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悲鳴が上がり、警護にあたっていた兵士たちが一斉に避難誘導を開始する。流石に要人が集まる晩餐会の会場なだけあって、招集されている兵士たちは熟練の腕を持つ者ばかりであり、その誘導はスムーズだった。
襲撃に来た異邦人たち3人も、逃げる者たちには目をくれず、ユウキとアオイだけを見ていた。
「異邦人狩り……名前と写真だけの情報はあったが、思ったより若いようだな」
赤いマントを羽織った男がユウキ達に言う。
「ヒューゴ、これでもマイルたちが無傷で倒されてるんだ。油断はするな」
3人の中の唯一の女性が、赤いマントの男に言う。
「はいよ、シズクさん。わざわざ面倒な時間かけてここまで来てるんだ。やられるようなヘマはするつもりはねえよ」
ヒューゴと呼ばれた男は一切の不満なく女性の言葉に同意した。もう一人のジャケットを着た男も全く不満なくその言葉を受け止めており、その様子からシーラは3人の中であのシズクと呼ばれた女性がリーダー格であると予測した。
「シズク……?」
だがユウキはヒューゴが言った“シズク”という名前に引っ掛かりを覚えた。
「ユウキ……」
アオイはユウキの名前を呼んで袖を掴む。アオイもその名前に何か心当たりがあるようだった。
そしてそうこうしているうちに兵士たちが3人の異邦人を取り囲む。パンギア王は避難していなかったのか、自身の周りの兵隊で囲んだ状態ではあるが、異邦人に立ち向かっていた。
「貴様ら……! いったい何を考えている……! 正気か!?」
パンギア王の動揺と怒りはもっともだった。どうやって侵入したかはわからないが、こんな警備が厳重な城のど真ん中に来るなんてことは正気の沙汰ではない。そしてその正気の沙汰でないことを平然としでかすということは、この国が異邦人に舐められているということを示していた。
だが異邦人たちは、その状況を全く気にしていないようだった。すでに10人ほどの兵士が周りを囲み、パンギア王の合図一つで剣が振り下ろされるというのに、態度は余裕そのものだった。
「たったこれだけの数で、俺たちをどうにかできると思ってるのかね」
ヒューゴは首を鳴らして周りを見渡す。その言葉に周囲の兵士も息を飲んでいた。昼間にあった異邦人の襲撃の情報が正しければ、この3倍以上の兵士がいたにも関わらず瞬殺されていたという事だった。
だが彼らに退くという選択肢は存在しない。兵士という義務以上に、異邦人たちが見た目として若い青年達でしかないことから、ここで退くことはプライドが許さないからであった。
「ヒューゴ、行けますか?」
ジャケットを着た男がヒューゴに向かって言う。ヒューゴは内ポケットからスマートフォンを取り出すと、操作を始めた。
「ああ、ヨウ。ここは俺の能力に任せな」
ヒューゴはジャケットの男――ヨウに答える。そしてスマートフォンの操作が完了すると、ヒューゴのスマートフォンから光があふれ始めた。
「来い、しもべ共よ! 召喚!」
ヒューゴがスマートフォンを前面にかざすと、光が一層強くなり、周囲にいた者たちは目が眩む。そして光が落ち着いてきて目を開けると、兵士たちは目の前の光景に恐怖した。
「な……魔物が!?」
ヒューゴの目の前には馬型の魔物であるバイコーン、石の魔物であるガーゴイル、人狼の魔物であるウェアウォルフの3体が立っていた。
「行け!」
ヒューゴが命令すると、魔物たちは一斉に兵士に襲い掛かっていく。恐慌状態に陥る兵士たちだが、やはり城の中枢を守っている事もあってか、最低限の練度は保たれており、何人かの兵士たちはパンギア王の安全を最優先に考え、王を連れて会場から引きあげていく。しかしその間にも何人もの兵士が魔物たちにやられていっていた。
「う……うああああ!!!」
兵士は悲鳴を上げて魔物たちに剣を振るが、効果は薄かった。魔物と人間の戦力差は基本話にならないくらいに離れており、兵士たちも魔物と戦う場合は特定の陣形を組んで、数の力で戦うものだからだ。1匹の魔物に対し、10人以上の兵士を用意して戦うのが定石なのだが、現在は3匹の魔物に対し10人もいない。しかも戦う場所もあって陣形も組めていないのだ。
「た……助けてぇ!!!」
最初は恐慌状態を抑えられていた兵士たちだったが、一人また一人とやられていくうちに連携が崩れ、背を向けて逃亡していく。そんな中、見た目が良いからという理由だけで晩餐会の警護を任されていた少年兵のフリットは、完全に腰を抜かして仲間がやられるのを見ているだけだった。
「ひ……ひい……」
目の前で先輩を吹っ飛ばしたバイコーンと目が合い、フリットは恐怖の声を漏らすことしたできなかった。“死ぬ”、その恐怖だけが心を満たし目を瞑った。
――しかし、しばらく経ってもその時はこなかった。フリットは恐る恐る目を開けると、目の前でバイコーンが倒れ塵となって消えていき、その横に似合わないタキシードを着た、自分と同じくらいの少年が立っていた。
「くそ……! 出遅れた……!」
ユウキは苛立ちながらバイコーンの死体を蹴り飛ばし、異邦人たちが侵入したことにより割れた窓から外に追い出す。その様を異邦人たちは驚愕した表情で見ていた。
「ふざけんな……! そいつらはSランクのモンスターなんだぞ……!一人でそんな倒せる作りにしてねえのに……!」
ヒューゴは悪態をつきながらもその声は震えていた。フリットが周りを見るとその理由がわかった。――すでに魔物たちは全滅しており、兵士たちは負傷はしているものの死者は一人もおらず、庇いあいながら退いていた。腰が抜けていたフリットも後ろから何者かに抱えられ、正気を取り戻して自分の足で立ち上がる。
「大丈夫か?」
コニールは腰が抜けていた少年兵を立ち上がらせると、頬を掴んで正気を保っているか確認する。少年兵は上司に掴まれているという現実を思い出し、慌てて頷いた。その様子を見てコニールは微笑みながら少年兵に言った。
「よし。では他の兵士たちと共に一度下がれ。ここは私たちで何とかする」
フリットは頷くと、ほかに倒れている兵士に肩を貸し、出口に向かっていく。異邦人たちはユウキの圧倒的な戦力を前に威圧され、動けなくなっているようだった。おかげで他の晩餐会の出席者や兵士たちは何とか避難することができていた。
「負傷者ゼロって訳にはいかなかったか……!」
ユウキは歯噛みして悔しさを漏らす。兵士たちが数人やられるまで魔物の方に向かえなかったのは、避難する人達を優先するために、そちらの方に向かいそうだった魔物から退治していたからだった。それでも1体数秒という驚異的な速度で倒しており、非難される謂れは無いはずだが、ユウキは自分を責めた。
「何考えてんだお前ら! こんな晩餐会のど真ん中でいきなり……!」
ユウキは指さして固まっている3人に叫ぶように言う。ユウキの想定外の戦闘能力に異邦人たちは委縮しているようだった――1人を除いて。
「何って、こうやって城のど真ん中の方が他の異邦人の邪魔が入らなくてすむでしょう?あなたが知ってるかは知らないけど、今あなたの首には高額な報酬が掛けられてる……。なら、確実に居場所がわかる今のタイミングに、ね」
シズクはまるでなんともなげに言い放つ。しかしユウキにはその声がどうにも違和感があった。記憶の底に引っ掛かる何かが。
「賞金首ってやつか。俺はもう使えないけどあんたらはスマホが使えるんだよな。それで連絡を取り合えるってことか……。でも、その言いようだと他に異邦人がこの街に来ているのか?」
ユウキはシズクに尋ねるが、シズクは肯定も否定もしなかった。
「さてね。他の異邦人たちはどうも面倒くさがりな感じだから。……まさかあなたの戦闘能力がそこまであるなんてって言うのも聞いてなかったし。……ねえ、“ユウキ君”」
シズクはユウキの名前を親し気に呼ぶ。そしてその声を聞いてユウキもようやく自分の心に引っ掛かっていた違和感に気づいた。
「嘘だろ……!? あんたまさか……!」
「どうしたのユウキ!?」
ユウキが魔物を退治している間、コニールやシーラ達と共に出席者の避難を手伝っていたアオイが戻ってきて、ユウキに尋ねる。ユウキは息を飲んでアオイに言う。
「あの女の正体がわかった……。あいつは……いや、“あの人”は……! 鈴木先輩だ……!」
「鈴木先輩……? ……ちょっと待ってまさか!?」
アオイもシズクの正体に気づき息を飲む。ユウキが知っているということは、当然アオイも知っている。しかしアオイの素性を知らないシズクは、自分のことを知っている素振りを見せるアオイに違和感を持った。
「ん? 君は私の知り合いかな?」
シズクに尋ねられアオイは押し黙ってしまう。まさか“日本”での知り合いに会うとは、全く覚悟していなかったからだ。――それが中学の時に少しだけ世話になっていた先輩とはいえ。
「……まあいい。こうやってダラダラ話していても埒が明かないからね。……いい加減、勝負を決めましょうか」
シズクはユウキに向かって歩き出していく。アオイは戦闘態勢を取ろうとするが、ユウキはアオイの肩を掴んでそれを止めた。
「いや、アオイはシーラとコニールさんと協力して、他二人を止めてくれ。鈴木先輩は俺だけで何とかするから」
「……わかった。あとこれ」
アオイは拾った兵士の剣をユウキに渡す。
「不殺魔法はすでに掛けてある。……でも油断はしないでよ。相手があの鈴木先輩なら、あの人には“あれ”がある……!」
「……わかってる」
ユウキは剣を受け取ると、向かってくるシズクに対して構えた。その構えを見てシズクは苦笑を漏らす。
「ふふっ。その構え、まるでど素人じゃない。異邦人狩りって言うから結構鍛えてるのかと思ったけど、そうじゃないみたいね」
「そりゃどうも。……“あんたに比べたら”そりゃあ、鍛えてないでしょうよ」
「それにあの娘の名前、アオイって。あなたの名前じゃないの。……よく見ると結構似てるし……妹さんとかいたっけ?」
シズクは話をしながらもその歩みを止めずに近づいていく。ユウキはシズクの一歩一歩に意識を集中させていた。――“あれ”があることを知っているから。
「はは……妹なんていませんよ。あいつは……なんて言ったらいいんだろうな。……いや、やめておこう」
ユウキはシズクが足を上げた瞬間――つまり踏み込みにワンテンポかかるタイミングを見計らい、一気に飛び出す。
「これからやられるあんたに話したって、無駄だからだ!」
ユウキは剣を構えて踏み出した。今まで“真正面”から対峙してきた異邦人で、自分のスピードに反応できた奴はいない。今までの戦闘経験から学んだことだった。――しかし。
「……異邦人の大半は、戦闘経験はともかく、戦闘訓練を殆ど積んできていない。……その弊害が、君にはわかるかな?」
シズクはユウキの攻撃をなんなくよけると、ゆったりとした姿勢からユウキのみぞおちに左手で“当身”を入れる。ユウキは今まで何度か異邦人の攻撃を食らったことがあり、そしてそれらは全て痛みはあれど、深手を負うことはなかった。今回の攻撃も特に問題ないと思っていた。だが。
「ガヒュウウウウウウ!!!???」
意識が吹っ飛ぶほどの痛みが胸に広がり、ユウキは脂汗を流してその場にへたり込む。するとシズクは当身から流れるようにユウキの左手首を両腕で掴む。そして体勢を崩させるために身動きの取れないユウキの身体をぶん回すと、腕をねじりユウキの脇をくぐる。
「“四方投げ”」
ユウキは地面の感覚がなくなり、気づくと天井を眺めていた――そして背中に強烈な衝撃が走り、一切の抵抗力を無くす。だがまだシズクの動きは止まらなかった。ユウキの左腕を掴んだまま、肩関節を決めてユウキをうつ伏せに倒す。
「……さっきの答え教えたげる。異邦人の弊害……それは……」
ボグッ!!!という気味の悪い音が鳴り響く。そしてその後に続くようにユウキの叫び声があがった。
「あがああああああああ!!!!!!」
ユウキの左腕が人体の関節の可動域を超えて背中方向に曲がっていた。――肩関節が外されたのだった。シズクの“合気道”による肩関節の極めによって。
「異邦人は痛みに弱い。……痛みに対する訓練を行っていないから。」
「がっ……!ぐあっ……!」
左腕があらぬ方向に曲がり、ユウキはただ悶えるしかできなかった。そんなユウキを見下し、アオイは言い放った。
「君が異邦人狩りと呼ばれているように、私にも異名があるの。……”異邦人キラー”ってね」




