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呪心〜誰かの心の収集記〜  作者: 榛原朔
根源の書 一章 氷雪の権化、望郷の狂人

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12-科学によって失ったもの

「ここにも、巨人王の残滓はあるんだね」


階段を降りた先にあった光景を見て、陽葵はポツリと呟く。

それは上階と同じように、人の何倍もありそうな巨体が神殿の壁からはみ出したものだ。


しかし、それがあるのは階段の近くであり、この部屋の全てではない。部屋の奥へと進むニコライは、彼女に同意しながらもお目当ての物へ視線を促していく。


「ああ……そして、これが……」

「コールドスリープ、装置……」


促された先にあったのは、紛うことなく陽葵が氷漬けにされていた機械だ。父親に氷漬けにされた陽葵が、すべてを置き去りに未来へ送られた原因。

魔人である彼女が、自分の記憶に蓋をしたものである。


「コールド、スリープ……!!」

「大丈夫か? 陽葵くん……」


その装置を見た陽葵は、苦しげに呟いて頭を押さえる。

終始心配そうだったニコライが体を支えるが、あまり効果はないようだ。


彼女はニコライの呼びかけに答えることなく、フラフラとしながら現在の状況について半ば無意識的に呟いていく。


「頭が、痛い……!! 痛くて、悲しくて……」

「陽葵くん……!?」


(思い、出した……

コールドスリープ……私が、1人になった原因……

発展して滅びた。科学が、壊した。確実に悪いことが起きるわけじゃなくても、私はもう……見たくない……!!

あはは、すっごい短い記憶喪失だったなぁ……)


ニコライが声をかけ続ける中、陽葵はフラつきながら心を凍らせていく。話を聞いた限り、彼の目指す発展は今すぐに止めるべきものではない。


巨人王について知った上で、気をつけて氷を溶かすというのだから、むしろその邪魔こそ予想外の事態を引き起こすだろう。


しかし、それでも。

科学文明を滅ぼしたらしい科学による発展を、自分を氷漬けにして孤独な未来に送った科学を、彼女は許せなかった。


陽葵は自身の体を支えながら呼びかけてくるニコライの手を跳ね除けると、驚く彼の顔を真正面から射抜く。


黒く、黒く、染まりながら。

自分の願いのまま純粋に、美しく凍りつきながら。

制服ごと凍って、氷のドレスを纏った彼女は笑う。


「ニコライさん、私はやっぱり嫌だ。

危険がないとしても、止めるべきじゃなくても。

私はもう、これ以上科学が発展してほしくない」

「陽葵、くん……」

「あなたを殺せば、発展は終わり?」

「っ……!?」


"グレース(霜で覆って)フレムニル(冷凍保存しましょう)"


ニコライに微笑みかける陽葵は、くるくると回転しながら凍てついた目で部屋を一望する。

ドレスの裾をはためかせ、足元から広がっていく氷で見るものすべてを凍らせていく。


間一髪のところでニコライは雷をまとって回避するが、部屋は氷で閉ざされ、コールドスリープの装置も既に丸ごと凍りついていた。


しかも、当然部屋を凍りつかせるだけで終わることはない。

宙に浮くことで氷を避けるニコライに対して、確実に息の根を止めるべく彼女は氷を差し向ける。


"ブライニクル"


本気でニコライを殺そうとしているらしい彼女が生み出したのは、この部屋全体を包み込む死の氷嵐だ。

これならば浮いていても関係ない。


部屋ごと引き裂いていく嵐から逃げるすべはなく、ただ雷で体を覆っているだけのニコライはみるみるボロボロになっていった。


「っ……!! 記憶を思い出せたのは、いいことだ……!!

しかし、それだけで私を殺すというのか!? 停滞を望むというのであれば、私は今の安定でも……」


"エーリヴァーガル"


顔を腕で庇ったままやられ続けるニコライが口走りかけると、その瞬間、彼の眼前には氷嵐を引き裂くように氷の柱が現れる。


柱は彼の鼻先スレスレに、しかし決して彼を傷つけないような位置へ正確に出現していた。

強制的に言葉を遮られたニコライは、バチチとその場から距離をとって陽葵を見やる。


すると、氷の女王は傍らに氷で生み出した巨人を控えさせながら、悲痛な叫びを響かせた。


「だめだよ、ニコライ。自分でもわかってる。これは子どもが駄々こねてるだけだって。それでも許せないから、私はあなたを否定するの。だから、あなたはあなたの願いを曲げちゃいけないの……!! 未来を背負う覚悟があるんでしょ?

私は、もう……その未来では生きていたくないッ……!!

正解なんてないんだ……決めるのは、私達だ……!!」

「私を正しい選択だと言うのか、君は!? 自分の選ぶ未来ですら、君は生きていたくないと言うのか……!? 死んでしまいたいと、そう叫ぶのかっ……!?」

「そうだよ。慎重に進む発展は、きっと正しい……頭ごなしに止めるよりも、絶対に……!! それでも、私は自分が耐えられないからそれを止めるんだ!! あなたを殺したくなくても、どうしょうもなくあなたを殺すんだ……!!」


"氷雪が閉じる科学(ニヴルヘイム)"


"氷雪を開く至光(トール)"


叫びながら氷の王国を生み出していく陽葵に、ニコライも同じように叫び返して雷を迸らせる。

氷の巨人たちと凍てついた世界に対して、ニコライは単身の雷だけだ。


しかし、それでも彼は決して陽葵に負けない。

彼が聖人に成ったのは、陽葵よりもはるか昔のこと。

先程は陽葵との対決を避けようと折れてしまっていたが、本来ならば彼女が勝てるような重みではないのだ。


"雷霆ミョルニル"


彼の広げた両腕の中に現れたのは、その雷をほんの少し拡張するだけにすぎない雷の鎚。


だが、目にも止まらない速さで動く彼は、その一本だけで氷の巨人を次々に砕き、凍てついた部屋をひび割れさせていく。


彼が壊すのは、陽葵自身ですらひとまずは静観すべきだとしながらも、どうしょうもなく止めてしまう凍った世界。


"氷剣グラム"


ニコライの鎚を見た陽葵は、自身もそれを真似して氷の剣を生み出す。雷の鎚は何体もの氷の巨人を屠っていただけあり、一度剣と激突するだけで簡単に砕け散ってしまう。


"ヤールングレイプル"


雷の鎚はニコライが能力で生み出したもので、彼が作ろうと思えば何度でも作り出せる。しかし、鎚が壊れたニコライが次に生み出したのは、ただの雷の膜のようなものだった。


最初から全身に纏っているのと同じように、両腕に纏った雷を迸らせて氷の剣を構える陽葵に突っ込んでいく。


彼がねじ伏せるのは、発展に明確な脅威を見いだせないとしても停滞を望んでしまう、自分自身にすら否定された心。

決して、自身が保護すべき対象である陽葵本人ではない。


「っ……!! やっぱり、生きてきた年月が違いすぎるかな……」

「……そのようだ。君はまだ弱い」


手加減をされながらも、ニコライに殴り飛ばされた陽葵は、溶けゆく部屋に倒れたまま呟く。

彼女に同意するニコライは、明らかに悲しげだった。


「できれば、今のうちに殺してほしいんだけど。

私は、正しくなくても発展を邪魔してしまう。

ここで暴れることの方が、絶対によくないのにさ……」

「それは断る。アトラだけじゃない、私も君の保護者だ。

君をその意思に反してこの世界に呼び起こしておいて、邪魔になったら殺すなんてことはできない。いや、したくない」

「……今はさ、少しスッキリしてるんだ。だけどこの国を見てたら、きっとまたすぐに止めたくなる。寂しくなって、また滅ぶのが怖くて、その前に科学を止めたくなる。

かなり、強引な手段を使ってでも。阻止できるものは、先に阻止しておくべきだと思うんだけどな……」


自分を止めることを迷いなく断ったニコライに、陽葵は穏やかながらも辛そうに言葉を返す。


陽葵がこの世界で目覚めたのは、ニコライ達がコールドスリープ装置を開いたから。そこには確かに陽葵の意思はなく、彼の言っていることは当たり前だろう。


しかし、だからこそ陽葵はこれ以上この国が発展することを許せないのだ。ニコライの目標や、この国がより豊かになることを止めてしまうのだ。


生き残るためとはいえ家族を奪う結果になったから、発展することで家族が滅んだらしいから、良くないと自覚していても。


だが、それでもニコライは、彼女を殺すことを良しとはしない。少なくとも、自分が止められる限り止め続けようと決意を固めていた。


「……君を起こしたのも殺したくないと願うのも、私の身勝手だ。しかし、その代わりに私は、何度でも君の暴走を止めよう。それでも取り返しのつかないことをしたら、その時こそ私は……」

「私を殺す?」

「……その時は、すまない。私も覚悟を決める。本当に科学を滅ぼしたいのだとしても、今の君を信じて止める」

「ありがとう、ニコライ。私はあなたと科学を何度でも殺しに行く。でも、できるだけ近づかないようにするね。

グレース・フレムニルは、科学を愛しているから……」


ニコライの決意に、陽葵は倒れたままで感謝を述べる。

科学は彼女から家族を奪った。

その発展は彼女の文明を滅ぼした。


しかし、科学は彼女の生きた時代の証明でもある。

どれだけ恨んでも、最も身近な景色だったのだ。


「そうか……まだ一ヶ月と少しだが、とても残念だ。しかし、アトラは星見の塔の者……これからも仲良くしてやってくれ」


彼女の言葉を聞いたニコライも、その頭上に座り込んで静かに言葉を紡ぐ。溶けかけている部屋には、同じ願いと真逆の願いを同居させる雷と氷が束の間の晴れ間を楽しんでいた。


化心、蜜柑の対策の同時連載が大変なので、ひとまずここで一区切りになります。

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