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ハージュの心中には色々な感情が去来していた。目の前のユウキという少年が、多くの生徒を犠牲にすることに何の躊躇もないことへの義憤。恐らく20にも行っていないであろう少年が、自分の力へと肉薄しているということへの怒り。そしていくつもの違和感への疑念だった。
「……なぜ君のような少年が、インジャに手を貸す?」
ハージュはユウキに尋ねた。ユウキの後ろではアオイとジェインがシーラと戦っており、ユウキは後ろの少女たちを守るために戦っているようにも見える。そしてそのような者であるなら、どういう意図を持って世界樹の接ぎ木を狙っているのか知らないが、悪逆非道の男であるインジャと組むに至る図が想像できなかった。
「あの男がどれだけ卑劣か、君にもわかっているはずだ」
ハージュの問いにユウキは少し戸惑いながら答えた。
「あ~……いや、俺個人としては先生の言う通りなんですが。ただ、シーラが金払って雇っちゃったから、ちゃんと修行を受けないといろいろと不義理だからというか」
ユウキの回答にインジャとコニールは呆れながらツッコミを入れた。
「じゃあもうちょい真面目に修行を受けろよ」
「不義理も何も、現在進行形で思いっきり不義理をしているんだが……」
容赦のない正論にユウキはしょげ返りながら俯いた。その様子を見て、ハージュはますます困惑する。ハージュから見たユウキは、多少の性格的難があれど、普通の感性をしたまともな少年にしか見えなかった。その少年が、何の罪悪感も抱かずに子供を殺すことができるだろうか。
そしてハージュは倒れている子供たちを見てもう一つの違和感に気づく。――出血が全く見当たらないこと。厳密にいえば、血が点々としてはいたが、それは全部ユウキの出血であり、倒れている子供たちからの血が一切見えなかった。そしてハージュは思い出す。ユウキが頑なに大鎌での攻撃にこだわっていたことを。
「……そうか」
ハージュはようやく合点がいった。あの大鎌の攻撃は不殺魔法がかけられている。だからあの少年は容赦なく攻撃を加えることができ、そして自分をおびき寄せていたのだ。恐らく最初に自分の周りの生徒を狙ったのは、不殺魔法を使っている事を悟られないようにするためだろう。そしてそこまでの答えに至ったことで、ハージュは改めてゾッとする。
「なんだ……!? その年でその考えは……!?」
素人ではありえない、少なくとも何度も実戦経験を積まなければ至らない思考。ハージュは自分が真っ当な拳法家として、強くなることがどういうことかわかっているからこそ、ユウキの歪さに目が行っていた。
「……君をどうやら見くびっていたようだな」
ハージュは改めて構えた。今度はもう全く隙の無い、本気の構え。それを見てユウキは舌打ちする。
「ちっ……。もう気づかれたのか……。ダメだ本当に強すぎるよ……」
ユウキは大鎌を出現させて構えた。もうバレてしまった以上、倒れている生徒をおとりにする作戦は使えない。正面からハージュと戦わなければならなかった。
ユウキはハージュに対し大鎌を振りかぶる。しかしもうそれは先ほどの光景の繰り返しとなり、カウンターを合わせられてユウキは大きくのけぞった。しかし倒れるギリギリで踏ん張り、涙を流しながらなんとか体勢を立て直す。
「ゲホッ! ゴホッ!」
ユウキはむせて咳き込む。そして何かが喉につまり、それを吐き出すと血の混じった痰が出てきた。それでも逃げることはせず、ハージュに向けて足を踏み出す。それを見てハージュは感嘆とした感情でユウキに言った。
「……なぜまだ戦えるんだ」
それはユウキへの尊敬の念が含まれていた。あそこまでボロボロになって尚も立ち上がれるのは、もう意地というレベルを遥かに通り過ぎている。何か譲れない信念のようなものがなければ、ここまで戦うことなんてできはしない。
――チャンス。ユウキはここまで考えていた最後の作戦のチャンスが来たことを悟った。そして口に手を当てて少し考えると、言葉をつづけた。
「……さして特別なことはないよ。俺だって守りたいものがあるんだ」
ユウキは後ろを振り向く。
「あんたの言う愛のために戦うとかなんだとか。思いの力で人は強くなるとかあるって言うなら……俺はアオイを守るためなら、何があったって戦える……!」
ハージュはユウキの視線の先――アオイの姿を見た。
「そうか……。アオイ君は君の兄妹か? 確かに家族を守るためなら……ッ!?」
ハージュは突然背中に走った激痛に驚き、言葉に詰まった。そしてなぜ激痛が走ったのか、その位置に手を伸ばし更に驚愕する。そこにはナイフが深々と刺さっていた。崩れ落ちるハージュの側には、スレドニが驚いた表情で立ち尽くしていた。
「本当にうまくいった……!」
スレドニはユウキに目を向けると、ユウキは唇を歪ませてスレドニに礼を言った。
「……ありがとう。……何とか、これでコイツは止められたかな……」
「な……!?」
ハージュは痛みと困惑で声を震わせながらユウキを見た。するとユウキは悠々とこちらに近づいてきた。
「……ここまでが“作戦”。あんた、俺のことを“イイヤツ”だと思っただろ? そうなるように誘導してきたのはあるんだけどさ」
ユウキの今の言葉を聞き、ハージュは絶句した。確かにその通りだった。最初は許せない人物として戦ってきていたが、いくつかの事実に気が付くことで、ユウキという人物を尊重するようになっていたからだった。
「が……な……!?」
「いや、最初からこんな作戦を立てていたわけじゃないよ? 理想はさっさとあんたを倒して、アオイの加勢に行くことだったから。だけどアンタ強すぎるし、インジャは一切手伝ってくんねーし、コニールさんには無茶させるわけにはいかねーし。……で、ここに来る前にスレドニと打ち合わせしてたんだよね」
ユウキは学校に侵入する前、スレドニとある取り決めをしていた。それはユウキが口に手を当ててスレドニを見たら、一番最初に動詞を言うから、その通り動いてくれと。インジャとの約束で、ハージュと戦う予定があったため、何かしらの仕込みの準備は必要だと感じ、あらかじめ準備していたのだった。――“さして”特別なことは。ユウキが発したこの言葉に、すでに罠はしかけられていた。
「“1対1”。その意識があんたに刷り込まれているのは好都合だった。まさかあんな状況から後ろからグッサリなんて、想像しろっていうのが無理だしな」
「まさ……か……」
ハージュはユウキがハージュの周りを“掃除”した本当の理由について、ようやく理解した。ハージュの周りから生徒を取り除くことで、周囲への意識を無くさせたのだった。生徒が転がっていれば、嫌でも周りに注意は向く。ユウキはスレドニの奇襲を成功させるために――作戦のカモフラージュのために、周囲の生徒への追い打ちをかけていたのだった。
「というわけでこれが俺の一連の作戦ってわけだ。……なんというか、関わった人間がことごとく悪い奴らだったせいで、なんか考え方が汚くなったなって自覚するよ……」
ユウキは大鎌を構え、ハージュは恨めしそうにユウキを見上げた。
「貴様……! 誇りは無いのか……!」
「俺は別に武道家の誇りとかねーし。それこそたった1か月修行しただけで、アンタにまともに勝てるなんて思い上がりはしてらんないしな……。もっと綺麗な勝ち方ができるほど、俺が器用だったらいいんだけどね……」
「卑怯者……!」
ユウキは悪い笑みを張り付かせたままに言った。
「それは俺の師匠に言ってくれ」
大鎌が振り下ろされ、ハージュの意識が闇に飲まれていく。そして目の前の敵が動かなくなったことを確認すると、ユウキも同じく前のめりに倒れていった。急に倒れたユウキにスレドニが駆け寄って声をかけた。
「お……おい!」
ユウキはスレドニに支えられながら、かすれた声で呻く。
「顔が腫れあがって熱持って痛いし、胴体は骨がきしんで痛いし、頭痛も吐き気もするし、喉乾いたし、疲れたし、もう限界だよ……」
ユウキの弱音を聞いて、スレドニはため息をつきながら答えた。
「……それだけ身体の不調を正確に言える元気があるならまだ大丈夫だ」
ユウキの戦いを見ていたインジャとコニールは、互いに言葉を失っていた。そしてしばらくしてコニールの方から声をかける。
「……お前はユウキ君が勝てると思っていたのか?」
コニールの問いにインジャは首を横に振った。
「んなわけあるか。俺からしたらあのガキがいなくなればもう世話を見る役目からは解放されるし、ハージュの奴が弱ればその寝首をかけると考えていたんだ」
コニールはインジャに軽蔑するように言った。
「そうだろうと思ったよ。……しかしあの子は勝った」
「……そうだな。まさかあのインチキくさい力を使ってではなく、化かしあいでハージュの奴を倒すなんてな……」
「ああ……。こんなこと、考えてはいけないとはわかっているんだが」
コニールは腕を震わせながら言った。
「……少し、あの子が怖くなってきたよ」
コニールの視線の先にいるユウキはもう立つことすらできず、這いずりながら後ろで戦っているであろうアオイの方へ目を向けた。
「アオイ……シーラ……!あいつらはどうなったんだ……!」




