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突然のユウキの乱入に、ベイツは少し取り乱すものの、すぐに落ちつきを取り戻す。上空から落ちてきて無事であるということは、異邦人の可能性が非常に高い。であるならば第五世代の自分には適わないのは自明の理であった。なぜなら異邦人は後期の生まれであればあるほど性能が上だから。
「お前は一体何者だ……?」
ベイツが尋ねると、ユウキは微笑みながら答えた。
「そうだな……それは俺が聞きたい、とでも答えておこうか」
ユウキはかっこよく決めたつもりだが、横で聞いていたベイツとコニールは背すじにゾッとしたものが流れていた。
「いや……決めセリフのつもりか? うわっ……そうかさっきの私もそういう……」
ベイツは素で引いており、コニールもなるべく顔を合わせないように目をそらしてしまい、ユウキは顔を赤くして地団駄を踏みながら答えた。
「ユウキだ! ユウキ! ……お前らが異邦人狩りとかって呼んでるやつだよ!」
“異邦人狩り”という単語を聞き、ベイツは少しだけ反応を見せた。
「異邦人狩り……? 確かシープスタウン発ではない、野良の異邦人とは聞いていたが……。なぜその異邦人狩りがここに来ているんだ?」
「流れで俺たちも22の秘宝を狙うことになってな。……本当なら、あんたと敵対する必要もないし、というかあんたが何者なのかよくわからないんだけど」
ユウキは大鎌を握りしめながら言った。
「話し合い以前の段階でお前はもう許さねえからな! コニールさんを傷つけやがって!」
ユウキの顔は怒りで染まっていた。これほどまでに怒ったのはオレゴンでのイサクと戦った時以来――いやその後に何かもう一度怒りを抱く機会があったはずだがユウキはそれを思い出せなかった。なんにせよ前の世界にいた頃では想像もできなかった怒りがユウキの全身をめぐっていた。
「ユウキ君……!」
コニールは身動きが全く取れない状態の中、ユウキを心配するためにその名前を呼んだ。ユウキがアンガーマネジメントのような心のコントロールを全くできないことはよくわかっている。だからこそ、周りから彼をサポートしなくてはいけない。
「落ち着いて聞いてくれ……。あいつの能力は“重力操作”と“物体の停止”だ。あいつが発した魔力に当たると重力がメチャクチャな方向に操作されて、下以外のどこかに落ちていく。そしてもう一つはあいつにスマホを向けられると、動けなくなるという能力だ……。2つの能力のかみ合わせ自体はいいわけではないが……」
「……わかりました」
ユウキは返事をするが、コニールの方へは全く目を向けなかった。――それほどまでに怒っていた。
「うおおおおおお!!!」
ユウキは雄たけびを上げるとともにベイツへと突撃していく。ベイツはまず挨拶代わりに月の欠片を使い、重力操作の魔力を放つ。しかしユウキはその魔力をなんなく避ける。しかし足は止めずにひたすら動き続ける。
「こいつ……!」
ベイツは今の動きでユウキの異常性を一つ感じ取った。事前にコニールから能力の説明を受けているとはいえ、その説明を受けてから1分も経っていない。しかしユウキはその説明だけでベイツへの能力の簡易的な対策を立ててきた。
先ほどの会話からベイツはユウキの知能を測っていたが、どうもパッとしない面が見られることはわかっていた。それであるにも関わらずこの短時間で対策をしてきたということの要因は一つ。――実戦経験が豊富であるということ。
対してユウキもベイツへの違和感を感じ取っていた。今まで戦った相手――それが現地民・異邦人問わずしてユウキと対峙したものは“ある反応”を示していた。しかしベイツはその反応が全く見られなかった。
「どういうことだ……!?」
しかしユウキに足を止める選択肢はなかった。そのまま大鎌を振りかぶり、ベイツに向けて袈裟切りを仕掛ける。対するベイツもナイフを構えると、ユウキの大鎌をナイフで受けた。
「なっ……!?」
ここでユウキの顔から怒りが消え、驚愕と困惑の表情へと変わる。そしてそのまますぐにその場から離れ、大きく距離をとった。
「な……なんで!?」
この世界に来て初めての経験だった。今までユウキの動きを見てきた者は一律にある反応を示した。“異常すぎる”“速すぎる”“強すぎる”。ユウキ自体は詳細な仕組みは全くわからないが、異邦人が与えられるとされる“ステータス”とかいう力。ユウキはそれが他の異邦人に比べ遥かに高いものを与えられていたと。
貰い物の力ではあるものの、ユウキはどこかでこの力を自慢に思っていた。誰にも持っていない、自分だけの力。――しかし今、その自信の根底を覆す事態が起きていた。
「……こいつは俺よりも強い?」
ユウキの攻撃が防がれたのを見て、コニールも言葉を失っていた。自分が今までユウキと訓練で戦った際、コニールは身のこなしが未熟なユウキの動きを読んで、先手を打つ形で戦っていた。インジャもそれは同じだった。だが今初めて、人間を相手にしてユウキの攻撃が防がれたのを目撃した。
「これが……第五世代……!」
そして自分の強さに驚いているのはベイツも同様だった。今まで本気で戦ったことのないベイツは、コニールと戦ったときも自分の強さを知ることができたが、その確信が間違っていないと感じ取れた。
あんな大鎌を持ち、戦いなれている異邦人を相手に余裕で立ち回れていることがその証拠だった。ベイツは自然と笑みがこぼれる。
「ククク……なるほどなるほど……。この世界に来て戦っている奴らをバカらしいと思っていたが……確かにこれは“楽しい”な……!」
ベイツのつぶやきを聞いて、ユウキは露骨に不機嫌な態度を示した。
「何が楽しいだ……! こちとら行く先々で死にそうな目に合いまくってんだよ。楽しいとかどうこうの前に、生きるのに必死なんだこっちは! お前みたいな舐め腐った態度の奴なんかに負けてられるか!」
「ふっ……そうか。なら……これはどうだ?」
ユウキはベイツがスマホをこちらに向けていることに気が付き、その場から動き出す。おそらくあの能力はスマホについているカメラを使用しており、カメラのピントを合わせるための距離や時間が能力の制約になっているはず。能力を2つ持っているなんて聞いたことはないが、ユウキ自身異邦人のことをよく知っているわけではない。そういうものもあるんだろうくらいの認識だった。
「仮に力が同じだろうがお前にな……」
――瞬間。火花が目の前に飛び散った。何か甲高い叫び声が聞こえるが、言葉は耳に入っているのに頭がそれを認識できない。そして自分が下を“見上げている”ことに気が付き、ようやく何が起こったのか理解できた。後頭部に何か強い衝撃を受け、前傾姿勢でもんどりうっていたのだった。
「……ウキ君! ……ユウキ君!!!」
ユウキはやっと耳に入ってきた言葉も判別できるようになった。コニールがユウキを心配して叫んでいる声だった。
「……右だ!」
ユウキはまだ回っていない頭で、コニールの指示通り右を向く。すると木が水平方向にユウキに向かって“落ちてきていた”。
「おわあああっ!?」
ユウキは何とか避けるが、ユウキが避けたとたん、木の動きが空中で静止する。まだ揺れる視界の中、ユウキがそれを見ていると、突然それが視界の大半を埋め始めた。
「……はっ!?」
それが木が自分を追跡するように落ちてきたものだと気づくのに時間がかかり、顔面にモロに木がぶつかる。鼻血を吹き出しながらユウキは倒れる寸前で足に力をこめなおすが、また木は空中で静止したのち、ユウキに向かって落ちてくる。
「がっ……!」
今度は腹部に当たって木と一緒に水平に落ちていくユウキだが、かろうじて木をどけるとそこで動きは止まって地面に接地する。
「なんだ……!? 木が追跡してくる……?」
重さにして数十キロの倒木がなぜかユウキにめがけて執拗に向かってくる。ベイツの能力は重力の操作と物体の停止しかないはず。なぜ自分を追跡して木が向かってくる――?
ユウキはまだ朦朧としている頭をはっきりさせるために顔を横に振る。答えがわからないユウキではあったが、コニールが何かに気づいてその表情を強張らせた。
「……そうか。しまった……! 奴の能力には“そういう”使い方が……!」
「コニール……さん……?」
ベイツのやっていることを理解したコニールはユウキに向かって言う。
「ユウキ君! わかった!やつは……!」
「黙って……ろ!」
ベイツは能力をばらそうとしているコニールに青筋を立て、コニールに向かって木を向かわせる。手足を骨折しているコニールは身動きも取れず、それでも恐れずに目をそらすことはしなかった。
「くそっ……!」
「ふざけんじゃねえぞクソがあああああ!!!」
ユウキは大鎌を紋章に収めると、コニールに向かってくる木の前に立ちふさがる。そして右手を振りかぶり、木に向かって拳を突き出した。
「勁……砲!!!」
ユウキの拳が木にぶつかった瞬間、木がバラバラに弾け飛ぶ。その威力にコニール、そしてベイツが驚愕の表情を浮かべていた。
「な……あ……!?」
ベイツは声が出なかった。先ほど大鎌の攻撃を受けたときは、木を砕くほどの威力を感じることはなかった。しかしユウキの佇まいから、今の攻撃もまだ全力ではなく、余力を残したものであることを感じさせた。
「貴様……いったい何をした……!?」
あまりの光景に後ずさるベイツに、ユウキは怒りの眼差しを向けながら言った。
「さあ……? ただもう絶対に心に決めたことがある。……お前は……許さない」




