6-1
ユウキ達がパンギア城下町を脱出してから8時間近くが経っていた。オレゴンに向かう進路を取っていた4人だが、街道に沿って行くと追手に見つかる危険性のが高かったため、道に沿って行くのではなく平野を突っ切ってオレゴンに直接向かうルートを取っていた。
元々オレゴンに向かうのに街道を使った場合、回り道などがあったものを直線で向かうルートを取ったので、整備されていない道を歩くスピード低下を加味しても、元々の予定である5日ほどで到着できる予定になっていた。
「……で、俺がこんなに巨大な荷物を持つ羽目になってると」
ユウキは前を歩く女子3人に愚痴る。アオイたち3人は軽めのバッグなどを背負ってはいるものの、1人につき3kg以上も持つ荷物はなかった。しかしユウキの背負っている荷物は宿屋を出発したときよりも更に増え、合計50kg近くになっていた。
文字通りてんこ盛りと言っていいほどの荷物量となっており、背負っているユウキ自身、元の世界にいた頃だったならこんな荷物背負った瞬間に潰されると思っていた。
「少なくとも5日間くらいはこの獣道を歩いていくからな。道中の町に寄れるかは状況を見ないとわからないから、4人分の荷物となるとそのくらいな……」
コニールはそう言うものの、自分は剣や鎧などがあるということで、手持ちの荷物自体は実は一番少なかった。体力の消耗を避けるためという最もらしい理由をつけていたが。
「ユウキ……大丈夫?」
アオイは心配してユウキに声をかける。アオイの声には弱いユウキは、やむなく腰をちゃんと伸ばし、ノシノシと歩みを進めた。
「ああ……大丈夫。ただ自衛隊ですら、こんな荷物持たないだろうな。本当、よくわかんねえ身体になっちまったもんだ」
「ああそうだ。兄さん、あとで実験したいことがあるんですが」
シーラは思い出したようにユウキに声をかける。
「なんだ?」
「兄さんの“ステータス”ってやつがどういうもんか。いろいろ調べておきましょうよ」
シーラの不穏な提案に、ユウキは汗を一筋垂らしながら言った。
「何する気だ……」
「本気でやった時にどこまでの破壊力や跳躍力が出るか、あと手加減はどこまでできるか。……そして一番重要なのが、何をして“痛みを感じるか”」
「“痛み”……って何か物騒なことする気じゃねえだろうな!?」
「兄さん。ここまで戦ってきて、痛かったことってあります?」
「そんなこと……!」
――あるといえばあり、ないといえばない。ユウキは今までの戦いの記憶を思い出していた。そして確かに違和感があった。
今までの自分だったら、ちょっと殴られただけで痛みで怯えていたはずだった。だがこちらの世界に来てから少し殴られた程度では怯まなくなったし、激痛でも覚悟を決めれば立ち上がることができていた。それは守るものができたからと思っていたが、冷静に考えると痛みを感じていただろうか。
「左肩を折られた時は呼吸できなくなるくらいに痛かったな」
ユウキはいまだ包帯が巻かれている左肩をさする。
「そう! 左肩を折られて、兄さんは重傷を負ったはずなんですよ。……あ、今の折ったと負ったをかけたギャグじゃないですよ」
「んなのどうでもいいわ!」
「だけど、コニールが倒したあのほら……スズキセンパイって女。あれはコニールの殺人投げ一発で消えていったじゃないですか」
ユウキはそれを聞いてハッとする。確かに自分は今までどれだけ攻撃をくらっても消えることはなかったが、シズクはコニールに一度投げられただけで“HP”が無くなったと言っていた。――この“HP”。ユウキには聞き覚えがあった。
「……あの時、私は失敗したことが一つあった」
ユウキ達の話を聞いていたコニールが横から声をかける。
「あのスズキとかいう女を投げた時、手加減ができずにシーラのいう通り、殺す角度で投げてしまっていた。実際に地面に叩きつけた時もその……手ごたえがあったんだ。だが、気絶するどころか消えるまで元気に受け答えをしていた時は少し驚いていた……」
「う~ん……」
ユウキは深く唸る。“HP”。多分ヒットポイント、体力のことを指しているとユウキは直感していた。ここまで異邦人と出会っても交渉の余地はなく、全員倒すしかなかったため、ユウキとアオイはそれらしい単語を聞いている以外の情報はない。
「実験も確かに必要だな……。あとトスキって異邦人が話の分かる奴で、そいつから全部聞ければ丸く収まるんだけど」
× × ×
17時を過ぎた段階で日が暮れ始め、ユウキ達は野営の準備を始めた。コニールが訓練でこの辺りの平原の地理をよく把握しているためか、川の近くで野営できるように移動時間が完璧に計算されていた。
食事の準備はシーラがすると言い、アオイはその間にテントの準備を行い、ユウキはコニールから左肩の治療を受けていた。
「どうだ? 痛むかい?」
コニールはユウキの包帯をほどいてやりながら声をかける。ユウキの肉体をじっくりと見たのは初めてだったが、あの超人的な動きに対し、全く鍛えられていない身体のミスマッチさがコニールは非常に気にかかっていた。
「ああ、なんとか大丈夫です。パンギア城から追い出される前に治療の大半は終わってたみたいですし……。もう動かしても痛くないから包帯取っちゃいます?」
「そうだな。じゃあ私からも提案があるんだが」
「なんでしょう?」
「私が剣技を教えよう」
「はい?」
コニールの提案にユウキは首をかしげた。ユウキがコニールの提案を把握できていない様子を見て、コニールは少し苛立ちながらユウキの頭をクシャクシャとかき回す。
「だ・か・ら! 君の剣の使い方はど素人丸出しだから、少しでもマシにするために私が鍛えてやるって言ってるんだよ!」
「な……ちょっと待ってくださいって!」
ユウキはコニールの手を退けると、慌てて離れながら言った。
「別に俺は強くなりたいわけじゃないですし! 今のままで異邦人たちだって倒せてるからいいじゃないですか!」
「じゃあその左腕はなんだい?」
コニールはユウキの左腕を指さした。シズクによって肩を外され、結局ユウキ自身はシズクに敵うことはできず、アオイやコニールが相手をして倒していた、
「これから先、もっと異邦人が強くなる可能性のが高いはずだ。君はもう異邦人狩りと呼ばれるまでに異邦人を倒してきている。話し合いで済むならそれで結構だが、どうしようもない時は戦うしかないだろう?」
「でも……俺は……」
ユウキ自身、ここで“はい”と言えばいいのはわかっている。だが心の奥底から、溢れる“ある気持ち”がユウキにはあった。
「俺は……嫌だ……!」
「嫌だって……! 私が言っていることの意味は分かるだろう?」
コニールは今までのユウキの性格からここで“はい”と言うと思っていた。まだ会って2日程度しか経っていないが、真面目な子だとコニールは思っていたからだ。――しかし、まだ会って“2日”でしかなかった。
「だって……訓練する意味なんてないじゃないですか。俺は別に異邦人をこの世界から根絶したいわけじゃないんだ。それに……俺の方がコニールさんより……!」
ユウキが言おうとした言葉を受け、コニールは頭に血が上るのがわかった。叫ぶわけでもなく、怒りの表情を見せるわけでもなく、コニールはゆっくりと剣を抜いた。
「そうか……わかった」
コニールが剣を抜いたことで、テントを設営してたアオイと、料理を作っていたシーラが異常に気付き集まってくる。
「ちょっとコニールさん!? ユウキが何かしたんですか!?」
アオイがコニールに声をかけると、コニールは冷たくアオイに言った。
「そういえば君も元はユウキ君だったな。……元同一人物だった君に少し尋ねたい。君は自分の性格をどう思ってる?」
「いっ……いきなり何の質問を……?」
「答えてほしい。自分を俯瞰して見えるものがあるはずだから」
アオイはコニールから突然尋ねられたが、正直に言うともうその答えは胸にあった。
「……クズです。少なくとも、コニールさんみたいに立派な人ではない」
すぐに答えたアオイにコニールは少し驚きながら言った。
「随分答えが速いな……」
「だって、“向こう”でも上手くいってませんでしたから。今こうやって真っすぐ歩けてる風なのは、突然”わいて出た”力があるからに過ぎません」
これはアオイがユウキとアオイに分かれる前から思っていたことだった。――それにアオイも昨日のシズクとの出会いを経て、何も考えていないわけではなかった。シズクが何かしらに挫けたというのなら、自分もそれがあってしかるべき。そしてそれは自分がよくわかっていることだった。
「……アオイくんに頼みがある」
「なんでしょうか?」
コニールは自身の抜いた剣をアオイの前に置いて言った。
「この剣に不殺魔法をかけてくれ。……ユウキ君を力ずくで説得する」




