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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第10話 剥き出しになる邪悪
40/120

10-4

 トスキを背負ったユウキは、人ひとりを背負ったまま脅威的なスピードで壁を駆け上がり、城の屋上まで来ていた。


「ここまで来たけど……一体どうしたら……!」


「待て……今準備する」


 トスキはユウキの背から降りると、地面に魔法陣を書いて準備しはじめた。


「……50年前に、私はこの東大陸全域を脅かしていた魔物の軍団を退治した。ただこの事を知っている人間はもう数少ない。……あまりに凄惨な戦いで、私は自分が関わっている事を誰にも言わなかったし、後の時代に残すことすらしなかった」


「確かに。色んな魔物の事は話を聞いていたけど、あまり道中出会うことはなかったな。会ったことがないわけじゃないけど、聞いていたほどじゃなかった」


「私が……ほとんど根絶やしにしてしまったからだよ。思えば、これも異邦人が呼ばれた理由かもな。私は魔物を倒すことに情熱を捧げてしまい、結果的に生態系を大きくかき乱したのだから」


「で、それが今何の関係があるんだよ」


 ユウキが尋ねると、トスキは魔法陣を書き終わり、ユウキに再び身体を預ける。


「その根絶やしにした魔法の一つを今から使うという事だ」


 トスキが魔法陣に魔力を込め始めると、城全体に魔力が行き渡りはじめ、そしてそれは付近の地面にまで巡り始めた。それと同時にトスキは血を吐き、足に力を失い倒れそうになる。


「ゲホッ! ゲホッ!」


「お……おい爺さん!?」


「大丈夫……怪我した身で魔力を使いすぎただけだ……!」


 トスキはユウキの肩を借りると、屋上の縁から身を乗り出して周囲を見渡す。


「今使ったのは索敵魔法陣。私が魔物を探すのによく使用していた魔法だ。これはロマンディ家の魔法体系には属さず、南大陸における魔法陣術だ。……昔の仲間から教えてもらってな」


「そうか……今まで魔法は何度か見てきたけど、まだ色んなものがあるんだな……」


 トスキの使用した魔法に感心したユウキを見て、トスキは薄く微笑みながら言った。


「ああ、そうだ。この世界だって、向こうの世界に負けないくらい広いんだ。東大陸全体を見たって、この世界の4分の1……いや大陸同士の大きさで見れば6分の1でしかない。その大きさに負けないほどの数の文化だって、この世界には存在する。……前に言ったこと、覚えているかね」


「どのことだ?」


「君のステータスの事だ。確かに君のステータスは並ぶ者のない、最強のものかもしれないが、あくまでステータスとは人間の限界値だ。君と同じように動ける人間は、この世界に数多く存在する、と」


「ああ……そうだな」


「だから、君も自分があまり特別だと“気負わなくて”いい。どうせどこかで現実に突き当たるのだから」


 トスキのその言葉に、ユウキは心が強く痛んだ。自分が思っていたことを覗かれたような――それでいて安心感があった。ユウキの固まった表情を見て、トスキは励ますように言う。


「そのくらいの歳で、そういった感情はあって然るべきだよ。……私の場合は止まらないままここまで来てしまったがね……よし、見つけた」


 トスキは目を瞑り、索敵魔法で見つけたイサクの様子を探る。


「……今、イサクは1階の大広間にいる。……何?君によく似た女性が隣にいるが……?」


「俺に似た女性……? アオイだ! なぜアオイを連れて!?」


「彼女がアオイ君か……しかしアオイ君だけは他の女性と違って暴走していないのか……? 何が目的なんだ……?」


「なんにせよ、奴の居場所は分かったわけだ。このまま町に出られる前に、先回りしてこのふざけた事態を終わらせるんだ……!」


× × ×


 イサクはユウキ達から逃げ出した後、アオイを連れ出して大広間から町へ逃げだそうとしていた。部下は呼ばずアオイと二人っきりだった。下手に他の女性を呼んでしまうと、アオイが襲われる危険性があったからだ。


「イサク様!? 何が起こってるんですか!?」


 部屋で待機していたら突然連れ出されることになったアオイはイサクに尋ねる。イサクは大量の汗を流しながらアオイの手を引っ張っていく。


「……侵入者が現れてな。今はとりあえず避難するんだ。なに、ラルダインが来れば、すぐに侵入者は追い払える……!」


「侵入者……? もしかしてユウキが来たんですか?」


 アオイがユウキの名前を出したことに、イサクがカッと頭に血が上り、アオイの肩をつかんだ。


「いいか! あいつの名前を呼ぶんじゃない! もうあいつはこれから死ぬんだ。その名前を憶えていたところで、無駄なんだよ!」


「ユウキが死ぬって……そんな待ってください1」


 アオイの変わらないユウキへの感情に、イサクはただ混乱するしかなかった。今まで何人もの女性に能力を使い、誰もが元の男を捨てて自分に靡いたのに、なぜかアオイだけがユウキへの思いを捨てずにいた。


 それがアオイの特殊性によるものか、もしくは心が相当に強いのか、判別はつかなかったが、イサクには困ることがあった。それはイサクにとって、アオイは非常に魅力的であるという事だった。


「……私にとって君は特別なんだよ。だから今だけは私の言う通りにしてほしい」


 他の異邦人の女性に会う機会はあったが、どうもイサクの好みから外れており――というよりは自分勝手な女性が多く、能力を使ったところで性格にまで影響を及ぼすものではないので、ウザったくなって捨てることが多かった。


 そしてエルミナ・ルナの女性は確かに魅力的な容姿の女性が多かった(単にそういう女性しか目に入れてなかった)が、その中に日本人的な女性はいなかったこともあった。トスキの娘たちもハーフであるためか、エルミナ・ルナの女性の特徴が多く出ていたからだ。


 そんな中で、異邦人にも関わらず素直で大人しく、日本人的な見た目のアオイはイサクにとって殊更魅力的に見えていた。これまでの4日間で話し合った中で、元が男で――あまり活発的な方でなかった過去があるためか、イサクにとってもアオイの話は共感できるものであった。


「このまま一度町に逃げれば、あいつらは絶対に追ってこれない。そうすれば君と二人で一緒に暮らせるんだ。君と結婚できるなら、私はこの領地を捨てたってかまわない」


 イサクの真剣な言葉に、アオイの心は大きく揺さぶられた。昼にもあったイサクからの求婚。その時は受けることができなかったが、今この状況でこの言葉には嘘がないと、アオイも直感できてしまっていた。


「イサク様……!」


 能力により正常な判断能力が失われているアオイは感激して涙を流す。そしてイサクに抱き着こうとするが、その瞬間ある声がそれを止めた。


「全くふざけた話だよな! 何にも苦労しないで、ただ機械をいじるだけで人の心を操って、飽きたら捨てるなんてよ!」


「その声は……!」


 大広間に響き渡る声にイサクは動揺してあたりを見渡す。深夜の城には必要最低限の人員しかおらず、そのそれらも今の騒動で出払っているため、普段からは想像できないほどに静寂に包まれていた。だからこそその声は――ユウキの声はよく響き、その居場所の特定を困難にさせた。


「俺はなぜかこの世界に来てから女の知り合いばっかできてよ! 今までろくに女の子と話してこなかったからどうしていいかわかんねえってのに、会う女性が全員やけに天才とかそういうのばっかで疲れるんだよ! お前みたいに頭空っぽにして、欲望のままふるまえたらどんだけ楽かってのも考えたけどよ! そういう訳にはいかなかったんだ!」


「……凄い恨み節が乗っかっているな……」


「トスキか!?」


 呆れたようなトスキの声が聞こえ、イサクはトスキの名前も読んだ。響き渡っているユウキの声は発生源が特定しづらかったが、トスキの声は静かなものだったため、イサクはようやくその声を場所がわかり、その方向を向く。大広間の2階の踊り場に、ユウキと背負われているトスキがいた。月明かりに照らされた窓の光を背後にし、二人は一階にいるイサクを見下ろしていた。


「そうしなかった理由はアオイがいたからだ。……俺にとってアオイは特別なんだ。アオイがいるから、俺は俺のままでいられた。アオイの前で、失望させるようなことをしたくないと思ったから、ここまで来れたんだ」


「ユウキ……!」


 アオイは目を潤ませながらユウキを見上げる。これだけイサクの能力を受けてもアオイがユウキへの思いを失わなかった理由も同じだった。アオイにとってユウキだけが、彼女の唯一の理解者だった。その思いだけは、決して揺らぐことはなかった。


「この……異邦人狩りがぁ……!」


 イサクは恨みを込めた声でユウキに悪態をつくが、ユウキも剣を抜いてイサクにそれを向けながら言う。


「だからよ! アオイは返してもらう。ここでお前を倒して、町の被害を食い止めてな! それが俺の……”異邦人狩り”の”使命”ってやつだ!」

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