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週末の土曜日の夜。怪盗団ディメンションがバノン家が所有する22の秘宝を盗むと予告した日がやってきた。バノン家の屋敷の周辺には警備のために集められた人身が100人以上おり、屋敷の中にも100人以上の人間が詰めていた。
そしてそれ以上に周囲の野次馬が見物しようと詰め掛けてきており、バノン家屋敷の周辺は人でごった返してしまっていた。
「なんでこんなに見物人が来ているんだ! これでは人混みに紛れて怪盗団が容易に侵入できてしまうではないか!」
バノン家当主であるテツロウは、自分の書斎に警備の責任者を呼んで喚き散らした。秘宝を盗まれれば後のない立場であるとはいえ、その狼狽ぶりは明らかに過剰であった。
「ご心配しないでください。いくら見物人が来ようと、まず屋敷の敷地内に彼らが入ることはありません。そして審判のラッパがあるこの屋敷から、周囲の塀までの間に30人以上の警備がおり、例え野次馬に紛れて侵入しようにも、必ず見つけられます」
警備隊長は落ち着いた口調で言う。事実、テツロウが用意した警備人員は完全に過剰なほどであり、警備隊が最初に進言した70人の3倍の人員を用意してきていた。――逆にこれは問題であると、警備隊長は認識していたがそれを口にはしない。今更そんなことを言ったところで、テツロウの不安を増大させ、ろくでもない事を言い出すに決まっているからだ。
「しかしだ! どんなに警備を増やしたところで、奴らを止められる者がおるのか! 今まで盗まれた秘宝の時は、警備の者が囲んでも、やすやすと突破されていたらしいではないか!」
「……ええ。ですので、今回は逆の方針を取りました。突破されるなら、それを前提にすればいいのです」
警備隊長は窓から外を見ながら言った。
「今回、警備の者たちにはある指示を下しております。それは怪盗団を見つけたら一目散に屋敷に逃げることです」
「逃げるぅ!? 貴様らそれでも……!」
「怪盗団に敵わないと言ったのはバノン様です。……そしてそれは我々にとっても覆しようのない事実です。ですから、立ち向かってやられて連絡が途絶するより、確実な情報をこの屋敷に集約させることで、秘宝を命がけで守ります」
警備隊長の冷静かつ論理的な説明を受け、テツロウはようやく少し落ち着いたのか、葉巻を取り出して火をつける。これはテツロウの癖だった。葉巻に火をつけるには一度落ち着かなければならない。そういったルーティーンを行うことで、テツロウは心の平穏を取り戻していった。
「……そうだったな。そうだ。それに今の我々にはもう一つ“切り札”がある。……頼んだぞ」
「はっ!」
警備隊長は返事をすると踵を返して書斎から出ていく。内心ではテツロウが言った“もう一つの切り札”、これも信用できないとは思ってはいたが。
× × ×
テツロウの心配を余所に、怪盗団ディメンションは一向に姿を現さなかった。予告では今日現れるはずなのに、23時を過ぎてもその兆候すらなかった。怪盗団を見に来た野次馬たちも、いい加減待ちくたびれてきたのか、帰り始めるものがチラチラ現れていた。
「やっぱ警備が厳しすぎて引き返したんじゃねえのか」
「なんでぇ。せっかく怪盗団が来るっていうから見に来たのによ」
「ねぇ~~~もう疲れた~~~」
勝手に集まってきた野次馬たちは勝手なことを言いながらゾロゾロと歩いて退散していく。そしてその弛緩具合は中の警備を行っている者たちにまで伝染していった。
「ふわぁぁぁ。そりゃあこんだけ見張りがいれば来ないよな」
見張りの一人が大きく欠伸をしながら言う。本来70人ほどで予定していた警備を、200人にも増やせば、怪盗も諦めるだろう。そう思っていた矢先だった。
「油断しすぎだな」
突如背後からロンゾが現れ、見張りの首を絞めるとそのまま意識を落とした。そしてロンゾは見張りの身体を担ぐと、敷地内にある倉庫の中に入っていく。
「これで4人分の服装は揃っただろう」
倉庫に入ったロンゾは中で待機していたケンイチ達に言った。ケンイチ達はすでに見張りの服装に着替えており、準備を整えていた。
「さっすがロンゾ。なんだっけ……たしか“明神崩玉拳”だったか? なんかすごい名前の拳法を修行してただけはあるな」
ケンイチは感心するように言ったが、ロンゾは首を横に振った。
「気休めはよせ。俺に才能がなかったことは、鑑定の能力を持つお前が一番わかっているだろう」
ロンゾの自虐にケンイチは否定も肯定もしなかった。ケンイチが返答しないのを見て、ロンゾもこれ以上会話を続けるべきではないと思い、地面に置いた見張りから服をはぎ取る。
「……俺の準備が済んだらそろそろ行こうか。日付が変わるまであと40分だ」
ロンゾが着替え終わったことを確認すると、ケンイチ達は倉庫を出て屋敷へと向かった。屋敷までの道中で何人か見張りとすれ違ったが、見張りの連中はケンイチ達を疑うことなく屋敷へと通した。
これは警備隊長の不安の一つであった。200人もの見張りを用意したことで、互いの認識が曖昧になってしまうこと。ケンイチ達はやけに多すぎる見張りの数を見て、この作戦に思い至った。そして悠々と屋敷内に潜入したところで空き部屋の一つに入ると、ケンイチ達は見張りの服を脱いで、元の怪盗の恰好へと戻る。
「さて……次は陽動だな」
イグレイスはコッポとともに前に出るとナイフを構えてドアの前に立つ。
「あんまり無茶はしないでね」
ミクはイグレイスに対して言うが、イグレイスは何の不安も感じさせないように答えた。
「問題なし!明日は女の子とデートの為にもうレストランも予約してっからさ。ここで俺が怪我をしちゃあ、予約が無駄になっちゃうだろ?」
「……さっさと行って来たら」
心配して損したとばかりにミクは呆れながら言う。
「あいさー! 行くぜ、コッポ!」
「あいよ!」
イグレイス達は部屋から出ると、途端に騒動の声が大きくなり、そして次第に悲鳴の数が増えてきた。それと同時に屋敷の周囲からの歓声が上がり始める。
「よし……! 次は俺たちの番だ!」
ケンイチ達は部屋から出ると、すでにそこは見張りがパニックを起こしており、ごった返していた。警備隊長のもう一つの不安であった、屋敷内の見張りの過剰配備による、行動の遅さがここで現れていた。あまりに多くの人間が詰めすぎたため、広いとは言ってもあくまで屋敷として広いだけであるバノン家屋敷の内部において、統制の取れていないこの状況では、迅速な行動は不可能だった。
「……あくまで敵さんは、だが」
しかしケンイチ達は違った。ケンイチとミクは異邦人のステータスの恩恵によって、ロンゾは鍛え上げられた身体能力によって、壁などを駆け巡って騒乱を余所に、目的地へと駆けていく。
何とか落ち着きを取り戻し、統制が取れている見張りも数人はいたものの、ケンイチ達は相対した瞬間に彼らに攻撃を加え、無力化していく。雑多の雑魚相手には能力も魔法も武器も使う必要はなく、全て素手で倒していった。そのこともあってか大きな音を立てることもなく、結局混乱した見張りはケンイチ達を見つけることができないまま、ケンイチはまず“最初”の目的地の前へとたどり着いた。
屋敷の間取りは地上4階建てとなっており、審判のラッパは最上階である4階の金庫にあるとされている。だがケンイチ達はまず3階のある部屋に用事があった。その部屋はこの騒動の中でも静けさが保たれており、見張りたちは“意図して”その部屋には近づくことはなかった。ケンイチ達も侵入者という名目であるにも関わらず、その扉を丁寧にノックする。
「すみません。怪盗団ディメンションです。……“約束通り”審判のラッパを盗む前にこちらへ寄らせていただきました」
ケンイチが中に呼びかけると、それに答えるように小さな女性の声が中から聞こえてくる。
「ええ……お入りください」
「失礼します」
ケンイチがドアを開けると、そこは寝室であり、窓際に一人の女性が座っていた。その女性はケンイチ達を見ると、微笑みながら言った。
「ふふ……律儀な怪盗ね。まさか本当に約束を果たしに来るなんて」
長い白髪のその女性は、月明かりに髪が照らされている光景もあってか、非常に儚く見えた。ケンイチは丁寧な態度を崩さず、その女性へと礼をする。
「あなたがいなければ今日こうして審判のラッパを盗みに来ることすらできませんでしたから。……バノン夫人」
バノン夫人――ルイーズ・バノンは立ち上がると、嵌めていた指輪を外してそれをケンイチに渡す。
「審判のラッパを手に入れるには、バノン家当主とその夫人の両方の意思が必要になります。……そしてまず、これで私の意思は示しました。あとは主人の意思を、あなたたちが示させるのです」
ルイーズから指輪を受け取ったケンイチは深くお辞儀をして一歩下がった。
「……ありがとうございます。この指輪は丁重に扱わさせていただきます」
「いいえ……。もう、いいの。その指輪は、もう返さなくても……」
そのルイーズの態度を見て、ケンイチ達は思うところはあったものの、何も言うことはなかった。何故ならすでにイグレイスからその訳は聞いていたからだ。そしてそれを知っている事自体、ケンイチ達はかなり最低なことをしているという自覚もあった。
「すみません。もう時間が迫っておりますので。……失礼します」
ケンイチ達は部屋から出て、今度は当主であるテツロウがいるはずの4階を目指そうとする。ここまでは完全に計画通りだった。あとはテツロウの下まで正面突破をし、ロンゾが“説得”することで、テツロウから審判のラッパを譲る意思を示してもらう。それだけのはずだった。
「若い男にハマって、夫を裏切って失墜させようとする。……いくら先に主人の方に問題があったとはいえ、やる事が昼にやってるような主婦向けのドロドロ再現ドラマかよ」
「「え……?」」
上へ通じる階段に向かう廊下に、黒ずくめのマントを羽織った男が立っていた。しかしケンイチとミクが声を上げたのはその怪しい見た目に対してではない。彼の言った軽口がこの世界の人間では決してあり得ない内容だったからだ。
「お前……まさか……!」
ケンイチはある言葉を言おうとするが、その男はそれを手を上げて遮った。
「おっと!それはこっちの決め台詞だから、先に言わせてもらうよ」
その男が右手を前にかざすと、手の先から大鎌が出現した。
「お前たち……異邦人だな?」
黒づくめの男――”異邦人狩り”ユウキは大鎌の切っ先をケンイチ達に構えながら言い放った。




