔をしかめながら答える。いつも振り回されているクロウも、それを聞くと一瞬で納得したようだ。


さっき来た時の組み合わせは、ライアン、ローズ、クロウ、ロロと、海音、ヴィンセント、リュー、フーの2組。

クロウは引き離されていたが、海音とも直前まで騒いでいたのだから大人しくしているはずがない。


その様子を想像したらしいクロウは、少し申し訳無さそうに頬をかきながら提案する。


「もう研究塔の前だけど、ゆっくり行くか?」

「どちらでもいいですが……まぁどうせなら」

「おう、ここは見てるだけでも楽しい街だからな」


少し目を伏せた海音がうなずいたことで、彼らは道中にある固形のような炎、歌を歌う機械の小鳥、地を這い道路を直している楕円などをのんびり眺めながら研究塔へと向かった。




~~~~~~~~~~




面白実験物を眺めていたクロウ達が研究塔に辿り着いたのは、それからおよそ20分後のことだった。


首には熱風を発生させながら回転するリング、手にはパーフェクトサンドイッチ、目の前には空飛ぶ綿菓子が浮かんでいる。明らかに遊び回ったあとである。


しかし、彼らは自分達が終わらせるべき仕事は終えており、別に様子を見たらすぐに戻れと言われている訳でもない。

ヴィンセント達が仕事をしているのをわかっていながら、平気な顔をしてのんびりと研究塔内に入っていった。


「パーフェクトサンドイッチ……ネーミングセンスは意味わかんねぇけど、ニコライの愛を感じる……全然崩れねぇ。どんな風に食べても持っても、常に完璧な形を維持しやがる……!!」

「綿菓子って、飛ぶんですね……初めて知りました」


エントランスに入った彼らは、手に持つ食べ物に舌鼓をうちながら、ヴィンセント達を探すために奥を目指す。

一番近くにいるのは、入り口近くで機械類に囲まれながら天井を見上げ、ぼんやりと一息ついている和服の男性だ。


男はクロウ達が食べているものの匂いに釣られたのか、彼らが近くを通るとすぐに気がつき、機械の山から顔をのぞかせて陽気に声をかけてきた。


「やぁ、クロウくん! 美味しそうなの食べてるねぇ。

あとで僕にもちょうだいよー」

「ん、おつかれー雷閃。いや、もう無くなるけど……

まぁまた買ってきてやるよ。差し入れ的な感じで」

「ありがとぅ! いやぁ頑張り甲斐がありますなぁ」

「……」


彼らはお互いよく知った仲のようで、応じるクロウも親しげだ。リラックスした様子で差し入れの約束を交わし、そのままヴィンセントを探しに奥へ向かっていく。


しかし、海音は瞬きの回数が劇的に増え、立ち止まるまではいかないものの、明らかに歩くスピードが落ちていた。

それも、さっきの場所から離れるほどにスピードが落ちていき、最終的には立ち止まってしまう。


気が付かず先に進んでしまったクロウも、足音が消えれば流石に異変に気が付いた。

立ち止まる海音を振り返って見ると、不思議そうに問いかける。


「うん? どうした海音?」

「……いえ。よく見る光景ですね。本当に……ええ。

本当によく見る光景ですよ。……私が」

「ガルズェルスにも海音がよく見る光景があるんだなー……」


海音の言葉を聞いたクロウは、このガルズェルスという異郷で彼女に見覚えのあったものとはなんだろう? と、さっき通った場所を改めて確認する。


視線の先にいるのは、さっきと同じく機械類に囲まれながら天井を仰ぐ和服の男性だ。そう、和服……

この科学の国ガルズェルスで、海音以外の和服である。


「んん!? 雷閃!? なんでお前がいるんだよ!?」

「えぇ!? さっき普通に挨拶したよね!?」


ようやく異変に気が付いたクロウは、大きく目を見開いてのけぞった後、つかつかと歩み寄りながら問い詰め始める。


どうやら一度見逃してしまったこともあり、衝撃が増しているようだ。一瞬で立ち止まる海音を超え、雷閃の目の前まで辿り辿り着いてしまう。


すると、天井を見上げてぼんやりしていた男――雷閃は、彼とはまた別の意味で驚愕の声をあげる。

機械類に囲まれているため動けはしないが、クロウの言動に目を白黒させてしまっていた。


「いやいやいや、言ったけども!!

でもお前、ここにいて当たり前みたいな顔してただろ!?

『やぁ、クロウくん! 美味しそうなの食べてるねぇ』

って何だよ!?」

「僕は実際ここにいるんだから普通に接するでしょうよー!

君たち後から来たんだから、君が気付いてよ!

そーれーに、美味しそうな匂いがしたんだから、そりゃあ言うさ! ちょうだいよ、それ!」


海音は慣れた様子で特に口を挟まないのだが、そのせいもあって、彼らは海音を放置したまま言い争いを始めてしまう。


しかし、この場合はどちらもおかしい。

雷閃はクロウ達が何時間も前にいた国――八咫の将軍だ。


行方不明にこそなっていたものの、あの島国からいきなりここに現れるというのは異常で、クロウが驚くのも無理はなかった。


だが、さっきのクロウはそれに気がついておらず、普通に挨拶を交わしていたのだ。

いきなり現れたことに比べれば弱いが、たしかに彼の言う通り驚くべきはクロウ達である。


彼からしたら、知り合いを見かけたらそりゃあ普通に挨拶をするだろうし、その後になって驚かれたら驚く。

どっちもどっちであった。


「はいはい、2人共落ち着いてください。

実際にクロウさんは気づかなかったのですから、そこは雷閃さんは悪くないです。ただ、行方不明になっていたあなたが、いきなり遠い異国に出没した説明は求めます」


彼らが言い争っていると、クロウの後を追ってきていた海音が呆れたようにため息をつきながら止めに入る。


最初に雷閃を見たときには多少動揺していたが、やはり彼がいきなり現れるのには慣れているらしい。

もう完全に落ち着きを取り戻しているようだった。


するとクロウも、いつの間にか雷閃がいた驚きや気が付かなかった自分のバカさ加減に募る苛立ちを飲み込んで、落ち着きを取り戻す。

そして、少し不服そうにしながら雷閃に説明を促した。


「……わかったよ。じゃあ、説明。早くそこ出ろよ」

「う、うん……えっと、あのさ? 僕はどうやってこの機械の山の中心に入ったのか……とか知ってる? 

雷はよくないかと思って動けないんだけど……」

「この中にも出没してたのかお前ッ……!?」


しかしどうやら、彼はガルズェルスどころかこの機械の山の中にすら、気づいたらいた状態だったようだ。

それを聞いた海音はこめかみを抑え、クロウはまた顔を引きつらせて文句を言い始めた。




数十分後。

入り口は見つけられず、機械を勝手に移動させるのも気が引けて何もできずにいた彼らは、偶然この場に現れたヴィンセントの助けを借りることで、なんとか雷閃を機械の山から救出することに成功していた。


そして、ようやく雷閃がここに現れた経緯を聞くことができていたのだが……


「つまり、ぼんやり歩いてたら海に落ちて、気がついたら島の外に漂着。そこでたまたま出会った人の手伝いをしてたら、知らぬ間に北上してて帰り道がわからず行き倒れ。

そこを……」

「俺が見つけて連れてきたんだ」

「迷子レベルが高すぎるっ……!!」


彼らが聞いたのは、もはや奇跡だといえるほどの奇譚。

クロウが意味の分からなさに頭を抱え、行方不明中の行動を聞くのは初めてらしい海音がドン引きしてしまうような物語だった。


ところどころ端折った部分はあるだろうが、それでも島の外への漂流記、亡国廃墟の放浪、魔人との交戦、フラーの騎士団――聖花騎士団に捕まりかけたことや手伝いをしたという冒険譚など、あらすじだけでも濃いエピソードばかりである。


クロウ達も色々と経験してきたが、彼らの場合は科学者の手伝いや神獣探しなど、自分達が事件の起きる原因になることばかりだ。


雷閃のように、歩くだけで事件に巻き込まれることはない。

そのためクロウは、ずっと八咫にいた海音同様、すべて聞き終わってもすぐには開いた口が塞がらなかった。


しかし、雷閃を見つけて研究塔に連れてきた張本人であり、すでに話を聞いていたヴィンセントはいつも通りだ。

落ち着いた様子で話を締めると、雷閃を問い詰め始める。


「そんなことより、雷閃さんには7階に運んでくださいってお願いしませんでした? 荷物は見当たらないないですけど、置いてから来たんです?」

「えっとね……」

「この人に仕事をさせてはいけませんよ、ヴィンセントさん。書類でもなんでも、確実に紛失しますので」

「あ、あははは……」

「え、任せた荷物も迷子ですか……!?」


すでに手遅れになっている海音の忠告にヴィンセントが目をむくと、流石の雷閃も気まずそうに笑う。

どうやら彼女の言葉通り、片付けを頼まれたものはどこかへやってしまったらしい。


1階は雷閃が機械の山に迷い込んだように、まだまだたくさん片付けないといけないものがある。

2階以降も同様だ。


一度はどこに片付けるか決まったものだが、それを改めて見つけるのは現実的ではなく、やり直しは確定だろう。

雷閃の物語を乗り越えていたヴィンセントだったが、これには耐えきれず放心状態になってしまった。


「……!!」

「ごめんねー……」

「お、俺達も手伝うからさ……」


海音が哀れみの視線を向けていると、ようやく正気に戻ったクロウは、申し訳無さそうに謝る雷閃を見て呆然としているヴィンセントを慰め始めた。


しかし、ヴィンセントはフラフラと頭を振ると、その申し出を断って別の頼み事をする。


「い、いや……君達はとりあえず、雷閃さんから目を離さないで。会場の飾り付けとか、運ぶのはなしで付けるだけならできるんじゃない? そっちの方がいい……

それも無理なら、付き添い付きで観光でもしててほしい……」

「わかった。でも片付けの人手は……」

「リュー、フー、ヘーロンさん、デニスさん、ヨンさん……

マックスさんなら依頼すれば呼び出せるだろうし、ニコライやテレスさんもどうにか引っ張りだしてやる……!!

……はぁ。以前の塔ほど高くはないし、数日かければいけるんじゃないかな。とりあえず生活できる程度には。海音さんに手伝ってもらうのも少し心配だし、クロウは2人をお願い」

「ま、任せてくれ」


目に暗い光を宿すヴィンセントが、明らかに怒りを含んだ熱意を見せながら頼むと、クロウは少し怯えつつもそれを了承する。


そして、物凄いオーラを放ちながらエレベーターに向かうヴィンセントを見送ってから、雷閃と海音を連れて塔から出ていった。


いるだけで面白い雷閃笑

……はい、生存確定です。


次回更新は24日の日が落ちた頃です。

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