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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第20話 雷鳴の下
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20-4

 アオイとケンイチは生徒寮から研究棟までの道を二人で進んでいた。道中は魔物除けの結界が効いておらず、いつ魔物に遭遇するかわからない中、二人は身を寄せ合って互いに警戒しあう。


「生徒寮から研究棟まではそこまで遠くはないですけど、出てくる魔物がどれくらいなのか気をつけないと……」


 ケンイチは周囲を眺めながら言う。移動中もアオイを庇うようなポジションにつくことを意識していた。アオイもそのことに気づいており、ケンイチの挙動に実戦経験の豊富さが垣間見えることに疑問を覚えた。


「……妙にこういうこと慣れてる気がするけど、今まで何かあったの?」


「この学校に入る前に冒険者として魔物退治の仕事をしてたことがありましてね。まぁそんときの杵柄ってやつですよ」


「なるほど……」


 もしこの話を聞いていたのがシーラだったら、違和感に気づいてケンイチの正体を訝しむなどができたかもしれないが、アオイは何にも気づかずに流してしまった。事前にコニールやインシャといった、異邦人でなくても強い人たちを見ていたせいで、彼女の基準がかなり引き上げられていたのもあった。ケンイチの強さもまぁあるものだと。


「とにかく頼りにしてるからね……。私は正直そんなに動ける方じゃ……!」


 アオイは急に足を止めた。ケンイチもアオイが足を止めたことで、何かが起こったのかと思い心配になって声をかける。


「どうしたんですか?」


「……まさか!」


 アオイは急に研究棟がある方向とは全く別の方向に走り出した。急に方向転換をしたアオイにケンイチは研究棟を指さしながら言う。


「ちょ……ちょっと研究棟はあっちですよ……って全く止まる気がねえ!」


 アオイを一人にするわけにはいかず、ケンイチも仕方なくアオイについていく。アオイは駆けていったのは、道を外れたところにある校舎裏であり、せいぜい倉庫があるくらいの場所だった。


「いきなりこんなところに来ていったい何が……!」


 ケンイチはアオイに尋ねるが、アオイはその問いに答えもせずに周囲を見渡す。すると倉庫の周りに魔物が集まっており、アオイはその事態を察した。


「ケンイチさん手伝って!」


「ええ!?」


 アオイは倉庫に集まっている魔物に対し雷魔法を放つ。弱い魔物の何匹かはその魔法で倒れたが、体力があるオーク型の魔物はその魔法を気にせずに、アオイに向かってくる。


「あ~! もう!」


 ケンイチはアオイの前に立ちふさがると、一足で跳躍しオークの顔面に回し蹴りを放つ。ケンイチの蹴りでオークは大きくバランスを崩して倒れる。そしてその間にアオイの魔法の準備が整っていた。


「あんまり使ったことないけど……魔物だから威力出しすぎても気にしないからね!ウェイラール!」


 アオイは水魔法の中級攻撃魔法を放つ。強烈な勢いで水がオークに向かっていき、オークの身体を飲み込んでいった。


「すごい……!」


 ケンイチはシーラの魔法に驚愕していた。学生のうちに習うのは初級の攻撃魔法までであった。それ以降は威力が過剰すぎるため、学校を卒業してから専門機関に行き、習得するものだった。それをアオイはすでに使うことができる。――とんでもない才能だった。


「ふぅ……。よし、とりあえず魔物は倒した」


「全く……危ないですって」


 ケンイチからの指摘を受け、アオイは頭を下げて謝った。


「ごめんなさい……勝手に動いちゃって。……でもケンイチさんも驚きましたよ。まさかオークを蹴り飛ばすなんて」


「ははは……こんくらいはまぁ。アオイ……さん」


「何?」


 ケンイチは少し迷うが、照れながらアオイの目を見据えて言った。


「もう互いにさん付けするの辞めませんか? 同学年だし、なんか……かたっ苦しいし」


「……うん。わかった……ケンイチ君」


 アオイも照れて顔を赤くしながら言った。結城葵だったら特に躊躇はしなかったかもしれないが――今はどうしても”アオイ”としての感情が心の中にあるからだった。


「って、そうだった! 早く倉庫の扉を開けないと!」


 アオイはなぜここまで来たのかを思い出して、倉庫の扉に手をかけて開けた。そして中の様子を見て、合点がいったように微笑んだ。


「なるほどね……。もう大丈夫だから」


 倉庫の中には10人ほどの生徒が身を寄せながら縮こまっていた。全員学年はバラバラではあったが、2学年~4学年の生徒であることは見た目から予想ができた。


「よく気づきましたね……」


 ケンイチはアオイに感心して尋ねる。アオイは少し照れながら答えた。


「いや、さっき実は校舎裏に行く人がいるのを見ててね。……ただそういえば校舎裏から戻ってきてる人がいたかな~って疑問が頭をよぎって。そしたら案の定で」


 結界が発生する直前に、アオイはコニールと校舎裏で密談を行っていた。その際にチラッと見ており、その時は異常事態を受けて様子を確認しにきただけだと思っていたが、不安になって研究棟に行く前に見に来たのだった。


「でも、どうしてこんなところに?」


 アオイは彼らがなぜこんなところにいるのか疑問に思った。時間は深夜であり、それに魔物が現れるという異常事態が起きているのに、こんなところにいることが不自然であった。縮こまっていた生徒の一人が小さな声で答えた。


「研究棟に行って、ジェイン先生に会いに行こうとしたんです。……あの人なら私たちをきちんと守ってくれるから……」


「ジェイン先生……?」


 アオイはその名前に聞き覚えがなかった。マンモス校であるストローズ魔法学校では、職員でも全く関わりあうことがないのは珍しいことではない。そもそも結城葵のころでさえ、小中高と過ごした中で学校の先生で知らない人がいるのは当たり前だったのだから。


「そのジェイン先生が何で守ってくれると? わざわざ研究棟に行くより、生徒寮にいたほうが絶対安全なのに……」


 何も事情を知らないアオイは素直な疑問で尋ねた。しかし子供たちは一切答えようとせず、全員アオイから目をそらした。しかしそんな中、ケンイチが少し考えた末、ぽつりとつぶやいた。

「……わかった」


「え?」


「この子達はジェインゼミのシンパだ……。通称“すべり止め”の」


「すべり……止め?」


× × ×


 コニールとシーラは研究棟の避難所の一角で待機していた。本当は自分たちも避難活動の手伝いを行うべきではあったが、アオイが来るのを待つ必要があるのと、コニールもシーラも有名人すぎるため、混乱を避けるためにも目立たずにいる必要があった。


「なあシーラ、ちょっと疑問があるんだが」


 コニールは避難所を眺めながら言う。


「ここに避難してくるのが職員が多いのはわかる。宿直で泊まる教師は基本研究棟に部屋があるかなら。……しかしなぜ生徒も結構な数がいるんだ? 深夜だから大半どころか全員生徒寮にいたはずだろう?」


 コニールの指摘はもっともだった。この避難所にいるのは100人程度だが、そのうち職員が30人くらいで、生徒が70人ほどこの中に避難していた。たまたまこっちに避難してきたというには、数が多すぎるうえ、何より生徒寮からこちらに来たことが違和感であった。コニールの指摘にシーラは肩を落としながら答えた。


「この学校の特別な“事情”ってやつがあるのよ。……なんなら私も半年前だったらこっちに来てたかもね」


「事情?」


「そう、事情。……でもあんたにゃ恐らく理解できないだろうけどね」


 シーラの妙に嫌味な言い方に、コニールは引っ掛かりを覚えた。


「なんだその言い方は……。私じゃ理解できないって……」


「……コニールさん?」


 横から声をかけられ、コニールはそちらの方向に振り向いた。そこには眼鏡をかけた学校の生徒と思われる少女が立っていた。その表情驚き半分、そして――。


「もしかして……本物のコニールさんですか!?」


「あ……ああ、そうだが……。……本物?」


 もう半分の表情は憧れだった。シーラは少女の顔を見てそれを察知し、頭を抱える。


「このクソバカ……!」


 本来コニールはしらばっくれる必要があったが、もう名乗ってしまった。少女は目の前の女性がコニールだと確信すると、コニールの手をとってピョンピョンと跳ねていた。


「まさか本物のコニールさ……さんに会えるなんて……! 私たちを助けに来てくれたんですね!」


「あ……ああ、まあそんなわけだけど。……君の名前は?」


 コニールから名前を尋ねられた少女は、驚きのあまり表情を硬直させ、目には涙を浮かべていた。


「え……!? コニール様が私の名前を聞いてくださるんですか……! 嘘……もう……そんな……!」


「い……いや、大げさにとらえすぎだから……」


「あ……! すみません! 私の名前はトリーって言います! ちょ……ちょっと待ってください! いまみんな呼びますから!」


 トリーは避難していた生徒たちに呼びかけると、コニールが来ていることを知って生徒たちが集まってきた。


「え? ……ちょ……シーラ?」


 コニールはシーラに目配せするが、シーラは顔を合わせないようにそらしていた。そうするうちにどんどん周りに生徒が集まってくる。


「コニール様がおられるんですって!?」


「嘘……こんな時に奇跡なの……!?」


「コニール様がいるならもう大丈夫だ!」


 避難してきていた生徒の大半がコニールの周りに集まってきていた。いきなりの状況にコニールは訳がわからなくなり、シーラに尋ねる。


「な……何が起きてるんだこんな時に!」


「……そういやコニールには言ってなかった……。この学校にはあんたファンクラブがあんのよ……!」


「はぁ!? ファンクラブ!? なんだってそんな……!」


 コニールはそうは言うものの、実はそのような存在と出会うのは初めてではなかった。騎士団にいた頃にも自分のファンがいることは聞いていたし、自分のグッズの販売に関わったこともある。しかしこれほどの人気があるのは想定していなかった。


「な……なんでこんな……!?」


「これがこの学校の事情ってやつよ」


 シーラはボソリと言った。その声は決してふざけたものではない、深刻なものとしてこの状況を捉えているものだった。


「この学校はいわゆる“スクールカースト問題”が根強く関わっている。上位層、中間層。……そして、退学目前の下位層のね。この生徒たちは恐らく全員その下位層にあたるわけ。

……学校に居場所が無い、落ちこぼれ達の集まりよ」

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