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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 一章 霧晴らす知恵の樹

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8-会場のために

クロウ達がとある巨人と邂逅していた頃。

ヘーロンを連れ出すことに成功したヴィンセント達は、彼女の呼んだ助っ人と共に、研究塔へと歩いていた。


掃除の助っ人に入ってくれたのは2人。

1人は、星見の塔の学者であり、自由人すぎるテレスやアトラの代わりに、塔の実質的な管理者をしている女性――背は高いが、どこか頼りない顔立ちのヨン・オルソン。


もう1人は、現在ブライスの代わりに彼女の研究所の跡を継いでいるという、少しふくよかな男性――すでに研究塔から出てパン屋を経営していたため、掃除ができるらしいデニスだ。


彼らはげんなりした表情をしているが、ヘーロンに文句を言いながらも大人しくついてきている。


「な、なんで私がこんなことまで……

研究塔は私には無関係なのに……」


今にも泣き出しそうな表情で嘆いているのは、星見の塔のヨン・オルソンだ。彼女は手伝うことがよほど嫌らしく、最後尾をジリジリと歩いている。


しかし、どうやら何かに背中を押されているようで、後ろに倒れかかっていながらも、決して足を止めることはできずに連れて行かれているのだった。


「でも、あんたら星見の塔は裁く立場にいるだろー?

辞めた俺よりは関係あると思うね、心の底から」


そんな彼女を振り返って同じく文句を言っているのは、パン屋のデニス。彼は掃除の助っ人どころか、研究塔の研究者としてもただ引っ張り出されただけの助っ人なので、ヨンよりも無関係であると言える。


だがヨンと違って、彼は研究塔に引っ張り出された時点で諦めていたのか、特に逆らおうとはしていない。


げんなりした表情でたまに文句を言っているが、道連れにでもしたいのか、どちらかといえばヨンをたしなめたり監視したりしていた。


「……常連客になんて口の聞き方を‥」

「いつもご利用ありがとうございます〜! けど、今の俺は研究塔の者として来てるんでね。関係ナッシング!」

「うざいわ……」

「お褒めに預かり光栄でございます、レディ」

「褒めてないわ……」

「フゥ! 陽気なパン屋、素晴らしいことだよ!」

「帰りたい……」

「うん、それは同意だ。けどなぁ……」


ヨンと軽口を叩き合っていたデニスは、眉を八の字にしながら前を歩いている人物達に視線を向ける。


その視線の先にいるのは、ウェットスーツの上から白衣をまとったヘーロン、彼女から出ている蒸気で遊ぶリュー、そよ風でヨンの背中を押すフー、双子に指示を出しながら先頭を歩くヴィンセント。


魔人、聖人、魔人、聖人だ。

もちろん、仙人ですらないデニスにその区別はできない。


だが、マキナ、ニコライ、テレスにアトラと、変人ばかりの神秘である。彼らと同じ格を得た上司のヘーロンに、その友であるという外国の小さな旅人たち。


一介のパン屋でしかないデニスにとっては、神秘であるというだけで畏れる理由になるのだった。

そんな、逆らいたくない……というような心情がありありとわかる視線を受けて、ヘーロンはにっこり彼に笑いかける。


「何かしら?」

「はははーなんでもございません。(わたくし)、お掃除大好きであります。なにせ、パン屋なもんで」

「よろしい」

「デニスぅ……」


もちろんデニスは逆らわない。

陽気なパン屋として、明るく、流れるように自然な動作と口調でへりくだってみせた。


だが、ヨンはそんな彼の態度を見てさらに表情を歪ませる。

どうやら、うざいうざいと口では言いながらも、顔馴染みとしてそれなりに頼りにしていたようだ。


そんな彼が、ヘーロンの笑顔という圧であっという間に手のひらを返したことで、絶望の表情を浮かべていた。


しかし、ヘーロンに屈したデニスからは負の感情がすべて吹き飛んでおり、もはややる気しかない。

今にも泣き出しそうなヨンを見ても、まったく動じることなく軽い調子で笑いかける。


「やー、俺あの人達怖ぇわ。マキナ様とか見てると特に」

「テレスさんやアトラさんの方がどうしょうもないわよ。

あぁ……私はきっと、前世で大罪を犯したのね……

……サンドイッチを残したとか」

「ニコライさんは神かなんかか?」

「神じゃなければなんなのよ、あんなふざけた存在……

吹雪の元凶を何百年も止めていたのよ……!?

尊敬はしているけれど、畏怖よ畏怖」

「だから俺も従うのさ。別に理不尽でもねぇしなー」

「うぅぅ……」


方や笑いながら軽く、方やこの世の終わりかのように震えながら重苦しく。彼らの神秘たちに対する認識は同じだったのだが、反応は対照的である。

ここまで来ても、ヨンはひたすら嫌そうに嘆いていた。


そして、それを聞いて微妙な表情をしているのは、その神秘であるヴィンセント達だ。

先頭で彼らのやり取りを聞いていたヴィンセントは、一歩後ろを歩くヘーロンに困り顔で問いかける。


「本当によかったんですか? 彼らを無理やり連れてきて」

「いいのよ。別に不可能な仕事じゃないんだから」

「異常な嫌がり方なんですけどね……」

「あの子は……星見の塔所属だから、テレス達にね……?」

「ははは……」


彼はフーに指示を出してはいるものの、神秘を使った強制的な連行に気が引けているらしい。

表情を改め、堂々としたヘーロンがいいのだと断言しても、変わらず困ったように頬をかいている。


とはいえ、もちろん自分たちだけで終わるはずもないので、そのまま連行をやめることはなく歩いていく。


ヘーロンの霧はリューの強風が空へ。

後ろに体を傾け、どうしても行きたくないと全身で主張しているヨンはフーのそよ風が引っ張り。

彼らの移動は順調だ。


しかし……


「ん……? あれは……」

「どうしたよー、早く行こうぜー?」


どうやら何か気になるものを見つけたらしく、ヴィンセントは目を細めて立ち止まる。

霧で遊んでいたリューは、立ち止まると邪魔な霧を飛ばすために余計な労力がかかるため不満げだ。


「えっと……ちょっと待ってね……」

「何でだよー」

「……?」


彼の視線の先にあるのは、ガルズェルス基準では至って普通の街並みである。


天を衝くほど高く、ピカピカに磨かれた建物、チリ一つない道路、空を飛ぶドローン、無音で走る電車、空を飛ぶ透明な球体。異常などどこにもない。


しかし彼は、それでも文句を言うリューや不思議そうなヘーロンを待機させると、1人で街中を歩いていった。


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