10-森は雪を受け入れて
「私は、この国の氷を完全に溶かしたい。
氷の神秘である君には、少し酷な願いかもしれないが……」
「そんなことないよ、ニコさん。私も、また私の時代のような景色が見たいと思うから……」
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ニコライの頼みで検査を受けた翌日。
同じく魔獣狩りや氷煌結晶の採集を頼まれた陽葵は、昨日のニコライとのやり取りを思い返しながらソン・ストリンガーと森を歩いていた。
「約束は、した……だが、なぜあいつの手伝いなどと……」
現在地はメトロ周囲の森で、最初の目的は巨人狩り。
狩りに誘ったソンが考えていた通りの獲物であるが、狩りの予定を組まされたソンからすると嫌な獲物である。
そのため、陽葵に自身の愛馬――アブカンを貸して自分は歩いていたソンは、マントを翻して雪を落としながら隣でブツブツ文句を言っていた。
とはいえ、ここ場で一番の問題となっているのはソンではない。今一番陽葵を困らせているのは、彼女の足となっているアブカンその人だ。
「フゥー♪ 暗ぇ顔してんなよ、ソン!!
ミョル=ヴィドにはねぇ白銀の巨大森林だぜ?
特権享受でゴキゲン探検しとこうぜ!! なぁ!?」
「ちょ、ちょっとアブさん危ないっ……!!」
「アブカンだけにアブねぇってか? ハッハァ、愉快な嬢ちゃんじゃねぇか!! ご機嫌超えて上機嫌になっちまう!!
上機嫌なお嬢ちゃんってぇなぁ!! ガハハ」
どうやら、陽葵が乗るアブカンという馬は彼とは真逆の性格であるらしい。ソンがブツブツと根暗そうに独り言を言っている中、彼は陽葵に注意されても構うことなく騒いでいた。
それも、陽葵を巻き込んでいるからたちが悪い。
パカラパカラと蹄を打ち鳴らして飛び回り、背に乗る陽葵を振り回している上に会話にも勝手に参加させている。
今にも背後から振り落とされそうでもあり、まるで陽葵が寒いダジャレを言ったかのような口ぶりだ。
この雪国で、最もたちの悪い性質だった。
「知らないよっ! あとお願いだから落ち着いて!?
巨人を狩りに来たのに狩りにならないからっ!!」
「狩りとは静寂だと誰が決めた!? 騒いで響いて音は敵の耳に飛ぶ!! 獲物は巨人じゃねぇ!! オレ達が獲物なのさ!!」
「ソンさんって別にそんな方針でやってないよね!?
馬が勝手にそんなことしていいの!?」
「おいおいおーい、オレは馬だがお前は猿だ? それにソンに至っちゃ小鳥だぜ? 人の神獣、馬の神獣、小鳥の神獣。
みんな平等にいこうじゃねーか。おい、騒げ!!」
「やめてー!?」
アブカンの背中で何度も跳ねながら抗議をするも、彼が陽葵の言葉に従うことはない。
さり気なくソンの正体を暴露しながら、一人ブツブツと喋る彼を放置して勝手な方針で探索を進めていく。
しかし、彼もそこまで自分勝手に押し通すだけの人という訳ではないようだ。ひとしきり騒ぎ終わると、リズミカルに蹄を鳴らしながらようやく陽葵への気遣いを見せる。
「ガッハッハ! いや、まぁそこまで嫌がるならやめるぜ?
オレは別に狩人じゃねーしな。その足だ。そこのぼんくらが罠張りゃそこを回るだけさ」
「はぁ、よかった。ならソンさん、罠張りましょ」
「巨人を減らす……雷学者の利益……危険の増大……不服……」
「ソンさん?」
狩人であるソンが騒ぐ以外の方針を示すならば従う。
そう言って歩を緩めたアブカンだったが、ソンは最初から一貫してぼんやりとしていた。
だからこそアブカンも勝手にしていたのであり、彼は陽葵が声をかけても一向に顔を上げる様子がない。
呆れ返った様子でため息をつく陽葵の下で、アブカンはまたしても騒ぎ始めてしまう。
「フゥー! 注意散漫な弓兵に先導は無理だろ!
自らが獲物になることで、ようやく我に返るってもんさ!
意識が街から自然に戻るとも言ーう! さぁ、さぁ!
果たして巨人はすぐそばに!?」
「え、いるの!?」
「え、オレは知らねぇよ!? ただの馬だもんよぉ!」
「そ、そう……」
「いるぞ、巨人。
随分進んだな、背後の罠に数体引っかかってる」
アブカンが陽葵と騒いでいると、ようやく意識を現実に戻したソンが彼の煽り文句に頷く。
どうやらぼんやりと歩きながらも、しっかりと罠は張っていたようだ。
指先に煌めく糸を引っ張りながら、冷静に獲物の数を計っている。すると、その相方であるアブカンはもう狩っていることを知っているからか、盛大な合いの手をいれた。
「へい、巨人の輪切りぃ一丁!!」
「グロいよそれ!? いや、前回見た気もするけど……」
「うむ、どうせ見えはしない。気にするな」
「それでいいの? 狩りって……」
"ティアーァパート・フェイルノート"
微妙な表情を浮かべる陽葵の横で、ソンは何食わぬ顔で糸を引く。前回の仮想世界と同じように、罠にかかった巨人を派手に切り刻んでしまったようだ。
アブカンの声におびき寄せられてきた巨人は、彼らを視界に入れることもなく遥か後方で鼓動を止めていた。
彼は少しぼんやりとその糸を見つめたあと、白い息を吐きながらそのうちの数本を引きちぎる。
「狩りとはなんだろうか? 生きる手段? 安全を確保する術? 力の誇示? なにか目的があって、それが果たされるのであれば手段に是非はない。君が考えるべきは、本当にニコライに手を貸すのかどうかだろう」
「どういう意味?」
歩いているだけで狩りと言っていいのか。そんな陽葵の疑問に、片付けを終えたソンははっきり断言する。
それも、彼がずっと考えていたであろう内容に入るための、随分とぞんざいな扱いだ。
とはいえ、実際に陽葵にとってもそこまで重要な話ではないのだろう。特にそれに触れることなく、投げかけられた疑問に言葉を返していた。
「どういう意味とは?」
「ニコさんに、手を貸すのかって……」
「あれがしているのは、正しい行動だ。人の発展のために、とても正しい。しかし、科学文明はなぜ滅んだ? あれは、人の滅びを見ているか? 無闇な発展はだめなんだ。
強くなりすぎた明かりは、要らぬ脅威を呼ぶ。
この国の発展を望んでいるのはマキナ・サベタルじゃない、ニコライ・ジェーニオだ。滅びを見たマキナは弁えていた」
「……でも、氷を溶かすくらいいいじゃないですか。
機械は神秘ですぐに壊れるんでしょ? 生活を楽にするくらい、誰でも……人じゃなくても望むんだから」
明確なニコライへの批判に、陽葵は軽く黙り込む。
しかし、お世話になっているという事実に囚われないよう冷静に考えたあと、それでも反論を開始した。
するとソンは、無表情のまま顎に手をおいて考え込むと、より受け入れやすいよう具体例をあげ始める。
「……例えば、アヴァロンにはガル=ジュトラムという獣が眠っている。我が国の人間が餌を与えることで止めている化け物だ。君は知っているか? 君が目覚めた神殿には、それと同質のものが眠っていることを」
「同質って……」
「私はこの国の神獣ではないから、具体的なことは知らない。だが、確かにあの化け物と同質の存在を感じ取った。
雪を溶かすことでどうにかなると断言するわけではないが、影響がないとも言えない。君は、それでも手を貸すか?
少なくとも、私は調べてからの方がいいと思う」
「調べるって、何を……」
「ウプサラ神殿に眠るものについて、ニコライがどこまで把握しているのか、どこまで発展させるのか、などだろうか。
少なくとも、君は巨人狩りよりも神殿へ行くべきだろう」
ソンに突きつけられた内容に、陽葵は思わず言葉を詰まらせる。陽葵が反論したことも、ソンは頭ごなしに否定しているのではなく知ってから、と言うのだから何も言えない。
ニコライに手を貸すことで、良くないことが起こる可能性、実際に何かがあるらしい事実などに思い悩み、しばらくしてから辛そうに彼に問いかけた。
「……今から、付き合ってもらえますか?」
「私はこの国の者ではない。付き合うのは構わないが、二人して反逆者になりかねないぞ。特に立ち入り禁止になっている場所でもないのだから、許可をもらって行くべきだ」
「そ、そうですね……なら、明日聞いてみます」
「へい、お前らなんでそんな急に暗ぇ話始めんだ?」
ソンの助言を受けた陽葵は、決意を固める。
その下では、彼女に跨がられた馬の神獣であるアブカンが戸惑いを隠せずにいた。




