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ある姫君の憂鬱

作者: 秋こつ



「なんでアンタがここにいる?」

「は?お前聞いてないのか?」



ハキャは嫌悪感を一切隠すことなく目の前に立つ少年を見上げた。

黒髪に紺碧の瞳、目の下にある黒子、何より人を小馬鹿にしたような薄い笑みは忘れることのない7年前の出来事を彷彿とさせる。

まさか、そんなはずはないと自分に何度も言い聞かせたが嫌な汗はダラダラと流れ始める。


艶かしく形のいい唇はより黒い笑みを孕んで言葉を紡いだ。



「お前の婚約者だからに決まってんだろ。」



フッと嫌味ったらしく笑った少年はハキャの動揺する様子を心底楽しげに見下ろしていた。

サーっと一気に血の気が引いていくのがわかった。


( 嘘でしょ…誰か嘘と言って!!)




ーーーーー遡ること1時間前



ここはラピズリ王国主催のパーティーである。煌びやかな装束に身を包んだ御令孫たちが集まる夜の夜会。各国の親睦を深めるという名目で開催されたこのパーティーだが、本来の目的は別にある。


それは私、ハキャ・ラピズリの正式な婚約発表をするというものだった。ラピズリ家の第一王女として生を受け14年間、婚約なるものから全力逃避してきた我が人生にもとうとう終止符が打たれようとしていた。



父には全力で反対したのだ。

私が他国の王族に嫁いだ日には、ラピズリ王国の名声が地に落ちることでしょう、と。


しかし、14年間耐え続けた堪忍袋の尾が切れたのだろうか。普段は私に優しい温厚な父が、顔を真っ赤にして憤慨したのだ。

他国の王族からの申し出を断るたびに胃がすり減る思いをしているというのに、いいかげん親孝行をしてくれないか!と。


私は父上と母上が大好きだ。


だから自分のためにそんな苦しい思いをさせてきたのかという罪悪感に苛まれ断るにも断りきれず、渋々婚約することを承諾してしまった。

まるで断崖絶壁の崖の上に立たされたかのような気分だった。



正直に言おう。

私はこんなくだらない婚約のために自分の人生を棒に振りたくないし、婚約をしたとしても主人に仕える傀儡となるつもりは全くもってない。パーティーへの誘いは断固拒否するつもりだし、恋人めいたことも一切しない。

自分の趣味である研究に没頭して幸せな人生を過ごすのだ。


父上と母上のために婚約はしよう。


だけど、その後、相手の婚約者が、こんな婚約相手絶対に無理と音をあげようものなら喜んで婚約を解消しよう。

そして、ラピズリ王国の姫は絶対に婚約してはならないという噂を広め、婚約拒否のための絶対的な大義名分を作るのだ。



わかりました父上、という私に心底嬉しげに本当か!?と聞き返してきた父上の顔が今でも忘れられない。長かった、と涙ぐんでいた母上の嬉しそうな表情を今でも忘れることはできない。



あのときのやりとりを思い出すだけでコルセットの締め付けがより苦しく感じられた。なんで私がこんな目に。

きつく締め上げられた腰がまるで今の自分のように思えていたたまれない。慰め程度に腹部を優しく撫でてやる。


お前も私と同じか。


そう心の中で囁きかければ、グルルという返事が返ってきた。一瞬動きを止めてガクッとハキャは肩を落とす。



「お腹すいた。」



そういえばお昼ご飯を食べていなかった。

今夜のパーティーのために腕を磨いてきたのだと語るメイドたちに連れ去られご飯を食べることもできずひたすら体中を磨かれ続けた私。


たしかに外見は、少しはマシになったのだろうが、中身は全く変わっていないので意味がない。


社交辞令やお嬢様めいた言葉遣いや振る舞いは苦手分野なので、せめてメイドたちの努力を水の泡にしてしまわないようできるだけ静かにじっとしていた。


しかし、お腹が減れば話は別だ。人間は腹が減ったら戦はできないし、婚約相手とも戦えない。これからどんな無理難題が待ち受けているかわからないのだから体力はつけておかなければ。


そう思い立ちスイーツが置いてある壁際まで移動しようと一歩踏み出した時だった。



「皆様、本日はラピズリ国の夜会にお集まりいただいたこと心から感謝する。そして、我が娘、ハキャはキャンベラ王国のリュゼ・キャンベラと婚約する。」



周囲がざわつき始め一気に御令嬢たちからの羨望の眼差しを受けるハキャは放心状態で半ば幻聴が聞こえたのではないのかと自身の耳を疑った。



「リュゼ・キャンベラってあの高名な」

「リュゼ様、そんな…」



令嬢たちの悲痛な声が次々と発せられるが、現在思考が停止しているハキャにとってそんな言葉耳に入っていなかった。変な耳鳴りとグラグラする床。


正直、教えられた事実があまりにも衝撃的すぎてこれが本当は現実ではなく悪い夢なのではないかと本気で思い始めた。


リュゼって言ったらもしかしてあの7年前の…



コツコツという足音が後ろから近づいてくるの。周囲のざわめきは突如として静寂に変わり、人々の視線は私の後ろへと向けられる。


やばい、これは振り返ったら終わる。


私の本能がそう告げていた。

足音だけでも伝わってくる気品は何を隠そう、リュゼ本人のもので間違いない。嫌な汗が流れ始め、ワナワナと震えるハキャをよそに落ち着いた足取りで近づいてくる人物はふっと微笑を浮かべた。



これはもう、逃げるしかなさそうだ。

振り返るということはつまり現状を受け入れて白旗を上げるに等しい愚行だ。

 

父上から発せられた言葉が幻聴であると信じたかったが、拒絶するという意思を込めて見つめる私を、父上は拳を突きつけ頑張れよと、ウインクを返してきた。


これは間違いない、リュゼだ、と感じた私は震える足にぎゅっと力を込め決心した。



よし、逃げよう。



そう決めれば一直線、ドレスの裾を掴み大きく一歩踏み出した。その時だった。



「ひぎゃっ」



変な声と共に足元が歪んだ。捻ったのだ。理解した時にはもう遅く体はゆっくりと前へと倒れていく。周囲の人々はじっとこちらを見たまま助けるそぶりも見せない。



ああ、ごめんなさいメイドさんたち。



そう呟いたハキャは公衆の面前でずっこけ、笑われる自分を想像した。なれないハイヒールなんかあか履くんじゃなかった。


その時だった。



「おっと」



突如、がっしりとした腕に腰を支えられ引っ張り上げられた。足元を持ち上げられ腰に手を添えられる。



「へっ!?」



回転する視界に天井のシャンデリアが美しく映り込み、それと同時に端正な顔がこちらを覗き込んだ。

近い近い近い。

驚きと緊張で硬直して目を大きく見開いているハキャをよそにクスクスとその人は笑った。



「よぉ、ハキャ。久しぶりだな。ドジはまだ直ってなかったのか?」



スッと細められた紺碧の瞳は私を捉えていた。目の下の黒子は端正な顔により美しさを与えていた。笑った顔はまだあどけなさの残る少年のもので、人を小馬鹿にしたような物言いは…



って!

まずいまずい、これは非常にまずい。



婚約者に堂々とお姫様抱っこされる姫君の図が完成してしまっているではないか。

はっと周囲を見れば生暖かい視線を向けられている。そして一部の令嬢たちからは痛いくらいに睨まれている。



眉を寄せ目を見開いたハキャは嫌悪感を隠すことなく目の前の少年の顔を睨みつけ、支えている腕をつねった。


するとリュゼは心底面白そうにぎゅっとハキャを抱き上げこう言った。



「お初にお目にかかりますハキャ嬢。お会いできて光栄です。私、リュゼ・キャンベラはあなたに婚約を申し込みました。」



ざわざわと周囲がうるさくなってきたのをよそにハキャは自分が言っていることの意味がわかっているのかとでも問いたそうな顔をして一言、は?と言った。



「ほら、早く返事を返してくれないと俺が恥をかくだろ?」

「降ろして。」



半目で人外を見る目で見てやればハハッと笑ったリュゼはゆっくりハキャを下ろした。


地面に足をついて一歩下がったハキャは一度お父様の方を振り返った。口元を覆ってハンカチを目元に当てている様子を見れば終わったという言葉がハキャの心に過ぎる。


くそっと頭の中で地団駄を踏んだハキャは深呼吸をし口元に手を当ててこちらを見物するリュゼに向き直った。

そしてキッと睨みつけ優雅にお辞儀をする。



「お初にお目にかかりますリュゼ殿下。わたくしもあなたに会えて光栄ですわ。」



歓声と共にダンスの音楽が鳴り響き始める。



「それでは我が娘、ハキャの婚約を祝し皆今夜のパーティーを楽しんでくれ。」



壇上の玉座へと戻っていく父上を見送った後、私は大きくため息をついた。

これは非常にまずいことになった。父上は私がこのリュゼと会ったことがあることを知らない。

それにリュゼとは絶対に婚約を結んじゃいけないのに。



「おい、お前体調悪いんだろ?一回休憩室に行くぞ。」

「は?主催者の娘が最初に踊らないのはおかしいでしょ?」

「お前の体調を気遣ってやってんだろうが。わかったらさっさと行くぞ。」



会場を後にするハキャはこれからどうやって婚約破棄しようかと途方に暮れるのだった。





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