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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
行事の書 一章 霧晴らす知恵の樹

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2-星を眺める者

雪合戦は終わりが見えなかったが、やるべきことができればリューもそちらに気を取られる。

そのため、ヴィンセントとフーがタクシーを連れてくると、クロウ達は速やかに乗り込み始めた。


彼らが連れてきたタクシーは2台。

リューを持て余し気味だったヴィンセントだったが、暇になればさらに騒ぐとわかっていたので、その相手と分けるための処置である。


リューが起こす問題を止めようとした場合は、たいてい悪化する。しかし、彼は適当であるため、何か行動する時に言うことを聞かせることは、そう難しいことではなかったのだ。


彼はにっこりと笑いかけると、ライアン、ローズ、クロウの金銀銅トリオをリューと引き離していた……




そして、再建されたという研究塔の前にやってきた現在。

1台目に乗った金銀銅トリオとロロは、さっきまでと打って変わって安らかな表情で車から降りていた。


とはいえ、もちろんリューがいないだけでローズが元気になる訳ではない。彼女はライアンに抱えられたままだ。


今回はクロウがロロを温めているが、徒歩ではなくタクシーからの乗り降りであるため横抱き。

この一瞬だけはおぶっているよりも重労働だろう。


ローズの負担にならないよう、クロウの後からゆっくりと降りてきていた。

静かに降りたライアンがローズおぶり直していると、タクシーは無音で去っていく。


そして、クロウ達がやってきた方向からは、リューが乗っているタクシーが。


少し遅れているが、それでも数分もしたら到着するだろう。

クロウはぼんやりとやってきた方向を眺めながら、ポツリと呟く。


「……ガルズェルスまでは光で来たから、少し遅く感じるな」

「おいお〜い、旅の醍醐味は目的地までの道のりだぜ〜?

あんまり慣れ過ぎんなよ〜」

「わかってるよ。それより、リューが来る前に入ろう。

バースには流石に雪はほぼないけど、絶対うざいから」

「お〜う。申し訳ねぇけど、それは心の底から同意だな〜。

ローズも気が休まらねぇだろうしよ〜」


2人が話している間に、ローズの背負い直しも完璧だ。

リューと合流する前に落ち着きたい……というクロウの提案通り、彼らは一棟だけになった研究塔へと足を踏み入れた。




~~~~~~~~~~




「何だこれ……?」


研究塔のエントランスホールに入ったクロウ達は、周囲を見回してあ然としたように言葉を漏らす。


彼らがガルズェルスを去ったのは、ほんの一ヶ月ほど前のこと。そもそも再建されている事自体が驚くべきことだろう。


しかし今の研究塔は、少なくとも外から見た限り、ほとんど変化が気にならないような輝きを見せていた。

ならば、中も同じく綺麗なのかと思いきや……


「さ〜……なんか、ごちゃごちゃしてんな〜……」


彼らの目の前に広がるのは、以前のものと同じく純白の空間だ。しかし、以前とは大きく変わってしまっている部分が多々あった。


まず目を引くのはその明るさだろう。

いつ来ても電気や神秘的な光で輝いていた塔内は、現在は窓からの弱い光のみという侘しい雰囲気になっていた。


外と違って光が少ないからか、床や壁も輝きを失い、すでに汚れが目立ってもいる。

そしてなによりも……


「ゴミ屋敷……」

「な〜……」


以前から物が置いてあった壁際はもちろんのこと、人のいない受け付けテーブルの上、ソファの上、死んだように寝ている科学者の下、丸テーブルの上下、さらには通路の真ん中にまで、様々な機械類などが置かれていた。


クロウが呟いた通り、まごうことなきゴミ屋敷だ。

寝ている科学者もボロボロであるため、ここにいた人を含めてのゴミ屋敷だ。


軽い気持ちで会いに来た彼らは、どうしていいのかわからずにぼんやりと眺め続ける。


「……ローズ、休めなくね?」

「な〜……そもそも、ニコライ達いんのかね〜……」


ここに来た目的はニコライ達。

だが、塔の上に行くためには片付けないといけないし、休息が必要なローズもここでは休めない。


目的は何一つ達成することができなそうだった。

身動きすらまともに取れない彼らは、困惑顔で相談を続ける。


「……そこの人に聞く?」

「まず生きてんのか〜? ピクリとも動いてねぇぞ〜?」

「……なら、その確認も含めて声かけないとだな」

「まぁそうなるか〜……じゃあロロ乗っけてっていいから、お前に頼むわ〜」

「おう。ロロよろしく」


ライアンに頼まれたクロウは、懐に潜り込んでいたロロをつまみ上げて彼に押し付ける。

ロロは程々の力で引っ付いていたが、すぐに剥がされてライアンの懐に潜り込んでいった。


速やかに彼を預けたクロウは、機械類を壊さないように退けたりしながら、少しずつ白衣の塊に近づいていく。

それがいるのは、数メートル先にあるソファの上に置かれた機械の上だ。


基本的には乗り越えて、踏んだら壊れそうな物で通れないところは機械を動かし、彼は白衣の元へと進んでいく。


「女の人……息は……ある、かな。おーい、起きてくれー」


白衣の元まで辿り着いた彼は、まずは頭にかぶさった白衣をどけて口元に手を持っていくと、息があるかを確認した。


少し迷った様子だったが、どうやら息はあったらしい。

彼は女性を軽く揺さぶって、起こそうとし始める。


「むにゅ……」

「おーい」

「むにゃ……空は遠いねー……」

「おーい!」


最初は軽く揺さぶっていた彼だったが、女性にまったく起きる様子がなかったため段々と強くなっていく。

声も、揺さぶりも。

そして遂には、うつ伏せだった顔を横にしてペチペチと叩き始めた。


「おーきーてーくーれー!」

「はふぁ……!!」


するとしばらくして、女性は薄っすらと目を開けて大きく息を呑む。まだ目は半分以上閉じているし、焦点もあっていないようだったが、ひとまずは起きたらしい。


フラフラと頭を揺らしながら手足を丸め、クロウを見上げて口を開く。


「こんばんはー。

本日はお日柄もよく、朝ごはんは豚カツかしらー?」

「……は?」


だが、ようやく目を覚ました女性が発したのは、チグハグで不可思議な言葉だった。


こんばんはで、朝ごはんで、縁起のいい日らしい。

女性の言葉を聞いたクロウは、情報量が多すぎて思わずフリーズする。


「あのね、師匠ったら空見上げすぎて腰折ったのよー?

馬鹿みたいよねー。ところで私、昨日空見上げてて塔から落ちちゃって」

「おい待て‥」

「綺麗なお部屋っていいわよねー。家の中って息苦しくって。やっぱりお外で星を眺めるのが至高なのよー」

「あのさ‥」

「片付けはちゃんとやっておくのよー? お昼‥」

「だから待て!! ここは!! あんたら!! 科学者の!!

場所だろ!! 俺達は!! 客だ!!」


ついにクロウが叫んで彼女の言葉を遮ると、女性は寝ぼけ眼をクロウを見つめる。


まだはっきりと目は覚めていないようだが、少なくともクロウのことはちゃんと認識したらしい。

さっきまでべらべら喋りかけていたのが嘘かのように、あなたはだあれ? という視線を送っていた。


それを確認すると、クロウは女性から聞いた情報の洪水を解消すべく、一気にまくし立てる。


「それから、今は夜じゃないし朝ごはんって時間でもないし豚かつとか知らねぇし師匠って誰であんたは笑えねぇ話だしここはゴミ屋敷で掃除するならそれもあんたで、結局あんたは誰なんだよ!?」


一息に言い切ったクロウは、口を閉じて息を整える。

ダボダボの白衣の中で丸まっている女性は、ぽかんとしていて彼の剣幕に圧倒されているようだ。


しかし、しばらくすると彼女は、何事もなかったかのようににっこりとクロウに笑いかけ、穏やかに自己紹介を始めた。

なぜか、袖余りになっている腕を広げながら。


「私ー? 私はアトラ・アステールですー。

……ぎゅーって、してあげようかー?」

「なんでだよッ!?」


そんな彼女から飛び出したのは、またもや突飛な発言だ。

初対面でありながら、いきなりハグをしようとしてきていた。


もちろんクロウは度肝を抜かれ、若干顔を引きつらせながら足を数歩後ろに下げる。

寝ていたからか、アトラの周りは他と比べてほんの少しだけ片付いていたのが救いだ。


最後は機械の山にぶつかっていたが、彼はコケることも物を踏むこともなかった。


彼女はクロウが動きを止めるのを待つと、やはり穏やかに、優しげな眼差しを彼に向ける。


「……悲しい光が見えるから」

「はぁ……!? 嫌に決まってんだろ気色悪い。

それより案内頼めたりしますかね!?」

「案内ー?」


迷わずクロウが拒否すると、アトラは腕をストンと落として首を傾げる。

かなり強く拒絶されたが、特に気にしていないらしく微笑みを絶やさずに。


そんな彼女を見て、クロウもようやく肩の力を抜く。

大きくため息をつくと、力なく本題に入った。


「はぁ……俺達はニコライに会いに来たんだ。この塔の上にいるのか? いないならどこいるか教えてくれないか?」

「んー……あの人なら星見の塔にいるわよー。ねぇ聞いてー?

研究塔にいた科学者達ったらね、まったく片付けができなくって! 全部アレクくん任せだったものだから、この塔を物置にして星見の塔に転がり込んできているの。

酷いでしょー?」


ようやくクロウの質問に答えたアトラは、先程とは打って変わってそれに関連した話――研究塔の愚痴をこぼし始める。

彼が気になっていた、研究塔の現状も知れる話だ。


しかし、そこまで不満には思っていないのか、やはり微笑みを絶やすことなく楽しげだった。


研究塔の状態を見る限り、かなり深刻そうではある。

彼女が気にしていないのか、実際に重要じゃないのか、強がりなのか。


アトラの性格自体が難解であるため、どういうつもりで言ったのかを理解するのは難しい。

そのため、それを聞いたクロウは、どう反応していいのかわからず困惑の表情を浮かべた。


「……まぁ、そうだな。意外とダメ人間、だ……?」

「あの人ができるのは、研究とサンドイッチを作ることと、それに合う紅茶を淹れるくらいなのよー。場所はバースから少し離れた山の中。暇だから案内もしてあげるー」


ニコライができることを指折り数えていたアトラだったが、すぐに星見の塔という場所の話に切り替えると、案内も請け負った。


彼女はさっきまで寝ていた機械から降りると、少しよろめいてから、ふわふわと袖余りを振って歩き始める。


「いいのか? ありがとう」

「いいえー、掃除はニコライさんにお任せよー」

「いいのか……? ありがたいけど……」


アトラの返答を受けて晴れやかな表情だったクロウだが、後に続いた言葉に少し戸惑う。

しかし、彼女はそんな彼に構わず機械類をかき分けて離れていくので、仕方なくクロウも彼女についていった。


彼女はここで寝ていただけあって、出入りには慣れているらしい。簡単には壊れないものや、壊れても問題ないものを知っているのか、一切の躊躇なくどんどん進んでいく。


そして、ものの1〜2分でライアンの近くまで辿り着くと、袖余りの白衣を旗のように振り回しながら挨拶をする。


「こんにちはー、眩しいせいねーん」

「おっす〜、よろしく頼むぜ〜アトラさん」

「まっかせなさーい。……ところで、あなた達はだあれ?」

「あっはっは!! 緩いな〜」

「うふふふ、お互い様じゃなーい」


彼らは性格が少し似ていることもあって、すぐに打ち解けたようだ。ゴミ屋敷の中という、お世辞にも居心地が良いとは言えない場所で、ほんわかと笑い合う。


結局、笑うだけでライアンが名乗ることもなく。

すると、アトラの後ろから顔をのぞかせたクロウが呆れ顔で全員分の自己紹介をし始めた。


「俺はクロウで、背負われて寝てんのがローズ、背負ってるのがライアン、猫はロロだ。よろしくな」

「おっけー、苦労くんに薔薇ちゃんに獅子くんににゃんこ」

「うん……? 八咫の人……? ってか、苦労ってなんだよ苦労って! 今は普通に生きてるっての!」

「じゃあ小さい頃だー? ……やっぱりぎゅーって‥」

「だからなんでだよ!?

……そんなんいいから、案内よろしくな」


クロウがアトラの妙な呼び方に突っ込むと、彼女はまたしてもハグをしようと手を広げる。

しかし、当然意味の分からないクロウは、今回も拒否してさっさと研究塔から出て行ってしまった。


残されたアトラは、やはり気にした様子はなかったが、少しだけ残念そうに目尻を下げ、白衣で口元を隠す。

その隣に同じく残されたライアンも、去っていくクロウを見つめる視線は慈愛に満ちたものだ。


「あらあらー」

「気にしなくていいぜ〜、あいつは仲間に対してもああだからよ〜。それに……はは、ローズはちゃんと吐き出せたからな。同じように、誰かがちゃんとついてやってれば、あいつもきっと大丈夫さ。まぁあいつは、普段のこの子からは見えてなかったみたいだけどな〜」

「ふふふ、別に気にしてませーん。

でもありがとうね、ライアン」

「あっはっは!

んじゃ、待たせちまうしさっさと行こうぜアトラ」


静かな研究塔内で笑いあった彼らは、その言葉とは裏腹に、変わらずのんびりと歩き出した。

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