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イサクがオレゴン領を奪うにあたり、反発が無かったわけではない。国中の女性を手玉に取れたとしても、無論のことながら男性も数多くいるのだから。しかしオレゴン領はトスキの個人的嗜好の影響で強い権力を持った女性が多く、領全体として女性が強い面があった。
イサクは自分の能力の有用性に気づいてから、好感度に調整ができることを知り、能力の影響下に置きながらも、普段と変わらない女性を多く用意することでクーデターの準備を整えていった。
そして決行当日に要職に就いている女性をすべて自分の味方にし、反発してきた男たちはイサクの異邦人としてのステータスで蹴散らしていった。その中には自分の師匠であったトスキも含まれていた。魔法の使い方やそれを利用した戦い方を教えてくれたとはいえ、イサクにとってトスキは敵ではなかった。
そしてトスキが敗れたことで、反抗勢力もすぐに大人しくなり、イサクの好き放題にオレゴンは荒らされていった。そして今――
× × ×
異邦人狩りが目の前にいる。今度は逃げ場もなく、囮に使える女もいない。ラルダインも呼んではいるが、到着まであと5分はかかる。先ほどは不意打ちで時間を稼ぐことができたが、次もそれができる保証は何もなかった。
「ラ・アイラス!」
イサクは地面に手を当てながら、広範囲用の氷結魔法を唱える。周囲に氷の壁が出現し、イサクとユウキの間を氷で塞ぐ。
「無駄だ!」
しかしその壁は何の意味をなさず、踊り場から飛び降りたユウキは氷を砕きながらイサクの逃げ道を塞ぐように着地した。
「いいのか?その氷はわ……」
イサクは罠を示唆することでユウキの足を少しでも止めようとした。が、ユウキに止まる理由は一切なく、躊躇なくイサクへと距離を詰める。
「時間稼ぎとか無駄だからな!? 一刻も早くお前を止めて、町の被害を最小限に抑える! 町にはコニールさんやシーラもいるんだ! 今はそれが最優先だ!」
「くそっ……! ファイエル!」
イサクは火炎魔法をユウキに放つが、ユウキは瞬間的に移動し、その炎を簡単に躱した。
「なら……ドナール!」
次は電撃魔法を放つが、ユウキが剣を一振りすると電撃魔法は弾かれてしまった。
「あ……あああ……これなら……ヴァイン!」
イサクは風魔法を放ち、ユウキを切り裂こうとする。しかしユウキが羽織っていたマントと手に取り思いっきり振ると、その魔法の風ごと払ってしまった。
「……それで終わりか?」
「ば……化け物がぁ……!!!」
詰めてくるユウキにイサクは悪態をつきながら怯む。しかしその前にアオイが立ちはだかってイサクを庇った。
「やめてユウキ! イサク様にそれ以上乱暴しないで!」
自分の前に立ったアオイを見て、イサクは唇を歪めて笑った。
「ハ……ハハハッ……! アオイ……助かったよ……! やっぱり、君が僕の一番の理解者だ……!」
「イサク様だって、別に人を殺したいわけでも、この町をめちゃくちゃにしたいわけでもない……! 話し合えばわかるって……! だから……!」
目を潤ませながら訴えるアオイに、ユウキは感情を込めずに言う。
「……大丈夫だ。3分後には“忘れてる”から」
「え……?」
ユウキは目にも止まらぬ速さでアオイの背後を取ると、薬品をアオイの両腕を取って手錠をかけた。
「え!? 何!? ユウキ!?」
「エロ爺さんの悪趣味でこんなものまで開発してるとは……。治安目的じゃなくて、そっち目的で作ってから官憲に卸すってどういうルートだ……」
ユウキは事前にトスキの開発した手錠を受け取っていた。イサク側からしたらアオイを人質に使わない理由はなく、イサクの能力を影響を受けたアオイがイサクを庇うことは想像がついていた。そのため能力――手を使えなくするために、手錠を使用することにしたのだった。
ユウキはアオイを床に寝かせ、足も縛って動けなくする。
「ちょっとだけ我慢してくれよな。すぐ終わらせるから」
「ぐっ……!」
イサクは尻もちをついて、何とかユウキから逃げようと這いずり回る。しかし自分のステータスより圧倒的に上回っているユウキに対し、イサクができる事はそうそう無かった。
「待て……! そうだ、アオイから聞いたぞ! 元の世界に帰る方法を探しているんだろう? だったら、私が……僕がシープスタウンまで案内するから! 今の君たちじゃ、どうやって行くかも方法がわからないんだろ!?」
ユウキは何も言わず、剣を握りなおす。この剣にはすでにトスキの手で不殺魔法が掛けられており、ユウキも躊躇なく振ることができるものだった。
「じゃ……じゃあ他の異邦人の情報はどうだ!?僕が知らないようなことを知ってる異邦人だっているかもしれない! 異邦人狩りである君には必要な情報だろう!?」
ユウキは何も答えずにイサクへと歩みを進めていく。イサクは今にも泣きだしそうになりながら命乞いを続けた。
「わかった! 僕のお気に入りの女の子を君にも渡すから! 僕の命令ならなんでも聞くから、君に身体を開くようにだって命令できる……! 君だって、少しは楽しみたいだろう……エ……エヘヘ……!」
「……もう黙ってろ」
ユウキは剣を振りかぶってイサクに冷徹な表情を向けながら言った。
「お前を見てると虫唾が走ってくんだよ……! お前のような奴は……!」
「本当に僕を倒していいのか考えてみろ! 僕を倒したらあのドラゴンは……!」
ユウキは構わずに剣を振り下ろし、イサクの脳天から剣を叩きつけた。不殺魔法の効果故に血が噴き出したり等はしなかったが、その威力にイサクは頭から地面に叩きつけられ、そしてピクピクと痙攣して動かなくなった。
「……これで終わった」
ユウキは近くで倒れているアオイを見る。
「アオイは!? 無事か!?」
イサクを倒せば能力が解除されるという予想はしていたとはいえ、実際にそれがどうなるかは、やってみないとわからない点があった。どういう影響が起こるのか、ユウキは不安になってアオイを抱き起こす。
「アオイ……大丈夫か?」
「…………」
アオイは答えずに目を閉じたままうなだれていた。
「アオイ! 目を覚ましてくれ! もうお前を操ってた奴は倒したんだ! アオイ!」
「…………」
なおも起きないアオイに、ユウキは半泣きになりながらアオイの肩をゆすった。
「おいアオイ! 頼むよ起きてくれ!」
「…………だったら手錠外してよ」
アオイは不機嫌そうにユウキに言う。アオイからの反応があったことで、ユウキは破顔してアオイを抱きしめた。
「よかった……アオイ……! 無事で……!」
「ぐ……ぐるし……し……死ぬから……!」
ユウキはアオイからの文句で力を籠めすぎていたことに気づき、慌てて離した。そして手錠のカギをポケットから取り出すと、アオイの手首にかかっていた手錠を外す。
「ご……ごめん!」
気まずそうに眼をそらすユウキに、アオイは頬を撫でてやりながら言う。
「……ううん。いいよ。……なんか長い夢を見ていた気がする。ただ夢の内容は鮮明で、思い返すたびになんで自分がこんなことをしていたのか、よくわからないものだけど」
「……夢って、そんなもんだろ?」
「そうね……。これも、夢なのかな。この世界に私……いや、“俺”と“俺”がいて、こうやって嘘みたいな冒険して」
「……そうかもな」
ユウキはそれ以上何も言えなかった。それはユウキも思っていることで、たまにフワフワと何もかもわからなくなることがあるからだ。落ち込むユウキを見て、今度はアオイからユウキを抱き寄せる。アオイの胸に顔を押し付ける形になったユウキは最初は赤面して顔を放そうとするが、すぐにそのまま落ち着いてしまった。自分を抱き寄せるアオイの腕が震えていたからだった。
「……迷惑かけて、本当にごめん。…………ただいま」
震えるアオイの腕を落ち着かせようと、ユウキもアオイの背に手をまわし、今度こそは優しくその背を抱いた。
「ああ……おかえり」
「兄さん! やっと見つけた!」
その二人の雰囲気をシーラの声がかき消した。しかし二人は文句も何も言わなかった。その声があまりにも真に迫っていたからだ。
「どうした!? こっちはイサクを倒したところだけど……!?」
「倒した……!? だから突然ああなったのか!?」
ユウキはシーラと、その後ろにいるコニールの様子を見て、何かとんでもないことが起こっていると察した。二人ともかいている汗が尋常ではなく、ここまで全力疾走で走ってきたことを示していた。
「ユウキ君、それにアオイ君。今すぐ君たちの手を借りる必要が出てきた。急いで準備してくれ!」
「待ってください! 一体何が起こっているんですか!?」
ユウキの問いに、コニールが悲痛な面持ちで答える。
「ドラゴンが、町で暴れている。……それも無差別にだ。すでに多くの住民に被害が出ている」
ユウキは倒れているイサクを見る。ユウキの攻撃でHPが0になったのか足元から姿が消えていっていたが、その表情は見ることができた。――まるで勝ち誇ったような顔を。
「くくく……だから言ったろ? 僕を倒していいのかって」
そのイサクの声は、全てがどうでもよくなった自棄の感情で占められていた。まるで世界を破滅させても、何も感じさせないような――。




