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ここパンギア王国は東大陸にある国の中で最も栄えており、その繁栄を表すように城下町の人の往来も、非常に活発なものになっていた。
その往来の中を一人の長い栗毛の少女が歩いている。彼女の名前は“シーラ”。今年15歳になる少女であり、見た目も雰囲気も年齢相応の元気な女の子だった。
少女は買い物を楽しむように歩いていたが、進行方向を真っすぐ向いておらず、自分の後ろにいる“誰か”を見るように後ろ向きに歩いていた。
「ここが王都パンギアです。随分もの珍しげに見てますが、こんなに人がいるところは初めてです?“アオイさん”」
シーラに名前を呼ばれた黒髪の女性は、少し戸惑いながら答えた。
「あ~……シーラさん。そういう訳じゃないんですけどね。“こんな街並み”が目の前に実際に広がると、ちょっと困惑するというか……」
その黒髪の女性“アオイ”は、普通のシャツとズボンだけの恰好で、あまり女性らしさを感じさせる服装ではなかった。だが、それがかえって身体のボディラインを際立たせており、“女性ものの服装”に慣れていない印象を与えた。
シーラは近くの露店で果物ジュースを2つ買い、1つをアオイに渡す。アオイはおずおずとそれを受け取ると、ポケットから金を出そうとする。その様子を見て、シーラは苦笑しながら言った。
「いいですよ、こんな端金くらい。この街に来た記念ということで♪」
「いや……でも悪いし……」
アオイはなおも金を出そうとするが、シーラは指を立ててアオイの顔の前に突き出した。
「じゃあ、代わりにアオイさんの身の上話を聞かせてくださいよ。その探している男の人……たしか“ユウキさん”でしたっけ?その人の話も」
「う~~ん……」
アオイとシーラはさっき会ったばかりであった。アオイがつい先日まで世話になっていた人物から、パンギアでの街案内として紹介されたのがシーラだった。思った以上にガツガツくるシーラにアオイも返答に詰まってしまう。
「別に面白い話なんて無いですよ?」
アオイは謙遜して答えるが、シーラは目を細めてアオイを睨む。
「……だってアオイさん、何か不自然さを感じさせるんですもん。なんていうんだろう……遠いところから来たって話は聞いてますけど、なんかそれだけじゃない感じが」
「うっ……」
シーラの鋭い指摘に、アオイは目を反らした。
(やばいな……この子、下手するとお……“私”の正体をつかみかねないぞ……。ユウキ~……どこ行っちゃったんだよ~……)
アオイは心の中で思いながら、この人混みではぐれてしまった“相棒”に思いを馳せる。
× × ×
アオイたちのいる通りとはまた別の通り、パンギア王城が望める町一番の賑わいを見せる大通りに、黒いマントを羽織った黒髪の少年がいた。その少年は王城を見上げると、上の階の方で奇麗な金色の髪をした女性が街を見下ろしているのが見えた。
今まで会ったことが無いような美人で、目が合うはずもないのに少年は恥ずかしさから目を反らしてしまう。――城から少年がいる通りまで1km近く離れているのにも関わらず、少年はそれを詳細に見ることができていた。
「ってこんなことしてる場合じゃねえ! あいつどこに行ったんだ!」
少年は周囲を見回し、自分と同じ黒髪――いや、自分と“似たような”女性がいないかを探す。だが、やはり見当たらない。もう30分近くは探しており、予定していた案内人との合流時間も過ぎていた。
「……あれ? これもしかして、迷子になったのは俺なのか……?」
少年は頭を抱え、少し考える。街路沿いの建物を見上げ、何かを閃いたのか得意げに指を鳴らした。
「あ、そうだ上だ。上に行きゃあいいんだ」
少年は路地裏に入り、周囲の視線を確認する。――よし、誰も見てない。そう確信すると、その場で足に力を込め、思いっきり地面を蹴って跳躍した。建物は3階建てであり、高さとして8m近くはあった。だが数秒後には少年は建物の屋根におり、街を見下ろしていた。
「さて……“アオイ”はどこにいるかな……?」
× × ×
町の喧騒から少し離れた路地裏に、3人の男がたむろしていた。それぞれ手に何か“光る板”を持っており、指を使ってそれを器用に操作していた。
「どうだ? マイル?」
眼鏡をかけたやせ型の男が、隣にいた赤髪の男に声をかける。
「ああ来たぜ、クエストの追加情報がよ」
マイルは手に持った光る板――スマートフォンを仲間たちに見せる。
「やつは……“異邦人狩り”は間違いなくここにいる。これがその異邦人狩りの写真だそうだ」
マイルのスマートフォンには黒い髪の人物が映っていた。マントを羽織っているためか体格はわかりづらいものの、名前が表示されており、”結城葵”という名前のようだった。その名前を見てヤードが眼鏡をつまんで位置を整える。
「結城葵……日本人か。ただ葵という名前……男も女も可能性としてあるからわかりづらいな……。そのほかの情報は?」
「いや、これ以上の情報はねえな。”ステータス”や”ギフト”についても、解析する前に他の奴らはやられちまったらしい。あるのはこの付近にいるということと、この写真だけだ」
マイルはスマートフォンの電源を消すと、ポケットにしまう。そして腕を組んでヤードたちに相談するように言う。
「さて……どうやってこいつを探すかね」
「おめえら何やってんだ?」
突然の怒号が聞こえ、3人の男たちはその声の方を向く。町のゴロツキたち10人ほどが、彼らを囲んでいた。
「何の用だ?」
明らかに異様な雰囲気の中で、マイルは一切慌てる様子も無く言う。その態度がゴロツキのカンに触ったのか、ゴロツキはキレながら言った。
「お前ら自分がどこにいるのかわかってんのか!? ここは俺たち、黒蛇一家の縄張りだって知ってんのかああん!?」
「なるほど、ギャングの縄張り争いに意図せず踏み込んでしまったわけか」
ヤードも全く慌てることなく、自分たちの状況を把握していた。
「わかってんなら金目のモノを置いてさっさと出て行ってもらおうか」
ゴロツキがニヤツキながらヤードに言う。気づけば周囲の外につながる道は、すべてゴロツキは塞いでしまっていた。だがそんな状況下で、ヤードは不敵に微笑んでいた。
「どうした」
ヤードの笑みを見て、マイルも笑みを浮かべながら言う。――ただそれは、友好的な笑みではない、嗜虐の含みがある表情だった。
「異邦人狩りを呼ぶ方法を思いついたぞ」
「ああ、俺もだ」
× × ×
「キャアアアアア!!!」
街中で叫び声が上がり、アオイたちはその声の方向を見る。少し離れた場所での声のためか、何が起こっているか直接は見えなかったが、声の方向から人が雪崩のように逃げてくる様子を見て、ただ事ではないと悟る。
「な……何が起こったの!?」
シーラは突如起きたハプニングに、飲んでいた飲み物を吹き出してしまっていた。そして逃げてきた中年男性の肩をつかむと、叫ぶように質問をする。
「おじさん! いったい何の騒ぎ!?」
少女に肩を掴まれたことで若干冷静さを取り戻したのか、その男性は息は荒いままではあるが、何とか文章を整理だててシーラに言う。
「向こうの広場で通り魔が出たんだ! ……だけどめちゃくちゃ強くて……! 町のゴロツキ共だけじゃなく、取り押さえる為に兵隊が何人も来たんだが……みんなやられて……!」
「そんなウソでしょ!?」
「嘘だったらみんなこうして逃げてるかよ!」
状況を把握できていないシーラに対し、アオイは冷や汗を流しながらも冷静さを保っていた。――まるでこの状況が把握できているかのように。
「まさか……“異邦人”……!?」
「え!? なに!? いほうじん!?」
パニックが起きてしまっている通りをよそに、アオイは人々が逃げる方向とは逆に――事件現場に対して向かっていった。
「アオイさん!?」
シーラはアオイの手を掴むが、アオイは真剣な表情でシーラを見ながら言う。
「もしこの先で事件を起こしてるのが異邦人なら……私が何とかしないと!」
「何言ってるんですか! 仮にその……異邦人ってやつがいたとして! アオイさんはどうするつもりなんですか!」
シーラの指摘にアオイは口を紡ぐが、周りでパニックを起こす人々を見て、決意して言う。
「……あいつらの狙いは多分私……いや“俺私”だ。だから……逃げるわけには……」
シーラは決意が漲っているアオイの目を見て、ため息をつきながら言った。
「はぁ……そうじゃないですよ。一体どうやってここから事件現場まで行く気なんです?」
「え?」
想像してなかった答えが返ってきて、アオイは張っていた気が抜けた返事をしてしまった。シーラはアオイの腕を引っ張ると、近くの建物に入っていく。
「大通りはもうパニックを起こした人たちでいっぱいです。あっちに向かうには、人混みを突っ切るより、建物を突っ切って行った方が確実ですよ」
「シーラさん……」
シーラは笑みを浮かべながら言った。
「“さん”はいいですよ。多分私のが、“姉さん”より年下ですから」
「でも……」
「ほら! 行きますよ姉さん!」
戸惑うアオイを引っ張り、シーラは前へと進んでいく。
「わ! ちょっと待っ……ってなに姉さんって!? ちょっ……!」