18-4
バノン家周辺にいた野次馬たちは、屋敷での騒音を聞きつけて、屋敷の周辺で大いに盛り上がっていた。中で見張りの悲鳴が聞こえ、そして屋敷から一斉に見張りが飛び出していく様を見て、野次馬たちは歓声を上げていた。
その野次馬たちの頭上を影が通り過ぎていく。野次馬たちは何かが通り過ぎていったことは感じていたが、その影の動きが速すぎて、何が通り過ぎたのかわからず、ただ大騒ぎを繰り返しているだけだった。
× × ×
「はぁ……はぁ……大丈夫か? ミク」
バノン家屋敷から出て、路地裏に逃げ込んだケンイチは息を切らしながら背負っているミクに尋ねる。ミクは力なくうなずいて答えた。
「うん……でも、ここで降りないと……。次は私の能力を使って……」
ミクはケンイチの背から降りると、スマホを取り出して能力を使うためのアプリを起動する。そしてアプリを操作すると、スマホからバイクが飛び出してきた。
ミクのギフト能力は“カタログからバイクを取り出す”能力。バイクはアプリのカタログに載っているものを好きに取り出すことができ、オプションパーツもカタログに載っているなら一緒に出すことができる。しかしバイクの運転技術まで付与されるわけではないため、ここまでのミクのバイクの運転の技量はすべて自前であった。日本にいたころに免許を持っていたわけではないが、バイク好きが高じてか、あっという間に乗りこなせるようになっていた。
ミクはバイクのエンジンを吹かして馴らそうとするが、脇腹に痛みを感じ手でおさえた。
「うっ……あばら骨が折れてるの……? ロンゾがいないと回復魔法も使えない……」
ミクは学校で魔法を習い始めはしたものの、まだ使いこなせているわけではなく、回復魔法はまだ触りもできていなかった。アオイに魔法のコツを教わってからレベルアップするのは感じたが、まだ実戦で使えるほどの習熟度があるわけではない。それはケンイチも同様であり、ロンゾにイグレイス、コッポ達の仲間を失ったダメージを心底感じていた。
「……もし彼らに何かあったら私……」
脇腹の痛みだけでなく、ロンゾ達を置いて行ってしまった負い目から、ミクは泣き出しそうな声で漏らす。そんなミクを見かね、ケンイチはミクに身体を寄せた。
「あの3人なら大丈夫だ……。簡単に死んだりしないって……。少し身を隠して落ち着いたら、すぐに助けに行こう」
ケンイチはミクを励ますように肩を抱きよせ、背中をさする。ミクはしばらく嗚咽を漏らした後、顔を上げると袖で顔を拭く。
「……そうね。それにここでゆっくりもしてられない。異邦人狩りが追いかけてくるかもしれないし、早く逃げないと」
「ああ……そうだ」
ケンイチは懐にしまった22の秘宝の一つ、審判のラッパをそこにあるのを確認するように触りながら言った。先ほど逃げている間に鑑定も済ませており、本物であることは確認が取れている。これで残る秘宝はあと一つ、世界樹の接ぎ木だけとなっており、そしてそれがどこにあるかももうわかっていた。
「これを持っていけば、ここでの依頼はもう終わるんだ。そしたらさ……」
そしたら――と続けようとしたその時だった。何かの足音が“上”から聞こえてきており、ケンイチとミクはその異様さに息を止めた。バノン家の屋敷から離れた路地裏。すでに時刻は深夜を回っており、人の気配はもうない。なによりあったとしても下からならともかく上から聞こえるのは本来ありえないことだった。しかし“怪盗”である彼らにはその足音の理由が、すぐに理解できた。
「ケンイチ! 早く後ろに乗って!」
ミクは叫ぶようにケンイチに言い、ケンイチもすぐにバイクの後ろにまたがる。そしてミクもバイクに飛び乗ると、エンジンを全開にして前進する。そしてその瞬間、ケンイチ達がいた場所に、上から鎌の一閃が振り下ろされ、ケンイチ達は間一髪で避けることができた。
「ちっ!」
上からの不意打ちが躱されたユウキは舌打ちするものの、すぐに鎌を手から消して追撃体勢を取る。ユウキが追いかけてくるのを見て、ケンイチは嘲るように言った。
「バーカ! そんなバイクを走って追いかけようなんて……って、え!?」
しかしその口調は瞬く間に焦りをにじませるものに変わった。自分たちを追いかけるユウキの走るスピードが、あまりにも人間離れしており、バイクに追いつきかねない速さだったからだ。
「ミ……ミク!もっとスピード出せないのか!?」
ケンイチは運転するミクに言うが、ミクも一切の余裕なく答えた。
「これ以上は無理! 日本の道路のように地面が平らじゃないし、石畳の凹凸にタイヤが取られるから、あまりスピード上げるとタイヤが……!」
時速メーターは50kmを指しており、バイクが出すスピードとしてはそこまで早いわけではないが、この車が走る事を想定されていない道を走る速さとしては充分以上の速さだった。――それに追いつこうとしている異邦人狩りの異常な速さの方が問題だった。
「こっちだってステータスは付与されてるし、なんならそれなりにレベルだって上げて実力は付けたはず! なのになんなのよアイツは!」
ミクは自分たちに追いついてくるユウキに対し、恐怖で上ずった声を上げながら文句を言う。そして前方を見返すと、道が突き当りになっており、T字路で道が左右に分かれていた。
「しめた!ここを使えれば……!」
ミクは先ほど自分で限界を定めた時速50kmからさらにスピードを上げる。不安定な路面にハンドルは取られるが、それを気合で修正に何とかバイクを前に向かせる。
「ああああああ!!!」
ミクは曲がり角ギリギリで減速をかけ、バイクをまず左に向けて“カウンターを当てた後に”、右へとハンドルを切る。膝を擦るくらい限界まで車体を傾け、壁にぶつかるギリギリ寸前で曲がりきることができた。
「よっっっし! どんなもん! こっちはバイクだから元から減速を計算に入れてるけど、後ろの異邦人狩りは果たしてその健脚で計算に入れてるかね!?」
ユウキも曲がろうとするが、あまりに勢いがつきすぎていたこと、そして追いかける立場であるためにミク達がどちらに曲がるか見ないといけないこと、そしてそんな速度で今まで走ったことがない等の理由が重なり、突き当りを曲がり切れずに身体が吹っ飛ばされてしまう。その様子を見て、ミクはガッツポーズを上げた。
「計算通り! これで……っ!?」
しかしその歓喜の声はあっという間に打ち消される。ユウキは突き当りの壁に“真横”
に着地するように体勢を整えており、そして狙いを定めていた。
「こっちが曲がり切れれば、今度はそっちが減速してるよな!」
ユウキは壁を蹴って跳躍すると、その一飛びでミク達に追いついた。そして右手から鎌を出現させると、バイクに向かって鎌を振り下ろす。
「うおおおおお!」
ユウキの一撃でバイクは木っ端みじんに破壊され、ミクとケンイチは道路に投げ出される。二人とも受け身を取ることができず、全身を地面に打ち付け転がっていった。
「あがっ……がっ……!」
ケンイチは何とか立ち上がり、すぐに向かってくるであろう異邦人狩りに対し体勢を整えようとする。しかし起き上がった瞬間に目についた光景に、ケンイチは我を忘れて叫んだ。
「う……うわああああああ!!!」
バイクに乗る前からすでに重傷だったミクは、上手く受け身を取ることができず、グッタリと倒れており血まみれになっていた。そしてそこに異邦人狩りの鎌が、ミクの身体に突き立てられていた。
「に……げて……」
ミクは辛うじて残った意識でケンイチに対して言うが、ケンイチの耳には全く届いていなかった。ケンイチは武器であるナイフを取り出し、異邦人狩りに対して向かっていく。
「ああああああ!!!」
ユウキは鎌を持ち直し、ケンイチを迎え撃とうとするが、次の瞬間にケンイチが吹き飛ばされ、ユウキの鎌の射程外にまではじき出されていった。
「がっ……!?」
ケンイチは思わぬ位置からの衝撃に戸惑い、その衝撃が飛んできた位置を確認する。
「馬鹿……逃げて……」
ケンイチを弾き飛ばしたのはミクだった。ミクは最後の力を振り絞って、ケンイチに対して魔法を放ち、ケンイチを異邦人狩りから離したのだった。そしてその魔法を放ったのと同時に、ミクの足元から光が立ち上っていく。
「ミク……!」
ケンイチはあふれる涙を拭うことも忘れ、ミクの方へ駆け寄ろうとするがすんでのところで足を止めた。なぜミクが自分に対して魔法を放ったか、その意味を理解したからだ。
「わたしがいなくても……しっかり過ごしてよ……」
ミクは同じく立ち尽くしていた異邦人狩りの足を掴み、全力でその動きを止めようとした。“何故か”異邦人狩りはミクを振り払うようなこともせず、ただただミクが消えていくのを待っているだけだった。そしてその間にケンイチは駆けて逃げ出していく。その様を見て、ミクは安堵した表情を浮かべた。
「じゃあね……ケンイチ……無事で……よかった……」
ミクの姿が消え、ユウキはようやく動けるようになった。――正確に言えばあの状態でも動くことはできたが、重傷を負いながらも自分に捕まり縋るミクを振り払うことはできなかった。その衝撃でさらに深手を負わせてしまうかもしれないという恐怖もあったからだ。
「逃がしちまったか……」
だがその稼いだ時間で、ユウキは完全にケンイチを見失った。22の秘宝である審判のラッパを守るという任務は、完全に失敗に終わったのだった。
× × ×
ケンイチは息が切れ、足も上がらなくなるくらい疲弊していたが、走ることをやめなかった。だが身体がとうとう限界を迎え、引きずっていた足をもつれさせ、転んでしまう。ケンイチが今いる場所は路地裏のゴミ捨て場であり、ゴミの山に身体を突っ込む形になってしまったが、そのことすらもはや気にしてられる状況ではなかった。
「う……うう……」
立ち上がろうとしても足が痙攣して動くこともできず、ゴミに身体をうずめたままケンイチは声を上げて泣いた。この一晩で仲間を、かけがえのない大切な人を、全て“奪われた”。あの異邦人狩りに。
「どうして……! どうしてこうなったんだ……!」
ロンゾが言っていた裏切者の存在、なぜか急に現れた異邦人狩り、そして以前話に聞いたことがあった学校を追放されたシーラが現れたこと。そして異邦人狩り達が何故か自分たちの動きを完全に把握していたこと。そのどれもがケンイチには理解ができなかった。ケンイチは仰向けになると、怒りをぶつけるように夜空に向かって叫んだ。
「何が起こってんだよ……!」
――何が起こったのか。それは2週間前にこの学園都市エルメントにやってきた、ユウキ達の話を追いかけていくことになる。




