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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第14話 お礼の輪
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14-4

「はぁ? 俺が異邦人狩りに教えるだって?」


 シーラからの頼みにインジャは懐疑的な反応を浮かべる。それはユウキも同様であり、ユウキはシーラに尋ねた。


「ちょっと待てって……なんで俺がインジャに教わる必要が……」


「それは……」


 シーラは理由を言うべきか迷っていた。しかしシーラが動いた理由について、もう一人わかっている人物がこの場におり、その人物もシーラに合わせて動く。


「私もシーラと同じ考え。……インジャから教われることは教わった方がいいと思う」


 アオイはユウキの肩に手を置きながら言う。


「アオイまで……」


 シーラとアオイが動いた理由。それはユウキの離人症の対策のためだった。今後もしあのドラゴンと同等の強敵が現れたとき、またユウキにあの状態にさせることは非常に危険度が高かった。そのためにもユウキのレベルの底上げは必須だった。


 理由を言わなかったのはユウキの記憶を戻さないためだった。アオイとシーラはユウキが暴走していた時の記憶を失っていることをケイリンから聞いている。記憶を戻してもいいことはなに一つないため、曖昧なまま話を進めるしかなかった。


「…………わかったよ」


 しかしユウキはしぶしぶながらも承諾した。こういう時にアオイが動いてくれることが、シーラはありがたく感じた。ユウキはアオイにだけは逆らわないことを知っているから。問題はインジャの方だったが、インジャからの返事は意外なものだった。


「わかった受けてやる。ただし手加減はしねえぞ」


「えっ?」


 インジャの返事に逆にシーラが戸惑ってしまい、その反応を見てインジャが怒りながら答える。


「えっ? じゃねーよ! じゃあなんで頼んだんだよ!」


「いや……もうちょい交渉したりなんやりを想定してたから……。一体何で?」


 シーラがインジャに尋ねるが、インジャは顔を逸らして言った。


「……別に。ただ金がもらえんならそれに越したことはねーだけだ。ここの宿泊費を稼ぎに行かなくて済むからな」


「はいはい。……じゃああんた含めて11人分の宿泊費を出せば、それで報酬はOKってことね」


 シーラは部屋にあった自分のカバンから金をとりだすと、インジャの手にそれを差し出した。その額を見て、インジャは訝しげにシーラを睨み、そしてユウキ達に尋ねた。


「……いや、結構な額だと思うんだが、なんでこいつはその金をポンと出せるんだ……。こいつ何者なんだ?」


 インジャの最もな疑問に、シーラ以外の全員が首を横に振り、代表してユウキが答えた。


「いいとこのお嬢様ってこと以外は俺らもわからない……。というかこの中で多分ぶっちぎりで得体のしれない存在だからなこいつ……」


 ユウキの一切取り繕いのない言葉に流石にシーラも怒鳴り返した。


「ふざけんなよ! こんな可憐な少女のどこが怪しいってのよ!」


「「「いや……」」」


 その場にいる全員が、同じ気持ちで言葉を発した。


× × ×


 そういった事もあり、ハイラントにいる1週間の間に、とりあえずの形だけでもインジャから拳法を教わることになったのだった。100kgの荷物を持って山道を踏破したユウキは、山の中腹にある滝の前で、インジャから型を教わっていた。


「俺の拳法は“明神崩玉拳”。1000年以上の歴史を持つ、西大陸の拳法だ。簡単に言やあ適切な速度、角度から打撃を入れることで、身体に伝える衝撃を一切漏らさず、破壊するって流派なんだが……」


 ユウキの動きを見て、インジャは次第に冷や汗を流し、そしてユウキの肩を掴む。


「お……お前……」


「なんだよ……」


「さ……才能が全くねえ……! なんだその動き……舐めてんのか?もしかしてあのなんたらタスが無ければ、運動音痴ウンチだったんじゃねえかお前……」


 ユウキの余りにダメ具合に驚愕するインジャに対し、ユウキはただがっくりと肩を落とす。


「それと同じこと、つい最近も言われたよ……。別に運動はしてない訳じゃなかったけど……センスは確かに無いかも……。そう考えると、俺は一体なんでこんな事になってんだ?」


× × ×


 インジャからの指導を受けていたユウキであったが、どうしても飲み込みが悪く、ユウキも半ば涙目になりながらインジャからの激しい叱責を受けていた。


「だぁーーー!!! だからそこで肘を曲げるんじゃねえよ! 俺も才能があった方じゃねえけど、お前よりは遥かにマシだぞ!?」


「うっ……うっ……!」


 インジャからの厳しい言葉にユウキは憎らしい目を浮かべるが、反論ができなかった。言うことは当然のことながら事実ではあるが、もう一つ理由があった。


「お前なぁ~~~! 爺みたいなへっぴり腰で……! お前何回俺が同じこと言わなきゃいけねえんだ!? 脳みそついてんのか!?」


「うるせー!!!」


 ユウキはついにキレてインジャにパンチを繰り出すが、インジャに簡単に避けられ、そして腕を捻りあげられた。


「あががががが!!! い……痛い……!」


「もうおめーじゃ俺に敵わねえのはわかんねえのか! いい加減学びやがれ!」


「なんか凄いことになってるな……」


 背後から女性の声が聞こえ、インジャはユウキの腕を離して振り向いた。


「なんだよコニールさんよお。俺の指導に文句あんのか?」


 現れた女性はコニールだった。コニールは首を横に振って答える。


「いいや。私も同意見だからだ。まあこの子は大分甘やかされてきたみたいだからな。少し厳しいくらいがちょうどいいだろう」


 コニールは近くの手ごろな石に座り、インジャとユウキの特訓を眺める。どうもやはりユウキの筋は悪く、インジャもあまりにユウキが不器用なために言葉が強くなり、そしてユウキがキレるがインジャに返り討ちに合うを何度も繰り返していた。そしてインジャもいい加減嫌になってきたのか、一旦ユウキから離れていく。


「あー! もういいから! とりあえず俺の言ったことを守ってそこで素振りをしてろ!」


 ユウキは涙を流して顔面をグシャグシャにしながら頷く。そしてブツブツ言いながらひたすらに動きを反復させていた。


「……なんというか、お疲れとしか言えないな」


 コニールはインジャに労うように声をかける。ユウキのセンスのなさはコニールもよくわかっているため、この点に関してだけはインジャに同情的だった。


「ああ……。しかし、あんなボンクラがあんだけの力を持ってるとはな……」


 一度ユウキに完敗したことのあるインジャだからこそ、ユウキのちぐはぐさはよく理解していた。そしてその点はコニールも同様の感想だった。


 ユウキの弱点――それはステータス頼りの身のこなししかなく、実際の戦い方はど素人そのものであること。インジャもそれを分かっていない初対面時はユウキにやられたものの、今はそのことを理解しているため、ユウキの反抗に対し容易に対処ができていた。


「それでも普通の奴なら、あの身体能力を活かして効率のいい特訓ができるだろうが……あのガキはその点の才能が皆無だな。人の話を素直に聞かねえし、考え方の軌道修正がへったくそすぎて自分を振り返れねえし。……簡単に言やあクズだな。あいつは」


 インジャの抜き身すぎる言葉にコニールは目を細めるが、否定できないものもあった。


「ま……まあ、それでもここまでの旅で彼が私たちの主力だったのは事実だ。……この1週間でどれだけ変われるかは彼次第だが……」


 コニールのその口調に、インジャは微かに感じるものがあった。そして今度はコニールに対し、敵意を向けて言う。


「おいお前。もしかして心の中じゃアイツを舐めてんのか?」


「舐めてるって……」


 コニールは否定するように言うが、完全に否定しきるには少し難しいものも感じていた。しかしそれ以上にその言葉がインジャから出てきたことに驚いていた。


「どうしたんだ急に。なんか言っている事がメチャクチャじゃないか?」


「ああそうだ。メチャクチャだよ。あんなガキの存在そのものが、そもそもメチャクチャなんだ。もしアイツがあの力を与えられてなかったら、俺もお前もそもそもアイツを視線に入れることすらしてなかったろうよ」


「それは……! 少し言いすぎじゃないか?」


 コニールは反論するが、インジャは逆にコニールに指を指しながら答えた。


「いんや。俺はともかくお前は絶対にアイツを見なかったな。なんならお前はあのガキを軽蔑する対象になってたと思うよ。お前とは真逆だからな」


「な……! 軽蔑って……!」


「ああそうだ。……逆に聞くがお前はこれまでの人生で挫折したことはあるか?」


「なんだ急に……」


「あんのか?」


「……そりゃあある。だけど……!」


「乗り越える努力をしてきた、だろ?」


 自分が言おうとしたことをインジャに言われ、コニールは押し黙ってしまう。


「お前は努力すれば壁は乗り越えられるタイプだったろうよ。だからパンギア王国一有名な女騎士になったわけだ。その言葉は正しい。努力しなきゃあ、どんな壁も乗り越えらんねえからな。……ただアイツは違う」


 インジャは泣きながら――そしてあからさまに不機嫌な顔をしながら素振りを繰り返すユウキを見て言った。


「あのガキは性根が貧弱だし、才能の欠片もねえ。……そんな奴があんな力を手にしたら、普通どうなる?」


「…………壊れるな」


 コニールはこれまで出会ってきた異邦人たちを思い出していた。彼らは皆、自分の力に酔い、その力を何の躊躇もなく他者に向けていた。――まるで何かに復讐するように。


「だがここまでアイツはそうすることはしなかった。……なるほどね。シーラが俺に異邦人狩りを見ろって言った理由がわかる気がするぜ」


「シーラ……。そういえばあの子もヤケにユウキ君を推していたな……」


「俺がお前らを追う際に聞いた話じゃあ、シーラもそれなりに心が折れた奴だってのは聞いてっからな。おそらく異邦人狩りにシンパシーを感じてんだろうよ」


「心が折れている?」


 インジャの言った言葉の中に気になるワードがあり、コニールはそれを繰り返した。コニールが知っているシーラの人物像からは、全く想像ができないものだったからだ。


「……まあ俺が言いたいことはだな」


 インジャは余計なことを言ってしまったことを自覚し、意図して話を遮る。


「あのガキはそれなりに見所があるってことだ。じゃなきゃあ俺がここまで世話焼いて教えてやったりなんかしねえよ。……別にお前がわざわざ監視に来なくてもな」


 最後の言葉にコニールは図星を突かれ、思わずたじろいでしまう。


「い……いやそんなつもりじゃ……!ただ私は気になっただけで……!」


「わかったならさっさと帰れ。俺の明神崩玉拳は、そんなタダで他人に見せるほど安くはねえんだよ。お前がいると邪魔だから早く消え失せろって言いてえんだよ」


「……わかった」


 コニールは立ち上がって尻を払うと、ユウキにも挨拶せずに山を下りる道へ向かう。そして離れる際にインジャに対して言った。


「その……一つ、礼を言うべきことがある」


「なんだ?」


「……あの子を、ユウキ君を理解してくれてありがとう。……そして私にそれを気づかせてくれたこと」


「ありがとう……か。まさか天下のコニール様にそんな礼を言われるとはな」


 ――不思議だな。コニールは声に出さずにそう思った。ユウキは決してカリスマがあるわけではない。人が特別良いわけでもない。だがシーラもコニールも何故かユウキから目を離すことができず、ここまで来てしまった。


 ただ今のインジャとの話で少しコニールは整理がついた気がした。放っておけないのだ。あの危なっかしい少年を。

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