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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第9話 心に決めたこと
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9-1

 オレゴン領は山に囲まれた盆地に位置しており、米の栽培が盛んな地だった。パンギア王国の一地方という扱いではあったが、それ故大きな戦火に巻き込まれることもなく、緩やかに発展していっていた。


 しかし50年前。ある人物がオレゴンに訪れたことにより、それは大きく変わることになる。その人物こそ島内敏樹――トスキだった。日本から突然この世界に迷い込んだトスキは、エルミナ・ルナには無い現代知識を用いて、オレゴンを急激に発展させていった。


 さらにトスキは東大陸にかつて存在していた魔物たちの神である魔神と戦い、そして討伐し東大陸に平和をもたらしていた。――ただしこれは公には公開しておらず、トスキも広げることを好まなかったため、知る人ぞ知る伝説となっていた。


 そうしたこともあり、トスキはオレゴンに来て10年後には領主となり、この40年もの間オレゴンを治めてきた。女癖が悪いものの、それを補って余りある領民への献身で、領民からの評判も良かった。


× × ×


 ――夜も更け、身支度を整えたシーラ達は改めて寝室に集まっていた。そしてユウキとトスキはそれぞれ、互いの情報を交換しあっていた。


「……2ヶ月前にイサクを私が引き取って世話をしていた。そして奴の“能力”によって、城にいた女性……それに“ラン”の心が操られ、私は逃げることしかできなかった」


「“ラン”……。確か爺さん、あのドラゴンのことをランって呼んでたな。……あのドラゴンは爺さんのペットか何かだったのか?」


 ユウキの問いにトスキは左肩を抑えながら悲痛な面持ちで話す。


「……ペットなどではない。友人なんて言葉では表せない。なんて言えばいいのか……そう、かけがえのない“相棒”だった。50年前にこの世界に来た時、初めて出会ったのが“彼女”だった。それ以来、ずっと共にいたんだ」


「相棒……」


 ユウキは胸に痛みを感じギュッと抑える。


「ストップ。ちょっと待った」


 シーラは手を挙げてトスキの話を止める。風呂から上がって乾かしていない髪が艶めかしくユウキの目の前で揺れ、その女の子のにおいにユウキは少し体温が上がる。それを知ってか知らずか、シーラはユウキに身体を近づけながら質問を続けた。


「私も直接見たわけじゃないけど、その例のドラゴンって“メス”なの? そして城の女性が心を操られたって……そのイサクの能力はもしかして」


 トスキは頷いてシーラの質問に答えた。


「ああ。イサクの能力は“女性の心を操る能力”。……もっと言えば“好意”を操作する能力だ。洗脳や催眠と違い、自意識は完全にある状態で感情のみを操る、本当にタチの悪い能力だ……」


「聞くだけでおぞましいな……。でもアオイ君のあの時の行動を考えると、その能力の説明は納得できるな……」


 コニールはアオイが操られた時の行動を思い出す。トスキの命令なくユウキを瞬間移動で飛ばし、会ったばかりのイサクに異常な好感度で接していたにも関わらず、催眠を受けた人間特有の固い動きは見られなかった。


「私の姉妹や友人もみんなイサクに心奪われて言いなりになっちゃってる。あいつの能力を食らってしまうと、もうあいつなしではいられなくなるみたいなの……」


 ケイリンは暗い表情で言うが、シーラはケイリンに疑いの表情を向けた。


「……? 爺さんが奴の能力を食らわないで無事なのはわかるんですが、なんでケイリンさんが無事なんですか? 話をそのまま受け取ると、ケイリンさんも……」


「ケイリンは無事だ。たまたまイサクの襲撃の際にオレゴンから離れていて、イサクに敗れた私の治療をしてくれたのがケイリンだからな」


 トスキは左肩を抑えながら言う。ユウキはイサクと対峙していた時のことを思い出していた。あの時、トスキは重傷を負いながらもイサクを倒すべく、無理に身体を動かしていた。


「……そもそもの話になりますが、なぜオレゴン領は例のイサクに奪われ、そしてトスキ殿は襲われたのですか? 同じ異邦人同士で奪い合いがあったのですか?」


 コニールはユウキに目配せしながら質問をする。ここまでは状況確認のための話だったが、ここからはようやくユウキ達が知りたい“本題”入るからだった。


「イサクがオレゴンを……私を襲った理由は一つ。……私がイサクの“教育係”だったからだ。この世界に来た“チュートリアル”をイサクに行ったのは私だからな……」


「教育係……?」


 ユウキには“チュートリアル”という単語に聞き覚えがあった。――以前戦った火を出す異邦人たちとの戦いの際に、そのような話をしていた記憶があったからだった。だが、教育係という話までは聞いていなかった。


「先ほどの話だと、少年はこの世界にかなり特殊な方法で来たようだな。……私が知っている限りの異邦人の情報について、少し話そうか……」


× × ×


 そもそも“異邦人”とは他所から来た人間の総称であり、この世界で異世界――地球から来た人間のことを指す。


 トスキはこの世界に連れてこられたとき、この世界の女神である“イウーリア”と邂逅し、異世界の知識を用いてこの世界で生き抜いてほしいと言われ、身一つで放り出された。


 だがトスキには女神から“ステータス”を与えられており、今までろくな訓練をしていなかったにも関わらず、現地の人間が全く歯が立たないほどの力を与えられていた。


 そしてトスキが来た当時はまだエルミナ・ルナの技術が大きく遅れており、トスキは日本から持ってきた知識を用いて、東大陸全土に技術革新をもたらした。


 ――しかしトスキはまだこの時知らなかった。同じように連れてこられた異邦人は他にもおり、そのそれぞれがエルミナ・ルナ全土で同じように行動していたことを。


× × ×


「……私は女神イウーリアが連れてきた異邦人の中でも第二世代にあたるようでな。第二世代から“ステータス”を与えられるようになったらしい。第一世代は何も与えられなかったせいで、ろくな活躍ができず死ぬか、ただこの世界の一般人になって生きるしかできなかったとか。ようは私のこれまでの活躍は全部お膳立てされたものだったわけだ」


 トスキは一息つくためにお茶を飲む。そしてお茶を飲んで少し微笑んだ。


「このお茶に使われている砂糖も、私が効率の良い製造法を考案して、私が来る以前とそれ以降で百倍以上の生産量を増やしたものだ」


「……この世界の女神ってやつが、異邦人に何かをさせたがっている……?」


 ユウキはトスキの話の中で特に気になった部分をつぶやくが、その言葉にシーラとコニールは俯いて苦い表情を浮かべていた。


「……どうしたんです?」


 ユウキがコニール尋ねると、ケイリンはユウキの肩に手を置いて言った。


「少しそっとしてあげた方がいい。……この世界では女神イウーリア様は絶大な信仰の対象でね。……信じてる人のが多いから」


「あんたはそうじゃないのか?」


「そりゃあ私だって困惑したわよ。私の親がこの世界の人間じゃないってことも。……それを知ったのが2週間前だってのもね」


 ユウキはトスキに振り向いてその顔を見る。トスキは申し訳なさそうな顔をしながら言った。


「私が異邦人だということは、今まで誰にも話した事はなかったんだ……。ただイサクがオレゴンを襲い、ケイリンだけが無事だったので、話さざる得なかったのでな……」


「……で、異邦人としては大先輩のあんたが、次は新しく来た異邦人を教育する立場になり、その教え子に手を噛まれたわけだ」


「……そうだ。トスキは“第四世代”の異邦人で、私よりも遥かに性能が高い。そして私の周りの女性たちを見て……何かしら思うことがあったのだろうな……」


「ちょっと待て“第四世代”? 何か一気に話が飛んだな?」


 トスキはポケットから板状のものを取り出す。――それはシーラ達は最近になってよく見るようになったもの。そしてユウキには非常に見慣れたものだった。


「スマートフォン!? あんた、持ってたのか!?」


「そうだ。この電話は第三世代から支給されるようになり、私も第三世代が来るようになってから貰うことができた。第三世代から“ギフト能力”とスマホが支給されるようになり、第四世代から能力を“アプリ”で貰うことができるようになった」


「あ」


 ユウキは今度はシズクと戦った晩餐会の時のことを思い出す。シズクは使っていなかったが、後ろにいた男二人は戦闘の最中もスマホを手放すことはなく、イサクも能力の使用時にはスマホを使用していた。


「君の知り合いというシズク君は第三世代だった。……ちなみに彼女も私の担当で、おそらくその縁で君に私を紹介したのだろう。私の下を去ってから他の異邦人の粛清をメインに活動していたとは聞くが……」


 トスキがシズクの教育係だったという話を聞き、ユウキはトスキに怪訝な目を向ける。少し間をおいてトスキはその視線の意味を理解し、ユウキに対し手を前に出して言った。


「待て待て! 手は出してないぞ!」


「そう。このジジイ、手を出そうとして骨折られたから。なんかアイキドーってやつで」


「ケイリン!」


 ケイリンは笑いながら言うが、ユウキのトスキに対する視線は完全にゴミを見る目に変わっていた。


「このクソジジイ……!」


「と……とにかく! 基本的には世代を下る方が、洗練された能力があり、ステータスの底上げもされているので強くなっている。私はもうロートルだ。ギフト能力も持っていないし、ステータスも第三世代以降の者には敵わない。……そこをイサクに付け込まれたのだ」


 トスキはいっきにお茶を飲み干し、大きく息を吐いた。


「……ここまでが私が君できる異邦人の説明だ」


「……最後に一ついいか?」


 ユウキはトスキに尋ね、トスキは頷いた。


「なんだ?」


「多分、アオイの能力から俺は第三世代にあたるんだと思う。……能力の使用にアプリを使ってないから。ただ、今のあんたに俺のステータスを確認する術はあるのか?」


「ん?ああ、スマホがあればカメラ機能でできるが」


 トスキはスマホを手に取ると、ユウキの姿を撮った。トスキがユウキのステータスを確認してる間、立ち上がって腰を伸ばしながら言う。


「とりあえずそれ済んだら一度寝ましょうか。爺さんの話はなが……フワアアア~……長いし、思ったより情報量が多すぎて、一度寝て整理しないと……」


 シーラは呑気に欠伸をするが、トスキの表情を見て態度を改める。――トスキが信じられないものを見る表情を浮かべていたからだった。


「な……バカな……!」


「……どうしたの?」


 シーラは神妙な面持ちでトスキに尋ねる。トスキは脂汗を額に浮かべており、何度もスマホを操作してユウキのステータスを確認していた。その反応を見て、ユウキは半ばわかっていたかのようにため息を吐く。


「……やっぱそうか。今まで会ったことのある異邦人に、一度言われたことがあったけど」


「君は……一体……?」


 トスキは目を擦っても見るが、やはりスマホに出てきたユウキのステータスの測定結果に変わりはなかった。トスキの動揺の理由がわからないシーラはトスキに急かすように尋ねる。


「何が起きてるのよ!?」


 シーラに腕を掴まれ、トスキはようやく我に返ってシーラと周りを見た。


「あ……ああすまない。あまりにありえない結果が出てきたものでな」


「ありえない……?」


 コニールもトスキに尋ねた。これまでのユウキの身体能力は確かに“あり得ないもの”であり――異邦人という特殊事情を鑑みても異常としか言えないものではあった。


「ああそうだ。ありえない。……君のステータスには“バグ”が起きている。“全ステータスが最大値”なんて……バグでも起きなければ……!」


 トスキの言葉にユウキは天を仰いだ。かつて会った異邦人にも同じことを言われたことがあった。――ユウキの存在そのものが”不具合の塊”だと。


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