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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 一章 霧晴らす知恵の樹

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9-アルキュオネウス

ヴィンセント達がそろそろ研究塔に着こうかという頃。

木の陰に隠れたクロウ達の前に現れたのは、予想通り1人の巨人であった。


身長はおよそ20メートル。

王種ヘルに勝るとも劣らないほどで、明らかにどこにでもいるような下位巨人ではなかった。


とはいえ、ヘルのような不気味なローブ姿ではなければ、ヴィンセント達が戦ったスリュムのような鎧姿でもない。

見た目だけならば、下位巨人といっても差し支えないようなボロボロの皮服を着ている。


先程聞いた通り、クロウ達が八咫へ行っていた間に強くなり生まれた王種……もしくは成りかけの、王種に準ずる種。

服装的には、後者の可能性が高いだろう。


少なくとも、普通の下位巨人のような雑魚ではなかった。

それは巨人が発する神秘的にも明白であったため、クロウは緊張した面持ちで巨人を見つめる。


対して、海音は初めて見る巨人に興味津々だ。

普段は真面目を取り繕っている顔をうっすらと輝かせつつ、それでも冷静な風を装って確認をとる。


「……あれが巨人ですか。魔獣なんですよね?」

「そう‥」

「では斬りましょう」

「だけど待て! どう見てもそこらの巨人じゃない。

戦ったら仲間を呼ばれることになるかも‥」

「それも斬ればいいのでは?」

「そんな血塗られたクリスマスは嫌だぞ!?」

「ああ……それはそうですね。ではどうします?」

「そうだな……」


いつもの通り、とりあえず斬ろうとする海音だったが、彼女はクロウが必死に説得したことで思い直す。

抜きかけていた刀をカチリと納め、自分達がいる方向を見つめている巨人に目を向けながらクロウに問いかけた。


「やり過ごせるならそれが一番楽だけど……」

「多分私達に気づいてますよ、あれは」

「だよなぁ……」


海音の言葉通り、王種に近しい存在だと思われる巨人は、彼らの視界に入った辺りで立ち止まったまま微動だにしない。


陰から覗き見ているクロウ達は小さく、巨人の巨体ではそう簡単に気がつけないはずなのだが、見られた瞬間に何か感じ取ったようだった。


もちろん、人間が2人いるということに気づかれたと確定した訳ではない。しかし、あれが王種だとしたら僅かな違和感でも目敏く察知してしまうだろう。


これだけ直視されているのだから、クロウ達は完全にバレていると見るべきだった。


そんな予想は現実に。すぐに襲いかかってこないことから、このまま去ってくれることを期待して彼らが息を潜めていると、巨人はその大きな口をゆっくりと開く。


「ソ……コの……人間」

「……!!」

「王の……手足、コロシタ……神秘」


巨人は、明らかにクロウ達に話しかけていた。

それを聞いたクロウは、大きく目を見開く。

相手の意図がわからないため、息は潜めたままだ。


しかし海音は、「ほらやっぱり」とでもいうように目で語りかけており、今にも出て行って斬り捨ててしまいそうである。


「敵意……ナイ。オレ……異端」

「ほら、大丈夫そうですよ。あれは八咫の妖怪並みに力をつけて、なおかつ敵意のない守護神獣タイプです」


すでに鯉口を切っていた海音だったが、巨人が敵意はないと宣言するとあっという間に手のひらを返す。

一瞬きょとんとすると、手にかけていた刀をカチリと納めて澄まし顔で諭し始める。


「巨人にそんなのがいるのか……?」

「今目の前にいるじゃないですか。偏見はだめですよ」

「すぐに斬ろうとするお前が言うなよ……」

「不安要素は斬るのが安定でおまけに楽です。しかし、面倒が起こらないのならさっさと受け入れた方が楽です。

それだけですよ」

「止める側からしたら胃が痛くなる生き方だ……」


もちろんクロウは反論するが、海音はまったく意に介さなかった。止める人がいなければ確実に斬っていたはずなのに、そんな事実はなかったかのように颯爽と木陰から出ていく。


偏見で斬るのではなく、楽な方を偏見なく選んだ結果だというのだからたまったものじゃない。

いつもとはタイプが違うものの、結局振り回されてしまっているクロウは、ため息を付きながら彼女を追った。


大木の陰から出た彼らは、慎重に雪を踏みしめながら巨人の近くまで歩いていく。その間、彼は宣言通りクロウ達が近くに来ても攻撃してこない。


それどころか、身動き一つしないため、さっきまで木の葉からこぼれ落ちていた雪もほとんどなくなっていた。


「……本当に敵じゃないのか?」


巨人の足元近くに辿り着いたクロウは、少し辛そうに上を見上げながら話しかける。身長差は2倍どころか数十倍。


討伐時は神秘で強化された足で飛び回っていたが、まともに話すとなるとビルを見上げるような規模感だった。


「人……神秘……王ノ、同類」

「私は鬼の同類です」

「知らねぇよ……いや、知ってるけども。今はいいから。

でまぁ……話せるのはわかったけど、結局あんたは何だ?」

「オれ……王、嫌イ」


彼の言葉を聞いたクロウは、さっきまでわずかにあった警戒を解き、表情を緩める。そして、以前殺し合った王種を思い浮かべながら、改めて目の前の巨人個人について考え始めた。


「俺達に襲いかかってこない上に王種の敵なら、本当に魔獣じゃないんだな。……喋るし神獣?」

「そうですね。それだけの強度があると思います。

まだそこまでの力はなさそうですが」

「だな。名前は? スリュムみたいにあるのか?」

「オレは、オレ。巨人、神殿外レ、北の異端」

「ないってことか? ならロロみたいにつけるか……」


巨人がたどたどしく名前がないことを告げると、ロロで慣れていたクロウは特に気にせず名前を考え始める。

隣で同じように見上げている海音は、「だいだらぼっち」「山坊主」などと言っているが完全無視だ。


ここは、八咫ではなくガルズェルス。

あの島国の妖怪と同じような名前ではなく、この大陸の誰もが簡単に理解できる名前を……


――ピィー……


どこからか、小鳥の鳴き声が聞こえてくる。

しかし海音達は気がついていないようで、空を見上げるのはクロウだけだ。彼は、遠い目をしながら名前を考え続けた。


「……ネウス」


しばらくすると、クロウは自分でも覚えていないような、記憶の奥底から浮かび上がってきた単語をつぶやき微笑む。

そして、どこか懐かしさを感じながらその名前を告げた。


「ロロは適当につけちまったけど……お前には、ちゃんと力のある名前をつけるよ。お前は今日からアルキュオネウスだ」

「アルキュオネウス……オレ、アルキュオネウス?」

「おう、アルキュオネウス」

「……名前、つける意味?」

「うん? お前がお前であるっていう証明だよ」

「オレは、オレ。スリュムに追い出されタ、巨人。

北の異端、アルキュオネウス」


クロウに名前をもらったアルキュオネウスは、最初こそ名前をつける意味を理解していなかったようだが、すぐに理解して先程よりも流暢に話し出す。


足元にはクロウ達がいるので、普段通り動くことはできない。だが、彼らに影響が出ない範囲で微かに体を揺らし、とても嬉しそうだ。


「それで、アル。お前はここで何してたんだ?」


そんな彼をしばらく眺めていたクロウ達だったが、彼の高揚が収まってきた頃を見計らって話しかける。

敵意の有無、正体は確認したため、最後はなぜ1人でほっつき歩いていたのかという話だ。


体を揺らすのをやめたアルキュオネウスは、少し周囲を見回すと、顔を地面に近づけてから少し小声で質問に答え始める。しかし巨人なので、それでも声はかなり大きく、森に響いていた。


「アルキュオネウス、眠る場所探しテた」

「……昼間っから?」

「神秘、よく眠る。アルキュオネウス、眠る期間」

「あ、そっちか……せっかく友達になったのに、もう……

でもそれ以外は特にやることないってことだよな?」

「ナイ」


アルキュオネウスが長い眠りにつくと聞いて、少し残念そうな顔をしたクロウだったが、その場所を見つけるまでは暇だと確認すると笑みを浮かべる。


「じゃあちょっと手伝ってくれよ。俺達今から、でっかい木を運ばないといけないんだ」

「運ブ、わカった」

「うん、じゃあ海音‥」


アルキュオネウスに運ぶ手伝いを頼んだクロウは、斬り倒すこと担当の海音に話しかける。

その目的は、結局アルキュオネウスが問題ではなかったため、改めてどの木を選ぶかの相談だ。


しかし、さっきまで隣にいたはずの海音は影も形もない。

足跡はクロウの後ろの方へ。

彼がその跡を追っていくと……


"我流-叢時雨"


少し離れたところにいた海音は、脱力した状態で白い息を吐くと手元を一瞬光らせた。

その光は、もちろん刀の煌めきである。


彼女は目にも止まらぬ居合斬りを見せ、その細かな斬撃は目の届かない範囲までどこまでも飛んでいく。

斬撃が見えたのは一瞬で、はっきりと視認できないほど小さい。


だというのに、それはどんな巨木でも関係なく、草が風で倒れるように次々と斬り倒していった。

止める間もなかったクロウは、呆然として立ち尽くす。


しかし、当の本人はなんとなく気になった汚れを少し拭いた程度の認識らしく、最初に見た脱力状態のまま彼に話しかける。


「はい、斬り終わりました。お好きなものをどうぞ」

「……!!」

「デっかイ、木、選ブ。でッカい、デっカい」


辺り一面が丸坊主にされたのを見ると、アルキュオネウスはやたらとウキウキしながら歩き出す。

海音は斬っただけで、クロウも心ここにあらずだったため、誰もどの木を運べばいいかという指示はできない。


しかし、アルキュオネウスはこの場の誰よりも背が高いため、彼らよりもその判別が簡単だ。

ちゃんと大きな木が必要だというのは聞いていたため、彼は自分で要望に答えようとキョロキョロ探し始めた。


彼が離れて少しすると、衝撃を乗り越えたクロウはギコギコと音がしそうなほどゆっくり首を動かして、満足げな海音に噛みつき始める。


「全部は斬るなって言ったよなぁ!?

必要な一本以外はどうすんだよ!?」

「……キャンプファイヤーにでもしますか」

「八咫の要人が他国の環境を荒らすなぁ!!」

「肥料になりますから、きっと大丈夫です。

クロウさんも一緒ですし」

「いや、俺は無関係だって言うからな!?」

「……なるほど。ならば確実に肥料になるよう、ツリー確保後にすべて塵にしていきましょう」

「規格外かッ!?」


一緒にやりすぎたと謝ることをクロウが拒否し、頼みの綱が切れてしまう海音だったが、すぐに切り替えて刀を構える。

そして、またもクロウが度肝を抜かれている間に、止める間もなく刀が煌めいた。


"我流-霧雨"


放たれたのは、叢時雨と同じく調整しやすい小さな剣閃。

しかし、今回は一直線に飛ぶことはなく、無茶苦茶な軌道で木々を粉微塵にしていく。


もちろん巨木を探しに来たという目的は忘れておらず、アルキュオネウスがスルーしたものだけだ。

うっすら微笑んでいる海音は、山を削りながら木の処理をしていった。


「コレ、いイ。アッた、デッかイ」

「アル!! 俺を乗せて木も掲げてくれ!! 海音が怖ぇ!!」

「ワかった」


瞬く間に環境を変えてしまう海音に怯えたクロウは、アルキュオネウスに追いつくと、頼み込んで彼に乗っかる。

そして、彼女が木の処理を終えるまでの光景を、引きつった顔で眺め続けた。


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