10-1
ユウキが庁舎の屋上に立て籠もってから12時間が経過していた。最初は野次馬も多く集まっていたが、兵士が庁舎を囲うために住民を退去させたのと、日がどっぷりと暮れ、夜も深くなってきたこともあり、周囲には兵士以外誰もいなかった。
ユウキは物陰に隠れながら食事を行っていた。この12時間の間、嫌がらせは続いており、絶えず石を投げ込まれたり、定期的に矢が飛んで来たりしていた。火を投げ込まないのは庁舎を燃やすのはマズイと判断しているためだろう。ユウキの体力は着実に削られていたものの、その意志は萎えていなかった。
「まだ……時間を稼ぐ必要があるんだ……!」
消耗した体力を補うように普段以上に腹に食い物を押し込む。これだけ体力を回復させる目的で食事を取ろうとしたのは、スポーツに熱中していた小学生以来だと思い出していた。
「そんなに長くなるわけじゃない……今は耐えるんだ……!」
× × ×
イサクは寝室からユウキの立て籠もっている庁舎の屋上を望遠鏡で覗いていた。もう深夜でいつもなら女性を侍らせている時間帯ではあるが、強襲を警戒してか着替えもせずにユウキの様子をうかがっていた。
「くそ……あいつは何が目的なんだ……!」
昼にトスキと話した、自分の体力を削る目的というのが真実味を帯びてきていた。部下に監視を任せてはいたものの、ユウキ以外にもトスキやコニールといった別動隊を気にしなければならないのは予想以上にストレスだった。
「イサク様……すみません」
ドアがノックされ、イサクはその音に過剰に反応してしまう。
「なんだ!」
ノックしたのは宿直を担当していた侍女だったが、イサクからの怒鳴り声が聞こえてきて竦んでしまう。その様子を見て、隣にいた黒い影が中にいるイサクを煽るように窘めた。
「おいおいおい領主様よぉ。なんか妙に焦ってるじゃねえか。何かあったのかぁ?」
その声を聞き、イサクは舌打ちをしながら返事をする。
「なんだ……貴様かインジャ」
イサクがドアを開けると、インジャがニヤニヤしながら部屋の前に立っていた。
「よう領主様。お困りのようじゃねえか」
「……入院していたと聞いていたが、怪我はもういいのか?」
「おうよ! ……で、立て籠もってる異邦人狩りが気になって仕方ないってか?」
「ふっ……わかった。部屋に入りたまえ」
インジャが部屋に入ると、イサクは首で合図をして外にいる侍女も中に入れさせる。そして侍女にお茶の準備をさせながら、インジャとイサクは窓から外を眺める。
「あそこに異邦人狩りがいるわけか。……昼から立て籠もってるんだろ?」
「そうだ。兵士には異邦人狩りと戦わないように指示しつつ、継続的に嫌がらせをさせてはいるが、あいつの目的が読めない」
インジャは窓を開け、身を乗り出してユウキのいる庁舎を観察する。
「……常識的に考えりゃあ、いるはずのあいつの仲間に闇討ちさせるために、注意を引いてるだけだろうな。なにせお前はあの異邦人狩りの片割れを人質に取ってるんだろ?」
「……そうだ」
イサクはそう返事をするが、その表情は不満げではあった。
「“人質”という言葉は不適切だがな。彼女は私の大切な女性だ」
「はいはいそうですかい」
インジャはアオイと身の上について話をしたことがあり、その際にアオイが元々男だったことを知っている。確かにインジャから見てもアオイはかなりの美少女ではあったが、どうしてもそこは引っかかるところであった。イサクは無論その事を知っているはずなので、女ならなんでもいいのかと、インジャは内心不快感を感じていた。
「まぁ、あのままあと数時間すれば、異邦人狩りは音を上げて行動を移すだろうよ。で、お前はあと数時間で来るであろう敵襲に怯えているわけだが……」
「なんだ」
「俺が奴らからあんたを守ってやるよ。あいつらの顔は知っている。部下も10人以上いるから、見回りで守る分には問題ない」
「……だが貴様はあいつらに負けているだろう。そんな奴を信用できると思うのか?」
「俺が負けたのはあの異邦人狩りのめちゃくちゃな強さにだ。他のコニールやトスキなんかには負けやしねえよ」
イサクは目を細めて考える。この野蛮人に守りを任せるのは、強さの面だけでなく、単純に仕事をするかという面でも不安であった。だが現在城にいる人員を全員集めたところで、おそらくインジャに片手で薙ぎ払われるくらいの守りの薄さであることも事実だった。
「……わかった。報酬はそちらの言い値を払おう。君たちなら心強いのは間違いないしな」
「へへへ……毎度あり。じゃあ今晩の守りは任せてくれよ。領主様」
インジャが部屋から出ていくと、イサクは侍女を手で払って一緒に出ていかせる。そして部屋に一人になったイサクは深くため息をついて椅子に腰を下ろした。
「はぁ……これで少しは気が休まるか……」
× × ×
部屋から出たインジャはドアを閉め、一緒に出てきた侍女と一緒にしばらく廊下を歩く。そして周りに誰もいないことを確認すると、侍女に声をかける。
「おい、何か落としたぞ」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
インジャから指摘され、侍女は後ろを振り向くが、その瞬間意識が飛ばされ、前のめりで倒れてしまう。地面にぶつかる前にインジャは侍女の身体を抱えてやると、近くの壁に身体を預けてやった。
「ふぅ。とりあえずこれで騒ぐ奴はいなくなったな」
瞬間で侍女を気絶させたのはインジャだった。そして歩いてきた廊下を振り向き、励ますような声で一人つぶやいた。
「ここまではやってやる。あとはてめえだけでやれよ。異邦人狩り」
× × ×
庁舎の屋上で立て籠もっていたユウキは城の一室の窓が開き、明かりがチラつくのを確認した。――それは事前に決めていた合図だった。ユウキは最後に水を一気に飲み干すと、顔を腕でゴシゴシと擦り、目を覚ます。
「よし! “そこだな”!」
ユウキは庁舎の屋上から一足で跳躍すると、町の屋根伝いに城へと近づいていく。周囲を見張っていた兵士たちはユウキの突然の行動に反応しようとするが、圧倒的速さで進んでいくユウキに追いつくことができずに逃がしてしまった。
そしてユウキはあっという間に城の前まで着くと、壁伝いに飛び乗っていき合図のあった窓まで登っていく。そしてその窓まで到着すると、剣を取り出して窓を思いっきり突き破った。
「おらあああああ! 変態デブ野郎! アオイを返せえええ!!!」
「な……!?」
突然窓から部屋に入ってきた異邦人狩りに、イサクは反応すらできずに立ち尽くしてしまう。そしてその隙をついてユウキは一気に勝負を決めようと剣を振りかぶった――。
× × ×
――4日前のトスキの隠れ家における作戦会議。ここでシーラはケイリンにある相談をしていた。
「ケイリンさんは医者なんですよね?」
「ええ、そうよ。あのイサクによるオレゴンの乗っ取りの際も、ほかの町に出張診療に行ってたから無事だった」
「それが作戦に何か関係あるのか?」
コニールはシーラに尋ねるが、シーラは頷いて答えた。
「ええ、これは有効に使える。……インジャの奴がどこにいるのか、自然に調べることができるから」
「インジャを……? どうして?」
シーラはコニールからの問いをいったん保留し、次はトスキに質問をする。
「爺さん、あんたが持ってるそのスマホってやつ。兄さんから離れた人と話せるって聞いたけど、イサクの奴と話すことはできるの?」
「……ああ。イサクの連絡先は入っている。……というよりイサクとシズク君の二人としか電話できないんだが……」
「そうなのか?」
トスキの言葉に今度はユウキが反応した。トスキはスマートフォンを取り出すと、ユウキにそれを渡す。
「正直なところ私は機械がよくわからないんだ……。私が来たのは昭和50年くらいのころで……。まだその時には携帯すらなかったんだぞ」
「昭和50年……っていうと1970年代か……? ファミコンすらなかった時代かよ……。そんなおじいちゃんが携帯すっ飛ばしてスマホは確かにきっついな……」
「シズク君やイサクにとりあえずの使い方は習ったが、それくらいでよくわからんのだ……。このスマートフォンも1年前にシズク君にもらったものではあるんだが。持ち主の魔力で充電するから、持ってる限り電池切れを起こすことはないとは言っていたが……」
「なるほど……確かに連絡先に二人しか名前がない……。アプリも初期設定のまんまだ……。ネットも繋がってないけど、電話だけはできるみたいだな……」
ユウキは1月ぶりに弄るスマートフォンに感動して、夢中になって色々と操作をしていた。久しぶりに文明の利器に触れることができ、自分が日本人であることを思い出すことができていた。
「……兄さん、兄さん。楽しいのはわかりますが、今は私の話聞いてくれます?」
シーラから指摘を受けて、ユウキは赤面してトスキにスマートフォンを返した。そしてシーラは作戦の説明の続きを行った。
「インジャの奴はイサクと会っていて、兄さんの捕縛の手伝いにイサクを連れていました。……どっちが手伝わせる立場かはわかりませんが、この二人は協力関係にあると想像できます。そして、今インジャの奴も兄さんに叩きのめされて、病院の世話になっているでしょう」
シーラはまずケイリンを指さした。
「そこでケイリンさんに医者の立場でインジャの居場所を探してもらいます。私たちが下手に動くと怪しまれますが、ケイリンさんならそこは自然に行えるでしょう。そしてインジャに協力を取り付けます」
「協力だって?」
ユウキがシーラに尋ねると、シーラは今度はユウキを指さした。
「ええ協力です。兄さんにはこれからオレゴンの城下町でひと騒ぎ起こしてもらいます。そしてイサクの奴を精神的に追い詰めたところで、インジャをイサクに近づけさせて、イサクが一人になるタイミングを見計らせるんです。そして合図を送らせて、兄さんがイサクと1対1になるようにする」
「そんな都合よくイサクが一人になるとは思えん。あいつは常に女性を侍らせるだろうし、ユウキ君が騒ぎを起こせば警備を厳重にするはずだ」
トスキの指摘にシーラは最後にトスキを指さした。
「そうね。だからこっちから“犯行声明”を出してやるのよ。あんたのスマホでイサクの奴で連絡をして、兄さんが騒ぎを起こしてる間に伏兵がお前の寝込みを襲うぞと。そんでもって兄さんの周りに兵士をいっぱい囲わせるように、こっちからそれとなくアドバイスもしてやって。そうすれば警備も薄くなる」
シーラの作戦を聞き、その場にいた全員がシーラを訝しむ表情で見ていた。
「……何よ」
「いや……その……」
トスキは言いよどみながら目をそらす。
「なんというか……あれよ」
ケイリンもトスキと同様の感情を抱いているようだった。その二人の様子を見て、ユウキとコニールも、トスキ達の感想を察していた。
「いや、わかります……何が言いたいか」
コニールは申し訳なさそうに二人に言う。
「まぁ何が言いたいかというとだな……」
ユウキがそう言うと、全員がシーラにもう一度目を向けた。そしてユウキが全員を代表して言った。
「お前……本当に15歳の女の子かよ……。発想が悪党すぎんだろ……」




