12-4
この戦いで初めてアオイからユウキへと足を向ける。アオイの逃げないという意思表示であったが、それは悪手としか言えなかった。ここまでアオイは何とかしのいできたが、ユウキがその気になれば瞬きする間にアオイを瞬殺できるほどの力の差があったからだ。
しかしアオイは逃げる気は一切ない。それどころかあと1分以内にケリをつける気でいた。――そうしなければ、ユウキの身体が持たないとわかっていたからだ。ユウキの全身の出血は傍から見てもおびただしいものになっており、同時にユウキはそれを一切“気にしない”で暴れていたからだ。まるで痛みを感じていないように。
「ユウキィィィ!!!」
アオイは隠し持っていた大砲の弾を取り出す。ただこの弾はただの弾ではなく、ある仕掛けが施されていた。それはユウキにも見せたことがなく、この洗脳されていた数日間の間にイサクに連れられて城を見学していた時に見つけたものだった。
「イサクの奴に能力を受けていた間、あんたを止める方法は何通りも考えてた! その一つがこれよ!」
アオイが大砲の弾を瞬間移動で飛ばす。そしてそれはユウキを数m前で出現して、そのまま慣性で飛んでいくが、飛んでいる最中に弾が二つに割れ、弾の中に込められていた鎖が現れた。
「本来は船を壊すための弾らしいけど、これ見たときピンと来たのよね! 私が使えば、そのまま敵を捕らえるのに使えるって!」
ユウキは突如現れた鎖に反応が遅れ、避けようともするが鎖の範囲から逃れられずに身体に鎖が絡まって倒れる。しかしそれだけであり、ユウキの力をもってすれば簡単に破れるものであった。無論、それはアオイも認識していた。
「ウェイル!」
アオイは魔力を集中させると、シーラから習った水魔法を唱え、倒れたユウキの真上から水を出現させる。洗脳されていた時も、この魔法の訓練は欠かしたことがなかった。そしてシーラに教わっていた時より、はるかに魔法の精度は上がっていた。
倒れたユウキに水の塊がぶつかっていき、ユウキを水の中に閉じ込める。普通だったら簡単に脱出できる程度のものだが、今のユウキは全身がボロボロであり、鎖で身動きが封じられ、かつ地面に倒れていた。
「お願い……これで落ち着いて……!」
ただアオイもこれでとっておいた隠し玉は全て出し切った。もう秘策なんてものもない。これでダメだった場合、真正面からユウキと相対することになり、そうなったときの末路は容易に想像できるものだった。――しかし。
「うがああああああ!!!」
ユウキは水の中で鎖を破ると、そのまま地面をたたいて道路を壊し、その穴からユウキを閉じ込めていた水が流れ出してしまった。
「……ちくしょう」
アオイも今の一連の魔法で魔力を大量に消費したためか、極度の疲労感が全身を襲い始めていた。まだ魔法初心者ゆえに、その辺りの調整が全くできていなかった。
「ユウキ……みんな……ごめん……」
アオイは膝をついてユウキを見る。ユウキは全身がずぶ濡れになりながらも、まだ何かを破壊しようと前を向いて進もうとする。
「ううぅぅぅ……!!!」
ユウキがアオイを見て、こちらに向かってくる。完全に無意識のただ目の前に何かがあるから向かってくるような足取り。――アオイは先ほどの言葉とは裏腹に全く“諦めて”はいなかった。シーラから評された非常に硬い意思は、まだ萎えていなかったのだ。
「……ごめん。もうこれが“最後の手段”だ」
アオイは足元にあった瓦礫を左手で握ると、それを瞬間移動で飛ばす。その先は近くの建物であり、本来ならそんな瓦礫を飛ばした程度で何かが起こるわけではなかった。しかし今、その建物はドラゴンやユウキがぶつかった影響で、ボロボロに崩れかけており、危ういバランスで保たれていた。そしてそのバランスをとっていた箇所にアオイは衝撃を加えたのだった。
「ユウキ……せめて一緒に……!」
建物が崩れだし、瓦礫がアオイの上から降り注いでくる。それだけではユウキは倒せない。しかしアオイはあと一つだけ仕込んでいたことがあった。
「ウェ……イ……ル……!」
なけなしの魔力を振り絞り、アオイは水魔法を唱えて水の塊を出す。そして同時にアオイは地面を左手で触り、削れる限りの地面を削って、数メートルの陥没した穴を作り出した。そして自分とユウキを一緒にその穴に落とす。
穴に落ちていった二人は体勢を崩し、ようやく抱き合う形で接近することができた。時間にして3秒もなかったが、二人は顔を合わせ、互いの目を見あうことができた。
「……一緒に、死にましょう」
そして3秒後に、事前に崩しておいた瓦礫が上から降り注いでくる。ユウキの頭にそれが思いっきりあたり、ユウキはその衝撃でもんどりうった。間髪いれずに今度は水が穴に流れ込み、最後にアオイが飛ばした地面の土塊がその上に被さるように落ちてきた。
瓦礫が頭にあたり下にいる自分に倒れこんできたユウキを、アオイは優しく抱きしめた。
「ほんと……なんでこんなことになったのかな……。私も、あんたも、もう少し器用だったら……こんなことには……」
生き埋めになる寸前、アオイに抱きしめられたユウキの目に光が戻った。そしてアオイをかばうように、ユウキの方からもアオイを抱きしめる。
「ア……オ……イ……」
――そして二人の結城葵は穴の中に沈んでいった。
× × ×
コニールとシーラの二人はいまだ避難誘導を続けていた。しかし破壊音が落ち着いたことと、空にドラゴンの姿が見えなくなってきたこともあり、二人もようやく何か異常な事態が起きていることがわかっていた。
「おかしい……ドラゴンの姿が見えない?」
コニールがユウキ達がいるであろう方角を見ながら言うが、コニールが挙げた疑問にシーラは横から回答する。
「……もしかして、兄さんがドラゴンを倒したのでは……?」
「まさか!?」
コニールは信じられないとばかりにシーラに言う。
「人間じゃ大型の魔物を倒すなんて、不可能なんだぞ! それに彼は逃げると約束してくれた! そんな無茶をするようなことなんて……!」
「でもそれ以外に考えられる? もし兄さんのおとり作戦が上手くいってても、まだドラゴンが見えてなきゃおかしいんだから。……それに想定外なんていくらでも起こりうる」
「だけど……!」
そう二人が話しているうちに、ドラゴンが暴れていた方角から人影が一つ、こちらに向かってきていた。コニールとシーラはその人影に気づき、それを注視する。
「まだ逃げ遅れていた人がいたのか……!」
「いや、逃げ遅れたっていうには随分がっちりしてるけど。……あれは」
シーラの指摘は正しかった。その体格は避難“民”といった体格ではなく、そしてその姿はコニール達にも見覚えがあった。
「まさか……インジャ!?」
その人影はインジャのものであり、コニールとシーラはインジャの下へ駆け寄っていく。本来は敵同士でもあったが、インジャの部下が避難誘導に手を貸してくれていたこともあって、二人は敵意を持たずに話しかけた。
「あんた……今までどこ行ってたのよ?」
「どこって……てめえ! 城の奴ら放置して、ドラゴン追っかけに行ってたのはお前らだろうがよ!」
「「あっ」」
二人とも今の今まで、イサクを包囲するために集めた、イサクの能力の影響を受けていないと思われていた男性陣と女性のことを忘れていた。二人とも現場を見ていなかったので実感としてなかったのだが、イサクの策略で同士討ちが起こっていたことだけは聞いていた。
「あんた……それを抑えていてくれたの?」
シーラの指摘にインジャは気まずそうに顔をそらす。その沈黙がシーラの質問にYESと答えていた。
「……やつらは城の地下シェルターに入れてある。町に出るよか安全だったはずだ」
「おったまげた……」
まさかインジャが救護活動をすると思っていなかったため、シーラは驚愕の言葉を漏らした。そして驚いてのけぞった際に、インジャの後ろに何か荷台があることに気づく。
「……なにそれ? まさか火事場泥棒でも?」
シーラは荷台を覗くと、そこには予想していなかったものが載せられていた。
「え……!? 兄さんに、姉さん!?」
「何!?」
シーラの驚きぶりにコニールも慌てて荷台を覗くと、そこにはユウキとアオイが並んで寝かせられていた。二人とも意識は失っているものの、安静にさせられており、特にユウキは重傷ではあったが命に別状はなさそうであった。
「暴走した異邦人狩りを止めるために、アオイが一緒に心中しようとしてたところを助けてやったんだ。文句言われる筋合いはねえぞ」
ユウキ達を引き渡したインジャは役目を終えたとばかりに手を振って離れていく。
「じゃあな。ここに居ても町の復興やらなんやらで面倒ごとに巻き込まれるだけだからな。さっさと退散させてもらうぜ」
「ちょっと待て!」
去ろうとするインジャをコニールが引き留める。
「んだよ」
「なぜユウキ君たちを助けた? それにお前の部下に町の避難の手伝いをさせた? 確かに私たちはイサク討伐にお前を無理やり協力はさせたが、そこまでする義理は……!」
コニールの問いにインジャは舌打ちしつつ答える。
「ちっ……。わーったよ。言ってやる。今回のこの町の件に関しては、あながち俺も無関係ではなかったって事だ。イサクを倒して、町を守るのが俺にとっても大事だったんだよ。……それにだな」
「それに?」
「…………そのボウス達に礼を言っといてくれ。“助かった”ってな」
「助かったって……何よ?」
シーラは尋ねるが、インジャは何も答えずに去っていった。二人はこれ以上尋ねても無駄だと判断し、荷台に寝ているユウキとアオイの身体を起こし運ぼうとする。その時、ちょうど夜が明け、朝日が町に差し込み始めた。
「朝……か……」
その幻想的な光景にコニールは思わず漏らす。朝日なんて何度も見てきたが、この非常に長い夜を終えて見る朝日は、とても胸に来るものがあった。
「ねえコニール。ちょっと話があるんだけど」
シーラは心痛は面持ちでコニールに話しかける。
「なんだ?」
「ここにあのエロ爺がいないって事はさ、多分あの爺は……」
「…………ああ」
シーラが挙げた予想にコニールはさほど驚かないで答えた。コニールもなんとなく予想はしていたことであり、別れる前のトスキの態度から、命を覚悟していることはわかっていたからだ。
「……今はとりあえず二人を運ぼう。いろいろ考えることがあるかもしれないが、今はまず二人を休ませてあげよう」
「……そうね。そうすべき」
コニールとシーラはユウキとアオイをそれぞれ背負うと、避難所へと向かっていった。全員が疲れ果て、町に破壊の跡が残る中、静かにオレゴンでの戦いの終わりを迎えたのだった。




