4-星見の塔
空を走るはいくつもの閃光。
それらは時に離れ時に近づき、不規則ながらも確実に目的地へと向かっていた。
研究塔前から、空へ。
そして、星見の塔の頂上へ。
雪を蹴散らし、雲を切り裂き、尾を引く眩い光と共に、星は神秘的な弧を描く。
数個の星は狙いが外れ、塔の外に落ちていってしまうが、多くは狙い通り星見の塔へと落ちていった。
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研究塔前から打ち上げられたいくつもの星屑は、ほとんどが星見の塔の頂上へと降り注ぐ。
例外はあるが、少なくともクロウとアトラは……
「うわぁぁ……!!」
「着地着地ー、苦労ちゃーん……!」
「俺は、運以外に……能力、ねぇぇ……!!」
「私知ってるのよー? 懐に‥」
「この……状況で、無茶、言うなー……!!」
彼らがいるのは、星見の塔の真上の空。
すでに塔の下に落ちていたり、ギリギリのところで塔に降り立てそうな他の星とは違って、屋上のど真ん中に向かって高速で落下していた。
しかしどうやら、彼らにはちゃんと安全に着地できる方法がないらしい。他の仲間は茨や風、単純な身体能力で着地準備をしているのだが、クロウとアトラは天文台を目前にしてもなお揉めている。
「そこはなんで知ってるのか聞くところよー?」
「そんな……ことしてる間に、死ぬわーッ……!!」
「神秘ってね、とっても丈夫なのよー? 私は苦労ちゃんの上にいるし、苦労ちゃんが骨折するくらいなんじゃ‥」
「身代わりってか? ふざけんなッ!?」
「まーまー落ち着きなさいな。そんなあなたに1つ、その懐に忍ばせた御札‥」
「そんな言うなら……あんたが、出してくれよ!!」
「んー……袖長すぎて指動かせないのよねー」
「自分に合った白衣羽織れよッ!!」
アトラは終始、クロウの懐に入っている御札の話をするが、クロウは彼女が落ちないように押さえているため不可能だった。
彼の首に手を回していて、本来ならば可能であるはずのアトラも、その長い袖のせいで取り出せない。
唯一出た案も使えず、このままでは墜落必至だろう。
その上、アトラからは盾にする宣言まであったため、クロウはかなり荒れていた。
もちろんこんなことをしていても動きが止まることはない。
いよいよ墜落目前だ。
「え、マジで俺だけ死にかけんの!? ってか、これあんたの技だろ? いつもどうやって止まってんだよ!?」
「えー? だってこれ、自分以外を発射だけする技よー?
着地方法なんてありませんー」
「はぁぁ!? 存在してんな!! そんな技ぁ!!」
「んー……でも、できるだけ威力抑えれば……天文台をちょっと壊すだけで止まる……かも?」
「してくれ!! 今、すぐに!!」
アトラが少し不穏なことを言いながら、着地できる可能性を示唆すると、クロウが間髪入れずに頼み込む。
するとアトラは、少し迷った様子を見せつつもそれを承諾した。
「んー……怒られたら苦労ちゃんのせいねー?」
「おう!! ……え?」
安心して気が緩んでいたクロウは、彼女が付け加えた言葉にも釣られて返事をするが、気がついた時には手遅れだ。
アトラはにっこり笑うと、彼の首から手を離して前に突き出した。
"シューティングスター"
すると、彼らの周囲に現れたのは光の粒。
大気中に浮かんでいる塵などをもとに作られた、いくつもの流星だ。
それらは一際まばゆく輝くと、星見の塔めがけて一斉に発射される。落ちていく彼らよりも圧倒的に速く、軌道も着弾点もめちゃくちゃだが、明らかに天文台の破壊を目的にして。
「これ、俺らに関係あるか!?」
「たしかにー! じゃあ、手に集めて撃つわー」
恐恐と下を見つめていたクロウは、屋上に土煙が舞うも、自分達のスピードがまったく落ちていないことに気がついて指摘する。
その指摘の通り、流星は周囲から発射されたので、どんなに威力があろうとも当然彼らに影響はない。
しかし、それにまったく気がついていなかった様子のアトラは、その指摘に目を丸くして今度は手に光を集め始める。
「ちょ、熱い熱い熱い熱い……!!」
"シューティングスター"
そして、白衣のほとんど表面と言えるような場所から、勢いよく光線を発射した。
すると、今度は自分達の真下から発射したため、彼らのスピードはみるみるうちに落ちていく。
彼らはゆっくりと土煙の中に入っていくと、最後は雪のようにふわふわと着地する。
「ふぁー……つーかれたー」
「こっちのセリフだっ!!」
「あらあらー? 星見の塔は緑化活動中だったかしらー?」
やれやれと首をふるアトラに、クロウがツッコミを入れる。
だが、袖余りをパタパタさせていた彼女はそれをいつも通りスルーすると、不思議そうに足元に目を向けた。
クロウも釣られて下を見ると、そこにあったのは蔦に覆われて緑一色になっていた床だ。
正確に言うと蔦ではなく茨なのだが、棘がすべて横向きになっていて、何かの部品のように交互に組み合わさっている。
そのため、パッと見では蔦が敷き詰められているようにしか見えないのだった。
「蔦……じゃなくて茨か。だとすると……」
「そうだよ、もちろん私。はぁ……この塔も壊す気なの?」
その原因に思い当たったクロウは、少し離れた位置に着地したであろう人物を探して辺りを見回す。
するとすぐに、背後からライアンに背負われたローズが話しかけてきた。
彼女はもとから力の使い過ぎで倒れていたため、屋上を守ることにさらに力を使うことになって辛そうだ。
顔色は悪く、茨を操る手は今にも落ちそうに震えている。
それを見たクロウは、申し訳無さそうにしながらも背中から降りてきたアトラを指差す。
「具合悪いのに手間かけてごめん、ありがとう。
だけど、それはこの人に言ってくれ」
「えー? 怒られたら苦労ちゃんのせいだって‥」
「あんな不意打ち無効だろ!」
「ぶー……」
「ぶーじゃない!!」
クロウが指さした通り、責任があるとしたら明らかにアトラにあるだろう。しかし彼女は、なぜか不満げに反論したため、クロウと漫才のような口論になった。
実際に壊れることはなかったため、毒気を抜かれる光景だ。
面白そうにしているライアンと同じく、ローズも力なく笑いかけると、一応釘を差して彼の背に頭を乗せる。
「あはは、仲いいね。まぁ……私はまたしばらく寝てるから。
もうあれは出さないでね?」
「だってさ、出すなよ」
「もう地に足ついてるじゃなーい」
「はぁ……まぁいいや。他のみんなは着地できたのか?」
本当に光線と関係がないクロウは、振り回された腹いせや、無関係を主張するために便乗して釘を刺す。
だが、当のアトラはどこ吹く風なので、諦めたように肩を落とすとライアンに状況を聞き始めた。
ローズが休めるように気を使っていたライアンは、彼の言葉にゆっくり顔を上げる。そして、視線で大体の場所を示して状況を伝え始めた。
「ん〜? ヴィニーは無理やり着地して休んでるぜ〜。
海音も身体能力だけで降りたはずなんだけど〜……なんか普通に天文台を見て回ってて、フーはそこら辺飛んでるな〜。
ちなみに、ニコライとリューは落ちたみたいだぜ〜」
「……落ちた?」
ライアンに現状を聞いたクロウは、落ちたというメンバーに眉をひそめるとアトラに胡乱げな視線を向ける。
アトラがさっき言い争っていたニコライに、クロウにちょっかいを出し、軽くひどい目に合わせたリュー。
彼と仲が悪いという訳ではないだろうが、気まぐれにやり返してやろうと思って、嫌がらせをしてもおかしくはない。
リューとは初対面だが、なぜかクロウのことを気にかけているのでなおさらだ。
この2人だけが落ちたというのならば、ある程度狙って落とそうとした可能性があった。実際、彼の視線に口笛を吹き始めたアトラはかなり疑わしいと言えるだろう。
彼女の態度を見たクロウは、疑惑を確信に変えて口を開く。
「ピューピュー……」
「……わざとだよな?」
「運が悪かっただけでしょー。
あれにそこまでの精度はありませんー」
「それはドヤ顔で言うことか……? まぁ、あいつらなら問題ないだろうし別にいいけど」
クロウの追及に、アトラはなぜか胸を張って答える。
そして、クロウにもニコライへの信頼、リューへの苛立ちがあったため、ため息をついてそれ以上聞くのをやめた。
どうやらこのやり取りをしている間に、アトラの星でもひどい目にあったことも忘れているようだ。
彼はいつも通りのテンションになって、着地の影響で休んでいるというヴィンセントを探し始める。
「ヴィニーはあそこな〜」
「おー……この国じゃロロは寝てばっかだし、けがしててるなら治す手段ないよな? 大丈夫か?」
「あいつも聖人になってっからよ〜。受け身も完璧だし、ちょっと痛めてるくらいだぜ〜」
「そっか」
彼らがライアンの示す方向に進むと、すぐに小屋の壁に寄りかかって休んでいるヴィンセントを見つける。
彼が言っていた通り、念のため着地で酷使した体を休めている程度のようだ。
ヴィンセントはローズを預けている安心感からか、鼻歌を歌いながら剣の鞘を拭いていた。
それを見たクロウは、安心と呆れが混同したような笑みを浮かべながら声をかける。
「なんだ、全然平気そうだな」
「あははっ、逆に君達は騒がしかったね。まぁど真ん中だと、あの高さからは俺でも焦るかもだけど」
「ヴィニーは違ったのか?」
「俺は小屋の上だったから、鞘で勢いを殺しながら床に弾け飛んだよ。床に直だと、もっと負担かかるよね」
どうやら、剣を磨くのではなくその鞘を拭いていたのは、着地に使ったのが鞘だったからのようだ。
彼はクロウの問いかけに、自分が落ちた小屋と床に残る受け身の跡を指さしながら答える。
そしてもちろん、彼自身がピンピンしているからといって、小屋や床が綺麗なままということはない。
鞘で殴ったという小屋の屋根は派手に凹んでおり、受け身をとった床も体を止めていたであろう辺りは線ができていた。
指さされていた通り、ぼんやりとその跡を眺めていたクロウは、しばらくして横にいるアトラに問いかける。
「……なんで真ん中にしたんだよアトラ?」
「落ちたら面倒だから、絶対に塔に着きたいなーって」
「ふーん」
しかし特に深い意味はなかったのか、彼の反応は淡白だ。
適当に返事をしながら、星見の塔を興味深げに観察してフラフラとやってきた海音を眺めている。
そして彼女は彼女で、八咫以外の文化が珍しいらしくクロウ達が目に入っていない。
ツルツルの建材、崑崙よりも専門性が低く、誰にでも使うことはできる天文台、彼女でもはっきり星を見られる望遠鏡。
これらにペタペタ触ってみたり覗き込んでみたりと、蜜蜂のように歩き回っていた。
仲間たちの和やかな歓談が聞こえてくる中、クロウはぼんやりと彼女を眺める。
ここにはただ心地よい笑い声のみがあり、雑音は塔の下から聞こえてくる強風だけであった。




