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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 一章 霧晴らす知恵の樹

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3-昼間の夜空

わずかに顔をしかめているクロウは、自分でもよくわからないまま、アトラから逃げるように塔を出る。

すると、前を向いて真っ先に視界に飛び込んできたのは一面の白だった。


「は……? へぶっ……!!」


いきなりのことだったので、彼はまったく反応ができない。

そのため、彼は無抵抗でその白に包まれた。


「っ…………っ……!!」


その白の正体は、とんでもない量の雪。

運が関係ない程に大量であるため、彼の体は完全に押しつぶされてしまった。


「すみません、クロウさん。

リューさんが鬱陶しかったので、出てくるクロウさんに貯めた雪を投げつけることを提案してしまいました。

ですが、私の面倒がなくなったので、後悔はありません。

代わりと言ってはなんですが、リューさんを斬りましょうか?」

「ッ…………ッ……!!」


どうやら実行犯はリュー、扇動者は海音のようだったが、クロウは雪に埋もれてしまっていて反応ができない。

それどころか、その危険な提案は耳にすら入らず、ただ手足をバタバタと動かして藻掻くだけだった。


しかも、そんな状態の彼を助ける者もいない。

フーは無表情で眺めるだけだし、リューと海音は犯人。

頼りの綱であるヴィンセントは、そんな2人を止めるために奮走していて余裕がないようだ。


彼らは全員、クロウそっちのけで会話を続ける。


「ほ、ほらリュー、そろそろ大人しくしないと斬られるよ」

「あっはっは!! ……うし、大人しくするんで勘弁な!!」

「とのことなので、斬れなくなりました。

ですが、厄介事がなくなったので異論はないです」


彼らの話し合いは、意外にもリューが折れたことで思いの外早く終結した。


ヴィンセントはホッとしたように腕で額の汗を拭き、リューはその場に座り込むことで大人しくするという意思表示。

海音も、凛々しい動作で腰の鞘に刀をしまっている。


そして……


「あらあらー、苦労ちゃんが本当に苦労してるー」

「うへぇ……寒そうだな〜……」


刀をしまうキンッという音が鳴るのとほぼ同時に、ほんわかと歩いてきていたライアンとアトラが、研究塔から顔をのぞかせていた。


彼らはクロウの惨状を見てからも、変わらずのんびりとしている。しかし、心配はしているようで、バタバタとしているヴィンセント達の代わりに雪の山を崩し始めた。


クロウが手足を動かしていることで、ポコポコと動いている部分を重点的に。

それを数分も続けていると、やがて中から歯をガチガチ鳴らしているクロウが飛び出してくる。


いつもの彼ならリューにやり返しに行くのだが、今回はその気が起きないくらいに辛そうだ。


「ぶはッ……とんでもない目にあった……」

「はいはーい、雪まだついてるわよー」

「ん……ありがとう。寒っ……!!」

「ほれ、暖まりな〜」

「ありがとう」


彼を雪の中から救い出して立たせると、アトラは全身を見回して雪を払い、ライアンは手を燃やして暖める。

雪を払い切る前に温まったため少し濡れてしまっているが、それもライアンが火力を上げたことですぐに乾いていた。


この雪国で雪に埋もれてしまったのは悲惨だったが、その分恵まれた対応を受けられたと言えるだろう。

だが……


「あ、暑い……」

「お、起きたかローズ〜。悪いな〜クロウを暖めてんだ」

「……リュー?」


寒さに震えているのはクロウだけ。

ライアンの背中で休んでいたローズは、そのあまりの暑さに目を覚ましてしまう。


そして、すぐにその原因を察した彼女は、犯人に向かって能力を使った。


"荊鎖"


彼女が弱々しく手を伸ばすと、座り込んでいるリューの周囲から茨が生えてきて彼を拘束する。

標的の周囲だけと範囲は狭いが、それでも拘束力は十分のようだ。


リューは風も使って必死に藻掻くが、まったく拘束を解くことができていない。


「ギャー!!」

「周りにも影響出したんだから、反省してよね」

「なんでだ、海音の指示だぞ!!」

「そうなんだ……けど、海音さんには茨斬られちゃうからさ」

「なんでだよッ!! ちくしょうッ!!」


自力での脱出を諦めたリューは、ある意味共犯者だと言える海音を売る。だが、ローズが茨を差し向けてもすべて斬られてしまったため、彼女への処罰は無しになった。


迷惑ではあるがじゃれ合いでしかなく、実際に被害を出した訳でもないため、たしかに無理してお仕置きする必要はない。


しかし、捕まってしまったリューだけはそのまま棘に苛まれることとなった。

もちろんクロウ達がそれを止めることはない。

むしろ、罰している側だ。


2人を止めようとしていたヴィンセントや、お仕置きを免れた海音も同様に。唯一、フーが目を向けていただけである。

この場には、放置された彼の悲鳴だけが響いていた。


すると……


「近所迷惑になるから、ひとまず星見の塔についてからにしてもらえると助かるんだが……どうだろう?」


リューが拘束されている茨の後ろから、この国では珍しい小柄な科学者――ニコライが現れた。

どうやらずっと一緒にいたようだが、背が低いせいでさっきまではリューや海音が騒いでいる影に隠れていたらしい。


さっき研究塔から出てきたたばかりのクロウ達は、ようやく彼の存在に気がついて驚きの声を上げる。


「ニコライ!」

「久しぶりだね、少年少女。見覚えのない子もいるし、どうやら八咫への旅は無事に終わったと見える……なによりだ」


クロウ達の歓声を聞いた彼は、サンドイッチを片手に満足そうにうなずいた。

そして、そのまますぐにサンドイッチに視線を移すと、どこか機械的にテキパキと飲み込んでいく。


旅の成功という吉報もあり、彼はかすかに幸せそうだ。

すると、彼と同僚であると思われるアトラは、クロウの服をはたきながら呆れたように声をかける。


「ニコライさん、うちに転がり込んできてるのにこんなところでサボってるんですー……?」

「いや、どちらかというとそれは君だろう。

私は研究塔が機能していないからだが、君は普段からだ。

レベルが違う。一緒にしないでくれ」

「しっつれいなー」


どうやらお互いにサボっているらしい彼らは、クロウ達が口を挟めないでいる間、ひたすら口論する。

しかし、そんなやりとりに嫌気が差したのか、ニコライはわずかに口を歪めて話を遮った。


「まぁそんなことは別にいいだろう?

とりあえず、騒がしいから星見の塔へ。用事があるなら……

うん、あの人のところで落ち着いて話そう」


そして彼が提案したのは、クロウ達が予定していた通り、星見の塔に行くことだった。


クロウ達の当初の予定は、まず知り合いの科学者の誰かに会うこと。すでにニコライに会っている現在、わざわざ星見の塔へ行く必要はない。


しかし、サボっているくらいなら一緒に楽しもうと、クロウ達も間髪入れずに了承する。


「おう。また車か?」

「いや、私もアトラに運んでもらうつもりだよ」

「はいー? あなた飛べるでしょうにー」


それを聞いたアトラは、やはりクロウの服の皺を伸ばすなどの世話を焼きながらも目を丸くする。

世話をする手が止まることはなかったが、目はニコライから動くことはなく、思考が止まっているようだった。


しかし、当のニコライはどこ吹く風だ。

またサンドイッチを取り出し、何食わぬ顔でクロウ達に便乗しようとしている。


「いや何、私は全員は運べないのでね。

ついでだから、アトラに運んでもらおうかと」

「ニコライさんがいる必要なくないですー?」

「……私はあれだ、あの子との戦いで疲れている」

「……わかりましたー、一緒に行きましょー」


軽く文句を言っていたアトラだったが、ニコライが適当に理由をつけると、不承不承ながらうなずいた。

しかし、一見仕方なさそうにしていても、やはりそこまで気にしていないようだ。


最後にパンッとクロウの服を正すと、ほんわかと笑顔を浮かべながら手を掲げる。


「衛星起動、我が身を星とし、夜空に願いを……」


そして彼女がポツポツとつぶやくと、アトラ以外の全員が突然全身を発光させ始めた。


「おお……!!」

「なんだこれ〜!?」

「すげー!!」


予告もなしに、いきなり自分の体が光り始めたクロウ達は、思わず興奮した声を上げる。

ずっと騒いでいたリューも、これには現状のことなど忘れ去り、別種の叫び声を上げしまうほどだ。


そんな彼は、一応まだローズの茨に縛られたままなのだが……

これには障害物が関係ないのか、光るのは中にいるリューだけだった。


「あ、これ私には使えないから、苦労ちゃんおぶってね」

「はぁ……!? って、返事する前に乗ってくんな!!」

「大丈夫よー、私小さいからー」

「たしかに軽いけど……あぁもう、わかったよ!!」

「ふふふー、じゃあ改めて、衛星起動‥」


"サテライトバーン"


クロウに乗っかったアトラは、白衣の袖ごと手を合わせる。

すると、リューが縛られていた茨は消し飛び、クロウ達は一斉に空へと飛んでいった。

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