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ユウキ達はコニールの案内のもと、城の中を歩いていく。ユウキは慣れないタキシードの着心地を確かめるように服の襟を度々ずらすなどしていたが、アオイはそれの比ではなかった。
この身体になってからスカートは最初に少し着たくらいで、それも丈の短いミニスカートだった。ヒールも人生初体験であり、かかとが痛くて仕方なかった。シーラもアオイの事情を察しているのもあってか、アオイの身体を支えるように横についてあげていた。
「こんなもん着て女の人は過ごしてるんだもんな~本当厄介なもんだよ」
アオイはスカートを裾を掴んで文句を言った。ドレスの胸部分も痒くて仕方なく、手を伸ばそうとするたびに自分の身体のことを思い出して躊躇して止める。そしてその挙動一つ一つが、ユウキの心を刺激し、できるだけ見ないように顔を反らした。ユウキの様子をコニールも察したのか、意識をそらさせる話題を振る。
「君の元居た世界……日本だったか? そこには魔物がいないというのは本当か?」
「ええ……。それこそゲ……じゃなくてお伽話でしか聞かない存在ですよ」
ユウキは“ゲーム”と言いかけてそれを止めた。その単語がコニールたちに伝わらないという理由もあるが、その言葉を口にすると、ユウキ自身も目の前の光景に不審を抱いてしまうかもしれない、という恐れがあったからだった。
「ですから剣を握って戦う、なんて本当にごく一部の人しか経験はありません。俺たちが住んでた国が特別平和だったのもありますけど……」
「そうなのか。それでその力、か。全くいびつなものだな」
「ええ、そうですね。俺だってそう思いますよ」
そうして話しながら歩いている間に、目的地である晩餐会の会場であるホールの入り口にたどり着く。会場に入る前にコニールが振り返り、ユウキ達を見渡しながら言う。
「いいか、パンギア王城では月に1度、無礼講という名目で立食パーティが行われる。これは陛下が各部署がいざというときに壁を作らないように、交流を持つという配慮によるものだ」
コニールはまずユウキの前に行くと、衣服の乱れを整える。ズボン、そしてシャツのしわになっている部分をピッと伸ばし、そして髪の毛の乱れている部分をサッと撫でて揃える。コニールに密着する形になったユウキは鼻腔に柔らかい匂いが入ってきてドキッとする。その様子をアオイに見られているのかと思い、体を硬直させた。
「ほら! 終わりだ! 陛下の前に出るんだから、見た目は気にしてくれよ? 君たちに正装を貸したのもその為なのだからな」
コニールはユウキの額にテコピンを入れ、からかうような微笑みをユウキに向ける。その後、全員を見渡して言った。
「さて、晩餐会に行こうか。シーラ、アオイ君のことは頼むぞ」
「はいはい。姉さん、私からあまり離れないでくださいね」
「離れたくても離れられないよ……。今の私は産まれたての小鹿より足腰弱いよ……」
アオイはシーラの肩に掴まりながら、なるべく足を震わせないように意識を集中させていた。ユウキはそんなアオイを見て、同情半分、ちょっと羨ましい半分な気持ちを抱いてしまっていた。自分があんな立場になったらそれは苦労するだろうが、一度あんな立場になってみたいという思いもあった。
「何見てんの?」
アオイをまじまじと見ていたことをアオイ本人に気づかれ、ユウキは慌てて取り繕いながら言い訳をした。
「い……いや! 大変そうだなって……!」
「ふ~ん……」
アオイはアオイでユウキが何を考えているか想像がついていた。最初はこんな身体になってイヤらしい事の1つや2つを考えることはあったが、どういうわけか今はそんな考えを抱くことすら全くなかった。
「ま、今のユウキにはコニールさんがいるもんね~」
「い!?」
コニールの名前を出され、ユウキは顔を強張らせた。そんなユウキが可愛くて仕方ないと思うのは、自分が“アオイ”になってしまったからだろうか。こんなドレスを着て、今まで触れ合う事すらなかった女の子の肩を自然に掴めるくらいになってしまい、言葉遣いも女の子そのものになってしまっている。そして一番怖いのはそのことに違和感や嫌悪感を感じていないことだった。
× × ×
――二人の“結城葵”が草原で目を覚ましてから、二人はとにかく自分たちを助けてくれそうな人を探すために草原を歩き回っていた。そして男の方の結城葵が、女の方の結城葵へ言う。
「でさ、互いのことなんて呼べばいいんだ?」
「なんてって……そりゃあ結城葵としか言えないだろ?」
女の方の結城葵は倒れていた際に全裸であったため、男の方から上着一式を借りていた。女性の身体に男ものの制服がミスマッチとなっており、身長も少し変わっていたのか少しサイズが合っていなかった。
「でも互いに結城って呼び合うのか?たまに苗字が一緒の奴とかいるけど、そん時だって呼び方少し迷うのに……」
「でもどうしようもないじゃない。いやだよ私が“サイトウ”とか“シノブ”とか偽名になるのは」
「なんだその例えは……」
男の方は迷っていたが、女の方の言う通りでもあった。どちらも結城葵なら、名前を変えるのは互いに違和感しかなかったからだ。
「そうだな……じゃあさ、この前読んだ“ドラマ脚本の書き方”って本、思い出せるか?」
男の方はあるアイデアを思いつき、手をたたきながら言った。
「うん。確か学校の貸し出し本の中で適当に引っ張ったヤツだったけど……それがどうかしたの?」
「その中でさ、男の名前は苗字で、女の名前は名前で記載するって基本ルールがあったと思うんだよ」
「あ~そんなのあった気がするな……」
「だから、俺たちの名前もそれで分けよう。俺が“ユウキ”で、お前が“アオイ”。これなら互いに互いの元の名前を忘れないで済む」
「ユウキとアオイ……か。いいね、気に入った」
ユウキはアオイに右手を差し出しながら言った。
「じゃあアオイ、よろしく頼む」
アオイもユウキから差し出された手を握り返しながら言った。
「ええ、ユウキ。こちらこそよろしく」
× × ×
晩餐会ではパンギア王国の各重鎮がそれぞれ会話を楽しみながら立食していた。家族を連れてきている者が多くいるのか、子供の姿もよく見える。――というより名目上無礼講ということにかこつけて、家族へのサービスとして立食をメインで来ている者が多くいるようだった。
ユウキ達もコニールが王に繋ぐまで時間がかかるということもあり、その待っている間、食事を楽しんでいた。ユウキ・アオイ・シーラの3人は食べ盛りの年齢ということもあり、もらった皿に山盛りにしてがっついていた。
「やっぱこっちの世界でも上流階級のメシは美味いんだなー!」
ユウキは肉にがっついて食べながら言う。その様子をアオイとシーラは微笑ましげに見ていた。
「いやぁ……兄さんのそんな楽しそうなところ今日初めて見ましたよ」
シーラはまじまじと言うが、横にいたアオイがツッコミをいれる。
「なんかしみじみとしてるけど、まだ私たち会って1日しか経ってないじゃない……」
「そうですけどね。その1日がヤケに濃くて……。そういえば姉さんは体調大丈夫ですか?」
シーラ達は肉ばかりのユウキとは違い、魚や野菜などバランスよく取ってきていた。パンギア王国は海に面していることもあり、海産物が特産品となっており、魚介料理が豊富に存在していた。アオイは貝料理が気に入ったのか皿に大量にアサリを盛ってきていた。
「ええ。シーラのあの薬が効いたみたい。……魔法薬ってやつなんだろうけど凄いねあれ。“あっちの世界”でもあんなに効く薬はないよ。戻ってその薬で商売すれば大金だしても買う人いるだろうね」
「私もよく使ってるやつですから。もし姉さんが良ければその手の道具の案内はしますよ。……あの話が本当なら、まだ慣れてないことはいくつもあるでしょう?」
シーラはアオイが元々男であったことに触れて言う。アオイもそのことに苦笑しながら返答をした。
「……頼むよ。正直今回のことはいろいろ参ったし……今後もいろいろあると考えると少し気が滅入ってくるからね……」
「ええ。ですけど兄さんがいると邪魔でしょうから。今度女の子二人だけで買い物行きましょうね♡」
「お……おおう」
アオイは内心ちょっと浮つきながら答えた。自分がまさかこんな黄色い会話をすることになるなんて、ちょっと前には夢にも思っていなかったからだった。ユウキも横で会話を聞いてはいたものの、意図して食事に集中して気を紛らわしていた。
× × ×
――パンギア王城門前。晩餐会も始まり夜の帳が下りたころ、3つの人影が城の入り口前で佇んでいた。王がいる城ということもあり、警備が厳重にされており、城を見上げる不審な人物を見かけた兵士がその人影に近づいていく。その間に不測の事態に備え。他の兵士も集まっていく。この点は流石に本丸を守るエリート兵士というべきものだった。
「おい、お前ら一体……」
だが、彼らは想定していなかった。相手が自分たちでは手で負えないものだということを。――“ギフト能力”の存在を。
3人に声をかけに行った兵士は声を上げる間もなく闇に吸い込まれていった。そして一人は地面に屈むと、周囲の地面が激しい勢いで陥没していく。そしてスマートフォンを取り出し操作をして右手を前に出すと、目の前にブロック状の階段が現れていた。その階段は晩餐会会場近くの窓にまで続いていた。
「これで晩餐会への道ができた。……“異邦人狩り”も恐らくそこにいるだろう」
階段を作り出した男が他の影たちに言う。
「ええ、完璧。このタイミングなら“邪魔”も入らないはず。……さっさと済ませて“報酬”は私たちで独占しましょう」
人影のうちの一つが前に踏み出すと灯りにより姿が照らされる。胴着のようなスポーツウェアを来た女性が姿を現し、階段を駆け上がっていった。城を警護していた兵士たちはあくまで“通常”の侵入経路しか守っていなかったため、空を通過するそのルートには完全に無防備だった。誰も手を出すことができないまま、その3つの影――異邦人たちは、揚々と歩みを進めていた。




